おすそわけをされて嫌な気はしないけど困ることはある。そんな自分も気づけばおすそわけをしている。

 とある冬の日のこと。

 我探偵事務所に、みかんがどっさり詰まったダンボール箱が届いた。

 俺は明智開。

 世間からは探偵王子と呼ばれる高校二年生だ。

 今日も俺は学校帰りに探偵事務所へとやってきた。

「あら。おかえり~」

 そう言って柔らかい微笑みを浮かべて迎えてくれたのは、この探偵事務所の管理をしている探偵助手のお姉さん・逸美ちゃんだ。

 女としては背が高く、一七〇センチ弱の俺とも変わらないくらい。胸も大きくスタイルもいい。年は俺より二つ上でいまは大学一年生である。ゆるくウェーブがかったふわふわの髪が逸美ちゃんのおっとりした雰囲気をそのまま体現している。

 俺は、このおっとりしたお姉さんに挨拶を返す。

「ただいま」

「開くん、ちょっと聞いて」

 来るなり、逸美ちゃんは俺に和室を見せた。

 ここ鳴沢なるさわ探偵事務所では、応接間は普通の事務所のような感じだけど、実はなんの変哲もない壁に見せかけてあり、壁は襖になっていてその奥に和室がある。

 少年探偵団のメンバーが集う和室なのだけど、そこにはまだ誰もいなかった。

「これは?」

 あったのはダンボール箱。

 それも二つも。

 逸美ちゃんは困ったようにその箱を開けた。

「これはね、みかんなの~」

「へえ」

 でも、どうしてみかんでそんなに困ることがあるんだろう。これから冬が本番になってくるしみかんなんてあったらみんな食べるのに。

 リアクションが薄い俺を見兼ねたのか、逸美ちゃんは今度は俺の手を引いて給湯室に連れて行った。

「どうしたの?」

「あとね……」

 見てみると、給湯室にもダンボール箱。

 それも二つ。

「もしかしてこれも中身は……」

 逸美ちゃんはこくりとうなずく。

「そうなの。みかんなの~」

 計四つもみかんが!

 俺と逸美ちゃんを合わせて、よく探偵事務所に遊びに来る少年探偵団のメンバーは合計六人。いくら六人いても、大きなダンボール箱に入ったみかんを四箱分もは食べられそうにない。

「あんまり置いておくと悪くなっちゃうよね」

「そうなの。悪くなっちゃったらもったいないわ」

「だね。かくなる上は――」

「うん」

 おすそわけだ!

