原宿に服を買いに来た その3
「もういまので三件くらい回ったかい?」
「そうだね。色々お店あるからどこ入るか迷うよね」
凪と二人で三件ほど店を見たあと。
次はどんなお店に入ろうかと凪と歩いていると、俺はお店に入って行く逸美ちゃんと鈴ちゃんを発見した。
「あ、逸美ちゃんだ」
俺が指差す先を凪も見て、
「あんなところでなにしてるんだ?」
「普通に買い物だろ。どうする? 行ってみる?」
しかし凪は腕を組んで考える。
「女子の買い物は長いし、ぼくは別に合流しなくていいんだけど、鈴ちゃんや逸美さんがトラブルを起こしている面白い場面を見るのも楽しそうだしなぁ……。迷う」
「おまえじゃないんだから、トラブルは起こさないよ」
なにか面倒なことに巻き込まれる可能性は大いにあるけど。
「じゃあ行ってみる?」
「そうするか」
と、俺も同意する。
「開がすごく行きたそうだったし仕方ない。そんなに逸美さんに会いたいか。ぼくというものがありながら」
「そんなんじゃない! 行くぞ」
よく見ると、二人が入って行ったそのお店は男女どちらの服もあるようだった。
えっと、二人はどうしてるだろう。
俺と凪も店内に入り、二人を探していると。
「お客様、なにかお探しですか?」
「いえ、あの、その」
鈴ちゃんが店員さんに絡まれていた。二十代前半くらいのお姉さんで、親切そうだけど逆にフレンドリーですぐ話しかけてきそうな感じのするしゃべり好きな印象。
「あ、お客様がいま見ていらしたそちらは昨日入荷したばかりなんですよ。ピンクのパステルカラーとガーリーな施しがステキでしょう? お客様にもよくお似合いになるかと」
「は、はあ。ありがとうございます」
うーむ。
これは鈴ちゃん苦しいか? 店員さんに勧められるの苦手そうだし、断れないタイプだろうからな。
でも、しばらく様子を見てからヘルプを出してやるか。鈴ちゃんにだって買う気があるかもしれないし。
「こちらなんてどうでしょう? わぁ、似合う~」
なんか勝手に服をあてがわれている。
「これもいい~。お客様のサイズでちょっと持ってきますね」
「いや、あの……」
ダメだ。鈴ちゃん、断れない。
俺は店員さんがどこかに服を取りに行った隙に、鈴ちゃんの元まで行った。
「鈴ちゃん」
呼びかけると、鈴ちゃんは救世主でも来たような顔になった。
「開さん。助かりました!」
「買わないときは、見てるだけです! って言うんだよ。もししつこい店員さんでもビシッと言えばひるむから」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「ちょうど偶然鈴ちゃんたち見つけて来たんだけど、逸美ちゃんの方も気になるからちょっと見てくるね」
「はい。わかりました」
さて。
今度は逸美ちゃんを探す。
すると、こっちはこっちで店員さんに色々と勧められている逸美ちゃんを見つけた。
逸美ちゃんは勧められるのは苦手じゃなさそうだけど、おだてられたら騙されて似合わない服でも本当に買ってしまいそうだ。
「あら~。そうかしら?」
「そうですそうです。これなら、きっと彼氏さんもキュンとしちゃいますよ」
「そんな~。でもわたし、彼氏はいないんです」
「うそ!? こんなにお綺麗なのに?」
「いやーん、綺麗だなんて。ありがとう~。ただ、わたしには可愛い弟みたいな子がいて、その子のためにも、いつも綺麗でありたいな~って思ってて」
「もうー! 年下ですか? やりますね」
と、肘でつつかれて、逸美ちゃんも喜んでいる。
「うふふ。開くんって言ってね、すごくかっこよくて可愛くて」
「あーん、羨ましい!」
ま、まあ。逸美ちゃんのことはお会計をするときに止めればいいか。会話も弾んでいるようだし、俺の話をしているっぽいその渦中に飛び込む勇気はない。
俺は鈴ちゃんの様子見に戻る。
どうやら、ちょうど店員さんが鈴ちゃんの元に先程勧められていた商品を持ってきたところだった。
「お客様、こちらですー」
鈴ちゃんは、キリッと眉を吊り上げて言った。
「見てるだけですから!」
若干ドヤ顔の鈴ちゃんだけど、これならどうだ?
しかし、店員さんはニコニコしたまま手に持った商品を突き出した。
「はーい。そちらもいい商品なんですよー。それで、これがさっきのサイズ違いです!」
胸に押し付けられ、鈴ちゃんは口をパクパクさせて、
「その、見、見て、見てる、だけで、その……――ありがとうございます!」
お礼言うんかーい!
