ポケモンの番組に出た
ノノちゃんはいまポケモンにハマっている。
少年探偵団メンバーの中でも最年少で小学生なのもあり、クラスのみんなともポケモンのゲームで遊ぶようだ。
そんなノノちゃんには、ちょっとした目標があった。それが、ポケモンの番組に出ることである。
探偵事務所では、今日も俺たちはのんびり過ごしていた。
「ポケモンの番組って、毎週やってるやつでしょ?」
「はい。そこに、はがきを書いてるんです」
「なんでも、視聴者の中から選ばれた人が出演してバトルできるってもんらしいぜ」
と、作哉くんが補足した。
「ぼくもよく見るから知ってるよ。ポケモンファンとしては当然のたしなみだからね」
凪がまた適当なことを言っているが、俺もちょくちょく見る。というか、凪が探偵事務所で勝手に録画して一緒に見ることもしばしばだ。
ポケモンの情報をやったりポケモンバトルが見られたり、ポケモン好きなら楽しめるが、ポケモンについて詳しくなくても普通のバラエティー番組としてもなかなか面白かったりする。
ちょうど良人さんもやってきて、
「え? ポケモンの番組? 面白そうだね」
と言うので、今日は探偵事務所に録画が残っていた回をみんなで観た。
……そんなことがあった数日後。
俺が学校帰りに探偵事務所に来ると、もうそこにはノノちゃんがいた。大学生で時間もあって先に来ていた逸美ちゃんと合わせて、現在ここにいるのは俺たち三人だけだ。
「開さん、聞いてください」
来るなり言われて、俺は尋ねた。
「なにかあったの?」
「はい。実は、ポケモンの番組に出られることになったんです!」
「ホントに? よかったね」
どうやら送った手紙が運よく選ばれ、当選したらしい。
ただひとつ、問題がある。
「でも、ノノはいいんですが、作哉くんは忙しくて出られないそうなんです。だから誰か一緒に出てくれる人がいないかと思ってるんです」
子供だけでも出演はできる。だが、ノノちゃんが心細いと言うのだからひとりで行かせるのも忍びない。
「いつなの?」
「それが……」
と、日程を見せてくれたが、ちょうどその日は依頼人が探偵事務所に来て相談を受けるのだ。俺と逸美ちゃんだけでいいからノノちゃんは出られる。そうなると、凪や鈴ちゃんに頼むのがいいのか。いや、二人共まだ学生で子供だし、保護者というには不安だ。
俺と逸美ちゃんが腕を組んで悩んでいたとき、探偵事務所のドアが開いた。
「やあ。来たよ。あ、開くんに逸美さんにノノちゃん。三人だけ? ちょっと見てよ。ボクのフライゴンがさ――」
しゃべっている良人さんの言葉も聞かずに、俺たち三人は同時に閃いた。
「そうだ!」
三人が唐突に言うので、良人さんは目をキョロキョロさせながら、
「はい? え? なんだい?」
ノノちゃんがポケモンの番組に出ることになったと手短に説明してやった。
さらに、ここからはお願いになる。
「良人さん、作哉くんや俺たちに代わって、ノノちゃんの付き添いをお願いできますか?」
「お願いします」
「良人さん……っ!」
俺と逸美ちゃんとノノちゃんに見つめられて、良人さんはちょっと口をもごもごさせて言ってくれた。
「わ、わ、わかったよ! すごく緊張するけど、ボクが付き添いをするよ!」
「ありがとうございます」
三人揃ってぺこりと頭を下げた。
「あ、良人さん」
「なんだい? 開くん」
「でも、良人さんはテレビには出なくても大丈夫ですよ」
「あれ? そうなの? な、なーんだ。それなら全然構わないよ。芸能人も見られるなら一石二鳥さ」
一石二鳥? もう一個の得はどこにあるのかわからないが、快く引き受けてくれて助かった。
「あのぅ、良人さん」
「ノノちゃん、なんだい?」
「もしノノが緊張して、ひとりで出るのが怖くなったら、一緒に出てくださいね」
「フフフ! もちろんさ! それくらい任せておくれよ」
「ありがとうございます!」
髪を揺らして再度頭を下げるノノちゃん。
これで、ノノちゃんのテレビ出演の不安もなくなったな。
ちなみに、しばらくして凪と鈴ちゃんが来てノノちゃんがポケモンのテレビ番組に出ることを話すと、二人共喜んでいた。鈴ちゃんは家族で出かける用事があるから来られないそうだが、凪は行けたら行くと曖昧なことを言っていた。
