こたつで密室を解こう

 凪がぼやく。

「あ~ヒマ」

「じゃあ帰って勉強でもしろよ。テストが近いんだろう?」

 と俺が言うが、凪はこたつに突っ伏して顎をテーブルに乗っけたまま緩んだ顔で返す。

「お構いなく~。鳥が鳴く~」

 外ではカラスが「アホ―、アホ―」と鳴いている。

 なんか凪とカラスに同時にバカにされているようでむかつくな。

 やれやれ。まったくこいつはどうしてこういつも我が探偵事務所にやって来るのか。

 この日、凪は鈴ちゃんといっしょに探偵事務所に来ていた。

 が。

 もちろん、凪と鈴ちゃんは特別なにか用があって来たというわけでもないので、和室でのんびりくつろいでいるのだ。

 おまけに逸美ちゃんもお茶を出すついでにいっしょになって和室にいるから、俺も仕方なくこたつに腰を落ち着けているという次第だ。

 鈴ちゃんは困ったような苦笑いを浮かべて、

「すみません。いつお客さんが来るかもわからないのに、お邪魔してしまって」

 これが俺と凪より二つも下の中学生だというのに、それに比べて凪ときたら……。

「いや。気にしないで」

 と、俺はにこやかに答える。

「どうせ客なんてほとんど来なくて一日中閑古鳥が鳴いてるんだから。アホ―、アホ―ってさ」

 凪も気だるい顔で俺に続けた。

「そうそう。さっきからずっとアホ―、アホ―って……じゃないだろ! それはカラスの鳴き声だ! ていうか、おまえが言うな!」

 逸美ちゃんがにこにこ笑顔で、

「まあまあ、開くんこれでも食べて落ち着いて。はい、あーん」

「あーん」

 パクッと一口。逸美ちゃんが自分の分を一口切ってくれた羊かんを食べる。うん、甘くて美味しい。

「あら、開ちゃん美味しい?」

「うん! 美味しい!」

 あ。

 つい答えてしまった。いま美味しいか聞いてきたのは凪だったのに、逸美ちゃんの言い方をマネするから口が滑ってしまった。

「まったく! おまえは逸美ちゃんのマネするなよな!?」

「いいじゃなーい」

「よくない! ホントにいつもいつもおまえってやつは」

 俺が凪のほっぺたでもつねってやろうとすると、テレビを観ていた鈴ちゃんが声を上げた。

「これ。今朝もニュースでやってましたよね! 知ってます?」

 最初に反応したのは凪だ。

「ああ、やってたね。ぼくも見たよ。今日は晴れ時々曇りだってさ」

「違いますよ! 上にちっちゃくある天気予報のマークの話なんてしてません。画面の中央を見てください」

 凪は開いているのか閉じているのかわからない目でテレビを観てうなずく。

「なんだ。そっちか」

「そうです。普通はそっちしかないんです。なんでも、状況から密室殺人事件みたいだって話ですよ」

 逸美ちゃんがうんうんとうなずいて同意する。

「そうらしいわよね~。午後からは曇り空が多くなるんですって」

「そっちじゃないって言ってんだろ」

 さらにボケられて(逸美ちゃんの場合は天然だが)うなだれる鈴ちゃんに代わり、俺がぽつりと小声でつっこんでやる。

「密室殺人も起こるし、物騒で嫌よね~」

「そうだね」

 いずれにしても逸美ちゃんは知識が豊富なだけでなくニュースにも詳しいので、この密室殺人については知っているようだった。

 俺はというと、今日は休みってこともあってニュースも見ずにだらだら準備をしてからここまで来たから、このニュースは知らなかった。

「でも、密室殺人か。詳しくやらないかな」

 そう俺がつぶやくと、逸美ちゃんが俺の肩に手をやって、

「ダメよ~。開くん、こういうニュースは面白がっちゃいけないのよ?」

「別に面白がってなんか」