 俺と逸美ちゃんは無言でうなずき合って、おすそわけ作戦を開始した。

 まず、小分けするために箱を用意する。

「俺たち少年探偵団のメンバーは六人だから、まずは六つ」

「そうね。さらに、お向かいの良人さんのところと、お隣の羽衣ちゃんのところ。さらにお隣のおばさんのところ。これで計九つね」

「まあ、ここに置いておく分はダンボール箱一つでいいとして、残り三つを九つに分ければそれだけで大丈夫かもね」

「そうだよね。一つのダンボール箱を三つに小分けすることになるから、そこそこ持たせちゃうことになるけど、いいわよね~」

「う……。いいと言いたいけど、でっかいダンボール箱の三分の一を持って帰るって結構な荷物じゃない?」

「そ、そうよね……」

 俺と逸美ちゃんは汗を浮かべて苦い表情になる。

 逸美ちゃんがポンと手を打った。

「そうだわ!」

「なになに?」

「依頼に来たお客さんに、期間限定サービスとしてみかんを持たせてあげるのはどうかしたら~」

「あ、それいいね!」

 だが、俺は思い直してつぶやく。

「ただうち、ほとんど依頼人来ないんだけどね」

「そうでした。残念だわ」

 鳴沢探偵事務所に来る依頼の九割以上がこの事務所の所長のところへ行ってしまうので、俺と逸美ちゃんは時折来た依頼人の相手をするのがメインの仕事なのだ。

 そんなところへ来る依頼人などたかが知れている。

「そういえば、このあと作哉くんとノノちゃんが来るって言ってたわよ」

「じゃあ、二人に意見を聞いてみよう」

「うん。そうね」

 こうして、俺と逸美ちゃんは結論を先延ばしにしてみた。

 作哉くんとノノちゃん。

 ふたりはいっしょに住んでいて、ふたりともが少年探偵団のメンバーなのだ。

 正確には探偵事務所で働いているわけではなく、必要なときに集まるチームなので、探偵事務所にはただ遊びに来るのだ。

「おう、来たぜ」

「こんにちは」

 作哉くん、ノノちゃんと挨拶した。

 無造作な金髪を後ろでまとめているヤンキーみたいな強面が作哉くん。俺とは同級生で、交渉人をしている。

 ノノちゃんは小学四年生の女の子でツーサイドアップの明るい茶色の髪を持つ、天真爛漫な子だ。

 俺はふたりに言った。

「ねえ、ふたりはみかん好き?」

「急になんだ?」

 唐突な問いに目を細めて考える作哉くんに対して、ノノちゃんは元気に答える。

「はい。ノノはおみかん好きです!」

「よかったー」

「そうね。安心だわ~」

 あからさまにホッとする俺と逸美ちゃんを訝しげに作哉くんは見て、

「で、どういう話だ? オレもみかんは嫌いじゃねェけどよ」

「よし」

「やったっ」

 俺と逸美ちゃんはハイタッチを交わす。

「だから答えろ!」

 作哉くんが怒ったようにつっこむ。

 実際には顔が怖いだけで怒ってないから、俺も逸美ちゃんも落ち着いて答える。

「実はさ、みかんがたくさん送られてきたんだよ」

「そうなの。だから、ふたりにおすそわけしたかったの」

「んだよ。だったらもらってやるよ。ちっとだけならな」

 ということで、俺はダンボール箱を丸々一つ作哉くんに差し出した。

「これを」

「食えるか! こんなにいらねーよ。全部渡してどうすんだ」

「いや、それが……」

「それでもまだ、四分の一なの~」

 苦笑いの俺と逸美ちゃんに、作哉くんは口をあんぐり開けてしまった。

「マジか」

「うん。マジ」

「大マジよ」

 ノノちゃんはひとりで「わーい」と喜んでいる。

 作哉くんは頭をぐしゃぐしゃとかいて、

「参ったな。正直、オレとノノだけじゃそんだけあるとこれだけでこの冬乗り切っちまうぞ」

「それはステキじゃない」

「オレのカラダの半分がみかんになるっつーの」

 はぁ。やっぱりさすがにこの箱全部はもらってくれないよな。

 ため息交じりに俺は言う。

「でも、作哉くんは腕力あるし持ち帰るのは大量でも問題ないと思うから、せめてその箱の三分の二は持って行ってくれる?」

「まあ、そんくらいならいいけどよ」

 これには作哉くんも了承してくれた。

 逸美ちゃんが補足する。

「おすそわけできる人をピックアップしたら、九人いてね。ダンボール箱が四つだから、うち一つはここに置いておくとして、三箱を九等分するから――」

「オレんとこはノノとふたりだから箱の三分の二ってワケだな」

「そうなの~」

 さすが作哉くん、理解が早くて助かる。

 俺は逸美ちゃんに顔を向けた。

「まずは、九分の四が売れたね!」

「やったね」

 俺と逸美ちゃんと作哉くんとノノちゃんの分がはけた。

 しかしこれでも残りは九分の五。

 まだまだあるな。

 四人で和室に入り、こたつにみかんを置いた。十個くらいは今日のうちに食べたいけど、とりあえずこたつに乗せるだけ。

 こたつで温まりながらノノちゃんが言った。

「みなさん、みかんは白い筋とかって取って食べますか?」

「あはは。みかんを食べるときの鉄板の質問だよね。俺は取らない食べるよ」

 と、俺は答えた。

「わたしも~。本当は皮まで食べちゃいたいくらい」

 逸美ちゃんは食いしん坊だな。

「オレもだ。んなチマチマしたことやってられっか」

 作哉くんはものすごく不器用だからやりたくてもできないのだ。仕方ない。いまだって手をみかんの汁でびちゃびちゃにしてみかんの外側のオレンジ色の皮をはがすのでやっとの不器用っぷりで、剥いたら半分に割って口に放り込む。そして指を舐める。

