ポケモンセンターへ行こう
ポケットモンスター、縮めてポケモン。
押しも押されぬ世界的人気コンテンツであるポケモンを、俺が所属する少年探偵団のメンバーはみんなゲームもプレイしているし、アニメだって見たりする。
ポケモンGOの影響もあり、アニメやゲームを親しんだ若い世代の人じゃなくても、ポケモンについて知っている人だって多いんじゃなかろうか。
そんなポケモン好きな俺たちだが、俺――明智開《あけちかい》は今日、同じく少年探偵団のメンバーである少年・柳屋凪《やなぎやなぎ》と二人でポケモンセンターという場所に来ていた。場所は池袋にある。
ここで一応自己紹介しておくと、二人共現在高校二年生。
俺は探偵王子とも呼ばれる少年探偵で、凪はくせ毛がトレードマークの飄々とした変人だ。また、こう見えて凪は情報屋をしている。
まあ、探偵や情報屋っていうのはポケモンにはまったく関係ないけどね。
凪はぐるっとポケモンセンターの中を見回した。
「うむ。ポケモン一色な感じがいいね」
「そりゃあ、ポケモンセンターだからね」
ポケモンセンター(略してポケセン)とは、ポケモンのグッズなどがたくさん売っている専門店のようなものなのだ。ゲーム内では回復場所として知られている。
「じゃあさっそく、ポケモン受け取ろう?」
俺は凪に呼びかけた。
「ここでいいの?」
「うん。いいよ、別にどこでも」
店内に入ると、店内の電波をゲーム機がキャッチして、ポケモンセンター限定で配信されているポケモンを受け取れるのである。
「よし、受け取った」
さらに、同じく少年探偵団のメンバーの逸美ちゃんに頼まれていた分ももらっておいた(逸美ちゃんについてはまたあとで説明しよう)。俺たちがポケモンを受け取りにきた代わりに、逸美ちゃんが今日は探偵事務所で番をしてくれている。
俺だけ遊んでくるみたいで悪いよ、と言ったのだけど、逸美ちゃんは「親友と楽しんでらっしゃい」と送ってくれた。お土産の一つくらいは買いたいな。
「ぼくもオッケーだぜ」
「二つとも?」
「そうさ」
凪に関してはもう一つのソフト(通称サブロム)まで持っている。
二人共必要な分を受け取ったし、第一段階クリア。
そしてまた、もう一つ大事なミッションがある。
店員さんに話しかけ、限定ポケモンがもらえるというシリアルコードが書かれた紙をもらわなくてはならないのだ。あとでゲームをインターネットに繋ぎ、そのシリアルコードを入力することで限定ポケモンがもらえるというワケである。
「いつ店員さんに話しかけようかな」
「開ってばもじもじしちゃって、おトイレ?」
「違うよ。もじもじもしてない」
これはさっき受け取ったポケモンとは別で、いまの時期だけ限定でもらえる。
店員さんに話しかけるのが恥ずかしい人は友達と行くといいのだけれど、一緒に行くような友達がいなくてかといって一人で行くのも気が引ける人には大変な作業である。
幸い俺は凪が一緒でよかったけど、一人では来れたかどうかわからない。まあ、凪の方は気にしない性格だから、一人でもひょこひょこもらいに行けそうだし、そこはうらやましい所だ。まあ、だからといってあいつにはなりたくないけど。
店内を見渡すと、親子連れに外国人、友達同士やカップルなど実に多種多少な人たちであふれている。俺の第一印象は、日本人以外も結構いるものだな、ということだ。ただの子供向けのゲームという認識しかない人が見たらビックリするんじゃないだろうか。
少し歩くと、店員さんがいた。
「あ、もらってる人がいる」
小学校三年生くらいの男の子とお母さんだ。
あの光景を見ると、子供が一緒だともらいやすいよなぁ、という親側になって見てしまうのも、俺がもう子供じゃないんだって思えるところだ。
親子の後ろに並んで、親子がもらい終えると、俺も店員のお兄さんに話しかけた。
「すみません。シリアルコードもらえますか?」
と、ゲームのタイトル画面を見せた。タイトル画面を見せることが、今回の限定ポケモンのシリアルコードがもらえる条件になる。
「はい、もちろんいいですよ」
爽やかなお兄さん。いい人そうでよかった。
「ありがとうございます」
うん、あっさりもらえたぞ。
「ぼくもください」
「はい。どうぞ」
