探偵事務所にようこそ
俺の名前は明智開。
世間では探偵王子と呼ばれている。
そして、俺が働いている探偵事務所は、鳴沢探偵事務所という所だ。
鳴沢探偵事務所。
ここでは、三人の人間が働いている。
まず、この探偵事務所の所長。
名前は鳴沢千秋(なるさわちあき)。
彼がこの事務所の探偵であり、世間からは《名探偵》と呼ばれている。所長以外の人間を指して名探偵という単語が使われることがないほど、探偵として圧倒的な存在なのだ。日本警察の頭脳でもあり、数々の難事件を解き明かしてきた。マイペースな変人だが、一八〇センチ以上と背も高く、手足がスラリと長い。顔もカンペキに均整の取れた美貌で、頭脳だけでなく容姿も最高クラス。おまけに運動神経もよく、あらゆる知識を網羅し、できないことはない。カンペキ超人なのだ。
だけど、所長はその能力のせいで全世界から依頼が舞い込み、常に大忙し。探偵事務所にいることもあまりない。
そんな探偵事務所の番をするのが、俺ともうひとり、助手のお姉さんである。
蜜逸美(みついつみ)。
事務所の総合的な管理を任されているお姉さんだが、俺とは二つしか年齢も違わないからまだ高校一年生。
背も高くスタイルもいい。大きな胸は高校生には思えないほどだが、おっとり天然な性格で俺より年上でも俺が面倒を見てやる部分もあるのだ。
とはいえ、所長がいない際の代理の探偵役である俺を支える、頼れるお姉さんである。深遠で豊富な知識を用いて俺を助けてくれる。
ちなみに、逸美ちゃんは俺を弟のように可愛がり、溺愛しているので、俺の一挙手一投足に敏感なのである。きっと凪を連れていったら、探偵事務所に友達を連れて行ったことがないのもあって驚くんだろうな。
凪に出会った当日の学校の帰り。
「開、あそこかい?」
「そうだよ」
もはや凪から逃げるのを諦めて二人並んでゆるやかな上り坂を歩いていると、探偵事務所が見えてきた。
探偵事務所の看板は大きくないが、知る人ぞ知る探偵事務所なのだ。
階段を上って、二階に到着。
三階建ての二階部分が事務所であり、ここで俺は働いている。ちなみに、一階部分が車庫と物置、三階部分が所長の住居になっている。
俺はいつものようにドアを開けた。
「逸美ちゃん、来たよ」
「開くんいらっしゃい」
逸美ちゃんは読んでいた本から顔を上げて、ふわふわのゆるいウェーブがかった栗色の髪を揺らせた。
事務所内は、窓を背に机があり、中央にはテーブルとそれを挟むように長ソファーがある。逸美ちゃんが座っているソファーが俺と逸美ちゃん用のソファーで、反対側がお客様用のソファーになる。
「あら? なになに? 開くんのお友達?」
興味津々の逸美ちゃんである。
俺は座る前に、横にいる凪を紹介する。
「あのさ、逸美ちゃん。こいつ、今日から俺のクラスに転校してきた柳屋凪。なんか知らなけど、俺が探偵だってことバレてて、仕方なく連れてきちゃった。ごめんね」
「いいのよ~」
と、逸美ちゃんは嬉しそう。
「そうそう。気にするなって」
「おまえが言うな!」
と、凪につっこんでやる。
「ぼくは柳屋凪。凪って呼んでね。開とは今日、運命的に出会って大親友になり、相棒にもなったんだ。以後よろしく」
「どこの誰が相棒の大親友だよ」
冷めた目を向けるが、凪は飄々としている。
逸美ちゃんはなにを思ったのかハンカチを取り出し、目に押し当てる。え、泣いてる!?
「くすん、友達が少なくてましてや事務所にお友達を連れてきたこともなかった開くんが、大親友の相棒くんを連れて来る日がくるなんて。お姉ちゃん嬉しい」
「誰がお姉ちゃんだよ! 凪は大親友でも相棒でもないから。仕方なく連れてきただけでさ。そういうことだから、帰ってもらおう。ね」
しかし、逸美ちゃんは立ち上がると俺と凪の前に来て、俺の肩に手をかける。
「なに?」
「うーんと、これでよし」
俺の姿勢を正して、逸美ちゃんは数歩下がる。
「二人共、笑って~。はい、チーズ」
パシャ、とスマホで写真を撮る。
俺は反射的に笑顔でピースしてしまった。
「うん! 二人共かわいい~。相棒くんと映る開くん、天使」
満足そうに画面を眺める逸美ちゃん。
「て、なにしてるの! 変なやつと変な写真撮らないでよ」
「変じゃないわよ~」
「そうだよ~。自分を卑下するなって」
「変ってのはおめーのことを言ってんだよ」
俺がにらむが、凪はまったく気にしない。
「相棒くん、どうぞ座って~。お茶淹れるわ」
「お構いなく~」
ひょいとソファーに腰掛ける凪。
逸美ちゃんも俺の話聞いてないし、二人共マイペースなんだから。
ちゃんと凪がお客様用の方に座ってくれたから、俺は逸美ちゃんの横のいつもの席に座った。
手際よくお茶を淹れて、逸美ちゃんが持ってきてくれる。
「お茶ありがとう。でも逸美さん、ぼくお茶菓子まではいただけないのでお構いなく~」
「なに言ってるの。子供が遠慮するものじゃないわよ」
逸美ちゃんだってまだ高校一年生の子供じゃないか。
そんな逸美ちゃんはなにか手に持っている。それを知ってか、凪はさらに遠慮するように言った。
「いえいえ。ぼく羊羹とどら焼きしか食べたくない気分なので」
「そうなの~? だったらちょうどいいわ。バッチグーよ。羊羹ならあったから」
「おお~。さすがぼくの相棒のお姉さん、気が利く~」
「うふふ。喜んでもらえてよかったわ。相棒くんのはじめてのおもてなしだもん。いっしょにお饅頭を出そうと思ってたけど、どら焼きもあったからそっちにするわね」
「いや~。ぼくのために悪いですな」
「いいのよ。じゃあこのおせんべいはしまってくるわね」
「いえいえ。お構いなく。そちらもあって困る物ではないので」
「そう? じゃあ食べてね」
「そこまで言うならいただきましょう」
お構いなくじゃなくて完全に食べる気満々じゃないか!
