仕事終わりのラーメン
「今日も働いたな~」
手を挙げて大きく伸びをする凪に言ってやる。
「おまえはなにもしてないだろ」
「そうですよ。してたのは邪魔だけですね」
と、鈴ちゃんも続ける。
「言いがかりはよしてくれ。ぼくが情報を提供したおかげで、開が推理できたんだから。むしろ、全部ぼくのおかげと言っても言い過ぎじゃないね」
高説を垂れるように言う凪に、俺はジト目で教えてやる。
「言い過ぎどころか、情報提供してくれたのは鈴ちゃんだし、情報を探してきてくれたのも鈴ちゃんだ」
「そして、先輩は開さんの推理の邪魔をするようにちょろちょろしてただけです」
鈴ちゃんも付け足して言って、さらに作哉くんがつぶやく。
「そういやテメー、今日なにしに来たんだ?」
真顔で聞いてくる作哉くんに、凪はやれやれと手を広げる。
「キミはおまぬけさんだね。今日はぼくたち少年探偵団に依頼が来た。そこで、ぼくは情報屋として事件解決に一役買ったってわけさ。当然のことを聞かないでくれ」
「そうですよ、作哉くん。みんなで頑張ったんです」
ノノちゃんはいい子だから凪のフォローをしてくれているが、それはちょっと違う。
「当然のことができなかったから言われてんだろ? おまえだけ頑張ってないし」
と、ため息交じりに言って、俺はみんなを見回す。
「さて。みんなはこれからどうする? もう夕方だけど事務所には行かずに直接帰る?」
昼間から事件にかかりっきりだったので、もう夕日が街をオレンジ色に染めていた。
今日は少年探偵団の六人が参加したのだ。
俺、凪、逸美ちゃん、鈴ちゃん、作哉くん、ノノちゃんの六人である。
いまの俺の問いかけに、逸美ちゃんが答えた。
「そうね。もうここで解散でもいいと思うわ」
「えー」
と、残念そうに声を揃える凪とノノちゃん。
二人共、まだ遊びたいらしい。実際二人は今日ずっと遊んでいただけだったけど、遊び足りないとは困ったものである。
作哉くんはつと顔を上げて、
「なんか腹が減ったな。ラーメンでも食いに行くか」
と、ノノちゃんを見下ろす。
「ぼくもちょうどそれを言おうと思ってたんだ。ラーメン、いいね~。くぅ~」
凪がにやりとする。
逸美ちゃんも胸の前で手を組んで、
「賛成~」
と目を輝かせる。
「みんなでいきましょう!」
ノノちゃんが右手を挙げると、凪がうなずく。
「それしかないね」
作哉くんは邪険そうに凪を見るが、ノノちゃんも乗り気だし諦めたようだ。ため息をついて言った。
「しゃあねえ。んじゃ、オレの行きつけのラーメン屋があるからそこにするか」
「オッケー。早く行こうぜ~」
凪が先頭を切って歩き出す。
「アイツ、オレの行きつけのラーメン屋知ってんのか?」
「凪さんは情報屋ですからね! ノノたちも急ぎましょう」
俺と鈴ちゃんは顔を見合わせて苦笑する。
「まあ、これは行く流れだよね」
「ですね。お腹も空いてきましたし、だんだんラーメン食べたくなってきました」
「二人共行くわよ~」
逸美ちゃんに呼ばれて、俺たちはラーメン屋に向かった。
ラーメン屋の名前は『雷親父』。
しかし、雷親父には見えない気のよさそうなおじさんが店主のようだ。
店の雰囲気は老舗っぽい。
小綺麗さはないけれど、ほっとするような懐かしさがある。
作哉くんは迷わずカウンター席に座った。ノノちゃんが慣れたようにその隣にちょこんと座った。
それに合わせて俺たちもカウンター席に着く。
並びは、左から作哉くん、ノノちゃん、凪、俺、逸美ちゃん、鈴ちゃん。
店主のおじさんがコップに注いだ水を出してくれる。
「親父サン。オレはいつもので」
「あいよ」
さらりと注文する作哉くん。
ノノちゃんもすぐに注文する。
「おじさん。ノノもいつものラーメンとぎょうざください」
「おう!」
このお店に来るのも初めてな残り四人はメニューに目を落として考える。
「逸美ちゃんはどれにする?」
「どうしようかしら~。どれも美味しそう」
「つけ麺も美味しそうだな」
「わたしは味噌か豚骨か……。どうしよう~」
俺と逸美ちゃんが相談する横で、凪が店主のおじさんに聞いた。
「親方、オススメはなんですかい?」
「うちはチャーシューがうまいよ! とっておきの自家製だからね。だからうちのチャーシュー麺は最高さ。鶏がらの醤油のスープともよく絡むんだこれが!」
「自家製チャーシューか~。う~ん、よだれが出るぅ~」
「ぜひ食べてもらいたいね!」
店員さんがぐいとチャーシュー麺を押すと、凪もビッと人差し指を立てて言った。
「なるほど! よし決めた」
「おっ! 食べてみるかい!?」
「塩ラーメンで」
ズコっと俺たち全員がこける。
店主のおじさんは苦笑いで、
「へい! 塩もうまいから、期待しててね」