 あまりにも好奇だったのでつい観察してしまっていると、

「見てんじゃねェ」

 と、注意されてしまった。

 で、俺といっしょになって見ていていっしょになって注意された逸美ちゃんは、うふふと余裕の笑みを浮かべてまた次のみかんを食べる。さすが、肝が据わっている。

 ちなみに食べ方でいうと、俺やノノちゃんは一個ずつ取って食べるけど、逸美ちゃんはちょいちょい二個とか三個同時にぺろりと食べちゃう。

 改めて、ノノちゃんはみかんをまじまじと見て言った。

「ノノは白いの取りたくなるんです」

「ノノちゃんは白いの嫌いなの?」

 と、聞く。

「いいえ。ただ、なんか取りたくなってしまって。おみかんをキレイにしたいだけなんです」

 あはは、と俺たちは笑った。

 その子供心はなんとなく気持ちもわかる。

 みんながひとり一個は食べたところで、探偵事務所のドアが開いた。

「こんにちは」

 丁寧な挨拶をして入ってきたのは、少年探偵団のメンバーの鈴ちゃんだ。

 鈴ちゃんは家がお金持ちのお嬢様で、日本人とイギリス人のクオーターで、金髪ツインテールの中学三年生。楚々とした雰囲気が見た目にもあり、礼儀正しい子だ。

「いらっしゃい」

 と、俺と逸美ちゃんが迎え入れる。

 鈴ちゃんは和室に入り、こたつの上に置かれたみかんを見て、うれしそうな顔になった。

「あれ? 鈴ちゃんってみかん好きなの?」

「え? な、なんでですか?」

「いや、なんかすごくうれしそうだから」

 照れたようにかぶりを振って、鈴ちゃんは答えた。

「じ、実は、あたしドラマとかアニメでしかみかんがこたつの上にあるの見たことなくて」

 おお……、さすがお嬢様。日本の冬の常識を知らないとは。

 ノノちゃんはこたつの上にあるみかんを手に取って、鈴ちゃんその手を向けた。

「おいしいですよ」

「あ、ありがとう」

 礼儀正しい鈴ちゃんは、年下のノノちゃんに対してだけは敬語じゃないけど他の少年探偵団のメンバーには敬語で話す。俺も逸美ちゃんも仲間うちだとため口とかはあんまり気にしないんだけどね。