凪もシリアルコードが書かれた紙を受け取り、サブロムを開き直して、
「こっちもあるんですけど、いいですか?」
「大丈夫ですよ。どうぞ」
「ありがとうございまーす」
凪も受け取り、俺も逸美ちゃんの分ももらって、立ち去ろうとしたら、お兄さんに話しかけられた。
「好きなポケモンいますか?」
「リザードンとエーフィが好きです」
実際、リザードンの進化前のヒトカゲの方が好きかもわからないけど、とりあえずリザードンと言った方がカッコイイ感じするからリザードンと答えた。
「おお! リザードンですか。今日もリザードン来てたんですよ。もう帰っちゃったんですけどね」
「そうだったんですか」
リザードンが来ていたというのは、子供たちへのサービスで着ぐるみが店内に遊びに来ていたという意味だろう。前にでかいピカチュウの着ぐるみがトコトコ歩いていたのを見たことがある。
「ピカチュウとかもよく来るので、今度会えるといいですね」
「はい。ありがとうございました」
「楽しんで行ってくださいね」
俺はお兄さんに会釈をしてその場から去った。
よし。これで二つ目のミッションもクリア。あとはのんびり店内を見て回って逸美ちゃんにお土産を買うだけだ。
凪が俺の横に並んで言った。
「開、リザードンに会えなくて残念だったね」
「俺を子供と一緒にするな。着ぐるみに会えなかったくらい気にしてないよ」
ちょっと会いたかったけど。
さて、俺たちは無事二つのミッションもクリアしたので、店内を見て歩いている。
店内は本当にたくさんのポケモングッズがある。ぬいぐるみやキーホルダー、文房具類、小物にコップやお皿、お菓子、衣服、ポケモンのゲームのソフトまで、その種類はかなりの数にのぼると思う。
凪が立ち止まり、
「ピカチュウ可愛い」
と、ピカチュウのグッズを手に取っている。
ポケモンといえばやっぱり一番人気はピカチュウだもんな。ピカチュウのグッズが一番種類が多いんじゃないかな。
今度は、凪は大きなぬいぐるみの耳を触った。
「このブラッキーいいぞ」
ブラッキーというのは、イーブイというポケモンが進化したポケモンだ。イーブイは他にも何種類かに進化が分岐する珍しいポケモンで、俺はエーフィが好きだったりする。さっきのお兄さんにも答えたけどね。
エーフィは太陽がモチーフの一つになっているポケモンで、月がモチーフの一つになっているブラッキーとは対を成す。
そんなブラッキーの耳を触っていると、店員のお姉さんに話しかけられた。
「ブラッキー好きなんですか?」
「え、開もブラッキー好きだったの?」
「おまえが聞かれたんだよ」
「ぼくはもちろん好きさ」
「だそうです」
と、お姉さんに俺が言うと、お姉さんはあははとおかしそうに笑った。
「もうイーブイの頭の飾りはもらいましたか?」
「いえ」
「いまイーブイフレンズってキャンペーンやってて、イーブイとその進化系の中から好きな頭の飾りをもらえるんですけど、よかったらいかがですか?」
「ええと、じゃあ」
子供じゃないからそういうのを頭にするのは少し恥ずかしいし特別欲しいわけじゃないけど、記念にもらえるのはちょっと嬉しいかも。
「はい。では、どれがいいですか?」
「エーフィで」
「ぼくはブラッキー」
「はい、どうぞ」
ありがとうございますと二人でお礼を言った。
「イーブイグッズもいまたくさんあるので、よかったら見ていってくださいね」
「はい」
店員のお姉さんはまた別のお客さんに飾りを配りに行ったようだった。普段は店員さんからしゃべりかけられることは少ないけど、ちょうどそういう企画をやってたところに凪がブラッキーを見ていたから声をかけられたのか。
でも、自分では頭にしたりはしないけど、大事に持って帰ろう。
「凪、そのブラッキー買うの?」
と、凪を見ると、凪はさっそくブラッキーの飾りを頭につけていた。
「ぬいぐるみなんだから、飼うとかお世話するとかそういう話じゃないよ」
「購入するかって聞いたの」
「買ってもいいくらいだな。ただ、ちょっと大きいから買うとしてもネットで注文するけどね。まあのんびり店内を見て行こうよ」
「うん」
また歩き出すと、正面から小学生の女の子がこっちに走ってくるのが見えた。
あれはノノちゃんだ。
能々乃野ノノ《のののののの》――少年探偵団のメンバーで小学四年生。
