つれない態度でメロメロにさせたい

 最近、気づいたことがある。

 俺といっしょに探偵事務所で働いている幼なじみのお姉さん――逸美ちゃんは、結構モテるということに。


 逸美ちゃん、フルネームは密逸美。

 高校二年生の俺より二つ上だから、現在大学一年生。

 美人で胸も大きくスタイルがいい上、普段からふんわり穏やかで天然ボケが入った隙だらけの人なので、考えるまでもなくモテるのは当然なのだ。

 だけど、いつもすぐそばで抜けてるところとかマイペース過ぎるところを見ているから、逸美ちゃんがモテるなんて考えたこともなかった。

 ちなみに。

 俺の名前は明智開。

 世間からは探偵王子と呼ばれる少年探偵だ。

今日は逸美ちゃんの大学に来ていた。

 逸美ちゃんが俺に食べさせたい学食があるとかで、連れてきてもらったのだ。平日だけど試験期間最終日だから俺の高校はお昼前に終わり。うまくタイミングが合ったわけである。

「開くん、どうしたの?」

 と、逸美ちゃんは長い栗色の髪を揺らせて俺の顔を覗き込んだ。

「いや、別に。考え事をちょっと」

「そっか~」

 のんきにそれだけ言って、逸美ちゃんは俺の半歩前を歩く。

「あのさ、逸美ちゃん」

「なあに?」

「逸美ちゃんって、大学ではお友達とか、その、多いの?」

 さっきから学内を歩いていて、逸美ちゃんが通りかかると逸美ちゃんに視線を送る男子学生の姿がよくあるので、つい気になって聞いてみた。

「それがね~。わたし、お友達は多くないのよ~」

 なんだ。そっか。ちょっと安心してしまった自分がいる。

「逸美ちゃんって優しいし穏やかで物腰が柔らかいから、友達もたくさんいると思ったんだけど」

「そんなに褒めてなんにも出ないわよ。つん」

 と、逸美ちゃんは昭和っぽく俺のほっぺたを人差し指でつんとした。

「……」

 これでつい照れてしまうのも、俺のまだまだなところだぜ。

「でもね、わたしはコミュ障かもしれないの~」

 困り顔でそう言う逸美ちゃんに、俺は小首をかしげた。

「急にどうしたの?」

「実はね、わたしが普通に話していても、いつもずれてるとか天然って言われちゃって。困っちゃう」

 たぶん、困ってるのは周りのほうだ。

「天然とコミュ障は違うって。それより、食堂ってあそこ?」

「うん。そうさ。よくわかったね」

 と、少年探偵団仲間の柳屋凪が言った。

「いやー。それっぽいっていうか、あれ以外にないでしょ。て、え! 凪? なんで」

 俺が驚くと、凪は飄々と答えた。

「ぼくは凪だよ」

「それは知ってるよ。確かにクエスチョンはそこにしかなかったかもだけど」

 なんでこいつがいるんだ。凪は俺とは別の高校に通っているから、今日は試験日じゃないしこの時間学校にいるはずなのに。

 そもそも、この凪は情報屋であり少年探偵団のメンバーでもあるため、毎日のように探偵事務所に遊びに来る。英国少年のような品のあるくせ毛が特徴で、俺と同じ高校二年生、身長も俺と変わらない。

ついでに言うと逸美ちゃんも女としては背が高くて俺とも変わらないほどだ。

 逸美ちゃんは驚きもせずに凪に聞いた。

「凪くん、どうしたの?」

「いや。ぼくはどうもしてないよ。失礼だな」

「やっぱりわたしってコミュ障かしら~」

 ダメだ。この二人はどっちもちょっとおかしいから、会話が成り立たない。

「で、凪はどうしてここにいるの? 学校は?」

「ちょっとお腹が空いてね。小腹を満たすのにちょうどいい場所を探していたら、ここにたどり着いたっていう寸前さ」

「それを言うなら寸法だ」

 わかってはいたけど、この自由人になにを言っても通じない。こいつが学校をサボっても普通のことのように思えるくらいだし、これ以上の追及は無意味だ。労力の無駄だ。

 逸美ちゃんは笑顔で手を合わせた。

「でも、凪くんも来てくれて嬉しいわ。開くんにね、学食を食べさせてあげたくて連れてきたの。そこに開くんの相棒の大親友くんまでいっしょなんて、お姉ちゃん嬉しい」

「えっへん」

 と、凪が胸を張る。

 俺はため息がこぼれる。

 見てわかる通り、逸美ちゃんは俺のことを本当の弟のように思っていて溺愛してくれている。だが、幼なじみでもあるし、やはり弟でしかないような感じなのだ。

 だから、俺はちょっと考えているのだ。どうしたら意識してもらえるのかを。いまの居心地のよい関係も壊したくないけど、ちょっとくらい意識させたい、そんな少年心にお姉さんがいつ気づくのかは不明だけど。