 鈴ちゃんも和室に上がり、みかんを食べる。

 みかんの皮を丁寧に剥いて、鈴ちゃんは驚いた顔になった。

「どうしたの?」

 逸美ちゃんに聞かれて、鈴ちゃんは声を漏らす。

「なんですか……、この白い塊……」

 あー、なるほど。この子、みかんは白い筋とかも取った状態で出てくるものだと思っている口か。

 博識な逸美ちゃんが教えてあげる。

「みかんには普通ついているのよ。その白い筋は栄養価も高いから、本当は食べたほうがいいの。わたしなんか気にせず食べちゃうわ」

「へえ。そうなんですか。それならあたしも食べてみます」

 一欠け口に入れて、最初は複雑そうな表情を見せたけど、よく噛んで飲み込む。もう一口食べて、うなずいた。

「なんか、思ったよりいけます。白いのもないほうがまろやかだけど、あるのも悪くはないですね」

 そういえば、すっかり忘れていたことがある。

 鈴ちゃんが来るや、すぐにみかんを食べ始まったから、みかんそのものを持って帰ってもらうよう頼むのがまだだったのだ。

「鈴ちゃん、みかんのことなんだけどさ」

「はい?」

 と、小首をかしげる鈴ちゃん。

 そんな鈴ちゃんにたくさんみかんが送られてきたことを説明した。この探偵事務所だけでは食べ切れないことも、持ち帰ってもらおうと思っていることも。

 すると。

「ええっと、はい、わかりました。このみかん美味しかったですし、ありがたくいただきます」

「よかったー」

「ほんと、よかったわ」

 これで、五人分が売れた。

 残りは四人分か。

 こうなったら。

 ご近所の三人分は、いまのうちに配ってきてもいいかもしれない。

「そういうことだから、お留守番お願いね」

「いってきま~す」

 と、俺と逸美ちゃんでダンボール箱を抱えて外に出た。

 三人分だから小さなダンボール箱を三つ。

 俺が二つ抱えて、逸美ちゃんが一つ。

 ふたりでいっしょに回ることにする。

 まずは、お隣に住む俺の同級生の女の子、浅見羽衣。

 浅見さんはとても素直でいい子だ。

 事情を細かく説明しなくても受け取ってくれるだろう。

 玄関脇に俺のダンボール箱二つを置いて、チャイムを押す。

「はーい。あ、開くん。逸美さんも」

「いま大丈夫?」

「うん。平気だよ」

 そう言って、浅見さんは逸美ちゃんの持つダンボール箱に視線を向ける。

「どうもね~。羽衣ちゃん。見て~」

 と、逸美ちゃんがダンボール箱をそのまま見せる。

「どうしたんですか?」

「うふふ。おすそわけよ」

「うわぁ。ありがとうございます! 開くんもありがとう」

「ううん。いいよ」

 浅見さんはダンボール箱を受け取って、下駄箱の横に置いた。そして、思い出したように手を合わせた。

「そうだ! ちょっと待っててね。わたしもこのあとおすそわけしようと思ってたものがあるんだ」

「おすそわけ?」

 俺が首をひねって、逸美ちゃんが「なにかしら」とつぶやく。

 ものの数十秒で浅見さんは大きなダンボール箱を持ってきた。逸美ちゃんが手渡したそれより倍の大きさはある。

「お待たせ。わたしのからのおすそわけです」

「ありがとう」

 と、俺が受け取る。

「みんなで食べてね」

「うん。あ、俺たちからのおすそわけも家族で食べてね」

「はーい。ありがとうね」

「こちらこそだよ。なんか大きさも倍になって、かえって悪かったかなって思っちゃうよ」

 俺が苦笑いでそう言うと、浅見さんは首を横に振った。

「そんなことないよ。こういうのは気持ちだから」

 本当にいい子だな、浅見さんは。

「そうだね。じゃあお父さんお母さんにもよろしくね」

「ありがとうございますって伝えておいてね~」

 と、逸美ちゃんも言った。

「はーい。じゃあまたね」

 浅見さんがにこやかに手を振ってくれて、俺と逸美ちゃんは浅見さんちを出た。

 さて、これでダンボール箱を一つ分は片付いたぞ。

「あっ」

「そういえば」

 俺と逸美ちゃんはつぶやいて、顔を合わせる。

「中身がなんだか聞くの忘れたね」

「言うのも忘れちゃったわね」

 元々も抱えていた二個分のダンボール箱を俺が持ち、逸美ちゃんは浅見さんと交換して倍の大きさになったダンボール箱を持つ。

 浅見さんの家の敷地を出て、お向かいさんの家の前で立ち止まる。

 ふたりそろってダンボール箱を下ろした。