「そうだよ、開。こういう事件は大抵、面白くもないオチで終わるんだから」

「そういう意味じゃねーよ」

 ジト目を凪に向けるが、凪は眠たげに羊かんを咀嚼している。

 さて。

テレビを観ていると、例の密室殺人について詳しい内容をやるみたいだ。

 若いアナウンサーらしい女性がパネルを用意して、ベテランの男性アナウンサーがパネルを指示棒で指し示しながら丁寧に状況を説明してくれる。

『今回の被害者は、四十代の男性ですね。刺殺です。しかし、部屋には小さな窓がありますが、柵が付いているため出入りできません。開けることはできますが、網戸になるだけですね。また、部屋には鍵がかかってます。完全に密室ですね』

 うん、これは完全に密室だ。いいぞ。

 なかなか探偵としての推理力を試される謎じゃないか。

 男性アナウンサーは説明を続ける。

『そして、部屋の至るところに、すり傷があるようです。なにか細工がなされた可能性もあります。ただ、現場に凶器のナイフ以外のモノはなかったことから、犯行の方法も不明です。呼ばれた第一発見者の警察が部屋に入ったときも、重々しい空気があっただけで、特別な細工はなにもなかったと言っています』

 部屋の様子も映し出された。

 なるほど。被害者が倒れていたと思われる場所の位置が示されている。置物や柱には、細かいすり傷もある。これは糸などを使ったトリックが考えられるな。

『ええ、この被害者の男性についてですが、周囲からは誰かに恨まれるような人じゃないと言われています。ですが、このように密室まで用意して殺害したとなると、それなりに縁があり、そうまで殺害しようとした人間がいたと思うんですが、どうなんですか?』

 男性アナウンサーに聞かれて、評論家風のおじさんが答える。

『まずね、この状況だとね、おっしゃるように顔見知りの犯行で間違いないですよ』

 凪は終始目をつぶったような顔だが、そのやる気ない顔のままうなずく。

「ほうほう。人見知りの犯行ですか」

「顔見知りな」

「ほう」

 こいつにつっこむのはやめよう。やっぱりわざとふざけて言ってるだけだ。

 俺は顎に手をやりながら考える。

「問題は、密室の開け方だな。意外な方法だったりして……」

 そんな俺の横で、逸美ちゃんが笑顔になった。

「わかった~」

「え!? 逸美ちゃん、推理できたの?」

「うん。開くんの言う意外って言葉でピンときちゃった」

「なになに?」

 前のめりになる俺と、「すごいですね」と感心する鈴ちゃん。

 逸美ちゃんは自信満々に人差し指を立てる。

「きっと、実は窓が開いてたのよ~」

 俺と鈴ちゃんがカクっと小さくコケる。

「そんなわけないでしょ! 密室だよ? 前提条件が崩れてるって」

「そうですよ。そんなに簡単だったら日本警察が悩まないです」

 俺と鈴ちゃんの反論に、逸美ちゃんはちょっと残念そうに肩を落とす。

「そうかしら~。いいと思ったのに」

 確かにそれなら楽でいいな。

 今度はお茶をすすっていた凪がコップを置いて、

「ぼくもわかったよ。トリックではなく、犯人の動機の方だけどね」

「そうかよ」

「開、もっと興味を持ってくれよ」

「誰も先輩の妄想は聞きたくないんですよ」

「鈴ちゃんまでひどいじゃないか。まあ、とはいえぼくも鬼じゃない。そこまで言うなら教えてあげよう」

「誰も聞きたくないって言ってるだろ。嫌がらせか」

 しかし凪は話し始める。

「ヒントは、被害者が誰かに恨まれる人じゃないって言われているということ。つまり、犯人は被害者を恨んでいたわけじゃないのさ。したがって、犯人は誰でもよかったからむしゃくしゃしてやったってことだね。OED――証明終了だ」

