ポケモンを始める

 ポケットモンスターの世界へようこそ。

 良人さんは、ポケットモンスターの世界に足を踏み入れた。

 といっても、もちろんゲームを始めたという意味である。

 昨日ポケモンセンターに行って本体とソフトを購入した良人さんは、今日ポケモンを始めるのだ。

 場所はいつも通り探偵事務所。

 和室には、少年探偵団のメンバー六人と良人さんがいた。

 今日は日曜日。

 午前中から集まっているのも、良人さんがポケモンを始めるから来て欲しいと言われたからである。

「今日は晴天。いい天気だ。絶好のポケモン日和だね」

「なんで天気がいいのにゲーム日和なんだよ。せっかくの天気ならレジャーだろ?」

 俺のつっこみにも凪は淡々と言い返す。

「そういうキミは、アウトドア派でもないだろう?」

「う。確かに特別アウトドアが好きなわけじゃないけど」

 二人で言い合っていると、良人さんが間に割って入った。

「ちょっと! やめてよ」

「ぼくのために争わないで、とか言わないでよね」

 呆れたような凪の言葉に、良人さんは慌てて、

「そうじゃないでしょ! ボクがゲーム始めたいのに、二人がケンカしてたら始められないじゃないか」

 俺と凪は顔を見合わせる。

「別に俺たち」

「ケンカなんかしてないよね」

 そんな俺と凪をジト目で見て、良人さんはため息をついた。

「わかったよ。もういいから、ボクはボクで始めるよ。ええと、まずは本体が……どこだ?」

 良人さんがゲーム機の本体を探している横で、凪は良人さんのゲーム機本体を勝手に取り出し、設定を始めた。

「わわ、凪くん。勝手にいじらないでよ」

「どうせ良人さん、設定できないでしょ?」

「説明書とか読めばできるって」

「説明書なんて読む人いないよ。ぼくがやってあげる」

 説明書を読む派の俺は言葉が出ないが、やってもらえるならやってもらった方が話が早くていいだろう。

 凪はスイスイと設定していく。

「良人さんのユーザー名は『まっちゃん』でいいんだっけ?」

「よくないよ! どこに『まっちゃん』の『ま』があるのさ!」

「えー。わがままだな~。あれもダメ、これもダメ。じゃあなんだったらいいの?」

 困ったという顔で良人さんを見る凪に、俺は横から言ってやる。

「本名でいいよ、こういうのは」

「わたしも本名よ」

 と、逸美ちゃんはおっとりと言った。

 密逸美《みついつみ》――逸美ちゃんは、穏やかな気質のちょっと天然なお姉さんで、いたってマイペースな性格。ふわふわの長い栗色の髪が性格の柔らさを醸し出している。

「うん、そうだね。開くんも逸美さんもなら、そういうことでよろしくね、凪くん」

 凪はつまらなそうにうなずく。

「はいはい、わかったよ。じゃあユーザー名は『よしお』っと」

「よしおじゃなくてヨ・シ・ヒ・ト! 普通間違えるならヨシヒコとかでしょ?」

「あ、登録しちゃった」

「え~! ボク、よしおになっちゃったの? はあ、まあいいか」

 嘆息する良人さん。

 残念だけど、俺たちみたいなライトユーザーがこんなユーザー名なんか使うことはあんまりないから大丈夫だ。

 凪はソフトを入れた。

「はい。いいよ」

 ポケモンのソフトが入った本体を凪に手渡され、ようやく良人さんはゲームを始める段階に至った。

 良人さんは本体を受け取り、目を輝かせて画面を見る。

「おおぉー! これから始まるのか、ボクの冒険が! 楽しみだなぁ」

 BGMが鳴り映像が流れる。

 ポケモンの映像が登場して、良人さんは肩を揺らした。

「あっ! ポケモンだ! 見たことあるポケモンだよ、これ。すごいなぁ」

 なんか最初の映像を飛ばさずじぃっと見ている良人さんがじれったくなり、俺は後ろから言った。

「良人さん、Aボタンとか押して映像飛ばしたらどうですか?」

「飛ばせるんだ、これ」

 そりゃあな。毎回こんな長いのを全部見ていたらゲームできる時間なくなるよ。

「まあ、ボクは初めてだし、まずは見てみるよ」

 最初は作哉くん以外の五人がみんな良人さんを囲んでゲーム画面を見ていたけど、ここで俺と鈴ちゃんが脱落した。

「長くなりそうですね」

 と、鈴ちゃん――御涼鈴《みすずみすず》は金色のツインテールを揺らして俺に苦笑いで言った。

「そうだね」

 次に、かがんでいた逸美ちゃんが肩を押さえながら脱落した。

 鈴ちゃんがそんな逸美ちゃんを見て、

「そんな重たそうもの下げてたら肩もこりますよね」

 と、ぼそっとつぶやいた。

「ん? 鈴ちゃん、なにか言った?」

「いえ、なんでも」

 鈴ちゃんはそう言ったあと、自分の平らな胸板を見下ろし、小さくため息をついた。イギリス人とのクオーターで金髪の少女だけど、まだ背は150cmほどと低いし、自分の体形を気にしているのだ。まだ中学生三年生だし、気にすることないのにな。

