原宿に服を買いに来た その4

 店内を散々荒らしまわった凪と鈴ちゃん。店には、そのあと(俺が)何度も謝ってようやく許してもらえた。

 逸美ちゃんがずっと店員さんに俺の自慢話をしていたので、店員さんがひとり拘束された状態になっていたものの、店内の片付けは俺たち三人が手伝ってなんとか終えることができたのだった。

 俺は逸美ちゃんの元に行き、店員さんに言った。

「すみません。それ全部買いません。お騒がせしました。失礼します」

「は、はい……」

 呆然とする店員さんを置いて、逸美ちゃんを連れて俺は店の外に出た。

「開くん、どれもいいお洋服なのよ~。どうして?」

「勧められたの全部買っちゃダメ! あれ全部買ったら数万円程度じゃ済まないよ?」

「そうなの~? やだ~」

 嫌なのはこっちだよ。

 さて。

 先に店の外に出てもらっていた凪と鈴ちゃんと合流し、やっと四人が揃った。

 凪が俺と逸美ちゃんを見て、わざとらしくため息をついた。

「二人共、なにしてたのさ~。だらだらしてないで、服を買おうぜ。帰るの遅くなっちゃう」

「おまえにだけは言われなくない! そもそも、おまえが他人に迷惑ばかりかけなければ今頃は俺も買い物を済ませてたんだぞ」

「まあまあ、落ち着いて今度は四人でお洋服選びましょう。みんなで誰がどんな服がいいか、選びっこするの~」

 逸美ちゃんの提案に、凪も賛同した。

「いいかもね。ぼく賛成~。ルパンも三世~」

「ならあたしは峰不二子ー」

 と、鈴ちゃんが乗っかると、俺と凪と逸美ちゃんの視線がある一か所に集中する。

「わかってますよ! どうせあたしはナイスバディーじゃないですよっ」

 胸を抑える鈴ちゃん。

 凪は汗を浮かべる。

「まだなにも言ってなのに」

 ふと、俺は鈴ちゃんがイヤホンを持っていることに気付いた。

「鈴ちゃん、なんでイヤホン?」

「ああ、これですか? さっき先輩に、店員さんに話しかけられなくなかったら、イヤホンをしてるといいって言われて」

「なるほど~。いい考えね」

「うん、凪やるじゃん」

 逸美ちゃんと俺に言われて、凪はドンと胸を張った。

「ぼくほどに空気を読めるようになるには、こういった小細工も必要なのさ」

「おまえのどこが空気読めるって?」

 あはは、と逸美ちゃんと鈴ちゃんが笑って、凪は首をかしげる。

 仕切り直して、俺は言った。

「じゃあ、みんなでそれぞれ誰にどれが似合うか選ぼうか」

「おー!」

 三人も声を上げて、俺たちは店を探すことにした。


 俺たちは大きめのお店に来た。

 もちろん、メンズレディースどちらも揃っている。

「それじゃあ、自分以外の三人に似合いそうなものを選んで、三十分後にここに集合。あ、当然自分で欲しい物があったらストックしておいていいからね」

「はーい」

「わかりました」

「あいよ~。じゃあまた~」

 みんなそれぞれバラけた。

 俺も三人に似合う服を探して、ついでに自分用も探しそうと考えた。

「考えたら、あの三人がチョイスする物だし、自分の分を重点的に選んだ方がいいかもしれないな」

 しかし結局、俺は鈴ちゃんが持ってない感じの服で似合いそうな物を真剣に選び、逸美ちゃんにはこっそり俺が着て欲しい服を二、三点選ばせてもらい、凪の分だけ適当に一番近くにあったやつを選ぶと、いい時間になっていた。

