ラブコメができない二人のデートを尾行する話 当日編

 前回、鈴ちゃんが凪を博物館に誘った。

 そこで俺と逸美ちゃんはふたりが問題なく過ごせるか確認するため、ふたりの尾行をすることになった次第である。

「今日は鈴ちゃん、楽しめるかな?」

 逸美ちゃんに聞かれるが、俺もなんて答えるか悩む。

「まあ、大丈夫だよ。なんだかんだいつも凪に振り回されてるけど楽しそうだし、退屈はしないと思うよ」

「そうよね」

 鈴ちゃんは中学生ながら教養があるし、凪は高校生としては雑学も豊富なやつだから、普通にしていれば二人共博物館そのものを楽しむことはできるはずだ。

 現在、時刻は午前九時二十分。

 場所は上野駅改札を出たところ。

 そこには、すでに鈴ちゃんがひとりで凪を待っていた。

 清楚でお嬢様然とした白いポンチョに、水色のスカート。結構気合の入っている服装だ。

 俺と逸美ちゃんはそんな鈴ちゃんをちょっと離れた場所から見ていた。

「それにしても、凪くん来ないわね~」

「昨日、電話で凪に聞いたんだけど、集合時間は九時半になったみたいだよ。さすがに八時じゃ早過ぎるしね」

「そっか~。だったら、もうちょっとしたら来るわね」

「うん。鈴ちゃんが楽しみで早く来過ぎただけだと思うから」 

 鈴ちゃんは落ち着かないようにそわそわしている。

 時間もゆっくりと流れ、時計の針も九時半を指した。

 そのとき、凪がやってきた。

 こういうときくらいちょっと早く来いよ。

「ごめーん、待った?」

 鈴ちゃんは振り返り、上目に凪を見て、

「いえ。あたしもいま来たところで……しゅ……」

「そっか。ならよかった」

 しかし鈴ちゃんの目は丸くなっている。

 なぜなら、凪の恰好がおかしかったからだ。

「あれ? 鈴ちゃん、どうしたのさ。ぼーっとしちゃって」

「……。え? いえ、あの、その」

「まあいいや。行こうぜ」

 と、凪が歩き出す。

「じゃないでしょ! なんでそんな変な恰好なんですか! むきー!」

 とうとう鈴ちゃんがあらぶってしまった。

 さっきまでの恋人を待つかのようなしおらしさとおしとやかさはどこかへ行ってしまったみたいだ。

 逸美ちゃんも楽しそうにほっぺたに手を当て、

「鈴ちゃん楽しそう~。うふふ」

「いや、あれは楽しいとはちょっと違うと思うよ」

 それにしても、凪はどうしてあんな恰好をしてきたのか。

 凪の服は、自転車競技用のユニフォームだった。手にはヘルメットを持ったその姿は、コスプレをしたイタイ人にしか見えない。

 凪は鈴ちゃんを振り返って、

「え、なにが?」

「あたしに恥をかかせないために、ちゃんとカッコイイ恰好してきてくださいって言いましたよね!?」

「だからぼくも恥ずかしい思いまでしてこんな恰好をしてきたんじゃないか。鈴ちゃん好きだったよね、泣き虫サドル。自転車競技のさ」

「たっ、確かにあのアニメ好きですけど、デートにその恰好はないでしょ!」

「わざわざ鈴ちゃんの好きな山登りが得意な填波(みなみ)くんの恰好にしたのに」

「そっ、それは気づきましたけど、やっぱりこういうときにそれはヘンです!」

 凪の青いユニフォームは似合っているけど、鈴ちゃんの言うようにやっぱりこの場にそぐわしくない。ヘンだ。

 すると、鈴ちゃんが張り上げたその声を聞いて、周りの人たちの視線がふたりに集まった。

「あの子たち、可愛い~」とお姉さんが言う。

「彼氏のほうはスポーツマンか」

「へえ。自転車乗るのか、アイツ」

 などと、ささやき合う声が聞こえてきた。

 凪はやれやれと手を広げて、

「キミの考えがわからないよ」

「それはこっちのセリフです」

「ぼく着替えなんて持ってないぜ?」

「だったら、買いましょう! そして着替えてください」

「わかったよ。お小遣いあとちょっとしかないのに。とほほー」

 ということで、凪と鈴ちゃんのふたりは買い物に出かけた。

 そのあとでも博物館は間に合うし、問題はないか。あの恰好で博物館内を練り歩くほうが問題だし、賢明な判断だ。

 波乱のスタートとなった凪と鈴ちゃんのデートは(凪は全然デートと思ってないけど)、急遽コース変更でショッピングからとなった。

 ただ、まだお店もまだ開いてないのでその辺をふらふらとお散歩して、十時になったらショッピング。

 適当なお店を探しているうちに十時になると思うが、それまでふたりで歩くことになったようである。

 俺と逸美ちゃんはササササと電信柱の影に隠れながら移動する。

 探偵王子と呼ばれる俺にはこんな尾行楽勝だぜ!

「フフ」

「ん?」と、凪が振り返る。

 おおぉっと!

 急に振り返るなよ!

