最年少は純粋無垢なしっかり者
放課後。
俺は探偵事務所にやってきた。
「開くん、おかえり~」
にこにことした笑顔で逸美ちゃんが迎えてくれる。それはいつものことだけど、もうひとり、俺を迎えてくれる先客がいた。
「開さん、おかえりなさい」
そう言ったのは、小学四年生の女の子。
名前は能々乃野ノノ。
俺はこの子をノノちゃんと呼んでいる。まだ小学四年生ながら平然とこうして探偵事務所の和室にいるのは、実はこの子が少年探偵団のメンバーだからだ。
ツーサイドアップの髪は絹のようにサラサラとして、水晶のように丸い瞳を持ち、小ぶりな鼻は幼さを感じさせ、にこやかな口元は朗らか。将来は美人になるであろう整った顔立ちをしている。身長は一三二センチ、これからまだまだ伸びそうな育ち盛り。
ノノちゃんと逸美ちゃんに俺も「ただいま」と返した。
二人が和室に上がっているので、俺も和室へ。
普段、俺より先に探偵事務所に来るのは、場所の都合と授業の終了時間の問題上、逸美ちゃん以外ではノノちゃんくらいしかいないのだ。
「ノノちゃん、今日は早いね」
「はい。ちょっと前に来ました」
今日みたいに逸美ちゃんとノノちゃんの二人が先にいることも多いけれど、たまにいっしょになることもある。
「あ、そうだ」
「どうしたの? 開くん」
「いや、あのさ」
俺は今朝のこと思い出して、逸美ちゃんとノノちゃんに話した。
ついでに送られてきた子犬の写真を見せると、二人共喜んだ。
「かわいいです!」
「そうね~。子犬ちゃん、なんだかとっても幸せみたい。凪くんと作哉くんにありがとうって言ってるわ」
うふふ、と逸美ちゃんは笑う。
「あはは。逸美ちゃん、写真なのによく子犬が言ってることまでわかるね」
「だってそんな顔してるもん」
ノノちゃんは逸美ちゃんの言葉に、目を輝かせて言った。
「そうだといいですね。作哉くんも凪さんも、優しいです」
「凪も、たまには人助けのためにその情報力を活用するよね」
「開くん、それを言うなら人助けじゃなくて犬助けよ」
「言えてる」
と、俺が納得する。
そして、あはははと三人で笑った。
逸美ちゃんが言った。
「おやつにどら焼きがあるんだけど、みんなが来るの待つ? 先に食べてもいいのよ」
悩むことなくノノちゃんが答える。
「ノノはみんなを待ちたいです」
「あら。ノノちゃんは優しいわね」
「普通ですよ」
余談だが、ノノちゃんの一人称はノノであり、鈴ちゃんと同じく言葉遣いが丁寧な子なので年上相手には敬語を使いさん付けをするのだ。俺の友達や少年探偵団のメンバーにもちゃん付けやくん付けする花音とは偉い違いである。花音のフレンドリーなところはきっと父親似だろう。
逸美ちゃんが今度は俺に聞いた。
「わたしもまだ食べてないけど、開くんはどうする?」
「二人がまだ食べないなら、俺も待つよ」
「あらあら。開くんも優しい」
ということで、俺たちはまだ来ていない三人を待つことにした。
「みんな早く来るといいですね」
「そうね~」
「あんまり遅くなると、夕飯が入らなくなるからね」
「そうなのよ~。食後のデザートは別腹なのに、逆はどうしてダメなのかしら~」
逸美ちゃんの悩みは俺には難しい。
「でもそうだよね。俺も食後にケーキは食べられるけど、ケーキを食べたあとに夕飯出されたら食べたくなくなるもん」
「わたしも~。それでも、一応いただくんだけどぉ」
あはは、逸美ちゃんは食べるのが好きだからな。
「ノノはケーキでもなんでも出してもらったら残さず食べます!」
きりっと眉を上げドヤ顔でノノちゃんが言った。
「いい心がけね~」
残さず食べられることは、確かにとてもいいことだ。
ノノちゃんは窓の外を見て、
「今日は作哉くんも早く来るって言ってました」
「そうなのね。早く来るといいわね」
