冬将軍がやってきた

「あー寒い」

 俺は探偵事務所にやってきて、和室に上がってこたつに入った。

 暖房を使うほどでもないけど、こたつがほしい時期。

 しかしやっぱりもう暖房が必要に思える寒さを感じる今日この頃だ。

 俺の名前は明智開(あけちかい)。

 世間からは探偵王子と呼ばれる高校二年生だ。

 今日も俺の働く探偵事務所には少年探偵団のメンバーが集まる。

 少年探偵団は事務所で働いているわけではなく、必要なときだけ力を合わせるチームなのだ。しかし普段は探偵事務所に集まっていっしょにだらだらすることが多い。探偵事務所の応接間の壁には、はた目にはわからない襖があり、その奥が和室になっている。

 放課後に探偵事務所へ行くと、少年探偵団のメンバーでもある小学四年生の女の子・ノノちゃんがすでにこたつに入っていた。

「開さん、こんにちは」

「ノノちゃん、来てたんだね」

「はい」

 ノノちゃんはすっぽりこたつに収まるようにして暖を取っている。

「ほんと、こたつはあったかくていいねぇ」

「ですねぇ」

 ぽけーっと俺とノノちゃんがこたつでぬくんでいると、この探偵事務所の管理をしているお姉さん・逸美(いつみ)ちゃんがあつーいお茶を淹れてきてくれた。

「これでも飲んで温まってね」

「ありがとう逸美ちゃん!」

「ありがとうございます!」

 俺とノノちゃんはお茶の入ったマグカップに唇をつけ、

「あつっ」

 と、二人そろってリアクションを取った。

「うふふ。急がなくても、すぐに冷めたりしないわよ」

 あはは、と俺とノノちゃんが笑って、ふーふーと冷まして飲み始める。

 俺がお茶を口に含んだときだった。

 探偵事務所のドアが急に開く。

 少年探偵団のメンバーでくせ毛の少年・凪(なぎ)だ。こいつは俺と同じ高校二年生で情報屋をしている。とりあえずマイペースなトラブルメーカーである。

 凪は忙しない様子で言った。

「ヘンタイだ! ヘンタイなんだ」

「ぶー」

 俺は思わず吹き出してしまった。

「なんだよ騒々しい」

「開、ヘンタイなんだ!」

「俺がヘンタイみたいに言うな! それを言うなら大変だろ?」

「そんなのどっちでもいいよ。聞いてくれ」

「どっちでもよくねーよ」

 騒々しく凪がやってきて数秒後、遅れて金髪ツインテールの少女がやってきた。

 この子は鈴(すず)ちゃん。少年探偵団のメンバーであり、中学三年生でクオーターのお嬢様だ。

「先輩、急に走り出さないでくださいよ」

「キミがあんなことを言ったからじゃないか」

「あんなこと?」

 逸美ちゃんが不思議そうに小首をかしげる。

 正直、どうせまたくだらないことなのはわかっているから聞きたくなかったが、仕方ない……聞いてやろう。

「それで、鈴ちゃんがなんて言ったって?」

「実は、将軍がやってきたって言うんだ」

 それだけ言う凪に、鈴ちゃんが呆れ顔で補足する。

「先輩、ちゃんと人の話を聞いてください。あたしが言ったのは冬将軍です。冬将軍が到来したから、今日はこんなに寒いんですよ」

「なんだ~。騙された」

 凪がつまらなそうに言って、俺のお茶を飲んでこたつに潜り込む。

「あっ! 俺のお茶飲むなよ」

「いいじゃないか。減るもんじゃなし」

「減ったよ! 中身がなくなっちゃったよ!」

 と、空になったコップの中身を凪に向けるが、こいつは見もしない。

 逸美ちゃんはニコニコと微笑みを浮かべて、

「まあまあ、開くんにもまた淹れてあげるから。待っててね」

 鈴ちゃんも和室に上がり、こたつに入る。

 そして、ノノちゃんが俺と鈴ちゃんに尋ねた。

「あの、冬将軍ってなんですか?」

 これには俺が答える。

「寒さ厳しい冬のことだよ。冬将軍が到来したとかやってきたっていうのも、冬を人にたとえたものなんだ」

「擬人化だね」

 と、凪が言う。

「そうだったんですか」

 ノノちゃんもひとつ勉強になったようだ。

 鈴ちゃんは言った。

「擬人化することって、日本の文化ではよくありますよね。北風と太陽のお話もそうですし、日本に限らず言えば神様の擬人化なんてのもありますしね」

「うんうん、果物や都道府県まで擬人化してイケメンや美少女になるもんね」