「一応、中身を確認しよう」

「そうね。なにかしら~。楽しみ~。お腹も空いてきちゃったかも~」

「逸美ちゃんは食いしん坊なんだから」

「そんなことないわよ~」

 あははは、とふたりで笑って、ダンボール箱を開けた。

 が。

 その中身を見て、俺と逸美ちゃんは驚嘆の声を上げた。

「えー!」

「そんな~!」

そして、そろって固まった。

「み、みかんだね」

「なんか、おすそわけしたのに増えちゃったね」

「返すのも気まずいし、これはしょうがないか」

「うん。しょうがないと思うわ」

 がくり、と俺と逸美ちゃんは肩を落とした。

 まさかおすそわけしに行って同じ物が増えちゃうなんて、コメディー漫画じゃないんだから勘弁してほしい。

 でも、もらった物はしょうがない。

「逸美ちゃん」

「なに?」

「浅見さんからもらった分は、探偵事務所で食べるとして、その分探偵事務所で食べる予定だったところからお隣のおばさんのところにあげようよ」

「ナイスアイディアよ、開くん。わたしもそう思ってたの。おばさんのところは三世帯で住んでいるから食べるわよね」

「うん」

 ということで、一旦ふたりで探偵事務所に戻った。

 戻ってきた俺と逸美ちゃんを見て、鈴ちゃんが不思議そうに聞いた。

「ダンボール箱、増えてません?」

「新しい箱の中身はなんですか?」

 わくわくしているノノちゃんには悪いが、これは楽しい物じゃない。

「これだよ。食べてていいからね」

「え……」

 ノノちゃん、困惑している。鈴ちゃんと作哉くんは呆れていた。

「オイオイ、なんでふたりもそろって行って増やしてきてんだよ」

「俺だって増やしたかったわけじゃないよ」

 給湯室に行って、ダンボール箱の中身の整理をする。

 浅見さんにおすそわけする前は、九分の五。

 それがおすそわけの交換のおかげでちょっと増えて、九分の六。

 このうち九分の二――つまり三分の一はお隣のおばさんに渡せば、残りは予定通りになるという計算だ。

 準備も出来て、俺と逸美ちゃんはいそいそと探偵事務所を出る。

 ということで、お隣のおばさんの家に行った。

 そこでおすそわけですと渡すと、おばさんは喜んでくれた。

「あらぁ~。悪いわね」

「いえいえ」

「食べてくれるとこちらも助かるので」

 しかし、おばさんはみかんだと知ると、ちょっと困った顔になってしまった。

「ごめんなさいねー。実は、今日のお昼前に浅見さんとこからももらったのよ。だからその半分でいいわ」

「なるほど、そうでしたか」

「わかりました。どうぞ」

 逸美ちゃんが持っていた小さいほうを、おばさんは受け取ったのだった。

 おばさんの家を出て、俺と逸美ちゃんはため息をついた。

「考えたら、浅見さんのところでも渡してるんだもんね」

「そうね、食べ切れないものね」

「そうなると、お向かいの良人さんもご近所だしもらってるのかな?」

「どうかしら。良人さんは大学生だし、午前中は学校で家にいなかったから、まだもらってないって可能性も」

「そうだね。とりあえず渡しに行こう」

 探偵事務所のお向かいの家のチャイムを鳴らす。

 お向かいに住む大学生、良人さん。

 良人さんはどこからどう見ても普通のちょっと冴えない雰囲気が漂う大学一年生で、唯一の特徴はヒゲが少し濃いことだ。でもとにかく優しいお兄さん。

 ダンボール箱を下ろして待っていると。

「はーい」

 返事が聞こえて、すぐに良人さんは出てきてくれた。

「やあ。開くん、逸美さん。どうしたの? ダンボール箱なんか持って」

「おすそわけです」

「よかったら」

 と、俺と逸美ちゃんが言うと、良人さんは笑顔になる。

「え、いいの? 悪いね。ありがとう」

「いえいえ。いつもお世話になってますから」

「こちらこそだよ、開くんにも逸美さんにもお世話になってばかりで」

「中身はみかんですよ」

「そっか~。田舎を思い出すなー。いやー、本当にありがとう」

 ふう。よかった。どうやら良人さんはまだ浅見さんのおうちからおすそわけをもらってないようだ。

 実際、良人さんは元々もこの家に住む小山こやまさんとう夫婦の親戚で、小山さん夫婦がアメリカへ転勤しているあいだ、住まわせてもらっているのだ。大学生だしこっちに住み始めて一年目だし、あまりご近所付き合いはないかもしれない。

