原宿に服を買いに来た
「やっと着いた!」
今日は、原宿に服を買いに来たのだ。
メンバーは俺と凪と逸美ちゃんと鈴ちゃん。
改札を出て、鈴ちゃんはざっと周りを見回す。
「相変わらず、原宿はたくさんの人がいますよね」
「そうね。ちょっと油断したらはぐれちゃいそう~」
「ははっ。それは逸美さんだけさ。どんくさいんだから。そんな逸美さんのために、リールを持ってくればよかったね」
俺はそんなことを言う凪の頭をベチッと叩く。
「ちょろちょろしてすぐに迷子になりそうなおまえにだけは言われたくない。逸美ちゃんは犬じゃないんだぞ」
「やだ~。開くんの犬になるのも楽しそう。大事に育ててもらえそうだし~」
「やめてよ、逸美ちゃん。人前でそういうことを大きな声でしゃべるのは」
「全然大きな声じゃないわよ~。うふふ」
「確かに特別大きな声じゃないけどさ」
ため息をつく俺に、鈴ちゃんが聞いた。
「それで、どこから行きます?」
「うーん。そうだね、まずは……て、凪は? どこに行った?」
「あれ? 先輩?」
「あらら。さっそく迷子ちゃん?」
三人で周囲をぐるぐる見ていると、竹下通りに向かって歩いている凪を発見した。
あいつ……。
みんなで走って行き、俺は凪に呼びかけた。
「おい、凪!」
凪は振り返る。
「ん? 呼んだ?」
「呼んだよ!」
「なんか用?」
「なんか用じゃねーだろ!」
「なんだ、用もないのに呼ばないでよね。やれやれ」
と、手を広げる凪の頭を俺はぐりぐり攻撃する。
「そうじゃねーだろ! 友達と遊びに来てるのに別々行動か? 単独行動してんじゃねーよ」
「あい、わかりまちた、ごめんなさい」
「よし」
俺は逸美ちゃんと鈴ちゃんに聞く。
「それで、みんなはどんな服買いたい?」
「そうですねぇ。あたし、ブーツとか欲しいですね。チュニックとか、フレアスカートも欲しいですし、シュシュもあってもいいかも。とりあえず色々見て、他にもいいのがあったらって感じです」
「なるほどね」
しかし、ひとりうなずいて聞く俺に対し、凪と逸美ちゃんは無表情だ。どうしたんだ?
凪はぽつりとつぶやく。
「鈴ちゃんがなにを買いたいのかさっぱりわからない」
「鈴ちゃん、外国語ばかりでしゃべるから~」
と、逸美ちゃんも困り顔で頬に手を当てる。
ダメだ、この二人に聞いては……と思った俺と鈴ちゃんだった。
俺たちの前を女子大生くらいのお姉さんが歩いている。
鈴ちゃんはお姉さんの足元を見て、
「あ。あんなブーツいいな」
「いいんじゃない。欲しい色とかあるの?」
「色は特に。ああいうシンプルだけどワンポイント入ってるのがいいんですよね」
凪と逸美ちゃんが黙っていると思ったら、俺と鈴ちゃんの視線の先を辿って、お姉さんのブーツを見る。
逸美ちゃんは口を押えた。
「やだ~。あの人、雨でもないのに長靴履いてる~」
「ほんとだ。冬場に長靴履く人よくいるけど、急に雪が降ってきたときのためかな?」
「あはは。そうかも~。よく考えてるのね~。その割には、梅雨の時期に長靴履く人が少ないのも不思議よね。それにいまはまだ冬じゃないのに~」
「準備がいいっていうかね。何か月も前から準備良過ぎだろ、ってね。ははっ」
「ちげーよ」
「違いますよ」
と、俺と鈴ちゃんがぼそりとつっこむ。
ブーツの女子大生のお姉さんは凪と逸美ちゃんの声が聞こえてしまったらしく、恥ずかしそうに速足に通り過ぎて行った。
今度はローライズなジーンズを穿いた中高生の女の子が通りかかった。
「あたし、いまパンツ系ないから買っちゃおうかな。まあ、結局スカートになっちゃうんですけどね」
えへへ、と冗談っぽく言う鈴ちゃんだったが、凪と逸美ちゃんは驚いた顔で鈴ちゃんを見る。
「えー! 鈴ちゃん、パンツ持ってないの? お金持ちなのに、可哀想~」
「女の子がそんなこと大きな声で言っちゃダメよ! おパンツくらい、今度わたしの貸してあげるわ」
「あと、パンツも穿かずにスカートはやっちゃダメだからね、鈴ちゃん」
「そうね。おパンツ穿いておかないと風邪引いちゃうし、笑われちゃうわよ」
