最新グッズで大掃除

 探偵事務所。

 俺は今日も学校の放課後に探偵事務まで来て、この探偵事務所の管理をしている探偵助手のお姉さんである逸美ちゃんとのんびり過ごしていた。

 試験勉強をしている俺と、読書をしている逸美ちゃん。

 少年探偵団のメンバーも二人しかいないこの時間、ものすごく穏やかに過ごしている。

 すると突然。

 ゆるくウェーブがかったふわふわの髪を揺らせて逸美ちゃんは本から顔を上げて、思い出したように言った。

「そうだ! ねえねえ、開くん」

 俺も顔を上げて、

「なに?」

 と聞いた。

「今日ね、開くんが来る前に、千秋さんのお友達だっていうおじさんが来て、ちょっと変わった物をくれたの」

「変わった物?」

 所長の友達にろくな人はいない。どうせ本当に変な物に決まってる。

 俺はあまり興味もなかったけど、話を聞くことにした。

 逸美ちゃんは給湯室のほうへ行って戻ってくる。

「これよ」

「ん?」

 どこかのお店のビニール袋に入っていて中身が見えない。

 なんだろうと目を凝らす俺の反応に満足そうにした逸美ちゃんは、ビニール袋から品物を出す。

「じゃじゃーん!」

 そう言って逸美ちゃんが取り出したのは、袋には入っているが見たところただの布のような物だった。

「なに? それ」

 目を丸くして聞く俺に、逸美ちゃんは朗々と説明する。

「これはね、なんでも綺麗に拭けちゃう魔法のタオルなの~」

「なんでもって言ってもねぇ。あれでしょ? ものすごい吸水力で、水とかもサッと拭き取れます! みたいな」

「それが違うのよ。水や埃はもちろん、さびやガンコな油汚れも綺麗サッパリ。壁とかのタバコみたいな汚れだって取れちゃうんだから」

「へえ。すごいじゃん! てことは、もう試したんだ?」

「それがまだなの~」

 うふっと笑って答える逸美ちゃん。

 俺はズコっとこける。

「試してもないのにどうしてこう得意げなんだか」

 まあ、逸美ちゃんが楽しそうだからいいけど。

 本当にこのお姉さんはおっとりしていて天然だから、つっこむのもほどほどにして聞き流したほうがいい。

「このタオル、専用の持ち手がついた棒みたいのもあるのよ。高い所や狭い場所を拭く用ね。きっと汚れを落とす力もすごいんでしょうね~」

「でも、結局こういう物ってちゃんと使わなくて、宝の持ち腐れになっちゃうんだよね」

「そうかも~。貰い物だからいいけど、それでも一回はちゃんと使いたいわね」

「そうだね。やる気になったらね」

「うん。やる気になったら」

 俺と逸美ちゃんがやる気になる時が来るかはわからないけど、もらった物はあとでありがたく使わせてもらうか。

 明智家では年末以外にも大掃除することがたまにあるけど、結局良い道具を使いこなせたことはないし、この魔法のタオルはいつか使いたいものだ。

 そのとき、探偵事務所の扉が開く。

「やっほー」

 ゆるい挨拶をして入ってきたくせ毛の少年は凪だ。

 続いて後ろから金髪ツインテールの少女も入ってきた。

「どうも。こんにちは」

 あとからやってきた鈴ちゃんは、今日も丁寧に小さく会釈して挨拶した。

「いらっしゃい」

 やって来るや凪はすぐに逸美ちゃんの持っているタオルに気づいた。

「逸美さん、それはなんだい?」

「これはね、なんでも拭けちゃう魔法のタオルなの。さびから油汚れ、落ちにくいタバコのやにも取れるんですって」

「お~!」

「それに、専用の取っ手までついてるの~」

「すごーい」

 凪は目を輝かせている。

「いつかは使ってやりたいなって話してたんだ」

 俺がそう言うと、凪は逸美ちゃんの元まで行って、

「いつかじゃなくいまやろうよ。ぼくやる」

「大丈夫? 凪くんにできるかしら?」

「平気だよ。ぼかぁ掃除マスター凪ちゃんって呼ばれた男だぜ? 任せてよ」

「おい、凪。遊びじゃ……」

 取めようとしてやめる。

 いや、待て。心の中のもう一人の自分が考える。

