犬も歩けば棒に当たる
ある日、探偵事務所に依頼がきた。
「最近、空き巣の被害が増えていてね。だからパトロールをしてほしいんだ」
そう言ったのは依頼人のおじさんである。
おじさんはこの探偵事務所の近所に住んでいるらしいのだけれど、おじさん自身も空き巣の被害に遭ったそうだ。
「本当は空き巣を捕まえてほしいんだけど、せめてパトロールだけでも」
「警察にはパトロールのお願いはしたんですか?」
「したにはしたんだが、なんせ警察だってパトロールしている範囲は広い。それでも空き巣に入られるんだから、頼むのは警察じゃないほうがいいと思ったんだ。頼む」
お願いされて、俺はうなずいた。
「わかりました。手掛かりもないですし空き巣を捕まえるのは難しいけど、パトロールをして今後の被害を抑えるよう頑張ります」
「ありがとう。ボク」
ボクと言われるのは慣れている。子供扱いも慣れているので、俺はおもしろくないけど笑顔で答えた。
「はい」
依頼を受けていた俺と逸美ちゃんは、おじさんを見送った。
おじさんが帰り、俺はひと息ついた。
「パトロールか」
「大変そうね~」
逸美ちゃんはおじさんが手をつけなかったお饅頭をぱくりと食べてつぶやいた。それ、逸美ちゃんが食べちゃうんだ……。
「はむはむ。美味しいわ~」
すでにパトロールのことなど忘れていそうな逸美ちゃんである。
俺は和室を開けた。
「そういうことだから、みんな! パトロールをしよう」
和室では、凪、鈴ちゃん、作哉くん、ノノちゃんがそれぞれくつろいでいた。凪はゲーム、鈴ちゃんはイヤホンをつけて勉強、作哉くんは開いた雑誌を顔に乗せて昼寝、ノノちゃんはDVD鑑賞。
そんな状態なので、俺がそう言って耳を傾けたのはノノちゃんだけだった。
「パトロールですか。ノノ、がんばります」
鈴ちゃんはイヤホンを取って聞き直す。
「すみません、勉強してまして。依頼人さんは帰られたんですね」
「うん。帰ったばっかり」
と、俺は作哉くんの顔の上の雑誌を取り上げ、凪のゲームも取り上げる。
作哉くんは眠たげに目をこすり「朝か?」とか寝ぼけたことを言って、凪は手を伸ばして俺に抗議する。
「ぼくのゲーム返してくれ」
「なら話を聞け。じゃあもう一回言うよ」
凪が座って俺の顔を見て作哉くんもちゃんと起きたので、俺は言った。
「少年探偵団でこれからパトロールをする。空き巣の被害を防ぐんだ」
「はい」
やはりノノちゃんは元気に返事をしてくれる。
だが、凪は不満そうだ。
「そんなの、わざわざやらなくたっていいじゃないか」
「なんでですか?」
と、鈴ちゃんが聞き返す。
「だって、面倒じゃん? そういう依頼がきたら、そのときやればいいよ」
こんな凪の言葉に、全員が声をそろえて言った。
「依頼がきたんだよ!」
さて。
ここでちょっと、少年探偵団と探偵事務所についての話をしよう。
そもそも、少年探偵団とは、うちの所長が勝手に命名して組織したチームで、現在この場にいる六人が属している。
だが、かといってこの六人全員が探偵事務所で正式に働いているわけではない。わかりやすく言えば、臨時職員みたいな感じだろうか。必要なときだけ力を合わせて動くチームで、探偵事務所で働いているのは俺と逸美ちゃんだけなのだ。
したがって、少年探偵団が動くのは俺や逸美ちゃん、所長が招集をかけたときのみであり、それ以外のときにはただ事務所に遊びにきてたまり場のようにしてくつろいでいるのである。
そういうことで、依頼人の相手はほとんど俺と逸美ちゃんがするので、こうして依頼によって少年探偵団のみんなに動いてもらうわけだ。
俺はみんなに、さっきの依頼について説明した。
ノノちゃんが手を挙げる。
「開さん、質問してもいいですか?」
「あ、ぼくもそれ聞きたかったんだ」
と、凪が調子を合わせる。
「凪さん、ノノはまだなにも言ってないですよ。ふふ」
おかしそうにノノちゃんが笑っているけど、凪は「それほどでも」となぜか照れている。本当に意味がわからない。
「それでノノちゃん、質問って?」
「はい。パトロールって、どこをするんですか?」
俺は、さっき逸美ちゃんがおじさんの話をまとめてパソコンに打ち込んでくれた情報を確認した。
「どうも、この近辺が中心みたいだね」
「つまり、空き巣はこの近辺でのみあったということですか?」
鈴ちゃんに聞かれて、俺は曖昧にうなずく。
「うん、正確にはちょっと離れた場所にもあったみたいだけど、この辺りに関してはきっと同一犯だ」
「そうかもね。土地勘がある人のほうがやりやすいし」
と、逸美ちゃんも続けた。