「期待してます」
キリッとした顔で言う凪。
この失礼なおバカに代わって、俺は注文する。
「すみません。じゃあ俺、そのチャーシュー麺お願いします」
「ありがとね! そっちのねえちゃんはなんだい?」
逸美ちゃんはニコッと微笑みを返して、
「わたしは開くんのお姉ちゃんなんです」
「そんなこと聞かれてないから」
と、小声で逸美ちゃんに言う。
「うーん。チャーシュー麺は開くんに一口もらえばいいから、わたしは味噌にします」
「味噌ね! あとは嬢ちゃんか。なににするんだい?」
聞かれて、鈴ちゃんは悩ましげにメニューをにらみ、口を開いた。
「えっと、あたしは担々麺ください」
「はいよ。みんなバラバラってのも面白いな!」
「親父サン。全員餃子付きでよろしくな」
「餃子な。ちょっと待っててね」
店主のおじさんはラーメンを作り始める。
この時間、夕方だから人が入り始める時間帯なのだ。そのため店内は賑わい出しているが、まだ他の学生さんが数人程度しかいない。
俺は水を一口飲んで、
「確かに、みんな違うの注文するって珍しいかもね」
ノノちゃんがひょこっと顔を出して、俺に言う。
「開さんはオススメを頼むタイプなんですね」
「そうだね。まあ、その時の気分にもよるけど、俺も味噌ラーメンも好きだからちょっと迷ったかな」
「わたしも好き~」
と、逸美ちゃん。
こうやって逸美ちゃんが味噌を頼んだ場合は一口もらえば満足だったりする。
「ぼくは断然醤油だね。塩やチャーシュー麺もアリだけど」
「おまえ、じゃあなんてチャーシュー麺にしなかったんだよ」
「いや~。気分で」
照れたように答える凪だけど、確かに言われてみればこいつは醤油か塩が多い印象だ。
「そういえば、作哉くんはなに注文したの? いつものって言ってたけど」
「ああ、それはな――」
作哉くんが言いかけたところで、作哉くんの前に皿が出された。
「え?」
なんだあの皿……。
思わず俺と凪と鈴ちゃんが苦い顔になる。逸美ちゃんは気にしてない様子だったが、ノノちゃんは普通の顔をしてる。
「これこれ。これがないと始まらねーぜ」
パキっと箸を割ってその皿に箸を伸ばす作哉くん。
「開、あれどうするのかな?」
「知らねーよ」
凪に耳打ちされたから小声で返したが、なんとなく想像はつく。
皿に乗っていたのは作哉くんの大好物――マヨネーズだったのである。メインのおかずどころかマヨ以外になにもないそれ単品を箸でちょこっとすくって口に運ぶ。
「うめー」
凪は誰にともなくぽつりとつぶやく。
「触覚だけじゃなく、味覚までどうかしてる。可哀想に」
「なんか言ったか? テメーも欲しけりゃ自分で注文しろ」
さらに、作哉くんはマヨをすくって、チラチラと凪に見せるようにして口に運ぶ。
「おっと。こぼれちまわないように。よっと。なんだこれ、うめー」
わざとらしく見せつけるようにマヨネーズを口に入れてご機嫌の作哉くんには、凪の言葉も耳に入らないらしい。
「どーしても食いたいってんなら、こだわり作哉盛りって親父サンに言えばわかるからよ。注文してもいいんだぜ? 特別によ。あー! マヨうめー」
こだわり過ぎだろ、作哉盛り……。
凪は小さく手を振って、
「あんな犬のエサみたいなもの出されても困るから」
と小さな声で答える。
いや、こんなの犬でも食わねーよ。
すると、ここでみんなのラーメンが続々と出てきた。
聞くタイミングを失ってしまっていたが、作哉くんが頼んだのはどうやら豚骨ラーメンだったらしい。
餃子も焼き上がり、あっという間にみんなの注文したメニューが揃った。凪の分だけまだだったが、各々、自分の分が来た人から食べ始めた。
さて、俺も自分の分を食べ始める。
「あ! 美味しい!」
「ね。美味しいわよね。開くん、味噌も食べる?」
「うん! 逸美ちゃんもチャーシュー麺食べていいからね」
「うふふ。じゃあ食べちゃお。いただきまーす」
味噌ラーメンもチャーシューも餃子も美味しいし、満足だ。
逸美ちゃんは俺にチャーシュー麺を返すと、自分の味噌ラーメンにお酢を入れ始めた。
「て、逸美ちゃん……。入れすぎじゃない?」
「いつもこれくらい入れるから~」
「なんか怪しいスープでも作ってるように見えるんだけど!」
でもまあ、身体に悪いもんでもない(と思う)し、好きにさせてやろう。
「鈴ちゃんの担々麺って辛い?」
俺が問いかけると、逸美ちゃんの影から顔を出して鈴ちゃんが答える。
「いえ。他のお店よりほんのちょっと辛いかなってくらいなので、あたしにはちょうどいいです!」
「嘘!? 冗談だよね!? そうは見えないんだけど!」
「そうですか?」
「うん」
なぜなら――鈴ちゃん、キミの顔が唐辛子みたいに真っ赤で滅茶苦茶汗かいてるからだよ!