ノノちゃんはお人形さんみたいな綺麗なさらさらの長い髪を揺らせて、俺と凪の前まで駆け寄って来た。
「こんにちは」
「ノノちゃんどうしたの? 作哉くんと来たの?」
「いいえ。良人さんとです」
「え、良人さん?」
意外過ぎる組み合わせだ。どうしてまた。
良人さん――大分良人《おおいたよしひと》は、探偵事務所のお向かいに住む大学生である。どこからどう見ても普通だが、ちょっと冴えない雰囲気がある、人のいい優しいお兄さんだ。
少年探偵団のメンバーでもあり俺や凪と同い年の八草作哉《やくささくや》くんと一緒に住んでいるノノちゃんが、なぜ作哉くんとではなく良人さんといるのだろう。
良人さんがノノちゃんに遅れて登場し、照れたように頭の後ろをかきながら俺たちに言った。
「いやー。ボクが家に入ろうとしたとき、ちょうど探偵事務所を出たノノちゃんと逸美さんと出会ったのさ。話を聞くと、開くんと凪くんがポケモンセンターに行ったから、ノノちゃんが行きたいって言って逸美さんが連れて行くことにした所らしいんだ」
「それで、ノノちゃんを誘拐しちゃったんですな?」
「うん。あんまり可愛いからつい。て、違うよ!」
ノリツッコミをする良人さん。さらに凪も続ける。
「警察のご厄介にもならずここまで来られたなんて、運がいいなぁ」
「ボクってそんなに怪しいかな?」
俺は苦笑いで、
「そんなことないですよ。あはは」
と答える。
あ、そういえば、ノノちゃんの頭にはニンフィアの飾りがあるのに、良人さんの頭にはなにもない。これってつまり、良人さんは恥ずかしいからつけなかったってことか。
「良人さんはどの飾りをもらったんですか?」
「ボクは黄色いやつ」
「は?」
「え?」
と、俺と凪が聞き返す。
「な、なに? 黄色いやつだよ。ほら、これ」
それはわかる。サンダースだ。
「そうじゃなくて、良人さんサンダース知らないんですか?」
「ありえないよ。知らないでポケモンセンターに来たの?」
「逸美さんは事務所の番があるから、代わりに来てあげたんだよ。ボクがポケモン詳しくなくてもいいだろう?」
まさかいまの大学生でポケモンを知らない人がいるなんて。
凪はため息をついた。
「はあ。良人さんにはがっかりだよ。ただのひげが濃いだけの冴えない青ひげの男だと思ってたのに、ポケモンを知らないなんて」
「散々な印象しかない上にまたイメージダウン?」
色々凪に言われても、めげずにつっこむ良人さんはいい人の鏡だな。
俺はこの二人の会話は一時放っておき、ノノちゃんに聞いた。
「ノノちゃん、良人さんがポケモンを知らないってことは、あのサンダースは作哉くんへのお土産にするつもり?」
「そうです。よくわかりましたね。さすがは開さんです」
「まあ、作哉くんがサンダース好きって知ってるからね」
ふふふ、と二人で微笑み合って、
「開さん、あっちにおっきいぬいぐるみがありますよ」
と、ノノちゃんに手を引かれた。
凪と良人さんはまだおしゃべりしているので、俺はノノちゃんの相手をしてやることにした。
「可愛いです」
自分の頭より大きいぬいぐるみを手に取り、俺に見せるノノちゃん。
「ニンフィアだね」
「はい」
「さっきそれのブラッキーを凪も気になってたみたいだよ」
「いいですよね、この子」
なんか癒されそうだよな。他にも、ノノちゃんはキテルグマというクマのぬいぐるみがモチーフになったポケモンのグッズも楽しそうに見ていた。
「ノノちゃんは、今日はなにか買うの?」
「いいえ。おこづかいもないので、またあとでにします」
「そっか」
俺もついでに逸美ちゃんへのお土産になにかないか見て、手のひらサイズのラプラスのぬいぐるみ(頭にボールチェーンがついている)を選んだ。ラプラスは俺が好きなポケモンなんだけど、逸美ちゃんに似て美人だし個人的にぴったりだと思う。これはあくまで俺の感覚・感性の問題だから異論は認めない。
そのあともノノちゃんと一緒に店内を見て周り、ぐるっと一周してさっき良人さんと別れた場所に戻ってくると、凪がひとりで待っていた。
「あれ? 良人さんは?」
「レジに行ってるよ」
「レジ?」
良人さん、ポケモンについてなんにも知らないのになにを買うんだ? まあそれはいいとして、