「よって、俺たちはこの近辺でのパトロールを重点的にしようと思う」
「わかりました」
「はい。了解です」
「おう」
ノノちゃん、鈴ちゃん、作哉くんと言って、凪が呆れたように俺を見た。
「しょうがない。キミがそこまで言うんだ、パルクールでもパニックでもピクニックでもしてあげるよ」
「パルクールじゃなくてパトロールだ。パニックも起こさなくていいしピクニックしてる隙に空き巣に入られたら終わりだ」
「ほーい」
凪が気のない返事をして、俺たちはパトロールの相談に移る。
作哉くんが聞いた。
「んで、探偵サン。行動は全員いっしょにすんのか?」
「いっしょでいいと思うよ。それとも二手に分かれようか?」
「いや、構わねェぜ」
「そうなると、まずは西のほうへ行ってみようか」
「ぐるっと回ったほうがいいんじゃないかしら。お散歩みたいで~」
のんきな逸美ちゃんだ。
「ラッキーも連れてね」
と、凪が言った。
余談だが、ラッキーというのはこの前ノノちゃんが名付けた子犬の名前だ。先日作哉くんと凪が新しい飼い主を探してやった、あの捨てられていた子犬である。俺たちが各々アイディアを出し合ったのだが、結局ノノちゃんの考えた『ラッキー』を子犬自身が気に入ったため命名された。
俺は笑いながらつっこむ。
「それじゃあただの犬の散歩だよ、二人共」
「目的は忘れずにいきましょう」
鈴ちゃんがそう言ってくれたが、作哉くんとノノちゃんは気になってきたらしい。
「ノノ、ちょっとラッキーに会いたいです」
「オレはどうでもいいけどよ、まあノノがそこまで言うなら会いに行ってもいいな。ついでにコンビニでビーフジャーキーとか買ってやってもいいか。ったく、面倒だぜ」
自分で余計なことを言い出したんじゃないか。面倒なら行く必要もないのだ。作哉くんはラッキーのことが心配なのだろう。
仕方ない、俺はため息をついた。
「ラッキーの様子も気になるようだし、ラッキーを見に行くチームと普通にパトロールするチームに分かれよう」
俺の提案に、全員が賛成した。
組分けはというと――
「オレはどうでもいいが、ノノの面倒はオレが見ねェとだしな。ったく、たかだか子犬に会いに行こうだなんてかったりーぜ」
「ぼくはジャッキーの様子が気になるよ」
「ジャッキーじゃなくてラッキーでしょ。先輩、子犬じゃなくてビーフジャーキーが気になるんじゃないですか?」
と、ジト目で鈴ちゃんに見つめられ、凪は口笛を吹きながら「ジャーキーに会いたいな~」とかつぶやいていた。
対して、俺は普通にパトロールをさせらもらう。
「俺、犬苦手だからパトロールで」
「そっか~。じゃあわたしも~。わたし、開くんの面倒を見るの~」
「逸美ちゃん、俺はこの中で一番しっかりしてるよ」
と、俺が軽く言い返すと、凪がうんうんとうなずいて俺を見る。
「確かに、開はこの中で一番のちゃっかり者ですな」
「ちゃっかり者はおめーだよ!」
残った鈴ちゃんは、苦笑いで言った。
「あたしも動物があまり得意ではなくて。なので、開さんと逸美さんといっしょに、普通にパトロールさせてください」
結果――。
ラッキーに会いに行くチームは、凪、作哉くん、ノノちゃんの三人。
普通にパトロールするチームは、俺、逸美ちゃん、鈴ちゃんの三人。
「よし、じゃあさっそく出かけよう」
俺たちは探偵事務所を出た。
少し歩いた先で、凪たちとは別れた。
「なにかあったら報告してね」
「了解~」
さて、トラブルメーカーの凪とはここでおさらばだ。これで俺は面倒事から少しのあいだ解放される。
俺が行動を共にするのは逸美ちゃんと鈴ちゃんの二人。
逸美ちゃんは天然だけど自分からトラブルを引き寄せることはしないし、鈴ちゃんだって変な不意打ちがなければオーバーリアクションをして騒ぐこともない。
「開さん。さっきはちょっと聞き忘れていたんですが、依頼人のおじさんには捕まえられたら捕まえてくれ、とまでは言われてないんですか?」
ああ、それか。
「その点については気にしなくていいよ。向こうも捕まらないだろうって言ってたし、捕まえてくれとははっきり言われてないんだ」
「じゃ、じゃあ、見かけても……」
「まあ見かけたら捕まえるけどね」
「ひぃ~」
と、鈴ちゃんが内股になって情けない声を漏らした。鈴ちゃんは怖がりだからちょっとしたことにも過敏に反応してビビるのだ。
それに比べて終始穏やかな逸美ちゃんが言った。
「大丈夫よ。わたしと開くんがいるもん」
「そうそう。俺、空手の有段者だしね」
だから、俺は基本的にナイフくらいの武器までなら護身術として対応できる。
あれ?