「いつもこれくらいの食べてるんで大丈夫ですよ。このくらいピリってしてると食べた気するんで」
「ピリってレベルの顔じゃないよね!? なんか苦しそうに見えるんだけど! 食べた気するどころか、俺にはギブアップ寸前でもう食べられなさそうに見えるんだけど!」
「ラーメンってこういうのものなので」
「違うよ!? もっと庶民的なものだよ?」
それでも黙々と汗びっしょりになって食べる鈴ちゃん。
二人共大丈夫かよ。
俺はため息をつく。
チラッと反対側に視線を移したとき、作哉くんのどんぶりが目に入った。
なんか豚骨ラーメン独特の白さ以上にスープが白い。出てきたばかりの豚骨ラーメンを見ていたからわかる。あれは、元の色じゃない。
俺は固まってしまった。
「開くん? ぶふぉ」
お酢を入れ過ぎてむせながらも俺の心配をしてくれる逸美ちゃんに言葉を返せなかった。黙って背中をさすってやるけど、作哉のどんぶりから目が離せない。
そのとき、作哉くんが嬉しそうにマヨネーズの小皿に残っているマヨを全部入れた。やっぱり。このせいだったんだ。
見てたらだんだん気分が悪くなってきた。
「開さん、ボーっとしてるとラーメン伸びちゃいますよ」
「そ、そうだね。ありがとう、ノノちゃ……」
ノノちゃんは普通の醤油ラーメンを食べていた。それと餃子とライス。俺はライスはなくてもいい派なんだけど、ノノちゃんはライス派らしい。
それはさておき。
「ノノちゃん、歯にノリついてるよ」
「え!? は、はずかしいです」
ノノちゃんは赤面しながら口を隠して一生懸命歯についたノリを取る。
ふふ。こういうノノちゃんの歯にノリがついちゃうとかくらいなら可愛いんだけどな。他のみんなはラーメンの食べ方がちょっとおかしい。作哉くんに至っては食べるものももはやラーメンじゃなかったし。一人一人については知ってたような気がするけど、改めてみんなで食べて初めてわかった。
そういや、凪のやつはどうなんだ?
席は俺の隣だけど気にしてなかった。
灯台下暗しってやつか。
「凪」
「ん?」
ああ、凪は普通だ。普通にオムライスを食べてる。口周りにちょこっとケチャップもついてるけど、これくらいならノノちゃんといっしょで可愛いもんだ。
「どうしたのさ」
「別に。なんでもないよ。口元、ケチャップついてるよ」
「サンキュ~」
「うん」
俺は自分のラーメンに向かう。
が、そうしようとして、俺は凪を二度見した。
「て、なにやってんだよ!」
「はい?」
「はい? じゃないって。なんで勝手にオムライスなんか持ち込んでんだよ! すみません、こいつが」
と、店主のおじさんに謝る。
だが、店主のおじさんはハハッと笑った。
「そいつはうちのメニューだよ。うちはオムライスもやってんだ。そのあんちゃんが注文変更したから出してやったのさ」
「そうだったんですか。いつのまに」
「珍しいだろ? ラーメン屋でオムライスって。でもこれいけるんだぜ。スープもついてるし、味も中華風って感じなんだ」
「どれどれ?」
一口もらう。
「わぁ! 美味しい!」
「開オムライス好きだもんね」
「うん!」
「旗がついてるやつ」
「それお子様ランチじゃねーか! もっと普通のだよ。でもこれ、一般的な洋風のとも違っていいな」
逸美ちゃんがぐいっと顔を突き出して、オムライスを見る。俺はスプーンで一口分取って逸美ちゃんの口元に持っていった。
「食べてみなよ。はい、あーん」
「はむ」
逸美ちゃんがぱくりと食べる。
「あら。美味しい。開くんのあーんって最高ね」
「そっちじゃなくて味の感想を」
「うん。中華風もコクがあっていいわ。中はチキンライスじゃなくてチャーハンに近いのね」
「そうそう」
店主のおじさんが説明してくれる。
「家庭で作るならチャーハンそのままでいいかもな。そこにちょっとだけケチャップ入れればそれらしくなるんじゃねーかな」
「へえ」
「今度作ってあげよっか?」
逸美ちゃんに聞かれて、俺は大きくうなずいた。
「うん! 食べたい」
凪はみんなを見回して、
「ふむ。みんなそれぞれ美味しそうに食べてるな~」
「そうだね。今日は色々発見もあったし、今度のオムライスも楽しみだな。凪、もう一口だけオムライスちょうだい」
「いいけど、開……」
「ん?」
凪は俺のラーメン視線を落とす。俺もつられて見る。
「キミがみんなの食べ方につっこんで一人一人と漫才してる間に、麺伸びちゃってたぜ」
「早く言ってくれよ……」
おわり
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