俺はズッコケる。
仕方ない。行ってやるか。
鈴ちゃんと店員さんの元に近づき、さりげなく声をかける。
「どう? 良い服見つかった?」
また、鈴ちゃんが安堵した顔で俺を見る。
「開さん」
店員さんは俺を見て、
「えっ!? もしかして彼氏さん? イケメンですね! 美男美女カップルいいわー」
「いいえ。違うんです」
と、そこは俺も鈴ちゃんも同時に即答する。
「あら違うの。残念。お友達ですか?」
「はい」
店員さんはそんなお友達の俺より鈴ちゃんを攻めた方がいいと思ったのか、再度鈴ちゃんに聞く。
「このニットなんていいんじゃないですか?」
またあてがわれている。
俺は鈴ちゃんに耳打ちする。
「さっき、見てるだけですからはダメだったみたいだし、今度はあり得ない注文をするんだ。変な色とかデザインとか」
鈴ちゃんはしかとうなずく。
やる気満々な顔だ。
これなら大丈夫だろ。
ちょっと考えもまとまったのか、鈴ちゃんは店員さんに言った。
「あの。あたしが探してるのはこういうのじゃなくて、もっと色はこうくすんだこけのような感じで、ニットなのにダメージ系っていうか」
「は、はあ」
よし! いいぞ! 店員さんも困っている。
俺と鈴ちゃんは目を合わせて、やったぜ! とアイコンタクトする。
「それでしたら、確か倉庫の方に……」
「え!?」
と、俺と鈴ちゃんが驚愕する。そんなのあるのかよ。
「いや、ちょうどレジの方にあったんだ。すぐお持ちします」
店員さんはサッと走り出した。
「開さん、あるみたいです……」
「大丈夫。来たのを見たら、なんか雰囲気違うとか、もっとさらにこういうのが足りないとか注文すればいいって」
「そ、そうですね! 頑張ります!」
そして、店員さんは俺たちが作戦会議をしていたものの十五秒で戻ってきた。
「はい、こちらです」
「げっ」
本当にあるんだ。ダメージ系のこけの色をしたニットなんて。
一瞬ひるみかけたが、鈴ちゃんはビシッと言う。
「いいんですけど、なんかイメージと違うって言うか、雰囲気が違うっていうか。もっとこう、ダメージ加工もオオカミに引き裂かれたみたいなビリビリ具合の方がいいし、でっかいピンクのリボンとかがあるといいですねー」
おお。言うなぁ。いいね。
「あと、ウサギさんのプリントとかも欲しいですかね。背中にドーンと。で、袖と肩にはトゲトゲとかあるとダメージ系ともあう感じだし、さらに名前入れもできると完璧です!」
まだ言ったか。ていうか、なんだよそれ。相当おかしいだろ。でもよく言った。さすがにこれだけ変な注文されたら応えられまい。
どうだ?
俺と鈴ちゃんがじぃっと店員さんを見つめていると。
「あー。それとまったく同じのが、返品で戻ってきたかも。未使用だから大丈夫ですよ」
「へ?」
呆気に取られる鈴ちゃん。
「ちょおっとお待ちくださーい」
店員さんがまたレジの方へと走って行く。
鈴ちゃんはすがるような顔で俺を見上げる。
「どうしましょう! あるんですって」
「あり得ないよね。なんでそんなのあるんだか」
「次の作戦はなんですか?」
「作戦って言っても、これ以上は……」
作戦会議も途中だったが、店員さんが戻ってきてしまった。
「どうぞ。こちらでーす」
「……」
絶句。
俺も鈴ちゃんも言葉が出なかった。
ダサ。なんで本当にあるんだ。デザインした人趣味悪過ぎるだろ。
あんぐり開いた口が塞がらない俺と鈴ちゃんだったが、そこにふらりと凪が登場した。
「あ、二人共なにやってるの? そんな服見て」
「先輩」
「鈴ちゃんがその服買うの?」
凪のやつ、いつもならここで変なこと言って……いや、いまはいいんだ。むしろこいつみたいなズバリと言ってくれる人がいると楽かもしれない。
俺は凪に振ってみる。
「そうなんだよ。どうかな? 凪くん。キミの忌憚ない意見が聞きたいな」
頼む、凪。いつもみたいに失礼で正直な意見を言ってくれ。
すると、凪はジロジロとそのダサいニットを見て、
「ほうほう」
どうだ?
「なかなかですな。鈴ちゃんもこういうのを着る年頃か。ぼくも応援するよ」
なんでだよ! 普段なら正直にダサいとか言うくせに!
もうこうなったら強行手段だ。
俺はビシッと店員さんの後ろを指差した。
「あーっ! ブタが空飛んでるーっ!」
「ブタが?」
店員さんが振り返る。
この隙に!
ついでに凪と鈴ちゃんも騙されたが、そんなのはいい。
俺は二人の手を引っ張って全力で逃げ去る。
思いっきり走って角を曲がり、店員さんの視界から消えた。
「ふう。なんとか逃げられた。二人共、大丈夫?」
振り返ると、鈴ちゃんは肩で息をして、
「はぁ、はぁ。逃げられてよかったです。お手間をおかけしてすみません」
「凪も大丈夫か?」
右手で鈴ちゃんを引いて、左手で凪を引いていた。だから俺は左手側を見たのだが、しかしそこに凪はいなかった。
「変わり身の術!? なんで? どこ?」
凪の変わりに俺が左手で握っていたのは、小さな木の丸太だった。
すると。
「鈴ちゃーん! これ試着してみなよー!」
さっきのダサダサニットを持った凪が走って追いかけてくる。
「ぎょえー!」
鈴ちゃんは悲鳴を上げて逃げ出した。
「おーい。どこ行くのさー?」
「きゃー! 助けてー」
店内をぐるぐる回って、マネキンが倒れるやら平積みになっている服が床に落ちて散らばるやら。
さっきの店員さんもあわあわしている。
どうして凪が登場するだけでいつも事件が起きるんだ。
俺は深くため息をついた。
「はあ。なんでこうなるんだ」
このあとも、凪と鈴ちゃんの追いかけっこはしばらく続いた。
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