 三人で食堂に入った。

 逸美ちゃんがオススメだというメニューの食券を三人分買ってくれた。

 凪がぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございまーす」

「いいのよ~。来てくれて嬉しいんだから。お姉さんに任せなさい」

 俺は凪を小突いて、

「おい、おまえこれが目的だな?」

「違うよ。奢ってもらえるかもらえないかで言えば奢ってもらえるほうがいいなとは思ったけど、そのために高校をサボったとかそういうことはないって」

「ちゃっかりしてるな」

「いやいや、むしろ奢ってもらったほうが逸美さんの顔を立てる結果になると思ってのことなんだ」

 よくペラペラとそんな出まかせが出てくるものだ。

 俺は逸美ちゃんに向き直って、

「ねえ、逸美ちゃん。俺は自分で出すよ。お金も返すって」

「お姉ちゃんに任せなさいって。開くんを連れてきたのも、カッコイイところを見せるためでもあるんだから」

 ふふっと逸美ちゃんは大人の笑みを浮かべた。

 やっぱり敵わないな。さすが俺より年上のお姉さんはカッコイイ。普段はあんなに天然さんでも。

 注文を済ませて頼んだチキンタツタ定食が出てきた。

 それを受け取って、俺たちは空いている席に座った。

 四人掛けのテーブル席で、俺と凪が隣に並んで、逸美ちゃんが俺の向かい側に腰を下ろしている。

 ここで、凪がトレイを見て言った。

「あ、お冷がないや」

「ごめんね~。いま持ってくるわ」

「俺も行くよ」

「いいのいいの。お水三つくらいわたしが持ってくるわ」

「あ、ありがとう」

 俺は浮かした腰を落として、座り直す。

 すると、凪が俺に目線だけ向けて言った。

「開、なにか悩んでいるね」

「う……。べ、別に~?」

「なるほど、恋の悩みか。年上のお姉さんは思っていた以上に、学校では男子学生の視線を集めている。それにちょっぴり焦ってしまった」

 な、なんでわかるんだ……!

「そして、いつまでも幼なじみのような関係でいていいのかと悩んでいる」

 くそう。さすが少年探偵団の情報屋にして、俺の相棒を自称するだけはある。

「とかだったらおもしろいのに」

「ズコー」

 と、俺は机に突っ伏してしまいそうになり、チキンタツタ定食があるのに気づいて踏みとどまる。

 もう! なんだよ。

 凪はチキンタツタ定食をいろんな角度から眺めながら、

「なんだ、本当にそう思ってたのか」

「うるさい!」

「自分だって美男子じゃないか。キミは気づいてないかもだけど、女子大生のお姉さんたちもキミのことチラチラ見てたし」

 そうだったのか。それはちょっと嬉しい。

「探偵王子って呼ばせてるくらいだし、お互い様だよ」

「呼ばせてるんじゃなくて呼ばれてんだよっ」

「ほうほう」

 と、凪は気のない返事をする。

 俺は腕を組んでそっぽを向いた。

「茶化してるなら帰れよ」

「そうむくれないでくれ。そんなキミに、ぼくからアドバイスをあげよう」

 ピクッと俺の耳が反応する。

「な、なに? なにかあるなら、聞いてやってもいいけど?」

「うむ。キミたちの関係にはない、あるキーワードだ」

 キーワード?

「それは、つれない態度さ」

「どういうこと?」

 いつのまにか俺は凪に顔を向けて話を聞いていた。

「キミたちは幼なじみにしてはベタベタに仲良しなんだけど、ダダ甘の逸美さんに開は駆け引きとかなしに普通に慕っている。ただの仲良し姉弟みたいにね」

「そうか! 押してダメなら引いてみろってやつか」

「そもそも、キミは押したこともないけどね」

「いちいちうるさいなぁ」

 そうこう話していると、逸美ちゃんが戻ってきた。

「まあ、頑張りたまえ」

 うん、と俺はうなずいた。

 まったく。凪のやつ、いつもトラブルメーカーで周りに迷惑ばかりかけているくせに、たまにはいいこと言うじゃないか。いや、初めていいこと言ったんじゃないか?