 俺がダンボール箱をそっくりそのまま渡そうとしたが、良人さんは受け取る気配がない。

「それで、ボクにはいくつくれるんだい?」

「全部ですよ」

「うそ? うれしいけど、一人暮らしだからそんなに食べ切れないよ」

「食べ切れるわよ~」

「そうそう」

 逸美ちゃんと俺がうなずくが、良人さんは苦笑いで、

「ふたりして適当なこと言わないでくれる? ボクお米ならいくらでも欲しいけどみかんはちょっとつまむくらいでもいいんだ」

 うーむ。俺は考えながら言った。

「でも、良人さんのおうちにも俺とか少年探偵団のメンバーが遊びに行くことだってあるでしょ? そういうとき食べるかもだから、置いておくってのはどうですか?」

「とりあえずね。うん! 開くん、グッドアイデアよ」

 と、逸美ちゃんが賛成した。

 良人さんは煮え切らない表情だったけど、小さく答えた。

「ま、まあ。そういうふうに言われると、ボクひとりじゃないなら食べられるかもしれないし、いいか……」

「もし食べ切れないなーと思ったら冷凍みかんにしてください。きっと美味しいですよ」

「なるほど。開くん冴えてるー! ボク冷凍みかん好きなんだ」

 探偵事務所の冷蔵庫は小さいから、たくさんの冷凍みかんを作る余裕がないのが残念だ。

 でも、今度良人さんのところに冷凍みかんを食べに行くのもいいな。

 むふふ、と内心でそんなことを考えていると、良人さんはダンボール箱を手に持って言った。

「ありがとう。さっそくちょっと冷凍みかんもやってみるよ」

「はい」

「またね~」

 俺と逸美ちゃんはきびすを返した。

 良人さんの家を出て、逸美ちゃんは言った。

「やったね! これで、残りは凪くんの分だけね」

「うん! ひと安心だよ」

 残すひとりは少年探偵団のメンバーでもある凪だ。俺とは同級生でお気楽マイペースなやつだけど、あいつは確かみかんも結構好きだったはずだ。いらないなんて言うとは思えない。

 意気揚々と探偵事務所に戻って、みんなにちゃんと渡せたと報告する。

「おめでとうございます」

 と、鈴ちゃんが言ってくれた。

「みんなも食べてくれるといいですね」

 ノノちゃんもにこっと笑った。

 昼寝していた作哉くんは顔にかぶせていた本をくいっと上げて、俺たちを見る。

「よかったじゃねェか。あとはあのアホだけか」

「アホって言っちゃダメですよ」

 と、ノノちゃんが注意する。

 いくらトラブルメーカーの凪でも、ノノちゃんには優しい仲良しのお兄さんだからな。ノノちゃんも本当にいい子だ。

 そのとき、探偵事務所のドアが開いて凪がやってきた。

 凪はやって来るなり和室でみかんを食べている俺たち見て、にこやかに言った。

「やあ。みんな食べてるね」

 俺はみかんを一個手に取って、

「凪もどう?」

「キミってば本人に言うのかい?」

 は? 本人?

 こいつがなにを言ってるのかわからないのはいつものことだけど、いまのセリフはいつも以上によくわからない。

 凪はぽいっと大雑把に靴を脱いで和室に上がる。

「いやー。よかったよかった。みんな食べてくれて」

「食べてくれてって、まるでおまえが……ん?」

 言いかけて、俺は口をつぐんだ。

 さっきの凪のセリフも、まるでこいつがみかんをくれたかのようじゃないか。

 凪はこたつに入ってくつろぎ切った顔でつぶやく。

「ほーんと、ちゃんと届いてよかったよ~。ちょうどこれくらいの時間には届いてると思ったからね」

「あのさ、凪。もしかしてなんだけど、これ自分がここに送ったものだと思ってないか?」

「なに言ってるのさ。当然じゃないか」

 うわー! やっぱりか。

 すると、外でトラックが停まるエンジン音がして、そらから階段を上る音が聞こえた(この事務所は三階建ての二階部分なのだ)。

 階段を上る足音も止まって、

 ピンポーン

 チャイムが鳴って、逸美ちゃんが出た。

 逸美ちゃんはうれしそうなほくほくした顔で、大きなダンボール箱を抱えてこちらにやってきた。

 ダンボール箱も浅見さんにもらった物のさらに倍はある大きさだ。

「みんな~。なにか届いたみたいなの~。食べ物かも~」

 あんなにうれしそうな逸美ちゃんには言えない。

「わーい!」

「なんですかね?」

「きっと美味しいものだよ。ぼくが保証する」

 ノノちゃん、鈴ちゃん、凪と三人が逸美ちゃんの周りに集まる。作哉くんは顔だけ上げて、ぼそりとつぶやく。

「みかんには飽きてたところだ。楽しみだぜ!」

 そして、ダンボール箱が開かれた。


おわり

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

オリジナル作品を掲載中。

0コメント

  • 1000 / 1000