凪は出されただけのお菓子をバクバクと食べる。本当に遠慮がない。
「凪」
「なんだい? 相棒」
「もう帰ってくれないかな?」
「いいよ。そんなに気を遣わなくて」
「言ってる意味わかってんのか?」
「わかってるとかわかってないとか、そういうのはいいからお互い肩の力抜いて気楽に行こうぜ?」
こいつ本当にアメリカ人なんじゃないか? どんだけ日本語通じないんだよ。
「でもさ。ちょっといい?」
「なに?」
俺が聞き返すと、凪は事務所をぐるっと見回して言った。
「ここって、外から見るのとちょっと大きさが違くない?」
ギクッ。アホみたいな顔して意外と鋭いな、こいつ。
俺は平常心で答える。
「そんなことないよ。まあ、給湯室もあるしそのせいかな。ははっ」
「いや、逆」
「なんだよ?」
「こっちだ!」
そう言って、凪は本棚が並んでいる壁際に行った。
そこで、扉一つ分のスペースの壁を見て、そこにあるフックに手をかけた。
「やめろよ、勝手にいじるな」
「違うんだ。もしかしたら、すごい秘密があるかもしれない」
と、凪はフックを手前に引いた。
「よし、満足しただろ? なんにもないんだからさ」
「あれ? じゃあこっちか」
今度はフックを取っ手代わりにして、横にスライドさせた。
すると。
その壁が襖のようにスライドしてその先に和室が姿を現した。
「やっぱり。こんな隠し部屋があったなんて」
くっそー。見つかってしまったか! 本当は俺と逸美ちゃんと所長だけの秘密のスペースなのだ。
「バレたら仕方ない。そうだよ、和室さ。たまに利用するんだ。でも普段は使わないから」
凪が勝手に和室に上がって、テーブルをまじまじと見る。
「ほんとだ。埃がたまってら」
「普段、俺や逸美ちゃんが事務所の番をする際、こっちにいるからね。わざわざ和室を使う必要もないんだよ」
「なるほど」
納得したか。
俺が襖に手をかけ、閉めようとすると。
「開、じゃあこれからぼくたちでここを使おう。せっかくこんなくつろぎスペースがあるんだ。もったいないじゃないか」
「まあ、もったいないのかもしれないけど……」
「けど?」
「おまえが探偵事務所に来るのは今日で最後だ」
ビシッと俺が凪を指差すと、凪はあははと笑った。
「やだな~。別にぼくはこういう隠し部屋とかある感じも好きだぜ? 幻滅したとか思ってない。これからも毎日来るよ」
「来られたら迷惑なんだよ! 依頼人におまえを会わせたらろくなことにならない」
「なら、依頼人が来たときだけこっちに退避するよ。いや、とりあえずぼくはこっちでゲームしたりパソコンしたりしていればいいのか」
「よくない」
俺と凪がそんなやり取りをしていると、俺と凪のお茶のおかわりを持った逸美ちゃんが給湯室から戻ってきた。
「あら~。凪くんにも和室を案内してあげてるのね」
「そうさ。ぼくはこれから毎日こっちで過ごすよ」
「いいじゃな~い。それなら、お客さんを相手に面倒なお話を聞かなくて済むしね」
逸美ちゃん、面倒って思ってるのかよ。正直過ぎだろ……。
俺はため息をつく。
「わかったよ。好きにしてろ。ただ、邪魔だけはするなよ」
「あいあいさー」
そのとき。
探偵事務所のドアをノックする音が聞こえてきた。
「凪、おまえはここに隠れてろ! 絶対出てくんなよ」
「あいあ――」
バタンと襖を閉めて、俺と逸美ちゃんは一瞬でテーブルを片付けて返事をする。
「はーい」
「どうぞ」
その声に反応して、ドアが開いた。
つづく
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