 せっかくならこいつを乗せてひと掃除させてみるか。

 いつもいつもこの探偵事務所でくつろぐだけくつろいでだらだらして散らかして帰るやつなのだ。たまには掃除のひとつもさせないと。

 それに、魔法のタオルの力を見せてもらおうじゃないか。

 俺はにやりと微笑んだあと、真面目な顔で凪に向き直る。

「やめておけよ。これを使いこなすのは簡単じゃないぞ。まず、おまえには無理だろうな」

「そんなことないさ」

「じゃあやってみる?」

「もちろん」

 よし、これで簡単には投げないぞ。

「これでうまく拭けたらセンスがあるな、きっと」

 それだけ小さく言っておき、凪が拭き始めるのを待つ。

 凪は魔法のタオルに専用の取っ手を装着して、いざ拭き始める。

「それそれ、すいすい~」

 最初に凪が拭き始めたのは、事務所内にある鏡だった。

 俺たちはその様子を見て、四人そろってびっくりする。

「すごいわ~。鏡がピカピカ~」

「嘘みたいに綺麗ですね! くっきり見えます」

「ほんと見違えるよ!」

「こんなに綺麗にできるなんて、快感~。さすがはぼくだね」

 えへへと嬉しそうにしている凪に、俺は言ってやる。

「やるなぁ! これ、なかなか才能あるんじゃない?」

「だろ?」

 凪はここから、一気に集中してやり始める。

 鈴ちゃんが和室へ上がって、

「先輩、お先にお菓子食べてますからね」

 と言っても、凪には聞こえていなかった。

 俺も和室に上がってお茶をすすってお菓子をいただく。

「凪のやつ、すごい集中力だね」

「先輩って普段から話聞かないけど、いつものふざけたりわざと聞いてないとかじゃなく、今日は集中しちゃってますからね」

 逸美ちゃんはおせんべいを食べながらひと息つき、

「いいじゃな~い。感心だわ~」

 俺は凪を見ていたら、ふと思い出したことがあった。

「そういえばさ、前にも変なお掃除グッズもらわなかった?」

「変なグッズ?」

 小首をかしげる逸美ちゃん。

 逸美ちゃんは記憶力がものすごくいいのに、知識的な物以外では割と変なところで記憶がすっこぬけていたりする。

 俺も思い出しながら説明する。

「確か、去年の冬頃、依頼人の誰かがお礼とかでくれたやつ。自分では使わないからってさ、くれたのあったじゃん。こう、露取りみたいなワイパーっぽいやつで窓拭くの」

「ああ、あれね! あったわね~」

 逸美ちゃんは立ち上がって、物置に行って戻ってきた。

「これでしょ?」

「そう! それ」

 俺はその窓拭き用グッズを受け取り、説明を読む。

 鈴ちゃんがじぃっと俺を見て、

「どうしたんですか? 開さんも掃除がしたくなったんです?」

「すぐ影響されちゃう開くん可愛い」

 嬉しそうに微笑む逸美ちゃんに、俺は照れてかぶりを振る。

「違うよ! そんなんじゃないから。影響なんかされねーしっ。そうじゃなくてさ、あいつ――凪のやつ、普段は掃除しろって言ってもまったくしないでしょ?」

「そうですね。まあしないです。いつもここを散らかしてしまって申し訳ないくらいです」

「いや、俺も鈴ちゃんに掃除してもらっちゃうこともあって申し訳ないくらいだよ」

 俺と鈴ちゃんがそろってため息をつく。

「じゃなくて、その話じゃなくてさ、あいつ普段は掃除なんてしないから、たまには掃除もさせてやれって思ったんだ」

「いいですね! それ!」

「このままじゃもったいないよ」

「そうですよ! 先輩、普段は散らかして開さんやあたしが掃除するんですから!」

「だよね!」

「だってだって、おだてて道具を与えればやるんですからね」

「せっかくやる気があるんだから、この際窓掃除もさせてさ」

「うんうん。それから、トイレ掃除とかもさせられたらいいですよね!」

 あははは、と俺と鈴ちゃんで笑う。

 逸美ちゃんが小さく首をかたむけて、

「そういうのは、本人の前では言わないほうがいいじゃないかしら~?」

 あっ……!

