あけちけの愛情たっぷりオムライス

 夕方。

 俺は探偵事務所から帰ってきた。

 明智家ではお茶の間でおばあちゃんと花音がテレビを観ている。

「なに観てるの?」

 花音の隣に座りながら聞いた。

「お昼にやってるじゃん、あのバラエティー番組」

「ああ、あれか」

 なぜだか花音はお昼にやっているようなバラエティー番組まで録画したりもするので、とりあえずお茶の間に座るといっしょに観ることもある。ただ、あまり関心がない内容だと、俺は携帯ゲーム機で遊ぶこともある。

 俺は携帯ゲーム機でとあるモンスターを育てていた。

「むしろお風呂湧いてるなら先に入っちゃおうかな」

 そうつぶやくと、不意に花音が目をぱちくりさせて言った。

「お兄ちゃん」

「ん?」

「今日の夜ごはん、作るんじゃないの?」

 ……。

「あ」

 そうだった。

 今朝、お母さんに言われていたのだ。

「開ちゃん、凪ちゃん、花音ちゃん。今日はお母さん遅くなるから三人でお夕飯作って食べててね」

 と。

 一応、凪はうちの子じゃないだろというつっこみはスルーさせてもらった。いまさら次男みたいに俺と花音のあいだに名前が呼ばれても俺は気にしない。

 さて。

 俺は花音に向き直った。

「なにか作ろう」

「なにかって、なにを?」

 聞かれて、二人で腕組して考える。

 そのとき、突然凪が現れて言った。

「カレーにしよう」

 選手宣誓のように言い切った凪に、俺と花音は羨望の眼差しを向ける。

「おお! 凪、作ってくれるの?」

「凪ちゃんのカレーやったー!」

 しかし、凪はチッチッチ、と指を振った。

「あくまで作るのはキミたちだ。みんなで作らないと意味がないからね」

「なんだよ、凪が作らないんじゃいいや」

「がっかり。凪ちゃんが作らないカレーじゃちょっとね」

 あからさまに気落ちする俺と花音に、凪が不思議そうに聞いた。

「どうしたのさ。そんなにぼくの手料理がいいわけ? ぼく、モテモテ?」

 俺は嘆息しながら言ってやる。

「そんなんじゃねーよ。俺、カレーを作るのは苦手なんだ。なんかカレーは火にかけてるときに焦げちゃうっていうか、そんな経験があるっていうか」

「あたしも。カレーはどうしても味が足りなくなるっていうか、うまく味付けができないっていうか」

 と、花音もため息を漏らした。

 そういうわけで、凪が作るってことじゃなければ、俺も花音もわざわざ苦手料理に手を出したくないのである。

 なので、そんな俺と花音を見て凪はつぶやいた。

「カレーほど初心者向けの料理はないだろうに」

 それから、凪はおばあちゃんに水を向けた。

「ばあちゃんはなにがいい?」

「なんでもいいよ。ばあちゃんはちょっとしか食べないから。あんまり入らないから」

 と、おばあちゃんは謙遜した。

 余談だが、うちのおばあちゃんはよく食べる。それにそこそこ動く。散歩もちょっとするし庭の草むしりとかもする。ただ、太っているとかたくさん食べるとか、そういうふうに思われてるのが嫌であるらしく、小食のフリをするのだ。みんなの前ではあんまり食べないキャラを演じているつもりでも、正直これは周知の事実なので家族全員知っている。いとこや親戚も知っている。