 凪のやつ、さすがは少年探偵団のメンバーだ。油断ならない。

「先輩、どうしたんですか?」

 鈴ちゃんに聞かれて、凪はのんきに答える。

「いや、気のせいだったみたい。誰かがぼくらを尾行して、探偵王子と呼ばれる俺にはこんな尾行楽勝だぜ! とか思ってる気配がしたんだ」

「どんな具体的な気配ですか。探偵王子って言ったら開さんしかいないですよ? あはは」

 鈴ちゃんも冗談だと思って笑っている。

「そうだね。開のやつ~。ははっ」

 あいつ、俺の頭の中身までわかってるのか? いやいや、口には出してないし、やはり勘違いだろう。

 どこかのお店に向かって歩いていると、服屋さんの前でちょうど十時になった。

 凪と鈴ちゃんが服屋に入る。

「入ったわね」

「うん。俺たちも行こう」

 ササササと俺と逸美ちゃんも店内に入った。

 しかし、開店したばかりの店内にはまだ俺たち四人だけ。見つからないように動かないといけない。

 棚の影から観察していると、鈴ちゃんが楽しそうに凪の服を選んでいる。

「先輩、今度はこれなんてどうです?」

「いいじゃん。鈴ちゃんに似合うよ」

「そうですか~」

 と、鈴ちゃんはモデルみたいにポーズを決めて、凪に服を突きつける。

「違いますよ! 先輩の服を選んでるんですっ! ここ、メンズしかないでしょ」

「女でメンズ着てもいいと思うけど」

「そういう話はいいですから、これ着てみてください」

「わかったよ」

 凪は鈴ちゃんから服を受け取って、それから堂々と言った。

「そこに隠れている人」

 呼ばれてしまった。

 くそう。こんなに早く気づかれたのかよ。

 仕方なく出ていこうと思ったら、隣の棚から店員さんが出てきた。

「はい」

「試着室はどこだい?」

「あちらになります」

「どうもありがとう。使わせてもらうね」

 ほっ。なんだ、バレてなかったのか。紛らわしい言い方するなよ。

 そのあとも服を選び、凪の恰好もようやく決まってふたりは外に出た。

 俺と逸美ちゃんも外に出る。

 鈴ちゃんはチラっと凪を見て、視線を落として言った。

「な、なんか。こうして並んで歩いていると……デ、デートみたい、ですね」

 ふっと鈴ちゃん恥ずかしそうに顔を上げる鈴ちゃん。

 しかし、凪は鈴ちゃんの言葉には反応せず、まっすぐ前を向いたままだ。

「せ、先輩?」

 鈴ちゃんが凪の袖をきゅっとつかむと、凪は立ち止まった。凪に顔を向けられて、鈴ちゃんはちょっと悲しそうに口を開いた。

「あの、先輩……。ほんとはそういうの、い、嫌でしたか?」

「……」

 凪はぼーっと鈴ちゃんを見て、それから――耳に手を持っていった。

 ん?

 すると、凪の手にはイヤホンがあった。

「なんか言った?」

「ズコー」

 と、鈴ちゃんはオーバーなリアクションでズッコケた。

 凪はなんだろういう顔で鈴ちゃんを見る。

「悪い悪い。明日英語のリスニングの小テストがあってね」

「先輩、普段勉強しないくせに」

「たまにはするさ。みくびってもらっちゃ困るよ」

「なんでよりにもよっていま……」

 ふわりと凪は微笑んで、

「まあ、ぼくたち少年探偵団の仲間同士、言いたいことがあるならなんでも言ってよ。相談でもなんでも乗るぜ」

「う……。そ、そうですね。はい」

 再びふたりが歩き出したが、鈴ちゃんは深くため息をついている。

 完全に凪に意識されていないようなそぶりをされて、落ち込んでいるのかな。

 近くのアクセサリーショップを見て、凪がそちらに歩いて行く。

 鈴ちゃんは「とほほ」とかぶつぶつ言って、

「どうせあたしは女の子扱いされてないし、先輩はマイペースの変人だし……。どうせ先輩はこのあとも絶対変なこと言って、またいつも通りギャグ漫画みたいな展開に――」

 トコトコと鈴ちゃんが凪の元まで歩いて行くと、凪がアクセサリーのひとつを手に取って、鈴ちゃんの髪にあてがった。青色のリボンだ。

「うーむ。やっぱり、ぼくの見立て通りこれが似合いそうだ」

「え?」

 鈴ちゃんが目を丸くする。

「それ、ぼくからのプレゼント。今日の博物館のお礼さ。前払いだ」

 ぽっと鈴ちゃんは顔を赤くして、照れて凪のことを見上げられずに小さい声で、

「ありがとうございます。う、嬉しいです」

「そうか。それならよかった」

 凪はいつもの飄々としたマイペースを崩さない。

 前を歩く凪を見て、鈴ちゃんはぽつりとつぶやく。

「全然、ギャグ漫画じゃないことも言えるじゃないですか」

 なんだか、鈴ちゃんが満足そうでよかった。

 逸美ちゃんもほっこりした顔をしている。

 鈴ちゃんは小さく微笑んで言った。

「今日は楽しかったです。先輩、帰りましょうか」

 なんて満足そうに言うんだろう。まだ午前十時半なのに。

 凪は頭に疑問符を浮かべて、

「え? これから博物館に行くんじゃないの?」

 うわぁーと、鈴ちゃんは恥ずかしそうに頭を抱えた。


つづく

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