防犯ブザーを持とう 花音編

 夕方。

 家に帰る途中で、部活帰りの花音に出会った。

 花音は自転車から降りて俺の横に並ぶ。

「お兄ちゃんもいま帰り?」

「そうだよ」

 ふと、俺は花音のバッグにキーホルダーみたいにくっついている防犯ブザーに目が行った。キャラクターの顔のキーホルダーにしか見えないが、紐を引っ張ればちゃんと本来の役割を果たす。

「ねえ、花音」

「なに?」

「花音は防犯ブザー、ちゃんと使える?」

「え? 紐を引っ張って鳴らすだけじゃないの?」

 と、花音は大きな瞳を丸くした。

 俺は小さくため息をつく。

「やっぱり知らないのか。防犯ブザー持ってるってのに、ちゃんとした使い方知らないとダメだろう?」

「なになに? 教えて」

「うん。みんな咄嗟のときには使えないものだからな、しっかり聞いて覚えるんだぞ」

「うん!」

 いい返事をする花音に、俺は説明を始める。

「まず、不審者が後ろから迫って来るだろう?」

 花音は振り返って、

「うん。迫って来る」

「そしたら、紐を引っ張って鳴らす」

「はい」

 と言って、花音は自分の防犯ブザーを手に取って紐を引っ張り、音を鳴らした。


 ビィィィィー!!


 うるさいくらいの音が鳴り響く。

 俺はわずかに目を細めて、

「ったく、本当に鳴らしてどうすんだよ」

「次は?」

 と、花音は足踏みしながら聞いた。

「次? 次はそれを、不審者の手が届かないところに投げる」

 花音は大きく振りかぶって、手に持っていた防犯ブザーを投げた。

「投げたよ」

「あとは、不審者がそのブザーを拾って止めに行っているあいだに、全力で逃げる!」

 そう言うと、花音は急いで自転車に乗って勢いよく立ちこぎで走り出した。

「おい! ブザー拾え!」

 おバカな妹め、本当に防犯ブザーを鳴らして投げるなよ。

 仕方ない、俺が拾ってきてやるか。

 と振り返ると、ウサギの着ぐるみが防犯ブザーを拾っていた。なんだ、この怪しい着ぐるみは!

 花音のやつ、不審者を見かけたから、防犯ブザーの正しい使い方をそのまま実践したのか。

 着ぐるみはブザーを止めて、俺に向かって走ってくる。

 俺も逃げるべきか? と思ったが、ウサギの頭を脱いで顔を見せた不審者は、なんと凪だった。

「はい、ブザー拾ったよ」

「あ、ありがとう……」

 凪は、自転車で走り去った花音を見て、

「しっかし花音ちゃん、いま使ったら肝心なときに使えないじゃないか」

 鈴ちゃんといっしょだ、とつぶやく凪に言ってやる。

「いや、花音はちゃんと使えてたよ」

「え?」

 おまえという不審者にな。

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