ひったくりで大手柄

 俺は探偵王子。

 世間からはそう呼ばれている。

 探偵事務所で探偵として働いているのもあり、高校二年生ながらこれまでいくつもの事件を持ち前の推理力で解決に導いてきたからだ。

 探偵にとって事件は、常について回るものである。


 学校帰りに、情報屋をしている元クラスメートの友人――柳屋凪と出会った。

 凪はのんきでお気楽な性格だけど、情報屋としての腕は確かなのだ。くせ毛が英国少年のように品がある、なかなか顔立ちの整った少年だ。

いっしょに歩いていると、通りの向こうから歩いてくるお姉さんの後ろから怪しい自転車が近づいた。

 隣では、凪がのんきに鼻歌を歌っている。

「ふふふん、ふんふん、雨あられ~♪ ふふん、ふ、ふんふん、油揚げ~」

 どんな歌だよ。

 横目にジトっと凪を見る。

 その瞬間、正面から叫び声が聞こえた。

「キャー! ひったくりー!」

 向こうから歩いてきていたお姉さんだ。

 後ろから近づいてきていた自転車に乗ったニット帽をかぶった怪しい男が、お姉さんのバッグをひったくったのだ。

「事件だ!」

 自転車に乗ってこちらに走って来る自転車。

 俺は隠し持っていた、特製の折り畳み式の杖を取り出す。

 ピシッと伸びて、くるりと回して構える。

「ひったりをつかまえてー!」

 と、お姉さんが俺に叫ぶ。わかってるさ。

「さあ、来い!」

「邪魔だ! どけー」

 お姉さんが口に手を当てて、

「気を付けて~!」

「わかってます! 任せてください」

 俺はひったりから目を離さず答える。

「どけどけー!」

 と、どんどん自転車が近づいてくる。

「ふふふ、ふんふん、大手柄~♪ ふんふん、ふんふん、歯を磨け~」

 まだ鼻歌を歌って歩き続ける凪。

「ちょっとは気にしろ!」

 俺とお姉さんが同時につっこむ。

「ん? なんか言った?」

 凪がやっと立ち止まって俺を見る。

 その反応に、自転車に乗っていたひったくりが思わずカクリと肩を落とすようにコケる。

「ふざけやがって」

 そのまま通り過ぎようとスピードを上げる自転車。

 俺は杖をくるりと回してひったくりの足を叩き、タイヤを蹴る。

「おわっ」

 体勢を崩したひったくりが勢いに乗って宙返りして、地面に落ちつつ前転する。

 転倒する自転車。

 ひったくりは転倒のはずみでバッグを落っことしてしまったが、前転したのがよかったのか、うまく起き上がると痛そうに腕を押さえて走り去った。

「待て!」

 俺は急いで追いかける。

 角を曲がった。

 しかし、どこをどう曲がったのかひったくりの姿はもう見えなかった。

 仕方なくさっきの自転車が転倒した場所に戻る。

 そこには、ひったくりが落としたバッグを大事そうに手に持ったお姉さんがいた。

 お姉さんは俺にペコリと頭を下げる。

「ありがとうございました! 本当に助かりました」

「いえ。バッグが無事でよかったです。お姉さん、ケガはありませんでしたか?」

「わたしは大丈夫です。それより、キミは?」

 俺は笑顔で答える。

「全然へっちゃらですよ。でも、ひったくりを逃がしちゃったのは悔しいな」

 凪はひったくりが逃げた方向を見て腰に手を当てる。

「まあ、今日のところはこの辺で許してやるか」

「おまえはなにもしてないだろ!」

 と、俺とお姉さんがまた声をそろえてつっこむ。

 凪はやれやれと手を広げて、

「まったく。お姉さんだってなにもしてないくせに。助けられただけで」

「う……。確かに。で、でも。わたしは被害者だから……」

 俺はため息まじりに言ってやる。

「おまえはいちいち変なところつっつくなよ。ていうか、今日のところもなにも許しちゃダメなんだよ、こういうのは」

「そうそう。ひったくりはダメ、絶対」

 と、お姉さんがうなずく。

 凪は目を丸くして俺に聞いてきた。

「じゃあ、知ったかぶりを見つける?」

「知ったかぶりじゃなくてひったくりな」

「それもあり~」

 それしかないんだよ。

「本当はひったくりを探したいけど、お姉さんもバッグも無事だったし、ひったくりがどこ行ったかわからないからな……」

 お姉さんは苦笑して、

「しょうがないですね」

「ええ」

「今日は本当にありがとうございました。あとでお礼させてください」

「いえ。お気になさらず」

 凪は俺の肩をポンポン叩いて、

「開はこう見えて探偵だからいいんだよ。人を助けるのが趣味みたいなもんだし」

「そんな趣味ないしそういう話じゃ――」

 と、俺が言おうとしたところで、お姉さんは目を輝かせる。

「え! 探偵くん? すごい!」

「あの《名探偵》鳴沢千秋の弟子の探偵王子とは開のことさ」

「おい、凪! それは秘密だろ?」

 小声で周りを気にしながら言うが、お姉さんは胸の前で手を組んで、羨望の眼差しを送る。

「そうだったんだ! 探偵王子、生で見るとホントにイケメンで可愛いっ。わかりました。では、探偵事務所にあとでうかがえたらと思うので、よろしくお願いしますね。わたし、用事があるのでこれで」

 お姉さんは最後に「あっ、わたしは山本っていいます。じゃあまたね」と手を振って走り去ってしまった。

「お気を付けて」

 としか俺も言い返せなかった。

 凪ものんきに手を振る。

「もう知ったかぶりに騙されるなよ~」

「だから知ったかぶりじゃなくてひったくりだって」

 と、俺はぼそっとつっこむ。


 翌日。

 朝、家でみそ汁を飲みながら新聞を読んでいた。

 雨やあられについての説明が書いてあるお天気コーナーを読み、その隣の地域のコーナーの隅っこに目を通していると、昨日のひったくりが捕まったという見出しがあった。

「え……?」

 口から油揚げがこぼれそうになる。

 そこには『大手柄。善良な高校生の少年・柳屋凪さんの情報提供によりひったくり逮捕。実はあの探偵王子とは大親友』と書いてあった。

 どういうことだ。

 よく見れば、凪が昼間のお姉さんを助けたことになってるし、しかもあいつ、ひったくりの去り際に発信機をつけていたらしい。だからって、なんで全部あいつの手柄に……。

「納得いかねー!」

 俺が声を上げたので、妹が驚いた。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 ため息をついて、俺は妹に答える。

「いや。変なニュースを見かけただけだよ」

 すると、台所からお母さんが俺と妹に言った。

「早く歯を磨きなさーい。遅刻するわよー」

 俺は新聞のその記事が載ってる部分を丸めてゴミ箱に捨てた。

 急いで学校に行こう。


おわり

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