凪、名言に感動する
テレビを観ていると、名言が紹介されていた。
『チャレンジをした者にしか、成功するチャンスはない。チャンスを呼び込むために動くことがなにより大切だ』
なるほど、と思いながら、俺はお茶をすする。
探偵事務所には、俺と逸美ちゃんと鈴ちゃん、そして凪がいた。
四人でテレビを観ていたのだが、現在紹介されているのは右の名言を言った詩人でありコラムニストであるということだ。
その人物は三十代の男の人なのだけど、彼はこの名言が生まれた経緯を話し始めた。
他にも、
『努力は自分に自信をくれる。だから私は努力しているのかもしれない』
『進むのは少しずつでもいい。一日一歩進めば、一年で三六五歩も前進することができる。続けることが大事なのだ』
『他人の本当の気持ちを知ることはできない。自分の本心に気付くことも難しいのだから』
『馬鹿になれ。馬鹿は無敵だ。敵がいても気付かない』
『自分の心で決めた幸せじゃないと、意味がないんだなぁ』
など。
いくつかの名言が紹介された。
つーか、なんで最後だけみつを調なんだよ。思いっきりインスパイアされてるじゃないか。
このとき、凪がテレビを食い入るように見て言った。
「開、この人すごい人だ!」
相当驚いた顔だ。
「そうだな。こうやってテレビで紹介されるんだもん。すごいよ。なにか特別な才能なんだろうな」
凪はうんとうなずく。
「ハンパじゃないね」
「へえ。凪ってこういう文学的なことに関心あったんだな」
「なんか意外です。でも、大事ですよ、人の言葉に感銘を受けることは」
鈴ちゃんがちょっと見直したように言った。
凪もこういうためになる名言に触発されて、少しはまっとうな人間になってくれたらいいな。
逸美ちゃんが聞く。
「それで凪くんは、どの言葉がすごいと思ったの?」
ためらうことなく、凪は答えた。
「すべてさ」
「すべてって、抽象的だな。本当にすごいと思ってるのか?」
「もちろんさ。彼はすごいよ」
「彼って、名言よりあの人に心酔しちゃったのか」
と、俺が呆れ交じりに笑いながら言うと、凪は難しい顔で腕を組む。
それを見て、鈴ちゃんが揶揄するように凪に言った。
「先輩も、こういう言葉を聞くと少しは悩んだりするんですかね」
「こんなの見たら、ぼくも色々考えてしまうさ。だって、彼は当たり前の普通のことしか言ってないのに、テレビに出てるんだ」
「え?」
俺たち三人の目が点になる。
「普通のことを言ってテレビに出て称賛されるなんて、彼はすごい人だ。開の言うように、なにか特別な才能を持っているのかもしれない」
そっちかよ。
まあ、名言ってある種当たり前のことなのかもしれないけど、凪に言われると妙に核心を突かれた気分になる。
凪はメモをしながら言った。
「こうやって当たり前のことを言うだけでチヤホヤされるなら、ぼくもテレビに出られるかもしれないぞ。よーし、ぼくも今日から名言を書くことにしよう」
チラッとメモを見ると、凪の下手くそな文字が読めた。
『普通のことを普通にすることは、誰にでもできることじゃない』
確かに。
普通のことができない凪が書くと、なるほど説得力があるなぁと思った。
おわり
柳屋凪 イラスト(あけちけの日常と少年探偵団の日常)
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