原宿に服を買いに来た その2
原宿を歩いている俺たち。
メンズファッション専門の店やレディースファッション専門の店が多いのは当然のことだが、そこで凪が提案した。
「ここは男女で分かれて店を回らないかい?」
「俺はいいけど、二人は?」
鈴ちゃんは即うなずいた。
「いいですよ。先輩と一緒じゃないってことは、トラブルに巻き込まれる可能性が小さくなる、ってことですから」
それならそもそも来なきゃいいのに、とも思うが、それでも来るのだから鈴ちゃんも物好きである。
逸美ちゃんはというと。
「わたしもいいわよ~。でも、開くんに着せるお洋服も選んだりしたいし、ちょっとしたら合流したいなぁ」
「うん。ずっと分かれたままじゃみんなで来た意味ないしね。そのつもり。ていうか、俺に着せる服って……」
正直、逸美ちゃんの好みの服を着て喜んでもらえるっていうならそれは俺も嬉しいんだけど、肝心の逸美ちゃんのセンスが心配なんだよな……。
凪は手を挙げた。
「よし。では、男女それぞれで服を見てこよう」
「はーい。そうしましょう~」
と、逸美ちゃんが返事する。鈴ちゃんも「はい」と短く言って、俺たちは男女分かれて行動することになった。
さて。
逸美ちゃん・鈴ちゃんペアがどうなるかも気になるところだけど、俺は俺でじっくり洋服選びをさせてもらうか。
「で。凪は、そう言ったからには見たいお店でもあったのか?」
「ぼくは別に~」
そうかい。
二人でフラフラと歩いていると、通りすがりの女子高生っぽい女の子二人組が俺を見て、
「あ、いまの人かっこよくない?」
「ね! 超イケメンだった。もう片方もなかなか良い感じ」
と、すれ違い様にささやき合っているのが聞こえてきた。
フッ。
さすが俺。
凪も黙っていれば俺の邪魔はしないから助かるぜ。
原宿ではないが、都内の別の場所で以前芸能事務所にスカウトされたこともある俺だから、異性の視線を集めてしまうのも仕方ない。
「開」
「なに?」
「調子に乗った顔してるね」
「べ、別に」
変なところだけよく見てるな、こいつ。
ふいっと顔をそむけて歩いていたが、そのうち良さげなお店を見つけた。
「ねえ、凪。このお店に入ってみない?」
「うん。いいよ」
店内に入ると、洋楽がかかっている。あまり洋楽は詳しくないけど、音量も大きくないし落ち着いていて雰囲気も悪くないお店だ。
「俺、あっちを見てくるね」
「ほいほい」
色んなデザインのシャツやジャケットがある。
見て歩いていると、店員さんを発見した。その店員さんは、バイトなのだろう大学生の青年だ。背が高めで少し細め。アシンメトリーの髪型が特徴的だ。
その店員さんは、こそこそとなにかを見ている。
「お。なんも考えてなさそうなアホ面のガキ発見。ああいうのはおだてりゃなんでも買いそうだし、おれの売り上げのために、あいつにしこたま買わせてやるか」
うわー。嫌な店員の嫌なところ見ちゃった。
それで、誰だ? そのアホ面のガキってのは。
店員さんが話しかけに行くところをこっそり見ていると。
ズコっと俺はこける。
「いらっしゃいませ。お客様」
「なんだ? お兄さん、やけに慣れ慣れしいね」
話しかけられていたのは、なんと凪だった。
こいつ、どうせ変なことしゃべるだけだから関わらない方がいいぞ、店員さん。
俺は知らんぷりしてそそくさと洋服を見に行く。
適当に色々と服を見ている間にも、俺のところまでは会話は聞こえないが二人はずっとしゃべっているらしい。
「いえいえ。慣れ慣れしいだなんてとんでもないです。ただ、お客様に寄り添うのが当店のスタイルなので、親密に感じてもらえたらと」
「お兄さんがぼくに寄り添うの?」
「ええ。それはもう」
「やめてよ。暑苦しい。ちょうどいい距離感ってものがあるんだよ」
「いやはや。すみません」
「で。ぼくになんか用?」
「はい。なにかお探しのものがあればお申し付けください」
「別にいいって。餅をつく気分じゃないから」
「違います。申し付けくださいって言ったんです。リクエストがあれば、なんでもお持ちしますよ」
「そうなのか?」
「ええ。それはもう」
「じゃあ、そうだな~」
「なんですか?」
「うん、まずはあんころ餅にしようかな」
「餅じゃねーっつってんだろ!」