「凪はなにか買うの?」
「ぼくはピカチュウの小さなぬいぐるみ。あとお菓子。ポケセンのオンラインだと、お菓子は売ってないからね」
「お菓子か。入れ物がいいよね」
「いろんなもの入れたりできていいですね」
ノノちゃんも目を輝かせている。
「このちっちゃいラムネが入っているケースは三つ入りだし、ひとつノノちゃんにあげるよ」
「いいんですか?」
「もちろんさ」
「わーい! ありがとうございます」
凪の持っているちっちゃいラムネ入りのケースは、フリスクケースみたいな感じだ。ケースが三つあって、三種全部ピカチュウの絵が描かれている。
「さて、ぼくも会計に行ってくるよ。開のそのラプラスも一緒に買ってきてあげようか?」
「ありがとう。じゃあ、良人さんが先に来るだろうから、レジ出たところで待ってるね」
「了解~」
ラプラスを渡すと、凪はレジに向かった。
レジは台数も多いけど、お客さんが多いから結構並ばないといけないのだ。二人で並ぶくらいならどちらかが買ってきた方が行列を作らないし俺たち自身も効率がいい。
「じゃあ行こっか」
「はい」
俺はノノちゃんと二人で店の外に出て、レジ出口の方へ行く。
レジを抜けたあとの出口は別個にあるので、一度店から出ないとそちらへは行けない。
そして続々と出てくるお客さんを眺めていると、ようやく良人さんが出てきた。
「ふう。買った買った」
良人さんは俺とノノちゃんに気付いてこちらに来た。
「もう待っていてくれたんだね。凪くんはレジ?」
「はい。もう少しで出てくると思いますよ」
それより、俺はポケモンを知らない良人さんがなにを買ったのか、その袋の中身が気になっていた。袋はポケモンがプリントされていて中身が透けて見えることはないから、見ようにも見えない。
「ところで良人さん、なにを買ったんですか?」
買ったという満足感に溢れた顔をしていたから、それなりにしっかりした買い物をしたとは思うんだけど。
「いまはナイショさ。凪くんに勧められてつい買っちゃったんだけど、このあと凪くんが来たら、帰り道で教えてあげるよ」
「ノノ、気になります」とノノちゃん。
「すぐにわかるからね」
ニコニコとそう言う良人さんだが、凪のやつ一体なにを勧めたのか。
ちょっとしたらすぐに凪も出てきた。
「ただいマニューラ~」
「おかえリーフィア~。って、変なノリさせるなよ!」
ポケモンを使った俺たちの会話に、ノノちゃんが喜んでいた。さすが小学生。こんなのでも喜んでくれてなによりだよ。
「さて、それじゃあ帰ろうか」
「はい」
俺の言葉にノノちゃんが笑顔でうなずき、俺たちは帰ることにした。
帰り道。
時刻は夕方の五時。
一度探偵事務所に戻ろうということで、俺たちは揃って探偵事務所(と良人さんの家)へと向かうだらだら坂を上っていた。
俺は良人さんに聞いた。
「結局、良人さんはなにを買ったんですか?」
「フフフ。よくぞ聞いてくれたね」
得意げな良人さん。
ガサゴソと袋を漁り、良人さんはなにやら箱を取り出した。
「ジャジャジャジャーン」
「なんですか?」
勢いよく腕を伸ばして上に挙げるもんだから、ノノちゃんが首をそらせて上を向いている。
「これはゲーム機さ。ソフトもあるよ」
と、良人さんはいま出ている中では一番新しいシリーズ最新作のソフトを取り出した。このソフトは2バージョンあるが、俺と同じ方だ。ちなみに凪は違うバージョンである。
「あ、良人さん。それ本体、よく見るとピカチュウじゃないですか!」
「どれですか?」
背伸びをするノノちゃんに良人さんが手を下げて見せてやる。
「わかっちゃった? 限定なんだってさ」
「良人さんもポケモンデビューですね」
「凪くんが教えてくれるって言うからさ。つい買っちゃったよ。今時の大学生がポケモンくらい知らないと笑われちゃうからねぇ」
なんだか自慢げなのがちょっとだけうざいけど、良人さんとも交換や対戦ができたら楽しいだろうな。
ノノちゃんはピカチュウ仕様の本体をうっとりと見て、
「可愛い~。ノノ、これでゲームがしたいです」
「ははは。特別にノノちゃんはいいよ、貸してあげよう。ボクにきっかけ作ってくれたんだからね」
俺は改めて凪に耳打ちする。
「あれ高かったんじゃない?」