 自分の分を探すには時間があまりなくなってきたな。

 服を適当に見ながら歩いていると、メンズフロアを歩いているカップルがいた。

 彼女の方が俺を見て、彼氏に言った。

「ねえ、ああいうシャツとかよくない? 着てみてよ」

 と、俺が着ているようなシャツを彼氏に勧めている。

「絶対かっこいいよ」

 さすがなんでも似合ってしまう俺。普通に歩いているだけで周囲に影響を与えてしまうなんて、罪な男だぜ。

 さっきも歩いている女の子の視線を集めてしまったしな。フッ。

 そこへ急に、凪が現れて、

「やあ、開。偶然。そんな顔してまたくだらないこと考えてたのか。ちゃんと洋服探すんだよ。ぼく急いでるから、じゃあね」

 俺がなにも言う前にいなくなってしまった。

 くそう。なんであいつには俺の考えてることがわかるんだ。

 まあ、正確には凪に考えている内容までつっこまれたわけじゃないけど……と考えていると、今度はイヤホンを聞きながら服を見ている鈴ちゃんを見かけた。

「お客様、なにかお探しですか?」

 あ、店員のお姉さんに話しかけられてる。

「……」

 だが、鈴ちゃんも音楽を聴いているフリして無視。

「あー。それ、今年流行りなんですよ。なんにでも合うから人気もすごくて」

「……」

「それそれ。いいって評判ですよ。キュートなお客様には絶対似合いますし」

 鈴ちゃんが無視してるのに、店員さんは鈴ちゃんが手に取るもの見るものにいちいち解説を加える。

 なんてグイグイくる人なんだ。

 それに屈しない鈴ちゃんも偉い……と思ったとき、鈴ちゃんはイヤホンを耳から外した。

 どうしたんだ?