 と、俺と鈴ちゃんが凪のほうを見るが、凪は掃除に集中していた。

 逸美ちゃんは凪を見て、

「まあ、凪くんは集中してて声も聞こえないし、いっかぁ」

 ということで、俺と鈴ちゃんは作戦を立て、凪をおだてることで、お次は窓掃除をさせることにした。

「逸美ちゃん、他にも道具ある?」

「あるわよ~。持ってくるわね」

「俺も一緒に行く」

「あっ、じゃああたしも!」

 そして。

 探偵事務所一階の物置からもたくさんお掃除グッズを持ってきた。

 それを持ってきたことで、掃除中なのにむしろ和室が散らかったんじゃないかってくらいである。

「開さん、逆に散らかってません?」

「だね。あはは」

 苦笑いする俺に、鈴ちゃんがにやりと笑って言った。

「この際、この部屋も一緒に先輩にお掃除してもらいましょう」

「うん、それがいい。この部屋を普段一番散らかす本人にやってもらわないとね」

 しばらく凪が掃除を終えるのを待っていると、やっと凪が大きく伸びをした。

「ふい~!」

 鈴ちゃんが立ち上がって、凪に振り返る。

「終わったんですか? お疲れ様です!」

「あ、終わった?」

 俺も立ち上がって見てみると、本当に掃除が終わって部屋中ピッカピカになっていた。

 これは本当に感心するレベルだ。いや、いっそ業者がやったんじゃないかってくらい輝いてるぞ。

 俺と鈴ちゃんは大げさに褒める。

「うわぁ! すごい」

「先輩、こんなに綺麗にしたんですか? 本当にすごいですよ!」

「そうだよ! 大変だったでしょ? 綺麗だなー」

「ここまで綺麗にできるなんて、先輩はお掃除のセンスがあるんだな~きっと」

「そうそう、俺も見直しちゃった」

 そこに、逸美ちゃんはわざとでもなく本心で驚く。

「やだ~。凪くんありがとう! ピカピカになって嬉しいわ」

 みんなに褒められた凪は気分がよくなって腰に手を当て、得意げに鼻を鳴らして、しゃべり始める。

「ふふん。どんなもんでい。だから最初に言ったろ? お掃除マイスターの凪くんと呼ばれていたって」

 あれ? 掃除マスター凪ちゃんじゃなかったか? どうでもいいけど。

「あっちの棚の辺りなんかさ、置物とかあって細かくて大変だったんだ。でも見てよ、ピカピカさ。向こうのガラスも綺麗なもんだろ」

 鈴ちゃんは口の横に両手を当てて、

「キャー! 先輩ステキです! カッコイイ」

 と黄色い声援を送る。

 凪はカッコつけてキザなポーズで額に手をやり、

「やめたまえ。ふふっ。でもありがとう。バン」

 と、凪が鈴ちゃんにピストルを撃つマネをする。

「ずきゅん!」

 鈴ちゃんは胸を押さえる。そんな鈴ちゃんを見て、凪は髪をかき上げる。

「やっべ。惚れさちまったか。ごめんちゃい」

 わざとらしくてへぺろで謝る凪。超うっぜー。

 しかし、それには乗ったりつっこんだりせず、かくっと頭をもたげて顔を隠し、本当に顔を赤くしている鈴ちゃん。惚れた腫れたはいまに始まったわけじゃないんだろうが、鈴ちゃんもどうしてこんなやつががいいんだか。もうコントごっこが終わったのかと凪が不思議そうに見てんぞ。

 俺はパンと柏手を打って、空気を切り換え、言った。

「凪はすごいよ。俺じゃここまではできなかったな。うん、凪はすごい」

「まあ、キミと比べられても困るけどね。フッ」

 なんかイラっとくるな。

 でも我慢。

 さて、俺は逸美ちゃんが持ってきた窓拭き用のお掃除グッズを凪に向ける。

「なんかさ。こんなのもあったんだよ。これも使いこなすの難しいだろうな。でも、いまの見た感じ凪にならできるかも」

「先輩、あの道具もカッコよくないですか? 先輩がお掃除するところ、もっと見たいな~」

「あっちの窓が汚れてるよ、凪」

「あっちですって」

「他にも色んな道具あるぜ」

「わぁ! 楽しそう」

 俺と鈴ちゃんが誘導を始める。

 が。

 凪は急に魔法のタオルをポイっと投げた。

「ぼく、帰らなきゃ。夕方のアニメが始まっちゃう。録画予約もしてないんだった」

 走り出す凪を呼び止める。

「ちょっと凪! 窓掃除は? お掃除グッズもこんなにたくさんあるんだけど」

 凪は振り返って、まったく興味関心のない目で言った。

「なら、せっかくだし開がすれば? ぼく急ぐから。じゃあね」

「あ、ああ」

 作戦失敗だ。

 俺と鈴ちゃんはがっくりと肩を落とした。

 本当に凪は自分が興味を持った物以外には無関心なやつらしい。

 そういえば。

「開さん」

「うん……」

 鈴ちゃんに言われて、俺はただうなずく。そうさ、わかってる。

 俺たち三人はお掃除グッズの山で散らかった和室を振り返る。

「これ、あたしたちが片付けるんですよね」

「まあ、当然ね。まったく凪のやつ……! いや、今回に限っては、あいつは掃除をしてくれただけで、悪いのは全部俺たちなんだけど」

「そうですね。先輩に感謝こそすれ、怒るのは筋違いですね」

 逸美ちゃんは、あらあらと困った苦笑いで言った。

「策士策に溺れる、ね」

 ガクッと、俺と鈴ちゃんは肩を落とした。

 そしてまた応接間のほうを振り返り、逸美ちゃんはにっこり微笑む。

「でも、綺麗になってよかったぁ」

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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