「はい。作哉くんに、子犬さんのお話聞きたいです」
「だね。俺も気になるよ」
さっきから気になった人もいただろうが、ノノちゃんは作哉くんのことだけは慇懃にさん付けではなく、くん付けで呼ぶ。
いったいなぜか。
理由は明快で、ノノちゃんにとって作哉くんが特別だからだ。名字の違う二人だけれど、ノノちゃんは作哉くんと同居している。訳あって二人暮らしをしているのである。
事情についてはかいつまんで本人から聞いただけではあるけれど、率直に言ってしまえば、二人が同じ孤児院で育ち、作哉くんがノノちゃんを保護者として引き取ったからだ。
その辺の話はまた機会があったら話すとしよう。
まあ、つまりは作哉くんとノノちゃんの関係が兄妹みたいな感じだと思ってくれたらいい。
すると。
探偵事務所のドアが開いた。
「よお。来たぜ」
やってきたのは、ヤンキーみたいな強面の少年・作哉くんだ。
ノノちゃんは立ち上がって作哉くんを迎えに行く。
「いらっしゃい、作哉くん」
「おう。ノノ。ちゃんといい子にしてたか?」
「はい。ノノはちゃんと逸美さんの言うこと聞いてました」
「今日もとってもいい子だったわよ~」
「二人共、いつもすまねェな」
ぶっきらぼうな言い方だけど、優しさとノノちゃんへの愛情が伝わる。
「いいよ。少年探偵団のみんなは家族みたいなものだし」
「そうよね。わたしも、開くんは特別な弟だけど、みんなも家族みたいに思ってる~」
のほほんとそう言う逸美ちゃんに、俺は「ちょっと逸美ちゃんっ」と照れが混じった困り顔になる。
誰にでも恥じらいなくそういうことを言うのが逸美ちゃんのすごいところだ。
「作哉くん、お話聞かせてください!」
「話?」
ノノちゃんの言葉に、作哉くんが小首をかしげて俺を見る。
「さっき、作哉くんが子犬の新しい飼い主さんを見つけてあげたって話をしたんだよ。写真も見せてあげたんだ」
あの作哉くんが凶悪な笑みを浮かべている写真をね。
「おう、そうか。うしっ、じゃあ話してやるか」
「わーい」
作哉くんも和室に上がって、俺たちは作哉くんから子犬の話を聞いた。
新しい飼い主が見つかった経緯も話してくれて、作哉くんは照れくさそうに頭をぼりぼりかく。
「まあ、なんつーか、今回は情報屋のおかげだったぜ。あいつが探してくれてマジで助かった」
「凪さんは優しいですから」
「ね~」
ノノちゃんと逸美ちゃんは凪を全面的に信用しすぎだと思う。特にノノちゃんは本当に人を疑わないいい子だからな。
俺は作哉くんに言う。
「でも、作哉くんが頑張ったからだよ」
「はい、ノノもそう思います。作哉くんえらいです」
「うふふ。二人共それぞれいい所があって、力を合わせた結果よね」
三人に褒められて、照れ隠しするように目そらして作哉くんはつぶやく。
「いや、それならそれでもいいけどよ」
「はい」
と、ノノちゃんは笑顔でうなずいた。
この兄妹みたいな二人、実際は、力加減がうまくできず手先が不器用なため家事がおぼつかない作哉くんを、しっかり者のノノちゃんが支えてあげている感じなんだ。作哉くんは性格的にも不器用だから、ノノちゃんみたいに素直な子がいっしょにいるのが一番だと思う。
逸美ちゃんが掛け時計を見て、
「そういえば、凪くんと鈴ちゃんはまだね~」
「もうそろそろ来ていいんだけどね」
と、俺もつられて掛け時計を見た。
少年探偵団のメンバーは、一週間のうち少ないときでも半分以上は探偵事務所に来るだろう。けれど、それぞれある程度決まった時間を過ぎたら来ないので、凪と鈴ちゃんが来るかはもう少ししたら怪しくなってくる。
逸美ちゃんが立ち上がって、
「とりあえず、どら焼きは出しちゃおっか」
「うん。もうちょっとして来なかったら食べよう」
