カップラーメンを待っているときの三分間はやたら長い。なのに別のことをするととっくに時間が過ぎてるのはなぜだろう
みんなも経験あるんじゃないだろうか。
カップラーメンにお湯を注いだあとの待っている時間が、やたら長く感じることを。
現在、俺はカップラーメンができるまでの三分間を待っているところだ。
俺は明智開(あけちかい)。
世間からは探偵王子と呼ばれる高校二年生だ。
今日も探偵事務所で来るかどうかもわからない閑古鳥が鳴く中、事務所の番をしていたのだけれど、ちょっと小腹が空いてしまった。
そこで、カップラーメンを食べようと思ったわけである。
「よし、いまからちょうど三分後」
俺は掛け時計を見て、時間を確認する。
うん。いまは十七分だから二十分になったら完成。
とりあえずソファーに座った。
そのとき、ゆるくウェーブがかったふわふわの髪を揺らして、この事務所の管理をしている探偵助手のお姉さん――逸美(いつみ)ちゃんがやってきた。
「ただいま~」
「おかえり」
逸美ちゃんは大学一年生。
今日は授業も早く終わったらしいんだけど、いまは自動車免許の教習所に行っていたところだったのだ。
「あら? この匂い」
「うん、カップラーメンだよ」
「いいわね~。わたしも食べたくなっちゃった」
「じゃあ逸美ちゃんのも作ろうか?」
「開くぅーん、一口ちょうだい?」
逸美ちゃんに頼まれると断れないんだよな。
俺はうなずく。
「いいよ」
「わ~い」
ということで、逸美ちゃんもいっしょにソファーに腰を下ろした。
しかしこの三分間、どうしてこんなに長く感じるんだろう。
その理由を逸美ちゃんに聞いてみると、この博識のお姉さんはのんきな調子で言った。
「きっと、お腹が空いているから落ち着かないのよ~」
「なんだかピンとこないなぁ」
落ち着かないってのはわかるとして、やっぱりこんなに時間が長く感じるなんておかしい。
俺は目を細めて、
「もしかして、本当に時間がゆっくり進んでいる……?」
「ありえるかも~」
「て、そんなわけよね。あはは」
「そうね。あはは」
ふたりでそんなたわいもない会話をしていても時間は過ぎる。
時計を見ると、いまは十七分五十秒。
そんな……。
まだ、二分もあるのか……!?
すると、探偵事務所の外から声が聞こえてきた。
「かーいーくーんっ」
この声、凪か。
凪とは、俺の同級生で情報屋をしている少年だ。お気楽マイペースでいつも周囲に迷惑をかけるトラブルメーカーである。
「かーいーくーんっ」
「いいから入れよ」
しかし、そう言っても入ってくる気配がない。
「かーいーくーんっ」
あ、これはまさか。
GO!
俺は急いで探偵事務所を飛び出す。探偵事務所はこの三階建ての建物の二階部分にあるので、急いで階段を降りて一階へ。
そして外に出た。
「かーいーくーんっ。あーそーぼっ」
「凪!」
呼ぶが、凪はお向かいさんの家を見て、
「おお、開のやつ、いるんじゃないか」
「ああいるよ」
「じゃあ出てくれおくれよー」
「おめーの後ろだよ。もういるっつーの」
そう言ってはじめて、凪は振り返った。
「あ、開。そっちにいるならいるって言ってよ」
「いるって言ってるだろ」
「しかしよくこんな近くに引っ越すもんだ。なんか意味あるの?」
「引っ越してねーよ」
「ほうほう」
「昨日も探偵事務所に遊びに来てたじゃないか。どうしたら間違えられるんだ」
「いや~。それほどでもないよ」
と、凪は頭の後ろをかいて照れた顔をする。
「褒めてねーって」
まったく、お向かいさんにまで迷惑かけてんじゃねーよ。いまは留守だったからよかったけど。
こいつはひとりで探偵事務所に来るときはいつもお向かいさんの家のチャイムを鳴らすのだ。それもわざとなんじゃないかと思うほどに。
凪は後ろ手を組んで、おじいさんのようにゆったり歩く。
「さて。それじゃあ開もヒマそうにしてるし、探偵事務所で遊んでやるか」
「俺はヒマじゃないんだ」
「そうなの? とてもそうは見えないけど」
「うるさいなぁ。いまだって、カップラーメンを……」
あ! そうだった!
カップラーメン!
「え、カップラーメンを? どうしたの?」
「忘れてた!」
俺は走り出す。
凪はそんな俺を見て、ぽつりとつぶやいた。
「カップラーメンを忘れた? なに言ってんだ、この人」
俺は駆け足で階段を上り、探偵事務所に戻った。
見ると、逸美ちゃんは読書をしていた。
「あら。凪くんはいっしょじゃないの?」
「いや、すぐ来ると思うけど」
「そうなのね」
「それで、カップラーメンは?」
「なんだかものすごく待ってる時間が長く感じちゃって、ほんのちょっとだけ本を読むことにしたの~。いまは何分かしら~」
くるっと逸美ちゃんが掛け時計のほうへ顔を向けると、そのまま固まってしまった。
現在、二十三分。
あれ? 体感と違っている。
予定の時間を三分も過ぎてしまっているじゃないか。
俺も逸美ちゃんも固まって動けない。
「うぅ……。せっかくのカップラーメンが……」
「伸びちゃったー」
逸美ちゃんが悲しそうに涙を浮かべる。
これでも食べられるけど、おいしさはちょっと落ちるよな。
そう思っていると、凪がやってきてカップラーメンを手に取った。
「ぼくのために準備してくれたのかい?」
ぺりっとフタをはがして中身を見て、うれしそうににやける。
「おぉ~。ぼくの好きな柔らかさ。開ってばわかってるぅ~! さすがぼくの相棒。準備がいいんだから~」
「いや、それは俺が……」
「わたしも一口……」
だが、凪はちゅるりと食べ切ってしまった。
「ふう。美味しかった~。ん? 開に逸美さん、どうしたの? 落ちこぼれて」
「落ち込んでんだよ!」
俺はつっこんで、また肩を落とした。
「カップラーメンを待つときは他のことをしちゃダメだな」
逸美ちゃんもうなずく。
「待ってる時間がやたら長く感じてもね。とほほ~」
おわり
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