ラブコメができない二人のデートを尾行する話 約束編

 探偵事務所にて。

 俺と逸美ちゃん、凪と鈴ちゃん、その四人が俺たち少年探偵団のたまり場である和室でくつろいでいた。

 ふと思い出したように鈴ちゃんが言った。

「そうだ。あの、みなさん博物館は興味ありますか?」

「あるよ」

 と、凪が即答する。

 しかし鈴ちゃんは俺と逸美ちゃんのほうだけ見て、凪の言葉には返さない。

「わたし、博物館好き~」

「俺も興味あるかな。内容にもよるけど」

 みんなの反応に鈴ちゃんは笑顔で、

「だったら、博物館に行きませんか?」

「どうしてまた」

 凪に聞かれて、鈴ちゃんは眉尻を下げて答えた。

「実は、パパと博物館デートをする約束だったんです。でも、パパ急にお仕事が入っちゃって、行けなくなりまして」

 そうだったのか。ファザコンの鈴ちゃんにはつらくて仕方ないことだろう。残念だ。

「つまり、パパが行けなくなった代わりに、いっしょに行ける人を探してるんだね」

 と、俺がまとめると、鈴ちゃんはうなずいた。

「はい。チケットは二枚しかないので、あと一人だけなんです。逸美さんか開さん、どちらかいっしょに来てくれませんか?」

 凪が小首をかしげて、

「あれ? ぼくって選択肢は?」

 鈴ちゃんはほんのちょっと頬を染めて凪をにらみ、フンと鼻を鳴らして言う。

「先輩だけはあり得ないです。どうせ博物館で騒いで他のお客さんに迷惑かけるでしょ?」

「ぼくはそんなことしないよ」

「なので、逸美さん、開さん。どうでしょう?」

 すがるような鈴ちゃんの瞳に、俺も苦笑いで頬をかく。

「チケット使わないともったいないもんね」

「そうなんです。あ、突然のことで申し訳ないんですが、予定は明日です」

 明日か。

 俺は苦笑いのまま答える。

「ごめんね。明日は依頼人さんが来る予約があるんだよ。だから、俺も逸美ちゃんも行けないよ」

「やだ~。行きたかったのに」

 残念そうに肩を落とす逸美ちゃんに、俺はまた苦笑する。

「あはは。やだ~って、依頼を受けたの逸美ちゃんでしょ」

 凪と鈴ちゃんも少年探偵団のメンバーだ。しかし、探偵と探偵助手として働いている俺と逸美ちゃんに対して、少年探偵団の他のメンバーは臨時でチームとして動いてくれるメンバーなので、探偵事務所で働いているわけではないのである。

「そういうことだからさ、明日は凪と楽しんでおいでよ」

「そうね。凪くんとふたり、楽しんで来てね」

 俺と逸美ちゃんにそう言われて、鈴ちゃんはため息をついて腕を組んだ。

「はぁ。これはもう、仕方ないですね」

 どことなく、鈴ちゃんが嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。鈴ちゃんは凪のことをまんざらでもなく思っている節があるからな。