パトロールを始めたばかりだと言うのに、もう怪しい人を見つけてしまった。
俺が足を止めてそちらを見ると、逸美ちゃんと鈴ちゃんも足を止めた。
「ねえ、あっち。変な人いない?」
どこかの家の庭にある物置に登っている人がいた。黒っぽい衣服で上下を固めており、身長は一七〇センチほどで男の人だと思う。
「やだぁ。ほんとね~。怪しいわ~」
「あわわ。もしかして、いきなり空き巣と遭遇ですか?」
逸美ちゃんと鈴ちゃんも驚きの表情で怪しい人を見る。
これは大問題だ。
「捕まえるチャンスだ」
「つつつ、捕まえるんでちゅか?」
鈴ちゃん、びっくりして噛んでしまっている。
「うん。行ってくる」
「開くん、わたしも行くわ」
走り出す俺に逸美ちゃんがついてくる。鈴ちゃんと違って逸美ちゃんは最低限の護身術は身に付けているけど、ちょっと危ないのでここで待っているように言った。
「ダメよ~。わたしが開くんを守らないでどうするの」
仕方なく、付いてくることだけ了承して俺は怪しい人がいる家の庭に入り込んだ。
「お邪魔しまーす!」
庭を回って行くと、物置の前には幼稚園児くらいの子供が二人いた。
「危ない! 離れて!」
と、俺と逸美ちゃんは急いで子供たちの前に駆けて行った。
「開くん、これ」
「ありがとう」
俺は逸美ちゃんがステッキを受け取った。
逸美ちゃんはいつもいろんな物を持ち歩いている。必要ないと思う物まで持っていたりするのだ。
物置の上にいたのは三十代くらいの男の人で、彼は俺たちの存在に気づいた。
ステッキを持って、俺はその人に言った。
「なにしてるんだ!」
「やめて~!」
逸美ちゃんも呼びかけると、その男の人は小首をかしげた。
「なんだ?」
彼はまた家のほうを見て、なにかを手に持ったらまたこちらに振り返った。
「勇太、結菜、羽取れたぞ」
俺と逸美ちゃんは目を丸くする。
「え?」
「あら~?」
二人の子供が喜んでいる。
「わーい。パパありがとう」
「ありがとう」
おじさんは物置から降りてきて、俺と逸美ちゃんに向き直って言った。
「どうしたんだい? なにか御用かな?」
「あの、羽って」
おじさんの手にあったのはバドミントンの羽だったのだ。
「この羽か。これは息子と娘が遊んでて、打ち上げてしまったらしくてね。取ってやったんだ」
「息子と娘?」
「なんだ~」
俺と逸美ちゃんの肩の力が抜ける。
庭先のほうから顔だけ出してこちらを見ていた鈴ちゃんが、ほっと胸を撫で下ろして俺たちの前まで駆けてきた。
「すみません」
「おや、キミは?」
「あたしもこの二人の友人でして」
と、鈴ちゃんが困ったように言葉を濁す。
それから、俺は事情を説明した。空き巣と間違えてしまった経緯を聞くと、おじさんはあっはっはと笑った。
「そういうことか。いやー、面目ない。今日は休みで一日中ごろごろしていたから、まだパジャマのスウェットのままだったんだ」
「なるほど」
俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんは恥ずかしさに顔を赤くして、このおうちのご主人にしっかりと謝った。
庭を出て、俺はため息交じりにつぶやく。
「はぁー。恥ずかしい」
「そうよね~。わたしったらやだぁ」
「あたしも完全に勘違いしてました」
「まあ、最初に勘違いした俺が言うのもあれだけど、このことは忘れよう。二人共ごめん」
と、俺は恥ずかしさから小さな声で謝った。
「わたしも間違えてたからいいのよ~」
「あ、あの。告白しますが、あたしもびっくりしてちょっと腰を抜かしてしまっていたので。お恥ずかしいですけれど」
鈴ちゃんは耳まで赤くしてそう言った。
お互い、このことは忘れようということで話がついた。
「あと絶対、凪には言わないでね」
「そうですね。先輩に知られたらからかわれるに決まってます」