 鈴ちゃんんはビシッと頭を下げて、

「すみませんでした!」

 あちゃー。謝っちゃった。

 店員のお姉さんはニコニコ笑顔を崩さず、

「いえいえ。それでこちらが――」

 と、説明を再開する。

 あーあ。

 俺はくるりときびすを返す。

 こんなことをしているあいだに、せっかく凪の服を選ぶのに節約した時間がなくなってしまったので、俺はちゃっちゃと自分の分を選ぶことにした。

 そうして探し歩いていると、逸美ちゃんに出くわした。

「あら、開くん。もう選べた?」

「うん。みんなの分はもう。あと自分用になにか選びたかったんだけど、時間なくて。逸美ちゃんは?」

「わたしもまだなの~。開くんに着せたい服を選んでたんだけどね、たくさんあり過ぎて選べなくて。開くん、ちょっといい?」

「うん」

 逸美ちゃんはカゴに入れていた服を取り出し、俺にあてがう。

「まあ! 可愛い~! わたしの見立てに間違いはなかったわ」

「そ、そうかな?」

 なんか照れるな。

「次はこっちね。うん、これも凛としてステキ~。あら、こっちは華やか~」

 こうして、次から次へと十着ほど試されて、ようやく終わった。

だが、逸美ちゃんは別の棚に置いてる服を見て、

「あら? あらら? あれなんて開くんにぴったりかも」

「逸美ちゃん、そろそろ時間だし戻るよ」

「え~。あと一分」

「しょうがないな。じゃああと一分ね」

「はーい」

 そして、結局決まらずあてがった中からよかったものを候補として四着ほどカゴに入れ、棚からよさげなものを去り際に一着カゴに放り込む逸美ちゃん。やるな。

 二人で最初の場所に戻ると、先に待っていたのは鈴ちゃんだけだった。

「ごめん、ちょっと遅くなって。凪は?」

「さあ。どこでしょう」

 そのとき、凪がふらりとやってきた。

「やあ。戻ったよ~。さあ、みんなで試着大会しようぜ」

「うん。ちょうどこのフロアはメンズもレディースもあって男女どっちが試着室使っても自然だからね。じゃあ、誰が選んだ物から始める?」

 俺が問いかけると、鈴ちゃんが苦笑いで答えた。

「あのぅ、それがですね……。ずっと店員さんに話しかけられてしまっていまして、みなさんの分は一着も……」

「マジか……」

 今度は逸美ちゃんが能天気に答えた。

「わたし、逆に開くんの分しか選んでなくて~」

「逸美ちゃん、俺の分も選びきってなかったでしょ」

 こうなると、まさか……。

 凪は頭の後ろで手を組んで、

「ぼくは隣の店の喫茶店でブルーマウンテン飲んでたから、誰の分も選んでないよ」

「おまえはなにしてたんだよ!」

 俺はため息をついて、

「仕方ない。俺は全員分選んだから、俺が選んだのをみんな着てごらんよ」

「わーい、楽しみ~」と逸美ちゃん。

「すみません。ありがとうございます」

「開がぼくのためにっ。くぅ~。友情の服か~。買わないわけにはいかないだろうなぁ」

 悪いけど、おまえの分だけは適当だぞ。

 そうして、俺は自分で選べなかったので、逸美ちゃんが最後に棚からさっと入れた服を着てみることにする。

「じゃあ、まずは鈴ちゃんからいこうか」

 凪に言われて、まずは鈴ちゃんが着替える。

 鈴ちゃんは普段着ないパンツ系もと思ったけど、スカートが多めで意外とワンピースも着ないので、水色のワンピースにした。

 ワンピースをはためかせて、くるりと回ってみせる。

「似合ってますか?」

「うん。いいよ。ね、凪?」

 これには凪も素直にうなずく。

「爽やかでいいじゃないか。うん、可愛いワンピースだ」

「そ、そうですか?」

 褒められて鈴ちゃんも嬉しそうだ。

「ぼくは嘘はつかない。鈴ちゃん臭うよ。いい感じ」

「それを言うなら似合うでしょ? 先輩」

 と、鈴ちゃんは凪の背中をパンパン叩く。

「まあ、先輩がそこまで言うなら仕方ないですね。あたしこれ買います! べ、別に、先輩のために買うわけじゃないですよ? ただちょっと、デザインとしても……」

 鈴ちゃんはまだペラペラと言い訳をしている。

 でも、気に入ってもらえてよかったな。なんか凪が選んだ風になっちゃったけど。

 次は逸美ちゃんだ。

 逸美ちゃんは、触り心地がよさそうなふわふわのニットで、色は黄色。これもよく似合っている。あんなふわふわの服を着た逸美ちゃんに抱きしめられたら気持ちいいだろうな。スカートも大人な黒。ひざ丈よりほんの少し長いくらいなのがぐっとお姉さん感を引き立てている。あのスカートで膝枕されるのも悪くないな、うん。

 そんなことを考えていると、凪が一言。

「開、よだれよだれ」

「おっと、いけない」

 と、俺はよだれを拭う素振りをする。

「て、よだれなんて出てねーよ!」

「ほうほう」

 逸美ちゃんは凪や鈴ちゃんにもというより、完全に俺に向かって聞く。

「どうかしら?」

「うん。いいよ。とっても似合ってる」

「開もよだれが出るほどに」

「だから出てねーよ」

 余計なことを言う凪につっこみ、俺はまた逸美ちゃんに言う。

「そう。それならよかったわ」

「すごく似合ってて可愛いですし、逸美さんも買ったらどうですか?」

「そうする~。開くんが選んでくれたんだもん。ありがとう」

「うん」

 さて。

 次は凪の番。

 凪に選んだのがどんなだったか覚えてないけど、試着室から出てきた凪は白いマウンテンパーカーを着ていた。ワンポイントの黄色が綺麗だ。意外といいんじゃないのか?

「どうだい? かっこいいかい?」

「いいじゃないですか、先輩! さすが開さん、センスいいですね」

「ほんと、凪くん綺麗めで良い感じよ。やっぱり開くんが選ぶと間違いないわね」

「そうかな? あはは」

 まあ、凪にも似合っているようでなによりだ。

「ぼくってなんでも着こなしちゃうのかな~。白がベースの服ってぼくも好きだし、これなら文句なしだね」

「それで、凪も買うの?」

 俺が聞くと、凪はさらりと言った。

「別にいいや。今回は服を買いに来たわけじゃないし」

 俺たち三人がズッコケる。

「じゃあ今日なにしに来たんだよ!」

「行楽? まあ、仕方ない。開がそこまで言うなら買うか。やれやれ」

「おい、凪。まだ俺の試着が残ってるぞ。ったく」

 凪はそそくさとレジの方へと持って行った。

「でも、凪のやつあんまり気に入ってなかったのかな?」

「そんなことないですよ。先輩、普段なら気に入らないと絶対せかされるまで迷うし、こんなにあっさり自分からレジまで行くことなんて珍しいんですから。可愛い所ありますよね。仕方ないなんて言っちゃって」