必死に鈴ちゃんを心配する調子で訴える凪と逸美ちゃん。
周りの人たちが俺たちのことを見て、ヒソヒソ話している。
「あの子、パンツ穿いてないんだって。マジやばーい」
「お金持ちがパンツケチるって。めちゃウケるぅ」
などと、鈴ちゃんのことを指差して笑っているギャル系の女子高生二人組もいる。
「……ひぃ」
と悲鳴を漏らし、鈴ちゃんの顔がどんどん真っ赤になっていく。まるでゆでだこみたいだ。これはかなり辛いよな。
俺もそんなことを大声で話すやつが隣にいるのは恥ずかしいので、左右の手でそれぞれ二人の口を塞いだ。
そして小声で、
「鈴ちゃんが言ってるパンツはズボンのことだから。イントネーションが違うでしょ! だからこの話は終わりということで」
凪と逸美ちゃんは俺の手の下でも口を動かして、「了解」と言って親指を立てた。
俺が手を離してやると、凪は、こっちを見て固まっていたさっきのジーンズの女の子を一瞥し、俺に耳打ちする。それも全然普通の声のトーンで言った。
「見て、あれ。ズボンずり下げちゃって。みっともない」
「やだ~。足が短くて可哀想~」
「ぼく知ってる。田舎の不良とかがやるんだ。ネットで見たことあるよ。素朴な顔して裏ではなにしてるかわかりませんな」
周りの人たちから、「え、足が短い?」とか「あの子、不良なの?」と注目されてしまった女の子は、ピューと走って逃げてしまった。
やれやれ。
足が短いことじゃなく、この二人に絡まれたことが可哀想だ。
俺は呆れ目で二人に教えてやる。
「あれはただのファッションの一つだ」
「すごいファッションだ」
と、凪は感心して、
「わざわざ足を短く見せるなんて、不良の考えることはわからないや」
「あっ! 気づいちゃったんだけど、もしかして、チワワとか足が短い動物が可愛く見える原理を利用したんじゃないかしら?」
「なるほど。それしかないね。不良が親しみやすくする術を見につけたのだ」
「いや、それは違う」
と、俺は冷たく言い放つ。
なんだか俺たち、この二人がすっとぼけているせいで変に注目されているな。
ひとまず、ここから立ち去ろう。
ということで、俺は三人に呼びかけて別の場所に移動した。
「あ、開」
凪に呼ばれて振り返る。
「なに?」
「あの人、見てよ」
指差す先を見ると、そこにはダメージ系のパンツをはいたお兄さんがいた。
「ああ、ワイルド系のファッションだね。ああいうのも……」
「やばいよ、ここ。あの人なんか、ズボンをビリビリに引き裂かれてる。この辺りにはなにかあるのかもしれない」
「きゃ。凪くんの言う通りね。見てるだけで痛そう~」
俺たちの会話に気付いたお兄さんが、凪に向かって歩いてくる。
「誰がイタイだ? アン? こら」
「ひゃあ! ごめんなさいごめんなさい!」
一瞬でうずくまり怖がる鈴ちゃん。
逆に凪は不思議そうにお兄さんを見て、ズボンを指差した。
「お兄さん。おズボン、破れてますよ。誰かにやられたんですか? それでしたら、一緒に交番に行きましょう。ぼくが連行します」
そう言われて、お兄さんは周りの人たちに見られクスクス笑われている。「あのズボン、ダメージ系じゃなくて破かれたのか?」とか「連行だってよ」とか言われ、お兄さんは恥ずかしそうに拳を握り真っ赤な顔をうつむかせる。
凪はお兄さんの顔をのぞき込み、
「お兄さん、破かれたおズボン、みんなに笑われています! 注目される前に、交番に急ぎましょう。被害届を出さないと」
「うるせいやーい」
涙ながらにそれだけ言い捨て、お兄さんは逃げ去ってしまった。
凪は手を伸ばして、
「お兄さん、交番はそっちじゃないですよ」
またさらにクスクス笑われている。
「またおズボン破かれないように気を付けて~」
凪が大きく手を振っているので、お兄さんはずっと注目され続けてしまった。
あのお兄さんも災難だったな。
「はあ」
俺はため息をつく。
これから、うまく買い物できるといいけど……。
ただ服を買いにきただけなのに、先が思いやられる。
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