「うん。通常のよりはちょっと高いね。ぼく的にはあのデザインなら全然許容範囲だけど」
凪の言葉を聞いて、良人さんは急にナメクジが塩をかけられたように背中を丸めて縮んでしまった。
「どうしたんですか……?」
さっきまであんなに得意顔だったのに。
良人さんはぼそぼそと小さな声で答えた。
「ボク、凪くんに乗せられて勢いで買っちゃったけど、これ買ったおかげでバイト代もなくなっちゃったんだ。思い出しちゃったじゃないか」
「ぼくのおかげか。照れるな~」
頭の後ろをポリポリかく凪に、俺は小声でつっこむ。
「褒められてねーよ」
「お金はまた貯めたらいいと思います。一緒にゲームしましょう?」
ノノちゃんに言われて、良人さんはぱぁっと笑顔になった。
「ありがとう。優しいね。ボク、また頑張るよ」
「うんうん。良人さんは女子小学生とゲームができるのがそんなに嬉しいのか」
「違うよ! 凪くん、そういうボケはもっと小さい声で言うか家の中で言ってよ。ここじゃみんなに丸聞こえで、ボクがヘンタイみたいじゃないか」
凪は足を止めて、驚いた顔になる。
「え?」
「なに?」
「違うの?」
「違うよ! ボクはヘンタイなんかじゃない、普通の人間だ!」
良人さんはまた背中を丸めて、
「ボクのおこづかい……」
しかし落ち込んだのはほんの一瞬で、良人さんはすぐに顔を上げた。
「今度こそちゃんとお金貯めて、ダーツセット買うぞ~」
「ありがとう。一緒にやろうね」
「オッケー。て、凪くんと遊ぶためじゃないよ」
「じゃあ一人でやるの?」
「一人でもできるけど、そういうわけでもないかなぁ」
「じゃあ、女の子にモテるため?」
「え、えっと、うーん、ダーツはスポーツとして楽しそうだけど、確かにやってたら女の子にもモテちゃうかもね」
凪は真剣な顔で、
「良人さん!」
「はい」
「ポケモンをやって小学生の女の子にモテるより、ぼくとダーツをやってお姉さんにモテる方がいいって言うの!?」
「いや、ボクはどちらかと言えば年下好きだけど……て、違うでしょ!」
そういえば良人さん、前に俺と同い年のアイドルにファンレター書いてたっけ。
「凪くん、いいかい? ボクは自分がしたいからやるんだ。それに、キミとだけはダーツをするつもりもない」
「なんでさ? 一緒にやろうよ」
「やだよ。キミ、絶対ボクのこと狙って投げるでしょ」
そんな危険なやついねーよ。いくら凪だってそれはしない。
「やれやれ。ぼくのことをなんだと思ってんだか」
呆れたという顔をする凪だけど、それがおまえの日頃の行いの結果だということは、きっと言われてもわからないだろう。
「あ、良人さん」
「なんだい? 開くん」
いや、やっぱりいまはやめておこう。
「いいえ、なんでも」
言いかけたが口をつぐんだ。
しかし、凪がのんきに言った。
「いや~。今日は限定の色違いポケモンと幻のポケモンがもらえてよかったよ。満足満足。でも、良人さんはまだゲーム始めてないから、またひとりでポケモンセンターに限定ポケモン受け取りに来ないとね。まあ幻のポケモンいらないなら行かなくてもいいんだけどさ」
「こら凪っ!」
さっき俺が言おうとしてやめたのが、そのことなのだ。可哀想だから言わなかったのに、こいつは。
そーっと良人さんを見ると、げっそりした顔で大きく肩を落とした。
「ボクってなんかいつもこうだ……」
「よ、良人さん。でも、ソフトを買うとシリアルコードが書かれた紙はもらえるんだし、一匹はもらえてよかったじゃないですか」
「そっか、そうだね!」
良人さんの顔に光が差し込む。
「まあ、どっちみちもう一回受け取りに行かないといけないんだけどね」
「そ、そうだよね、とほほ……」
だが、すぐに良人さんは顔を上げて拳を握りしめて叫んだ。
「うおぉぉー! こうなったら、ボクもポケモン始めて強くなるぞー! 開くん、凪くん、ノノちゃん。ボク頑張るから、色々教えてね」
俺と凪とノノちゃんは三人で互いに顔を見合わせ、三人でニッと笑う。
「はい」
と、三人でグッと親指を立てた。
こうして、良人さんはポケットモンスターのゲームを始めることになった。
つづく
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