 そして、ゲームのスタート画面に移ったとき、画面を見ているのはプレイしている良人さん本人と凪とノノちゃんの三人だけになった。

「ええと。ゲームは日本語でプレイだね」

「え、良人さん日本語大丈夫?」

 凪に無表情で適当に言われても、良人さんは丁寧につっこむ。

「キミにだけは日本語大丈夫かとか言われたくないよ。ただ、ボク外国語しゃべれないからしょうがないよ」

「開は英語もできるのに」

「悪かったね。開くんと比べられたら敵わないよ」

 二人がごちゃごちゃしゃべっていると、ノノちゃんが言った。

「良人さん、始めてください」

「ああっ、ごめんごめん。いまやるよ」

 良人さんは再び画面に視線を落とす。

「次は、文字も選べるのか。ひらがなか漢字、これなら漢字かな」

「え~。良人さん、漢字読めるの?」

「ノノはひらがなにしてますよ」

 凪とノノちゃんに言われて、良人さんは苦笑いで、

「ボクもう大学生だよ? 漢字くらいわかるって」

「そのための浪人だもんね」

「いちいち現実を思い出させないでくれよ、凪くん。ボク、ゲーム世界にどっぷりつかりたい気分なんだ」

「ほいほい。頑張って」

「うん、頑張るよ!」

 そしてようやく、良人さんのポケモンがスタートした。

「お! なんか博士みたいな人出た」

「それ、みたいな人じゃなくて博士だよ」

「ポケモンをくれるんですよ」

「二人共、順番通りにやるから言わないで」

 そんなやり取りをしながらも、三人は真剣に画面を見ている。

「『ようこそ! ポケットモンスターの世界へ!』だって。くぅ~! ついに来ちゃったか~」

 そのあとも、書いてあるセリフをゲーム実況動画みたいにいちいち読んでいく良人さん。

 ここで、良人さんが言った。

「あれ? これって、男の子と女の子、選べるんだね」

「そうさ。ボクはメインロムは男でサブロムは女にしてるよ」

「ノノは女の子です」

 良人さんは俺たちに振り返って尋ねた。

「みんなはどうしてるの?」

「俺は男の子にしてますよ」

「テキトーでいいだろ」

 作哉くんに言われて、良人さんは素直にうなずいた。いくら作哉くんが本人的には普通に言っても、金髪でヤクザみたいに顔が怖いから、良人さんはすぐにうなずいてしまうのだ。

「はい。そうだね。テキトーで。うーん、でも女の子可愛いな。ボクが女の子選んだらヘンだよね?」

「うん、ヘンタイだね」と凪が答える。

「ヘンタイだよねじゃなくてヘンだよねって聞いたの!」

「なんだ、顔の話か」

「違うよ! 良い顔でもないけど違うよ! 失礼だな、キミは」

 ちなみに、少年探偵団のメンバーは全員がリアルと同じ性別でプレイしている。現実とは逆にするのも、ゲームだからこそできることだし個人の趣味だから、俺はとやかく言うつもりはないけど。

「でも! 初めてのポケモンだし、男の子でいくよ!」

 続いて、名前を聞かれる番だ。

「お、次は名前か。これはやっぱり本名だよね!」

 良人さんはいそいそと名前を打ち始める。

「ちなみに、みんなは本名でプレイしてるの?」

「なんだかんだみんなそうだよね」

「はい」

 と、凪とノノちゃんが答えた。

「よ……し……、ひ、ひ、ひはどこだ? おじゃない、うわぁー」

 すると、画面を覗き込んでいた凪とノノちゃんが二人揃って笑い出した。

「よしおさん。ふふふ」

「いいじゃないか。本体のユーザー名に合わせて設定できて」

 あははは、と二人が笑っているのを聞いて、俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんと作哉くんも笑う。

「ドンマイ」と逸美ちゃん。

「パッと見わからないから大丈夫ですよ、ぷぷっ」

 俺もフォローしてやり、良人さんはくよくよしながらため息をついた。

「こんなんだったら、よしひとじゃなく、よしくんとかすればよかったよ。ふう、ここで落ち込んでも仕方ない、次に進もう!」

 良人さんはまた続けてるけど、本当は簡単にリセットできるんだよな……。少年探偵団のメンバーはあえて誰も教えてない感じだし、俺も黙っていよう。

 BGMにも飽きてきたとき、ようやく良人さんはチュートリアルの説明を終えた。

「よし! 画面が変わったぞ!」

 凪が良人さんを指差して、

「ああっ! ゲームの画面が光って、良人さんがゲームの世界に入っていく~」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 と、ゲームに吸い込まれるマネをして、良人さんは我に返る。

「て、なにやらせるの! 凪くんのせいでチュートリアルでこんなに時間かかっちゃったじゃないか。もう始まるから、おとなしくしててよ」

「ラジャ」

 凪が敬礼ポーズをして、良人さんはゲームに移る。

 が。

「あら? もう十二時ね。お昼ご飯にしましょうか」

 逸美ちゃんが呼びかけると、みんながご飯モードになってしまった。

「ちょっと待ってよ。これからなのに!」

「良人さん、いつまでもゲームやってないで、ご飯だよ」

 いつもは注意される側の凪に注意されて、良人さんは渋々うなずいた。

「はい」

 ということで、良人さんが本格的にゲーム本編を始められるまで、まだしばらく時間がかかりそうである。


つづく

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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