怪しいヤツを追いかけろ

 物陰から俺は友人で情報屋をしている凪といっしょに、怪しい女を観察していた。

「開、絶対あいつ怪しいよ」

「わかってる。だからこそこうやって観察してるんだろ」

 あの女は一体何者なのだろう。


 俺の名前は明智開。

 世間からは探偵王子と呼ばれる高校二年生だ。

 横にいる凪は、同じく高校二年生の少年情報屋で、よくうちの探偵事務所にも遊びにくる少年探偵団のメンバーである。

 そもそも。

 ――今日、学校帰りに探偵事務所へと向かっていたのだけど、そのとき物陰に隠れるようにしている凪を見つけたのだ。

 凪はなにかを見ているようだった。

 そこに声をかけたところ。

「見て。あの人」

「ん?」

 見てみれば、4月中旬の暖かい日和なのにコートに身を包んだ女がいた。マスクまでしている。

「なるほど。怪しいな」

「怪しいどころじゃないよ。あれは確定だね」

「確定って……。決めつけは早くないか?」

「そんなことないね」

 そのとき、ふわっと風が吹いた。

「あっ」

 そう言って、道の先にいたおじさんが頭を押さえる。

 が。

 一歩遅かった。

 おじさんの頭からなにかが飛んだ。

 あれはカツラだ。

 ツルツルの自分の頭をタッチしたおじさんは、慌ててカツラを追いかけていく。

 凪はその様子を真剣な眼差しで見つめてつぶやく。

「やっぱり。あの人カツラだった」

「おまえ、なに観察してたんだよ」

 凪は興味がなくなったのか、くるりと身を返して、

「さて。帰るか」

「待て待て」

「はい?」

「はい? じゃない。凪、おまえあっちにいる女の人、怪しいと思わないか?」

 首だけひねって振り返り女を見て、凪はまた俺に向き直る。

「思わない。あれは地毛だよ」

「そっちじゃない! あの人、この時期にコートなんか着てるんだ。きっと周りに自分の姿を見られなくないのさ」

「つまり?」

「つまり、あの人はなにかやましいことをしているからあんな恰好なんだ」

「ほうほう。じゃあ、尾行、しますか」

「うん」

 サッと俺と凪が振り返る。

 尾行する準備はオッケー。

 ――そして冒頭に戻る。

 俺と凪がじぃっとコートの女を見ていると、彼女は歩き出した。

「行こう」

 ささささと俺と凪は素早く物陰に隠れつつ移動する。

 と。

 女の動きが止まった。

 なんだ?

 肩だけ微妙に動く。

 次の瞬間。

 女はマスクを取って、

「はっくしょん!!」

 大きなくしゃみをした。

 凪はやれやれと手を広げる。

「ありゃあ、開並にうるさいくしゃみですな」

「俺はあそこまでうるさくない!」

 バシッと凪に言い返してから、しまったと口を押さえる。

 小声で凪に注意する。

「こんなことしてると見つかっちゃうだろ」

「大声出したのは開なのに~。どうせあんなライオンの鳴き声みたいなくしゃみするなんてただのお下品さんに決まってるよ」

「誰がお下品だって?」

「ん? あのコート着込んだおばさ……」

 振り返って、凪の表情が固まる。

「おば? おばなんだって? ん~?」

 と、凪がコートを着た女の人に頭をぐりぐりされる。

「痛い! 開、痛いって。顔も怖い」

「俺じゃねーよ」

 凪の頭をぐりぐりしているのは、俺に似ている顔だが俺じゃない。俺にそっくりの顔を持つ年齢不詳のお姉さん、綾瀬沙耶だ。パッと見は二十歳前なんだけど、絶対二十歳は超えている。アンダーグラウンドな世界で役者をしており、依頼を受けてその役になりきるのだが、素の性格は俺にも似ている。たまに俺も沙耶さんに付き合って色々変装までさせられることもあるくらいに仲もいい。