 鈴ちゃんは頬を桃色に染めて、ちょっとつんけんした感じでチラチラ凪を見て言った。

「先輩。明日いっしょに、は、博物館に、行きまちゅか?」

 最後、緊張して噛んでしまった鈴ちゃん。

「行ってもいいでちゅよ~」

 と、凪が赤ちゃんをあやすみたいに答える。

「もうっ! もうっ!」

 ポカポカと鈴ちゃんは凪を叩いて、腕を組んでそっぽを向いた。

「いいです! やっぱり先輩は誘いません!」

「ごめんって。謝るよ。かたじけない」

「なんですかかたじけないって」

「武士らしく潔く謝ったのさ。面目ない」

「また変な謝り方してー。もういいです。わかりました。いっしょに行ってあげますよ」

 と、鈴ちゃんが腕を組んで、そっぽを向いてフンと鼻を鳴らして言った。

 いや、誘ったのは鈴ちゃんなんだけどな。

 凪は鈴ちゃんのいまの言葉は聞いていなかったらしく、すでに明日のことに想いを巡らせているようだ。

「明日は博物館か~。あれも見たいしこれも見たい。うん、楽しみだ」

「凪。おまえはどんな博物館に行くかもう知ってるの?」

 気になって尋ねると、凪は目を丸くして、

「ん? 知らないよ」

「じゃあ見たいあれってなんだよ」

「こっちの話。それで鈴ちゃん、博物館ってどんな博物館なんだい? 恐竜とかかい?」

「よくわかりましたね。国立科学博物館です。生命の誕生から進化の過程も見られるし、恐竜なんかも見られるので飽きないと思いますよ」

「ほうほう。なるほどなるほど」

 ちょっぴり得意そうに楽しげに説明したあと、凪がうなずくのを見て、鈴ちゃんはまた腕を組んでため息をついた。

「はぁ。面倒なことにならなければいいのですが。先輩、明日は朝の八時に上野駅に集合ですからね」

「え、鈴ちゃん。あそこって入館は九時からだぜ? 駅からも近いし、そんな早くいかなくても……」

「ではあたしは明日の準備もあるので。失礼します」

 さっと鈴ちゃんは立ち上がり、帰り支度をした。

 俺たち三人はぽけーっと鈴ちゃんを見ている。

 鈴ちゃんはツインテールの金色の髪をいじりながら、

「あーあ、なんでこうなっちゃったんだろう。明日は先輩とふたりかぁ。ふたりっきりねぇ……。ふーん。なるほどねー。そうなっちゃうかー」

 などと独り言をぶつぶつ言って、さっさと帰ってしまった。

「鈴ちゃん、パパと行けなかったのがよっぽどショックだったのか。だからってぼくに当たらないでほしいね。やれやれ」

 呆れ顔でそう言う凪だが、ちょっとその認識は違う気がする。まあ、こいつ本人には言わないでおくけど。

「さて、ぼくも帰って明日の準備をしよう。じゃあね」

「うん。またね」

「バイバイ」

 俺と逸美ちゃんが見送って、凪も帰った。

 探偵事務所には俺と逸美ちゃんが残る。

「凪も鈴ちゃんも、楽しみにしてる感じだね」

「そうね。わたしも行きたかったわ~」

 そのとき、探偵事務所に電話がかかってきた。

 逸美ちゃんが電話に出る。

「はい、もしもし。はい。ああ、村井さん。どうも~。明日ですか? はい、はい。そうなんですか~。では、明後日ですね。わかりました。はーい、よろしくお願いします。はい、失礼します」

 ガチャ。

 電話を切って、俺に向き直る。

「開くん、明日は村井さん来ないって」

「そっか。いまの聞いてる限りだと、明後日になったのかな?」

「うん。明後日で、時間は変わらずだって」

「了解!」

 すると、俺たちも博物館に行けるわけか。まあ、チケットの問題でいえば余りがあるわけでもないし、俺と逸美ちゃんはいつも通り探偵事務所でいつ来るかもわからない依頼人を待つとするか。

 そのとき、また電話が来た。

 しかし今度の電話は探偵事務所にではなく、逸美ちゃんのケータイにだ。

「は~い。鈴ちゃん? どうしたの?」

 相手は鈴ちゃんか。どうしたのだろう。

「え~? 明日着ていく服? なんでもいいんじゃないかしら~。そう~? なんでもはよくないの? ええとね、凪くんは清楚なのが好きだったはずよ~。うん、うん。そうそう、そういうの。いいんじゃないかしら。うふふ、髪型なんていつも通りでいいのよ~。うん、うん。ふふっ。鈴ちゃんはセクシーなんて意識しなくていいわよ。そうそう、大丈夫だから。うん、うん。は~い。頑張ってね~。はーい、またね~」

 通話が終わった。

 俺には鈴ちゃんの声は聞こえてこなかったけど、逸美ちゃんの言葉である程度状況とかいろいろ察することはできた。

 逸美ちゃんはスマホを置いて、俺を見て言った。

「鈴ちゃん、すごい張り切ってた」

 うん。それは俺にもわかったよ。

「明日依頼人さん来なくなったから、俺たちも行くとは言えないね」

「そうね~。邪魔したらかわいそうだもん」

「じゃあ、明日はまったりと探偵事務所で……」

 そう言いかけたときだった。

 逸美ちゃんは腕を上げて、

「明日は、凪くんと鈴ちゃんのデートを尾行しよう~!」

「えー!?」

 ということで。

 逸美ちゃんの提案で、俺たちは凪と鈴ちゃんの博物館デートを尾行することになった。


つづく

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