それから後日。
ポケモンの番組の収録も終わって、いよいよテレビ放送の日が近づいてきた。
「みんなで、ここで観ることにしよう」
凪の声かけで、俺たちは探偵事務所に集まることになった。
そして放送日、俺たちは探偵事務所にいる。
「いよいよだね」
「なんかノノちゃんが出てるってだけで、わたしまで緊張しちゃうわ~」
「でも、今日に限って作哉さんと良人さんが来られなくて残念でしたね」
と、鈴ちゃんが部屋を見回して言う。
現在、俺と逸美ちゃん、鈴ちゃんと凪だけしか来ていないのだ。
「ノノちゃんはちょっと遅れて来るって言ってたけど」
「まあしょうがないさ。確か、良人さんもテレビに出たんだろう?」
「そうらしいよ。俺も詳しくは聞いてないけど得意げだった」
「『頭が真っ白だったけど、ポケモンバトルはボクがした』って言ってたわよ?」
「ノノちゃんがゲーム持ってくの忘れちゃったんでしたっけ? おっちょこちょいですね。ふふっ」
「テレビ的に良人さんで大丈夫かどうか……」
と、凪が腕を組んで目を閉じてつぶやいた。
いや、大丈夫だろ。
「あっ! 始まったよ」
番組が始まった。
最初は別のコーナーから始まり、しばらしくして、番組の後半になった頃、良人さんとノノちゃんの姿が映った。次は対戦だとテロップも出ている。
「良人さんだ」
「本当にテレビに出ちゃってますね」
「ノノちゃんも可愛く映ってるわね」
俺と鈴ちゃんと逸美ちゃんがそれぞれに反応を示していると、凪だけは静かにお茶をすすっている。
CMに入って、CM明けから良人さんとノノちゃんの登場だ。
ナレーションが『今日は、はがきをくれたノノちゃんと、そのおともだちの良人くんが遊びにきてくれたよ!』としゃべっている。
『ノノちゃんも良人くんも、ポケモンが大好きなんだって!』
そんなナレーションに、俺は思わずぽつりとつっこむ。
「ポケモンが好きじゃない人はわざわざ来ないだろ」
「揚げ足取りはいいじゃないか」
そういうつもりで言ったわけじゃないんだけどね。あははと俺は苦笑する。
続いて、
『ノノちゃんはクラスで一番ポケモンが強いんだ!』
と、語尾を上げる調子のナレーションが言った。
スタジオに入ってきたノノちゃんを見て、番組の出演メンバーが「可愛い~!」と言ってくれていた。
「お人形さんみたい」
「こんなに可愛い子に来てもらえて嬉しいね」
出演者の二人に言われて、ノノちゃんも照れてしまっている。
ただ、付き添いの良人さんについては誰もなにも触れていない。
と思ったら、出演者が聞いてくれた。
「あの、お兄さんですか?」
「い、いえ! 違います! ただのともだちでちゅ!」
噛んでしまいハッと口を押えてる良人さん。
「ともだち?」
「へえ。大人のおともだちもいるんだね」
と、出演者も困った反応をしていた。
「近所のお兄さんです。優しいんですよ」
ノノちゃんがうまいフォローを入れると、出演者たちも「そっかぁ」とか「一緒に来てもらえてよかったね!」と空気が和む。
さすがノノちゃん。純真な子はひと言しゃべると周りを安心させてくれる。
この様子を見て俺たちは、親心で落ち着かない。
「大丈夫かな? この感じで」
「どうかしらね~」
「心配ですね。噛んでましたし」
噛み噛みになったり大きなリアクションは鈴ちゃんの得意芸だが(本人は本気で驚いたりしている)、良人さんもなかなかに心配させる。ノノちゃんだけの方が落ち着いて見れたかもしれないくらいだ。
出演者たちもノノちゃん・良人さんもみんな座り、ポケモン好きで有名な出演者のお姉さんがノノちゃんに聞いた。
「ノノちゃんは、どのポケモンが一番好きなの?」
「キテルグマです」
「あぁ! キテルグマかぁ! 可愛いよね」
「うんうん、キテルグマ可愛いよね」
出演者たちもまた和んだところで、今度は出演者のお兄さんが良人さんにも聞いてくれた。
「良人さんは、どのポケモンが好きですか?」
「ボ、ボクは、リーフィアたんゴホゴホ、リーフィアが好きです!」
「なるほどねー。イーブイの進化形もみんないいしね」
出演者たちはむせた良人さんにはなにもつっこまず、普通に相槌を打ってくれた。
今度はまたお姉さんが聞いた。