 沙耶さんはマスクを外したまま俺に聞いた。

「開ちゃん、こんなところでなにしてんの?」

「ああ、凪が怪しいやつがいるって言って観察してるところに出くわしてさ、それが沙耶さんだったって話。気付かなかったよ」

「探偵なのに?」

「それとこれは別。にしても、変な変装だね」

「変な装いだけにね」

 と、凪が言う。

 俺と沙耶さんはジト目でチラっと凪を見てから、また会話を続ける。

「で、沙耶さんはなにしてたの?」

「仕事。変な仕事でさ、他に怪しい恰好した人たちが取引する近くで、もっと怪しい恰好するって意味不明な仕事なんだよ」

 なるほど。確かにそれは意味不明だ。理には適っている気もするけど。

「それで? なんでくしゃみするとき逆にマスク外しちゃうの。意味ないでしょ」

 変な物でも見る目で凪に問い詰められて、沙耶さんはあははと笑う。

「だって、誰もいなかったんだもん。くしゃみすると唾とかちょっと飛ぶでしょ? それがマスクにつくの嫌じゃない? だから、人が周りにいなかったら外しちゃうんだよね」

 俺も身を乗り出して言った。

「わかる! 俺も花粉症だからさ、マスクはよくするんだけど、周りに人がいないとついやっちゃうんだよね。くしゃみはマスクなくした方が開放感あるし」

「ねー! さすが開ちゃん」

 あははは、と二人で笑う。

「なに言ってんだ、この人たち」

 今度は凪にジト目で見られる。

 俺と沙耶さんは見た目も中身も似ているから行動パターン思考パターンもそっくりなせいか、沙耶さんは俺のことを気にかけて構ってくることも多いのだ。

 そして凪が質問した。

「それはもういいからさ、これからどうする? 探偵事務所にでも行ってお茶でもする?」

「まあ、それもいいかもな。……でも沙耶さん、仕事はいいの?」

「ああ、まあね。さっきの場所でああやってればいいだけだったから、終わりだよ」

「よし、じゃあ決まりだね」

 三人そろってきびすを返そうとしたとき。

 凪が「あっ」と指差す。

「なに?」

 俺と沙耶さんが見ると、そこにはさっきの沙耶さん以上に怪しい人がいた。おじさんだろうか。コートを着ている点、マスクを装着している点は同じだが、おかしなサングラスが悪目立ちしていた。

 沙耶さんは顎に手を当てて、

「あれは明らかに怪しいな」

「だね。ちょうどいま逃走中の犯人かな?」

 と、俺も顎に手を当てる。

「動いた」

 凪が言葉に、俺たち三人は顔を見合わせてうなずく。

「尾行開始だ」

 俺がそう言って、俺たちは怪しいサングラスの男の尾行を始めた。

 サングラスの男が動き始めたのでついて行く。

 さっきと同様、物陰に隠れながらささささと移動する。

 男は角を曲がると、コソコソとタバコ屋の陰に隠れた。

 あのコソコソした態度、やっぱり怪しいな。

 沙耶さんが俺に耳打ちする。

「あの人、ポケットのふくらみが気にならない? 武器とか仕込んでるんじゃ……。開くん、気を付けてね」

「うん。俺もそれは気になってた。コートの下には腰に棒みたいなものもあるから、それも要注意だよ」

「オッケー」

 またさらに男が曲がって、俺たちも続く。

 しかし、凪がちょっと先の駄菓子屋の前でお菓子を選んでいた。あいつ、いつのまにあんなに先に。

「これちょうだい」

「はい、十円ね」

 おばあちゃんに十円玉を渡して、凪がなにか買っている。

 ズコーっと俺と沙耶さんは息を合わせたように同時にズッコケる。

「沙耶さん、あいつは放っておこう」

「だね」

 俺と沙耶さんで尾行は続ける。

 が。

 サングラスの男がポケットに手を入れた瞬間、凪が男に向かって駆け出した。

「危ない! ピストルを取り出す気だ」

 凪に気付かれたとわかったのか、サングラスの男は慌てふためく。

「俺たちも行こう!」

「うん」

 俺と沙耶さんもいっしょに走り出し、サングラスの男を捕らえた。

 なんだ、抵抗もしないし案外たいしたことないじゃないか。

 だが。

「ちょっとキミたち! やめてくれ! こっちは捜査中なんだ」

「なに言ってんだ、犯人」

「犯人じゃないって。ボクはその犯人を追っている刑事!」

 サングラスがぽろりと外れる。

 確かに、悪人面ではないけど、この人が言ってることが本当なら……。

「なんだと!? 刑事だって?」

 さらに前を歩いていたらしかった不潔そうなひげ面の男がガバッと振り返り、俺たちを見て舌打ちした。

「ちくしょう! 付けられてたか! だが、ガチャガチャやってるいまがチャンスだ」

 え?