「わかったわ」
逸美ちゃんがうなずき、俺たちはこの記憶を葬り去った。
ちょっとした失態はあったけれど、そのあとも俺たち三人はパトロールを続けた。
怪しい人もあれっきり見かけないし、今日のところはこんなもんで終わりでいいかと思ったときだった。
道の先で、作哉くんが歩いているのが見えた。
次のT字路のところを横切ってゆく。
「こんなところで合流できるなんてね~」
「行こっか」
「はい。行きましょう」
逸美ちゃん、俺、鈴ちゃんは意見も合ったところで足早に歩き出す。
だが、作哉くんのあとに続いてラッキーの散歩をしていた凪とノノちゃんに、作哉くんがなにか言っている声が聞こえてきた。
「おい! 早く来い!」
「うわ~。ヤクザが怒ったー」
凪がまたバカなことを言っている。やれやれ、俺が頭を押さえると、ちょうど俺の横を通り過ぎる自転車があった。
お巡りさんだ。
もしかして、これは……!
やはりというべきか、お巡りさんは声を上げた。
「こらー! 少年と小さな女の子を誘拐しようとしてるな! 待てー!」
なんてことをやっているのか、凪たちは。
作哉くんが怖い顔だからいけないのか、凪が作哉くんを怒らせるからいけないのか、凪が作哉くんをヤクザと言い間違えるのがいけないのか、それはもう俺にはわからなかった。
お巡りさんを追いかけて俺は言った。
「ちょっと待ってー! 勘違いなんですよー」
また問題を起こされても困るから走るが、お巡りさんは気づいてくれない。
やっと曲がって道の先にいるお巡りさんと凪たちを発見すると、お巡りさんが大きな声で怒鳴った。
「こらー! なにしてるんだ!」
「わかってるんだぞ、観念しろー!」
凪はお巡りさんに調子を合わせてそんなことを言っている。
ついでに子犬のラッキーもなにやら吠えている。
まったくあのおバカが。
逸美ちゃんと鈴ちゃんは俺よりずっと足が遅いので置いてきてしまったが、俺はなんとかみんなが止まった場所にたどり着いた。
「すみません、お巡りさん。誤解なんです」
息を切らせて俺が説明しようとしたときだった。
俺が立ち止まった目の前にある家から、こんなやついないだろと言いたくなるような風呂敷包みを背負った昔ながらの泥棒風の男が出てきた。
「お巡りさん、すみません。最初は出来心だったんです。空き巣なんて、バカなことをしました。おれは犬が苦手なんです。勘弁してください」
「は?」
と、その場にいる全員が間抜け声を出した。
ことの顛末は、ちょうど空き巣に入ろうとした泥棒が、お巡りさんと凪の言葉に驚きラッキーに吠えられ観念し自首したという、ただそれだけのお間抜けな話だった。犬嫌いだったことが災いしたということだ。
その日。
逸美ちゃんは依頼にきたおじさんに空き巣が捕まったことを電話で報告した。
「いやー、すごい! 頼んだその日のうちに解決とは、さすがですな!」
うちの少年探偵団のメンバーが同じく少年探偵団のメンバーのせいでお巡りさんに追いかけられる羽目になって、そのおまけで空き巣が自首しただけなのだけれど、このちょっと恥ずかしい事情は説明しなかった。
だが、おじさんは大いに喜んでくれた。
かくして、我が探偵事務所の評判が上がったのだった。
また、凪と作哉くんとノノちゃんは、
「すぐに戻るね~」
「オレは、その、なんだ。ラッキーのやつに言い忘れたことがあってよ」
「ノノもラッキーとおしゃべりしてお散歩してきます」
翌日も懲りずにラッキーの散歩に出かけている。
これはあれだ。
いろんな意味で、犬も歩けば棒に当たる、かな。
下は、本エピソードとは関係ありませんが、『探偵王子カイ 魔法使いナギとルミナリーファンタジーの迷宮』で使用している柳屋凪のイラストです。
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