席を立って戸棚を開けたときだった。
ついに、凪と鈴ちゃんが二人そろってやってきた。
「やっほ~」
「こんにちは」
鈴ちゃんがお嬢様然と小さく会釈して、それから和室に上がる。
凪は眠そうに眼をつむりながら、しかしそこら中にぶつかることなく器用に歩いてきて和室に上がった。
「ぼくおやつ食べたい。甘いものが切れて糖分不足でもうダメ~」
「来て早々、お菓子をねだらないでください」
鈴ちゃんに注意されても、凪はだるそうにこたつに潜り込むだけだ。
けれど、そんな凪に朗報がある。
「凪、ちょうどこれからどら焼き食べるところだぞ」
俺が笑顔でそう言うと、凪はなぜだかふてくされたように言った。
「なんだい、開のやつ。キミはひどいやつだ」
「は?」
「ぼくが甘いものを食べたいのを知っていて、自分だけどら焼きを食べようだなんて。しかもそれを見せつけようだなんてー」
「おまえ、俺をなんだと思ってんだ」
ジト目でぼそりとつっこむ俺。
逸美ちゃんが凪にもどら焼きをあげると、凪は起き上がった。
「なんだ。ぼくの分もあったのか。いただきまーす」
ふう。いちいち思考回路がおかしくて面倒くさいやつだ。
みんなも「いただきます」とどら焼きを食べる。
「美味しいね」
「そうね~」
「ですね。あたし、なぜかいつもクリーム入りとか栗入りとかばかりいただくので、こういうシンプルなものは逆に新鮮で美味しいです」
鈴ちゃんはお嬢様だから食べるものも基本的にはちょっと違うのかもしれない。
「うめーじゃねえか。ここにマヨかけたらヤバイかもな」
それは別の意味でヤバイ。食えなくなる。作哉くんはマヨラーだからなんでもかんでもマヨネーズをかけたがる、困った人なのだ。
「ノノはマヨネーズなしでこのままが一番です。みんなで食べると、とっても美味しいです」
笑顔がこぼれるノノちゃん。
みんなが甘いものとノノちゃんの言葉に和んだところで、凪が唐突に言った。
「そうだ。鈴ちゃんにさっき、ここに来る道中で話したんだけどさ、今朝の子犬について頼まれてたことがあるんだよ」
「頼まれてたこと?」
俺が復唱すると、作哉くんが凪の続きを引き取った。
「そうだったぜ。実はな、あの子犬の新しい飼い主に、名前をつけてくれって頼まれたんだ」
「えー? 作哉くん、そんなこと頼まれてたの?」
なぜだか、凪の代弁をしたはずの作哉くんの言葉に驚く凪。
「ハ? テメー、じゃあなんの話だと思ったんだ?」
「ぼくは子犬の名前をつけてくれって頼まれたんだ。しかし、まさか作哉くんは飼い主のほうの名前をつけてくれと頼まれていたなんて。改名したいのかな?」
ズコっと、凪以外の全員がこける。
「文脈でわかるだろ!」
「そうだぞ! テメーよくそれで情報屋ができるな!」
「やだぁ。さっきわたし、ちょっと信じちゃったじゃな~い。やめてよ~」
「凪さんは今日もおもしろいです」
「ノノちゃん、あれはただのおバカよ」
俺、作哉くん、逸美ちゃん、ノノちゃん、鈴ちゃんと言って、その様子を見た凪は小さく笑った。
そして、凪が立ち上がる。
「よし、それじゃあ今日の少年探偵団の活動は、子犬の名前を考える。これでどうだい?」
「うん。いいんじゃない」
俺がそう言うと、凪はうんとうなずいた。
「では、ぼくの考えた『タマ』で決定としたいんだけど、それで明日おばさんに伝えていいかな?」
「よくない!」
と、俺と鈴ちゃんと作哉くんの声が重なった。
逸美ちゃんは「ネコらしくていいじゃな~い。あら? ネコだっけ? やだぁ。子犬だったじゃな~い」とかひとりで言っている。
ノノちゃんは微笑を浮かべてつぶやいた。
「今日も、少年探偵団はにぎやかです」
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