「うわぁ、怒鳴った。ここの店員さんが、急に怒鳴り散らしているぅ~!」
と、凪が言っている声が聞こえてきた。見れば、店先でそんなことをやっているっぽい。店の外では、通りを歩く人たちがチラチラと凪と店員さんを見て通り過ぎてゆく。
「あの店員さん、確かに怖そう」
「やだ~。あんな店怖くて入れないよ」
そんなヒソヒソ話を聞いて、店員さんは慌てて凪にペコペコしながら愛想笑いを浮かべる。
「いやだな~。違いますよ。つっこみですよ。なんでやねん! って言ってね。あはは」
なんだかわからんが、振り回されているのはわかった。
「お客様、このカーディガンなんてどうでしょう? 品のある色合い、洗練されたデザイン、どこからどう見てもお客様にお似合いかと」
見ると、それは紫色のカーディガンだった。ただ紫色にしては落ち着きがなく蛍光感のある色合いで、とても品があるとは言えない。しかも、デザインに至ってはポケットが四つもあったり肩パッドがあったり、無駄が多過ぎる。どこも洗練されてない。
「ダサっ……」
ひとりごちる俺が凪を見ていると、凪はそのカーディガンを見つめて言った。
「なんだかとんでもないのが出てきたぞ」
「げっ。違いますよ、お客様。そちらは当店の一点もので、決して売れ残りや在庫処分品だなんてことは――」
「これは奇抜でいいね!」
「へ? で、でしょう? そうなんですよ、光る個性をお持ちのお客様にはぴったりだと思ったんですよ」
「いや~。怒る宝石なんて持ってないよ~」
聞き間違えているのに照れる凪。それのどこに褒められている要素があるんだよ。
しかしどうやら、いまの会話から察するに、店員さんもこの服がダサいということをわかっているらしい。それをなんとしても凪に売りたいのだ。
でも、凪のやつあれを買うのかな……。あれを探偵事務所に来てこられたら嫌だな。でも、性格から考えて凪は他の店も見てから買うタイプだ。あとであれはないって言ってやろう。
さて。
俺は俺で服を見させてもらうか。
凪たちから離れたあとも、凪と店員さんはまだやり取りを続けている。
「それで、どうします? お買い求めになります?」
「うーん。ぼく即決はしない主義なんだ。物を見る目を養うためにも、じっくりと観察と吟味は欠かさないんだ」
「それはよい心がけですね」
「ぼくってさ、普段から色んなことを心がけているんだぜ。この前なんて、開が――」
「お客様。雑談もほどほどにして、せっかくですから、こちらのカーディガン、ご試着なさってはどうでしょう?」
「なるほど。それもいい」
「あ、そうだ。ズボンもそれに合うものを穿くとよりいいかもしれませんね。では、こちらのスキニージーンズはどうです? ダメージ系もお持ちしましょう」
「うん。持ってきておくれ」
「はいはい。いますぐに」
俺がTシャツを見ていると、店員さんが俺の横を通り過ぎていくのが見えた。凪たちの会話が聞こえない位置にいたけど、もう終わったのかな? 見ていると、店員さんはダメージ系のジーンズを手に取った。
「これこれ。こんなボロボロに破れたもん誰も穿かねーっつーの! ははっ。あっ、ついでに、この意味わかんねーとんがり帽子も買わせちまうか!」
おいおい。ここに客がいるの忘れてないか? 幸い、俺と凪以外にはほとんどお客さんもいないようだけど。
店員さんはジーンズ片手に走って行った。
まあ、頑張ってくれ。
俺には凪たちの会話は聞こえないけど、なにか声がするくらいはわかる。ちゃんと聞こえたのは、最初の店員さんの「お待たせしました」だけだ。
「では試着室にご案内します」
「うん。ご案内されます」
「あとからお持ちしましたダメージ系ジーンズは、大変人気で当店では現在品切れでして。最後の一点ものなんですよ」
「ほうほう」
「わたくしとしましても、お客様のようなセンスのある方に買っていただきたかったので残っていてよかったです。それに合うお帽子もご用意させてもらいました。あ、こちらが試着室です。どうぞ」
「いや、ぼくはいいよ」
「どうかなされましたか?」
「ぼく、自分で着てもピンと来なくてさ。鏡で見るだけじゃ客観的な判断ができないから、誰か別の人に着てもらうようにしてるんだ」
「そう言われましても、当店には試着用のモデルなどございませんが」