 逸美ちゃんはコップを三つ器用に持って、

「ごめんね~。並んでたの」

「あっ、逸美ちゃん。ありがとう!」

「うふふ。いいのよ。お水持ってきただけなのにそんなに喜んでもらてわたしも嬉しいわ」

 ハッ。

 いけない。これではいつもと同じじゃないか。頑張ってつれない態度を取るんだ。けど、つれない態度ってどんなのだ?

 逸美ちゃんは俺と凪のトレイを見る。

「あら? 二人共、食べてたらよかったのに」

「そんなわけにはいかないよ。俺、逸美ちゃんといっしょに食べたかっ……」

 これか。これがいけなかったのか!

 俺は咳払いをして、取り直す。

「いやー、なんだかその、まずは見た目を楽しんでただけだし。写真を撮りたくなる感じっていうか」

「ああ、インスタントね」

 と、凪が相槌を打つ。

「そうそう、三分待てば出来上がり~! って、それを言うならインスタだろ」

「開、インスタとかしてないじゃん。そんな言葉を知っていただけ成長したね」

 くそう。こいつ、俺のことなんだったと思ってるんだ。確かにそういうのよくわかってないけど。

 チラッと逸美ちゃんを見ると、おかしそうに笑っている。

 ふむ。これは凪との漫才をしただけになってしまったらしい。

 逸美ちゃんが俺と凪に呼びかけた。

「それじゃあ、食べましょうか。いただきまーす」

 俺と凪もいただきますを言って、俺たちは食べ始めた。

 まずは、このチキンタツタをどう食べるかだ。

 つれない態度でメロメロ作戦、スタート。

 ――しかしどうしたものか。

 どうやってつれない態度を演出してみるか。

 わからないし、まずは食べてみよう。

 一口。

「……ん! 美味しい! 逸美ちゃん、これ衣もサクサクだし美味しいね!」

 し、しまった……。

 つれない態度を取ってときめかせるはずが、食の力には敵わなかった。

「そう? 開くんが喜んでくれて、わたし幸せ~。連れてきた甲斐があったわ」

 満足そうな笑顔の逸美ちゃん。

 い、いや、待てよ。これは、これでよかったのか? もし美味しいと言わなかったら、逸美ちゃんを悲しませていたかもしれないし。

 難しい……。

 うん、いまはただタイミングではなかったのかもしれない。

 俺はこの難題について考えながら黙々と食べる。

「うふふ。開くん、あんなに真剣な顔して味わってる。熱心ね~」

「だね~。開のやつ、なにを考えているんだか」

 食後。

 美味しいチキンタツタ定食を食べた俺たち三人は、建物を出た。

「ごはんも美味しかったし、満足だね~」

 凪がぐっと腕を上げて伸びをする。

「そうね~。開くんに食べさせたかったチキンタツタ定食も食べさせられたし、わたしも満足だわ~」

 逸美ちゃんがふわふわした顔で言うと、凪が俺に振った。

「開はどうだった?」

 きたか。ここか。ここで、つれない態度をしろってことなのか?