 じゃあ、あいつが本当は悪い人なのか?

 凪がひげ面の男に言った。

「ぼくたち、ガチャガチャはやってませんよ~。ガチャガチャなら、そこの駄菓子屋の前にあります」

 一瞬呆けた顔になったひげ面の男が駄菓子屋の前を見る。

「なんだ?」

 ため息をついて凪が男の方へ走っていく。

「あのねぇ、なんだ? じゃなくて、人の話はちゃんと聞いてよ。ここですよ、ここ。ガチャガチャをやるならここにあります」

 と、ひげ面の男の手まで引っ張ってガチャガチャの前に連れてきた。

「なるほどな。て、おれは別にやる気はねーよ」

「もうどっちなの。紛らわしいな」

「だからやらねーよ! 子供じゃねーんだし」

「いまの時代は大人もやるんだよ? 一回やってごらん? 楽しいから。子供の頃に戻ったと思ってさ。ママに百円もらって夢中になってやったのを思い出して、さあ」

 凪にけしかけられて、男は戸惑ったように答える。

「い、いや。まあ、そりゃあ……。けど、そういや、ガキの頃は、お小遣いもらって、ガチャガチャしたっけ。んでよ、かーちゃんに当たったの見せて、楽しかったっけ」

「田舎のおふくろが鳴いてるぜ。ホーホケキョ」

「そうだな。ホーホケキョってな。て、そりゃ鳥じゃねーか。ったく」

 凪とひげ面の男が話しているのを呆然と聞いていた俺たちだったが、俺たちがなにもする前にひげ面の男の方から刑事さんの元まで歩いてきた。

「刑事さん。すんません。おれ、あのガキとしゃべって、自分がガキだった頃のこと思い出しました」

「え?」

「こんな悪さばっかりやってないで、おふくろに胸張れる人間になりたいっす。で、今度は自分のガキに小遣い渡して、ガチャガチャさせてやりたいんすよ。なんで、おれ自首します。これも全部、あのガキのおかげっすね」

 訳がわからない顔した刑事さんが、曖昧にうなずく。

「はあ。そうですか」

 凪がふらふらと戻って来て、俺に聞いた。

「どうしちゃったの? あのおじさん、なにかあったの? 随分長いこと一人語りしてたようだったけど」

「別に。たいしたことじゃねーよ」

 と、詳しいこともわからないが適当に答える。

「ふーん。ま、おじさん、頑張れよ!」

 ひげ面の男がビッと親指を立てる。

「ありがとよ!」

 隣にいた沙耶さんがこそっと俺に言う。

「で、結局あの人、なにした人?」

「さあ」

 俺は小首をかしげた。


 翌朝。

 新聞を見ると、地域欄に小さく昨日のことが載っていた。

『探偵王子とお友達、大活躍! 空き巣犯を捕まえる!』

 とあった。

 なるほど、昨日のあの人は空き巣だったのか。

 それに昨日のはほとんど凪のお手柄だったんだけど、まあいいか。

 記事にも凪のことばかり書かれていたが、肝心の刑事さんのことは書かれていない。いや、一文だけあった。

『現場に居合わせた刑事がぼうっとしてる間に、探偵王子とお友達が犯人を自首に導く』

 こんな書かれ方してあの刑事さん、上司に怒られてないかな……。


 警察署では。

「すみません。決して遊んでいたわけではなくてですね。ちょうど自分がポケットからカラーボールと腰の警棒を使って捕まえようとしたとき、子供が邪魔をして」

「言い訳は聞かん」

 なんてやり取りがされたいたことを、俺は知る由もなかった。

 まあ。

 一件落着だしオールオッケーだよな。


「だって。だって。変なガキと似たような顔した姉弟が邪魔しなれけば、ボクだって~!」


おわり

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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