お嬢様はリアクションが大きい

 お嬢様といえば、良家の娘を指すことが多いだろう。

 品行方正。

 育ちがよい。

 そんな印象を持ったお嬢様が、ただ探偵をしているだけの普通の高校二年生の俺の周りにもひとりだけいる。

 年は俺より二つ下の中学三年生。

 金髪ツインテールで実はクオーターだと聞いている小柄な少女。

 名前は御涼鈴。

 俺は彼女を鈴ちゃんと呼んでいる。

 そしていまも、学校の帰り道に鈴ちゃんを見かけて、呼びかけようとしていた。

 ……しかし、俺はちょっとためらっていた。

 なぜなら、鈴ちゃんは現在ショーウィンドウに映った自分を見て、笑顔の練習をしていたからだ。

(御涼鈴 イラスト)


 にっこり。

 鈴ちゃんの笑顔が爆発している。

 そもそもとして、鈴ちゃんは誰が見てもわかるほどの美少女だ。清楚な佇まいがお嬢様を見た目にもそれを体現して、大きな瞳は知性を秘め、小さく形のよい唇は品があり、どこか高貴さを感じる。

 しかし、この子はマジメで礼儀正しいけれど、不意打ちに弱くそのせいでリアクションが大きい。

 なにを隠そう、鈴ちゃんは我らが少年探偵団のメンバーでもあり、凪にはリアクション担当と言われるほどなのだ。

 だから、俺は声をかけるか戸惑ってる。

 けれども鈴ちゃんの後ろを素通りするのもそれはそれで気づかれてしまったときに互いに複雑な感じになるので、思い切って声をかけることにした。

 そっと歩み寄って、声をかけた。

「鈴ちゃん、偶然だね」

だが。

「……」

 鈴ちゃんは、よりにもよってこのタイミングで、左右の人差し指をほっぺた当てるという、ポージング込みでの最大級のスマイルが炸裂したのだった。

 バッと俺を見て、鈴ちゃんは後ずさって尻もちをついた。

「あわわわわ! かっ、開しゃんっ! こに、こにちは」

 しくじった。タイミングを見誤った。つーかいつまで笑顔の練習してるんだよ。ものすごく恥ずかしそうに赤面している鈴ちゃん。

 急に鈴ちゃんが大きな声を出すもんだから、周りにいた人たちがこっちを見ている。

 俺は手を差し伸べた。

「ごめんね、急に話しかけて。立てる?」

「はい、立てましゅ」

 さっきからしどろもどろになって噛みまくっている。

 鈴ちゃんが俺の手を握り、立ち上がった。

 セーラー服のスカートのお尻のほこりを払って、もじもじしたようにチラッと俺を見て言った。

「あ、あの。すみません、突然のことに少し驚いてしまいまして」

 少しどころの騒ぎじゃなかったけどな。

「いいって」

「あたし、ちょっとだけ驚きやすい体質みたいで」

 だからちょっとじゃない。ていうか、それって体質の問題なのか。そうなると俺が抗議する先がこの子の両親ということになるな。

 鈴ちゃんは上目に俺を見て、

「ひとつお伺いしますが、その……見ましたか?」

 俺は苦笑いで答える。

「ちょっとだけ……」

「ひゃっ! や、やっぱり見られてたんですねっ。すみません、変なところお見せして」

 耳まで赤くしている鈴ちゃんに、俺は優しく言ってやる。

「いや、気にしないで。このことは、お互い忘れよう」

「そうですね。忘れてくれるとうれしいです。あたし、明日クラス内でスピーチの発表会がありまして。途中で登場するおじいさんのセリフまで演技しちゃって、それを開さんにも見られていたと思うと恥ずかしいです」

