ラブコメができない二人のデートを尾行する話 告白編
やっと博物館に行くことになった凪と鈴ちゃん。
途中、何度か不意に凪が振り返ったりして尾行がバレそうになる瞬間があったけど、なんとかバレずに尾行も続けられている。
博物館には、大きな恐竜の化石や歴史的なものがたくさん展示されていた。
「ここは、日本で唯一の総合科学博物館なのよ」
「へえ。すごいね」
「それで、これがフタバスズキリュウの化石標本」
「俺、フタバスズキリュウ好き! 首長竜っていいよね!」
「うふふ。開くん連れてきた甲斐があったわ」
「!」
そういう逸美ちゃんの笑顔にちょっとキュンとしちゃったじゃないか。
いけないいけない。これは凪と鈴ちゃんのデートだった。やっぱり凪はデートと思っている様子はないけど。
肝心の凪と鈴ちゃんはどこにいるのかと見てみると、凪が柵の向こうに入って鈴ちゃんに写真を撮るようせがんでいた。
「鈴ちゃん、撮ってー」
「はーい。て、先輩! ダメですよ! 早く戻ってきてください」
あわわわわ、とテンパってしまっている鈴ちゃん。
「こら! 凪―!」
思わず俺が飛び出そうとすると、逸美ちゃんに取り押さえられる。
「ん?」
凪が振り返ってこっちを見るが、俺は逸美ちゃんにガシッと押さえられて物陰に引きずられたので、見つからずに済んだ。
「開くん、ダメよ~」
「ごめん、つい」
「せっかくの鈴ちゃんのデートなのに~」
「そこじゃないでしょ! あいつやっぱり、なにかやらかすとは思ってたんだよな」
チラッと顔を出して凪の様子を見ると、凪は警備員さんに注意されていた。
あーあ。俺はため息がこぼれる。
凪の厳重注意も終わったところで、凪に電話をかけた。
「もしもし」
『もしもし~?』
「おまえ、鈴ちゃんに迷惑かけてないよな?」
『大丈夫。鈴ちゃんには、迷惑かけてないから』
「にはってなんだよ。じゃあ、他の人には迷惑かけたのか? 鈴ちゃんに迷惑かけるなよ? もちろん、他の人にもだ」
「わかってるさ。さっきだって、さりげなく寝ぐせをリボンで隠してやるファインプレーをしたばかりだぜ?」
「ああ、なるほど。そういうことだったのか。らしくないと思ったら」
『ん? なにがなるほどなの?』
「あぁ! いや、こっちの話。それから博物館っていうのは――」
『ごめん、鈴ちゃんがうるさいんだ。またあとでね』
凪のやつ、都合が悪くなって通話を切りやがった。
こっそり凪のほうを見ると、凪は鈴ちゃんにのんきに言っていた。
「いや~。こんなときに迷惑電話とは困ったよ」
「いまの、開さんからですよね?」
「違うよ。別に鈴ちゃんに迷惑かけるなとか言われてないし」
「さすが開さん。凪先輩のことよくわかってますね。ところで、さっき寝ぐせがどうこうって聞こえたんですが、なんの話ですか?」
「なんでもないよ。こっちの話さ。さりげなくなくなっちゃうよ」
「はい?」
と、鈴ちゃんは小首をかしげる。
博物館を巡っていると、いろんなことを学べておもしろい。
特に逸美ちゃんとなら、博識を聞かせてもらえるからいつまでいたって飽きない。
これで凪と鈴ちゃんの尾行がなければもっとゆっくり見られたのになぁ、という思いもあるけど、あっちはあっちで結構おもしろいことになっている。
「鈴ちゃん、あれは本来海にいた生物が、特別な進化をしたのさ。だから足が短いだろ?」
「ほんとだ、足が短いです。先輩は雑学知ってると思ってたけど、いろんな話を聞けて楽しいです」
「そうか。ぼくも話していていろいろと楽しいよ」
「せっかくの雑学を披露できてですか?」
「いや、ちょっと違うんだけどね」
ははは、とふたりが笑い合っている。
しかし俺は知っている。
凪が言っていることはほとんどが出まかせで、適当なことを言っても信じる鈴ちゃんの反応をおもしろがっているということを。
俺でも危うく騙されそうなるが、あとから逸美ちゃんがする説明と食い違うから出まかせだとわかった。
そして、お昼ごはんを食べたり別館のほうを見たりして、充分に博物館を楽しんだ。
帰り際、鈴ちゃんがもじもじしているのがわかった。
「鈴ちゃん、もしかして告白とかするのかしら?」
「いや、鈴ちゃんだしそれはないよ。気が小さいもん」
でも、そういう子に限っていざというとき……ということもあるから、わからないか。
俺と逸美ちゃんが注目していると、鈴ちゃんが足を止めた。
半歩前を歩いていた凪も足を止め、鈴ちゃんを見て、
「どうしたのさ? おしっこ?」
「違います!」
鈴ちゃん、言いたいことがあるけど言えないのがひしひしと伝わってくる。
「あ、あの! 先輩、ええと……」
「なんだい?」
「いやぁ、その、先輩……あたしに言いたいこととか、なにかないですか?」
そう来たか。
やっぱり告白は鈴ちゃんにはまだハードルが高かったか。
聞かれて、凪はふぅと息をついて、改まったように鈴ちゃんに顔を向けた。
「な、なんでしゅか?」
鈴ちゃんも噛んでしまっている。
凪はしかと鈴ちゃんを見て言った。
「よくぼくがなにか言いたいことがあるってわかったね」
「じゃ、じゃあ……先輩も……?」
うむ、と凪はうなずいた。
え?
まさか、なんとも思ってなさそうだった凪のほうから言うのか?
俺と逸美ちゃんが固唾を飲んで見守っていると、凪は口を開いた。
「今日、博物館にいるあいだ、ぼく気づいたんだ」
ドク、ドク、と鈴ちゃんの心臓が鳴るのが聞こえてくるようだ。
「……」
凪は意を決したように鈴ちゃんの肩をつかむ。鈴ちゃん、顔が真っ赤だ。
「実はぼく、服を買ったせいで帰りの電車賃が足りなくなってしまったらしい。だから貸しておくれ」
「ズコー」
と、鈴ちゃんがズッコケた。
俺と逸美ちゃんももれなくズッコケた。
「あれ? 開に逸美さんじゃないか。みんなしてズッコケてどうしたの?」
力が抜けて立てなくなった鈴ちゃんが、嘆くように叫んだ。
「もぉーイヤー!」
おわり
0コメント