「モデルなんてたいそうな人じゃなくていいのさ。顔は関係ないし、そこら辺にいる普通の人でいいんだ。そうだ、お兄さんが試着してよ」
「嫌ですよ! なんでこんなの! じゃなくてですね、ははははは。サイズもわたくしには小さいですし、やはり、ご自分でご試着なされて着心地なんかも確かめるとよいかと」
「なるほど。着心地か。一理ある。じゃあお兄さん着心地も教えてね」
「だから、わたくしは、うわっ! 押さないでください! わかりました。着ますから」
「ふう。わがままなお兄さんだ。でも、楽しみだな~」
俺は色々と見る物も見たし、そろそろ別のお店に行きたくなった。オシャレでよかったシャツが一つあったから、他のお店を見て、あれよりいいのがなかったらここで買おう。
店を出るために凪を連れ出そうと探していると、店先で凪を見つけた。
「あ、凪。どうだった? いいのあった?」
あんなみょうちきりんなカーディガンしか見てないし、あったとは言わないか。
「それがさ。いいのっていうか、すごいのがあったんだ」
「ふーん」
そのとき。
ここから数メートルの場所にある試着室のカーテンがバシャっと開いた。
「どうですか? なかなかにステキでしょう?」
え?
試着室から出てきたのは、さっきのすげーダサいカーディガンとボロボロに破れたジーンズを穿いた店員さんだった。しかもサイズが合っていないのかピチピチだ。とんがり帽子なんて異次元の世界からやってきたモンスターみたいだ。
あの店員さん、凪に試着させるんじゃなかったのか? なんで自分が試着してるんだよ。
俺がそんなことを考えていると、横では凪が手を振った。
「あ、お兄さーん。こっちこっちー」
店員さんは凪に呼ばれたものの、なかなかこちらまで来る勇気が出ないでいるようだ。それもそのはず、店の真ん前――つまり通りの前であの姿を披露することの恥ずかしさを考えると、足もすくむよな。
それでも店員さんがいそいそと来ると、凪は店員さんの腕を引いた。
「ちょっと店の前を歩いてくれ。太陽の光の下だとどう見えるか見たいんだ」
「そういうのはちょっと……」
店員さん、すごく困っている。しかし凪にこんなもん買わせようとしてたやつだ。あやうく探偵事務所に着て来られるところだったわけだし、ちょっとは買わされる客の気持ちになるのもいいかもな。
「お兄さん、もっと腕を振って歩いて。はい、ワンツーワンツー」
「ワンツーワンツー」
と、店員さんは目の端に涙を溜めて声を出して行進する。
この様子を見ていた原宿の通行人たちは、おかしな人を見る目で店員さんを見ている。
「やべー。なんだよあのファッション」
「ちょっとないよねー」
「なにあれダサーい」
通行人たちの声で店員さんの目からは涙がこぼれていた。
だが、そんなとき。ふと凪が店員さんのズボンをまじまじ見て、指差して言った。
「店員さん、おズボン破れてますよ!」
「いえ。これはダメージ加工で」
「ダメじじいが作ったとか知らないけど、こんな物をお客さんに売ろうとするなんてとんでもない店だ。不良品を売るお店なんですか?」
その言葉に、道行く人はまたヒソヒソ話をする。
「この店、不良品売ってるのかよ」
「店員があれじゃねー。センスもないし、たっくん絶対あの店で買わない方がいいよ」
「マジあの服ないわ」
散々な言われようだが、事実なのでしょうがない。これを期に、あの店員さんには反省してまた一から頑張って欲しいものである。
まあ、弁解のために言っておくと、俺が店内で見た商品はオシャレなものもたくさんあったから、悪いのはあの店員さんとあの店員さんが着ている服だけなんだけど。
「やれやれ。お兄さんは面白い人だと思ってたけど、幻滅ですな。今回は見逃してあげるから、これからうんと頑張るんだぞ」
「はい」
「うむ。よく言った。よし。開、行こうぜ。あれ? 開のやつ、どこに行ったんだ?」
ちなみに、俺はあいつら二人と一緒にされたくないからお先に店を出て、ちょっと離れたところで見させてもらった。
このあと、凪が俺に気付いて合流し、別の店を探して歩き去った。
「開、聞いてくれよ。さっきの店、すごい人がいたんだ」
「へえ」
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