「それを言うならQED。一本足りないぞ。それじゃオックスフォード英和辞典の略だ」

 俺が訂正してやる。

 さらに、鈴ちゃんが凪の意見をバッサリ切る。

「そもそも、犯人候補については、ほら、いまテレビでやり始めたでしょ? どうせあの中にいるんですよ。むしゃくしゃしてやったとか、どこの最低犯罪者ですか」

「ま、犯罪者になる時点で最低だけどね~」

「あ……」

 確かに、と凪のセリフに納得する鈴ちゃん。逆に納得させられてどうするんだ。

 ある程度情報も出揃ってきた頃だし。

俺はみんなに言った。

「さて。俺がこの密室を解いてあげよう」

「開くんすごーい。わかったのね」

「聞かせてください」

 逸美ちゃんと鈴ちゃんが期待の目を向ける。

 凪はというと、のんきにお茶をすすって羊かんをかじっている。

 まあ、凪はいい。話をしよう。

「まず、密室は簡単に解けるよ。第一発見者である警察が入ったとき、重々しい空気だったと言っていた。これは、ドライアイスを使ったトリックによるものであるためだ」

「ドライアイスですか?」と小首をかしげる鈴ちゃん。

「うん。ドライアイスは液体を経ずに気体になる。これを昇華っていうんだ。それで、その気体というのは二酸化炭素。これによって酸欠にさせる。犯人は用意しておいたドライアイスで徐々に酸欠へと誘い、窓を開けようとしたところで、糸を使ったトリックが発動して、ナイフが背中に突き刺さる」

「ねえ、開くん。どんなトリックなの?」

 逸美ちゃんが目を丸くしている。

 俺は「ちょっと貸して」と逸美ちゃんの持っているボールペンでテーブルにあった新聞に図を描く。

「すり傷があった場所に糸があったとすると、これらの場所に糸が張られる。で、あの小さな窓を目の前にして立つと、棚がちょうど背中に来るんだ。だから、ここにナイフをセットして、被害者に飛び出すようにする。具体的には――」

 と、糸を張り巡らせてできる図を描いた。

「そして、これらはすべて一本の糸でできているから、あらかじめドアの隙間から外に繋がるようにセットしておけば、あとは時を見て糸を回収すればいい」

「なるほど! 開くんすごいわ~! さすが探偵王子ね。部屋にあった擦り傷の場所も完全に一致してる! こんな推理ができるなんてえらいえらい」

「それしかないですね! あたしも納得しました! これ、さっそくテレビ局とか警察に教えてあげた方がいいんじゃないですか?」

 二人に褒められて俺はほんの少し笑みがこぼれるが、照れ隠しに謙遜する。

「それほどじゃないって。みんなやめてよ。大げさなんだから。これくらいの推理なら、そのうちみんな気付くんじゃないかな。あはは~」

 俺は頭の後ろをかく。

 凪は俺が描いた図を横目で見る。

 と、ここで、テレビのニュースで速報が入った。

 俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんの顔がそちらに向く。

『ただいま入りました情報によりますと、犯人は五十六歳の無職の男で、「むしゃくしゃしてやった、誰でもよかった」などと供述しているようです。また、部屋の窓は柵ごと簡単に外すことができ、ここから侵入し、犯行に及んだ模様です』

 スタジオでは、評論家風のおじさんが顎の毛をさすりながら、

『こんなことだろうと思いましたよ。最近物騒な事件が多くて怖いですな。あと、さっき映し出された被害者の部屋の映像ですがね、ありゃあ先月やってた刑事ドラマのやつでしょ。間違えちゃダメだよ、スタッフ。喝だな、これは』

 などと言っている。

 そして、じぃっと俺の描いた図を見ていた凪がぽつりと。

「まあ、現実はこんなもんさ。キミの描いた謎の図が、ドラマのセットでもない限りトリックを実行することが現実には不可能なようにね」

 俺はガクッと肩を落として、

「だな……。気をつけるよ」

 窓の外では、カラスが「アホ―、アホ―」と鳴いていた。


おわり

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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