 特によく家にいっしょにいる花音によれば、

「ばあちゃんがさ、今日もお菓子を食べてて、あたしがテレビを観てる隙に隠してるお菓子を食べるんだよ」

 とのことである。

 隠れながら食べているつもりでも、それらはすべてバレている。

 おばあちゃんのことは、花音も凪もだけれど、実は俺もばあちゃんと呼んでいる。ただ文章にするとおばあちゃんのほうが見栄えがいい気がするからそう書いているだけで。

 とまあ。

 それはそれとして今日のメニューについてだけれど、おばあちゃんからは意見もないようである。

 俺は立ち上がって冷蔵庫を見に行く。

「この時間だと、買い物に行くのはちょっと面倒だよね」

「うん。もう六時だしね」

 現在、夕方の六時。

 これから買い物となればもはやお惣菜でも買ったほうがよくなるし、なにより気分的にもう出かけたくなかった。

 冷蔵庫の中を確認すると、野菜も冷凍食品もそこそこに入っている。

「あっ、この冷凍の餃子とか簡単だよ。あっためるだけの冷凍のハンバーグとかも楽」

 しかし花音からブーイングが出た。

「えー。あたし、今日は冷食じゃないのが食べたい」

 こういうときだからこそ、便利な冷食に頼りたいけど、別のものが食べたいと言われたら考え直さないといけない。

「うーん。簡単に作れて美味しいものだと……」

「手作り餃子!」

 と、凪がどこから持ってきたのかクイズで使う早押し用のボタンを押して言った。

 だが、俺と花音によって即却下される。

「手間だけかけたいわけじゃないの!」

「凪ちゃんは黙ってて!」

「ほーい」

 凪は飄々とお茶の間に入って行こうする。俺はひとり夕飯作りから逃げようとする凪のパーカーのフードをつかんだ。

「だったらさ、花音。オムライスなんてどう?」

 俺がそう言うと、花音はぱぁっと笑顔を咲かせた。

「うん! いい! オムライスいい!」

「でしょ! じゃあオムライスにしよう!」

「おー!」

 俺と花音が意見をまとめて気合を入れると、凪はひらひらと手を振った。

「頑張れー」

「おまえもやるんだよ!」

「凪ちゃんっ? 手伝ってよね」

 花音が腰に手を当てて言って、凪が敬礼する。

「はいさーい」

 やる気のないゆるい返事だこと。

 さあ。

 それでは、明智家の夕飯作りの始まりだ。

 俺は冷蔵庫を開いて言った。

「よし、三人で力を合わせて作ろう。まず、俺は材料を出すから花音は野菜を切って」

「うん。あたし切るの頑張る」

「なら、ぼくは横から口を出すよ」

 そう言う凪に俺もうなずいた。

「ああ、頼んだ」

「よろしくね」

 花音も手を洗いながら言う。

「おまえも手伝え!」

 と、俺と花音のつっこみが重なった。

 凪は腕まくりして手を洗う。

「もう、自分の仕事くらい自分で決めさせてよ。ぼくはもう高校生だぜ?」

「口出すだけを仕事とは言わないんだ」

 俺は野菜を切る花音に指示を出す。

「玉ねぎはそう、みじん切りでね」

 手を洗った凪にはそのまま野菜を洗ってもらう。

「凪、洗った野菜は花音が切るから置いといて。そのあと、フライパンを出して油を敷いて。あ、にんじんの皮むきは先にだからね」

 このときなぜか、凪が俺をジト目で見た。

「ん? どうした?」

「開って自分ではなにもできないのに、人を使うのだけはうまいよね」

「うんうん」

 と、花音がうなずく。

「俺は使うお米の準備とかお皿の用意とかやってるだろうが! 人の仕事見てから言え!」

 まったく困った凪と花音だ。

 いや、実際、そういう準備を軽くしながら指示出しをメインにやっていたのだけれど。

「それにしても、お客様のぼくをこき使うなんて、ひどい家だ。開は鬼だよ」

「誰がお客様だよ。ここでタダ飯を食べる人を、うちではお客様とは言わないんだ」

 凪はやれやれと手を広げた。

「都合のいいときだけぼくを家族扱いするんだから」

「都合の悪いときだけお客様になろうとしたのはおまえだろ」

 それでも、料理は順調に進む。

 これも俺の指示出しがいいおかげかもしれない。うちのキッチンは三人並んでも広々というわけにはいかないから、俺は裏方のサポートに回って二人にやってもらうのがちょうどいい。じゃないと二人共、すぐにサボろうとするからな。