 と、苦笑しながら理由を告白する鈴ちゃんである。

 しかし俺には彼女の言っていることがちょっとよくわからなかった。

「おじいさんのセリフ?」

「はい?」

 鈴ちゃんは小首をかしげたあと、自らが墓穴を掘ったことを察してうずくまった。

「穴があったら入りたいです」


 鈴ちゃんも落ち着いたところで、俺たちはいっしょに探偵事務所へ向かうことになった。

 いつも放課後はまっすぐ探偵事務所へ向かうのだが、鈴ちゃんは家庭の用事や学校の用事で来られない日もたまにある。

 それでも、こうして学校帰りにタイミングよく会うことはまれだった。

「開さんは、今日は学校が終わるのが遅かったんですか?」

「どうして?」

「いえ。ただ、あたしの学校より開さんの学校のほうが探偵事務所に近いですし、いつもあたしより先に探偵事務所にいらっしゃるので」

「ああ。そういえばそうだね。今日はちょっと試験についての説明会みたいのがあって」

「そうでしたか」

 こうして普通にしていれば、なんの当たり障りもなく普通にいい子なのだ、鈴ちゃんは。

「そういえば、普段は凪といっしょによく来るけど、今日はいっしょじゃないんだね」

「はい。先輩は早く学校が終わったから先に行ってると言ってましたよ」

「そっか」

 鈴ちゃんは、凪のことを先輩と呼んでいる。俺のことは開さんと呼び、同じく少年探偵団のメンバーの逸美ちゃんのことは逸美さんと呼ぶ。

 二人並んで歩いていると、どこかのショーウィンドウの前に立っているくせ毛の少年を見かけた。あれは凪だ。しかしなにをしているのやら。

 よくよく観察してみると、凪はガラスに向かって笑顔を作っているようだった。

 あいつ、鈴ちゃんと同じことしてるな。ふふっ、と俺が笑うと、凪がなにやらショーウィンドウに向かってしゃべりはじめた。

「ふぉっふぉっふぉ。どうしたんじゃ?」

 それはこっちが聞きたい笑いたい。なにしてんだ、こいつ。

 しかし納得いかないのか、凪はもう一度同じことを繰り返す。

 俺は呆れながら鈴ちゃんに言った。

「あいつ、変なことしてるね。なに言ってんだか。関わりたくないし、どこか……」

「あわわわわ」

 鈴ちゃんの様子がおかしい気がして横を見ると、鈴ちゃんは顔を赤くして硬直していた。これは、凪に関係があることだろうか。

 すると、今度は凪の元にふわふわの長い栗色の髪の毛を揺らせたお姉さんがやってきた。

 逸美ちゃんだ。

「あら? 凪くん、奇遇ね。こんなところでどうしたの?」

「ふぉっふぉっふぉ。どうしたんじゃ?」

 また言ってる。つーか聞かれてるのはおまえだ。答えてやれ。それとも聞こえてないのだろうか。

 俺は鈴ちゃんに向き直って、

「ねえ、鈴ちゃん」

 あれ?

 呼びかけたが、さっきまでそこにいたはずの鈴ちゃんの姿がない。

 と思ったら、鈴ちゃんは凪の元へとダッシュしていた。

「もうーっ! 先輩のバカバカっ」

 ぽかぽかと凪を叩く鈴ちゃん。

「どうしたんじゃ?」

 まだ変なしゃべりを続ける凪に、俺も近づいて行って聞いた。

「凪、さっきからなに変なしゃべり方してんだよ」

「ふぉっふぉっふぉ」

 笑ってる。なんか腹立つな。

 しゃべる気配のない凪に、鈴ちゃんが恥ずかしそうに説明した。

「さっき、あたしがスピーチの練習でおじいさんのセリフの演技をしてたって言いましたよね? そのおじいさんのマネを、先輩がしてるんですよー」

 赤面して内股になっている鈴ちゃん。確かに、凪にその一部始終を見られていてさらにマネまでされていたと思うと恥ずかし過ぎるな。

 俺は凪に言ってやる。

「おい、凪。そろそろやめろ」

 凪は、なにやら耳に手を持って行った。耳から手が離れる。その手には、イヤホンヘッドがあった。

「開、なにか言った?」

 ズコーっと俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんがズッコケる。

「なんで最初に逸美ちゃんがしゃべりかけたときにイヤホン外さなかったんだよ!」

「そうですよ! もうっ」

 俺と鈴ちゃんに言われても、凪は飄々と答えた。

「ぼくは役に入り切るために集中していたんだ。外の音を遮断してね」

「ていうか先輩! あたしの、その、さっきの、見てたんですか?」

 むぅ、と鈴ちゃんが恥ずかしそうに凪に迫って問い詰める。

 しかしこれにも凪は気にせず、さらりと答えた。

「見てないよ。なんのことだかぼくにはわからない」

「一言一句同じだったでしょ」

「だからなんのことー?」

 だるそうに聞き返す凪。

 あくまで白を切るつもりらしい。まあ、俺にとってはどうでもいいことなので、まだわちゃわちゃ言い合っている凪と鈴ちゃんのことは置いておこう。

「逸美ちゃん、出かけてたの?」

「そうなの~。買い物してきちゃった」

「重そうだし持つよ」

「大丈夫よ」

「いいって」

「ありがとう。開くんは本当に優しいわね」

「余裕だし」

 実際それほど重くはなかったけど、このあと探偵事務所までのだらだらを登ることを考えると次第に重さを感じそうなくらいだ。

「ねえ、開くん。凪くんと鈴ちゃんはどうする?」

「いいよ。放っておこう」

「そうね~。なんか話し込んでるみたいだしね~。それじゃあ、いっしょに帰りましょう」

「うん」

 俺と逸美ちゃんはしゃべりながら探偵事務所に向かった。


 探偵事務所で荷物の整理をしてしばらくすると、凪と鈴ちゃんもやってきた。

 四人で今日も誰もこない探偵事務所の番をこなして、いつもの帰る時間になる。

 この日は、四人いっしょに探偵事務所を出た。

「今日は気になってた推理小説最後まで読めたわ~」

 と、満足そうな逸美ちゃん。

「よかったね、逸美ちゃん。俺はちょっと先の分まで予習できたし、勉強もはかどったよ」

 そんな俺に対して、鈴ちゃんは疲れたようにつぶやく。

「あたしは帰って勉強です。それにまたスピーチの練習しないと」

「なんだい、鈴ちゃん。ここで勉強くらい済ませちゃえばよかったのに」

 呆れたように言う凪に、鈴ちゃんがかみつくように返した。

「もうっ。先輩のせいでしょ?」

「知らないよ。やらなかったのは鈴ちゃんじゃないか」

「先輩が邪魔ばかりするから、あたしはやるべきことができなかったんです」

 凪はやれやれと手を広げる。

「ふっ。ああ言えばこう言う」

「それはおめーだよ」

 と、俺がつっこんだ。

「うまくオチもついたところで、みんなここでお別れだね。じゃあね~」

 凪が手を振る。

 俺たち四人は交差点で四方向に分かれた。

「みんな気をつけるのよ~」

「今日もお疲れ様でした」

「ばいばい」

 と、手を振るみんなに俺も手を振り返した。

 それぞれ歩き出す。

 いや、待て。

 なんか凪だけ来た道引き返してるんだけど。

 たまにアニメとかでもそういうやついるけど、現実にもいるんだなぁ。

 俺が前に向き直って歩き出したとき、鈴ちゃんが小走りに交差点まで戻ってきた。

 そして、凪が帰った方向を見て言った。


「え? なんでそっちに? 先輩? せんぱーい!」


 いちいちリアクションをしに戻ってくるとは、さすがは我が少年探偵団のリアクション担当である。

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

オリジナル作品を掲載中。

0コメント

  • 1000 / 1000