「先輩、それはちょっと違います」

 擬人化としてはいまやサブカルチャーの方が多いが、ゲームに登場するモンスターも植物の擬人化があったり動物の擬人化があったり、もはやなんでも擬人化される時代だ。

「しかし昔の人はよく冬将軍なんて言葉を考えたもんだよね」

「寒さの表現の強さとしては、ピカイチですもんね」

 逸美ちゃんが「お待たせ~」とお茶を持ってくれて、それから冬将軍について説明してくれた。

「冬将軍はね、ナポレオンがモスクワを攻めたとき、冬の厳しい寒さに勝てずに敗走したことから言われるようになったのよ」

「へえ。そこが語源なんだ」

 さすが逸美ちゃん。物知りなお姉さんはなんでも知っている。

「日本では特に、冬の時期に南下するシベリア寒気団を言うことが多いみたいよ」

「ふーん」

 こたつに入ってうつぶせになっていた凪がころんと回って、仰向けになって言った。

「将軍、早くシベリアに帰らないかな~」

「なに言ってるんですか、先輩。これからが冬本番なのに」

「鈴ちゃん、やけに嬉しそうだね。寒いのに」

「寒いって、あたしが寒いみたいな言い方はやめてください。でも、嬉しいのは当たりです。冬はクリスマスのイルミネーションや一面雪に包まれた銀世界、綺麗な物がたくさんある季節ですから」

 すると、ここでヤクザかヤンキーみたいに怖い顔をした少年・作哉(さくや)くんがやってきた。彼も俺や凪と同い年の高校二年生で少年探偵団のメンバーだ。

 ただ、普通ではないところがある。

 それは痛覚がない点である。そのため力の制限ができないが、とにかく腕っぷしが有り得ないほど強い。

「おう。来たぜ」

 作哉くんは和室に上がって座るが、こたつには入らずあぐらをかいている。

 ノノちゃんは横に座った作哉くんに質問した。

「作哉くんのところには冬将軍が来てないんですか?」

「アン? 冬将軍?」

「さっき冬将軍について話してたんだ」

 俺がそう言うと、作哉くんは納得を示した。

「そういうことか」

 凪がノノちゃんに言う。

「ノノちゃん、作哉くんのところには冬将軍は来ないんだよ」

「なんでですか?」

「それは、作哉くんは痛覚がなく温度をほとんど感じないからさ。だから、寒さもわからない。身体がおバカになっちゃってるんだ」

 と、凪が説明した。

「かわいそうです」

 しゅんとするノノちゃん。

 作哉くんは凪の頭をばこっと殴る。

「いたたー」

 頭を押さえる凪。

「オレは元々そういう体質なんだ。むしろ寒さなんてわかんねェほうがいいぜ」

 バタン。

 ドアが開いて、今度は探偵事務所のお向かいに住む冴えない普通の大学生・良人(よしひと)さんまでやってきた。

「遊びに来ちゃった。こたつ入れてー。寒いよね、今日」

 ははーん。

 俺は状況を察して問うた。

「良人さん、さては自分の家の暖房掃除してなくてまだ使えないから来たんですね?」

「ぎくっ」

 良人さんは肩を丸めた。

 俺はくすっと笑って、

「まあ、別にいいんですけどね」

「あはは。さすが開くん、探偵王子はひと味違うや。ここなら暖房ついてるかと思ったけど、まだなんだね。でもこたつがあったかいよ」

「良人さんのところにも冬将軍が来たんですね。来ないのは作哉くんのところだけです」

 眉を下げるノノちゃんに、作哉くんがひらひらと手を振った。

「だからいいって。オレは寒ィとかわかんねェからよ」

 どうしても寒さを知ってほしいらしいが、まあ体質の問題だし無理だな。

 そんな作哉くんに良人さんが言った。

「そっちのほうがいいよ。ボクも寒いのは好きじゃないんだ。すき焼きは好きやけど。なんちゃって。ははは」

 ひゅー

 と、風が吹くような寒気が俺たちに走った。

 作哉くんまでぶるっとする。腕で身体を押さえて、

「なんだ、このカンジ……」

 凪がそれを見て、つぶやいた。

「ようやく作哉くんのところにも冬将軍がやってきたか」

「それは冬将軍の仕業じゃないけどな」

 と、俺はつっこむ。

 作哉くんはいそいそとこたつに入った。

おわり

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