「凪ちゃん、ちょっとピーマンのみじん切りお願い。これをもっと細かくね」

「やれやれ。開ばかりじゃなく花音ちゃんまでぼくを使って。困ったもんだ」

 一番サボるやつは一番使われないといけないのだ。

 とはいえ、オムライスも完成まで間近に迫る。

 二人の頑張りのおかげで、炒めるのも順調。

 白米も投入して、味付けをしながら俺が炒める。

 途中凪に炒める係を代わってもらい、俺は調味料を探したり、いまのうちにタマゴを割って準備も済ませる。

 そして、あとは別のフライパンでタマゴを炒めるだけになった。

 これは俺がやる。

 俺の場合、うちのお母さんやレストランのシェフみたいにパカッとナイフで切ったらとろーり半熟卵が顔を出す、というような芸当はできないから、せめてふわとろの卵焼きを目指す。

 フライパンの上でタマゴを混ぜるタイミングを見計らって、ふんわり感を演出する。

 それを家族四人分。

 お父さんとお母さんの分はあとでタマゴだけやってあげればいい。もしかしたら今日は食べないかもしれないし、いまはうちにいる四人分だけでいい。

 同じ手順で四回分、失敗なくできたときだった。

 電話がかかってきた。

 こういうとき、普段はおばあちゃんが電話に出る。知り合い以外には完全にボケ老人を決め込み「わたしは年寄りなのでわかりません」でガチャと電話を切るやり手のおばあちゃんなのだが、どうやら相手は知らない人じゃないみたいだ。

 おばあちゃんがお茶の間からとことこキッチンに歩いてきて、

「お父さんから電話だよ」

「わかった。俺が出るよ」

 タマゴもできたし、あとは凪と花音に任せよう。

 俺は二人に頼む。

「盛り付けしたら完成だから、あとはよろしくね」

「わかったー」

「はいよ~」

 返事だけはいい二人である。

 まあ、盛り付けだけだし心配はいらないけど。

 俺が電話に出る。

「もしもし。開だよ」

『おお! 開か。お父さんだ』

「うん、聞いてる」

『お父さん、今日はちょっと遅くなるんだ。悪いけど、飲むから帰りはお母さんに迎え来てくれるように言っといてくれないか』

「わかったよ。時間はまだわからない?」

『そうだな。わかったらまた電話する』

「うん。それじゃあ」

『おう!』

 お父さんの声はよく通るし大きいから、うちの中でもお父さんとの電話の場合だけは耳を受話器から離したまましゃべるのだ。花音がお父さんとしゃべっているときとかでも、その内容は聞こえてくるほどだ。

「ばあちゃん、お父さんは遅くなるって」

「そうかい」

 遅くなるのもよくあることなので、おばあちゃんは気にしない。

 さて、俺がキッチンに戻ろうとすると、凪と花音がオムライスを持ってお茶の間にやってきた。

「できたよー」

「開の分はこれさ。ぼくたちから」

 と、花音が持ったお皿が俺の席に置かれる。

 普通にオムライス。

 だが、問題がある。

 ケチャップで文字が書かれていたのだ。

「えへへ。二人で書いたんだ」

「ぼくたちの気持ちさ」

 その文字とは、『I LOVE YOU』。大きなハートの枠をはみ出すように書かれていた。

 俺はそれを見てつっこんだ。

「気持ち悪いわ! なんで実の妹と男にこんなこと書かれなくちゃいけないんだよ!」

 花音と凪は俺のつっこみを見て楽しそうに、

「お兄ちゃん、照れなくていいのに~」

「そうそう、開ってば恥ずかしがり屋だなー」

「えーい! そんなんじゃねーやい!」

 この二人に効果的なつっこみが思いつかないから、俺はおばあちゃんに言った。

「ねえ、ばあちゃん。ばあちゃんからも言ってよ」

 おばあちゃんはなにがおかしいのか、愉快そうに笑った。

「え? ばあちゃんも言うの? あいらぶゆーって? あっはっは」

 俺は黙って、スプーンの裏面で三人分の「あいらぶゆー」を綺麗にムラなく塗り広げた。

 このあと、完成したオムライスをみんなで食べたら好評だった。

 なんだかんだ料理も楽しかったし、またみんなで作りたいくらいだ。

 ただし、次からは仕上げのケチャップかけは俺がやろうと思う。

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