「今日はどっちが対戦してくれるのかな? ノノちゃん?」
「はい」
「おぉ!」
と、出演者たちも表情を明るくさせる。
しかし、ノノちゃんは申し訳なさそうに言った。
「でも、本当はバトルしたかったんですが、今日持ってくるの忘れちゃって、できないんです」
「あら。残念」
「取りに帰れないもんねー」
と、出演者たちも残念そう。ナレーションも、『ノノちゃんが対戦できなくて残念』と言ってくれていた。
「なので、良人さんにバトルしてもらおうと思ってます」
ノノちゃんの言葉にも、出演者たちは微妙になんて言ったらいいかわからなそうにしている。子供と戦うのと付き添いの挙動不審気味の良人さんでは、対戦するモチベーションも違うというものだろう。
「よ、よろしくお願いします! ノノちゃんがくれたフライゴンを使って、頑張りましゅ」
あ、また最後噛んだ。
だが、ノノちゃんのフライゴンという言葉に、スタジオの出演たちが食いついた。
「へえ。ノノちゃんフライゴンをあげたんだ?」
「はい」
「フライゴンいいよね~! 楽しみ~」
出演者のお姉さんが聞いた。
「誰と対戦しますか?」
ノノちゃんが良人さんを見て、良人さんはうなずく。自由に決めていいよと言っているのだろう。
そして、ノノちゃんは出演者の中で一番強いと定評のあるお兄さんを名指しした。
俺はチラッと三人を見て、
「ねえ、良人さん大丈夫かな?」
「負けて元々よ~」
「そうですよね。始めて何ヶ月も経ってないですし」
「勝たなくてもいいんだよ。面白ければ。テレビ的には逆に付き添いの人がバトルするって時点で面白いしオッケーじゃない?」
凪だけは投げやり以上に適当だが、それはそうだな。まだ始めてちょっとの人が勝てないのは当たり前。
対戦が始まった。
プレイヤー名を見て、出演者のお兄さんが言った。
「あれ? よしおってなってるけど、理由はあるんですか? 確か、良人さんっておっしゃったような……」
「それは凪くんが、いや、その、間違えてちまって。あぁ、間違えてしまって」
「そうなんだー。途中で名前変えられたらいいのにね」
「はい。その通りです。あっ! フライゴンがぁ。とほほ」
「でもノノちゃんのフライゴン強かったよ」
対戦相手のお兄さんに言われて、ノノちゃんは笑顔でお礼を言う。
「ありがとうございます」
「あぁ! リーフィアたん……」
結局、良人さんは相手の一匹目のポケモンに三匹すべて倒されてしまった。
バトル後、良人さんがポケモンを初めてまだちょっとしか経ってないことをノノちゃんが教えてあげると、「ここまで戦えてすごい」などと褒められていた。普通に負けただけだから褒められる内容でもなかったんだけどな……。
最後に、良人さんとノノちゃんはポケモンを絡めたポケモンギャグを出演者の人気お笑い芸人さんと一緒にやらされていた。
ノノちゃんと良人さんはすごく恥ずかしそうだ。
『ノノちゃん、良人くん、来てくれてありがとう。良人くん、もっと強くなってね!』とナレーションが入り、このコーナーが終わった。
見終わって、俺は息をついた。
「はぁ。なんかちょっと疲れたね」
「はい。あたしも疲れました。自分が出てるわけでもないのに」
「でも二人共楽しそうでよかったわ~」
「そうだね。それが一番だよ」
ただ、最後に変に褒められたから良人さんがちょっとだけお調子に乗っていたけど。
凪は大きく伸びをして、それから言った。
「ノノちゃん来る前に終わっちゃったよ~」
そのとき、探偵事務所のドアが開いてノノちゃんがやってきた。
「すみません、遅くなりました」
すると、さっきテレビでノノちゃんがやらされていたポケモンギャグを、凪がマネしてノノちゃんにやった。
「これ面白かったよ」
しかし、ノノちゃんは真っ赤になった顔を両手で覆って恥ずかしがっている。
「あれ? どうしたんだ?」
なにも言えずにいるノノちゃんを見て、凪は頭に疑問符を浮かべた。
俺はため息交じりにつぶやく。
「凪だけじゃなく、明日から学校の友達に言われるんだろうな」
それでも、ノノちゃんの可愛らしさにほっこりした俺たちだった。
つづく
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