 俺はちょっと考えて答える。

「う、うん。衣サクサク中フワフワ、なかなかだったんだじゃないかな、うん」

「開くん、グルメ評論家みたい」

 と、逸美ちゃんがおかしそうに笑う。

「そんなことはないぞよ」

 今度は神様みたいになってしまった。

 すると、右手側から強風が吹いた。

「すごい風……」

 思わず目をつむってしまい、ゴシゴシと目をこすった。

 うん、目に砂ぼこりは入ってない。

 いつもなら逸美ちゃんが大丈夫か気にするところだけど、いまはつれない感じにそっけなくただ前を見る。

「行こうか」

 歩き出そうとすると、逸美ちゃんに引き止められる。

「待って、開くん」

 顔を近づけられて、俺も思わずドキッとしてしまう。

「ふぇ!?」

「ちょっとじっとしてて。動かないでね」

 ささっとてぐしで俺の髪を直してくれる。俺は思わず目を閉じてしまったけど、最後に髪を撫でられた感触がして、それから逸美ちゃんの手が離れた。

「ふふっ。これで大丈夫。うん、ちゃんと可愛くなった」

「……むっ!」

 逸美ちゃんめ。やはり年上のお姉さんは侮れないな。

 俺は恥ずかしくなって、くるっと背を向けて歩き出す。

「行くぞっ」

「おう」と凪。

「はーい」

 と、逸美ちゃんものんびりとした調子で言った。

 まったく、俺の気も知らないでのんきなものだ。俺のことはときめかせようとかしなくていいのに、ほんとにしょうがないな。

 歩きながら、俺は振り返らず逸美ちゃんに聞いた。

「そういえば、逸美ちゃんってこのあと授業ある?」

「ないわよ~。だから、いっしょに帰ろ?」

 ここだ! ここでつれない態度だ。

「俺はこのまま帰るけど、勝手にすれば?」

 チラッと逸美ちゃんを見ると、すごくしゅんとしている。

「……」

 そんな顔されたらものすごい罪悪感に襲われるじゃないか……!

 つれない態度って、難しい。どこかに見本があるといいんだけど。

 そう思って、決まり悪くなって走って逃げようとしたときだった。

 キャンパスを出た俺たちの前を、自転車が通り過ぎた。

「危ないなー」

 俺は自転車に文句のひとつでも言いたくなったけど、それより逸美ちゃんが心配で横を見る。

 と。

 逸美ちゃんの前を、大柄な女の人が盾になって守っていた。

 この人は確か、逸美ちゃんのお友達。

「大丈夫? 逸美」

「あら? 萌子ちゃん」

「無事みたいね」

「守ってくれてありがとう」

「ただ通りかかっただけよ。大げさなんだから」

 この萌子さん。名前に似合わない容姿をしているのだ。大柄でガタイがよく、身長は一八〇センチくらいあり、女としては背が高い逸美ちゃんも並ぶと小さく見える。しかも萌子さん、快活さもあって男勝りな感じで、女子レスリング部に所属するホープなのである。

 空手の有段者で黒帯を持つ俺でも勝てる自信はない。

 萌子さんは凪を見て、嬉しそうに微笑んだ。だが、その笑顔も凪には怖いらしく、凪はゾッとしている。

「なんだ、凪ちゃんもいたの?」

「いえ。ぼくはこれからお帰りになるところです」

 あのいつも飄々として何者も恐れない自由人な凪をこんなに恐縮させられるなんて、やっぱり萌子さんはすごい人だ。

「この時間高校に行ってないってことは、今日は休みってことでしょ。ちょっと付き合いなさいよ。アンタといると楽しいのよ。この前言ってたアニメの話なんだけど、ちょっと気になる点があってさ」

「とんでもございません。ぼくはお昼ごはんもいただきましたので」

「なーに言ってんのよ! 男子高校生はたくさん食わなきゃ! 奢ったげるから」

 と、凪は肩を組まれて身動きが取れなくなっている。

「離してくれー」

「じゃあ行こうか」

「開~! 助けて~」

 凪のやつ、本人はそっけない態度を取ったり避けたりしてるのに、なぜかものすごく萌子さんに気に入られてるんだよな。

「さっきは本当にありがとね」

 逸美ちゃんが再度お礼を言っても、萌子さんはこっちを振り返りもせず歩き去ってゆく。軽く手を挙げて、

「通りかかっただけって言ったろ? 礼なんていらねーよ。ぼーっとすんなよー」

 凪を引きずり歩くその背中を見て、逸美ちゃんは目をキラキラさせて手を組んでつぶやく。

「カッコイイ……!」

「えー?」

 俺は逸美ちゃんと凪と萌子さんを順番に見る。

 これは……

 凪は萌子さんに対してそっけなくつれないのに、萌子さんは凪が大好き。対して、萌子さんは逸美ちゃんにも大雑把な対応しかしないしつれない態度で去って行くのに、カッコイイと言われている。

 なるほど、こういうことか。

 でも、まったく参考になんねー!

 俺にはまだ、そういうのはちょっと早かったらしい。

「あのさ、逸美ちゃん。さっきはごめんね。いっしょに帰ろ?」

 申し訳ない気持ちから伏し目がちにそう言って、チラッと逸美ちゃんの顔を見上げると、逸美ちゃんはぱあぁっと笑顔になってうなずく。

「うん。じゃあ姉弟仲良く手をつないで帰りましょ」

「いや、それはない」


おわり

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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