 鈴ちゃんの説明を聞いて、俺は笑った。

「なーんだ。あいつも素直じゃないな」

 鈴ちゃんもさっき凪と同じこと言ってた気がするけどな。似た者同士だ。

 そうして、凪が買ってきているあいだに、俺も着替えた。

 薄手のジャケットで、色はホワイト。なんだかクリーンな清潔感のある感じいい。案外似合ってるんじゃないかな。

見せてみると。

「きゃー。開くん、似合ってる。王子様みたいで可愛い」

「白いジャケットですか。品格があっていいですね」

「開~! こっち見て~」

 最後の凪だけアイドルに呼びかける調子なのが人目を集めて恥ずかしいけど、デザインもいいしこれは買ってもいいかな。

 他に逸美ちゃんが選んでストックしておいたのは、セーターはよかったので買うことにした。

 だが、逸美ちゃんは俺のジャケットだけ取って、

「これはわたしが買ってあげる」

「悪いよ。自分で買うって」

「いいのよ。わたしが着せたいんだもん」

「じゃあ俺が逸美ちゃんのを買ってあげるよ!」

「いいって。わたしにプレゼントさせて」

 これは断れない。すごく嬉しいし、プレゼントしてもらっちゃおうかな。

「代わりに、今度また俺が逸美ちゃんの服選んでプレゼントするね」

「うん。期待してるね。ちょっと行ってきまーす」

 今度逸美ちゃんとまた服を買いにデートに行く約束までできちゃったし、結果オーライだ。そのときは凪とは来まい。

「開、先に外出てるね」

 と、凪と鈴ちゃんが先に店から出る。

 俺はちょっと悩んで、やはりセーターは自分で買っておこうとすると、レジから戻ってきた逸美ちゃんが俺の手からセーターを取った。

「ダメよ~」

「なにが?」

「いいから置いて」

 そのまま腕をつかまれて外に連れ出された。

 二人と合流したとき、俺は逸美ちゃんに聞いた。

「どうしたの? 急に」

「急にって?」

「だから、せっかく逸美ちゃんが選んでくれたし、セーターも買おうと思ったら戻しちゃったでしょ?」

「ああ、あれね」

 逸美ちゃんは得意そうに言った。

「いいセーターだったけどね、あれならわたしでも作れると思って。同じ色の毛糸を買ってさくっと編んであげるわよ」

「ちょっとオシャレな編み方だったけどいける?」

「大丈夫! お姉ちゃんに任せなさい」

 言い切る逸美ちゃん。

 でも、大丈夫かな……。

 逸美ちゃんって最低限の家事とかはできるけど手先は不器用だからな。小学校で裁縫を習ったばかりの俺の方がボタンの取付うまかった記憶が……。

 まあ、期待はせずにいよう。

 帰り道を歩いていると、凪は外国人の客引きに声をかけられた。

「ドウデスカ?」

「元気だよ~」

「ヤスイデスヨ」

「おぉ。安井くんも元気かい?」

「ナニイッテンダコイツ!」

「だよねー。わかるわかる」

「ダカラナニヲワカッテルンダッテ」

「うんうん、安井くんも頑張ってよ」

 あれが安井くんなわけねーだろ。

 外国人も凪を変な目で見て、肩で息をついて諦めたらしい。

 客引きの外国人の言葉も理解できない凪のおかげで、俺は話しかけられずに済んだ。

 すると、今日最初に入ったお店の前を通りかかった。

 凪に成敗された店員のお兄さんは、ちゃんと服を着替えていたが、凪を見た瞬間にさっと隠れる。

 だが。

「あ、お兄さん。励んでいるかね?」

 凪に見つかってしまったお兄さんは、そっと顔だけ出してペコリと頭を下げる。

「はい。頑張ってます」

「そうか。よしよし。じゃあまたね」

 凪が手を振って通り過ぎたのを見て、店員のお兄さんは小声で、

「二度と来ないでください」

 と言っていた。

 帰り道。

 電車の中で、凪も鈴ちゃんも逸美ちゃんもみんな寝ている。

 今日はたくさん歩いたし凪や逸美ちゃんや鈴ちゃんが次から次へと問題を起こすし、なんか疲れたな。

 でも、みんなの寝顔を見て、まあ楽しめたしいっか、と思った。

 そして、俺も疲れていたから眠ってしまう。

 その後、起きた三人が、

「開くん、眠ってる。寝顔可愛い。きっと疲れちゃったのね」

「仕方ないですよ。開さん、張り切ってましたからね。特にみんなの服選びとか」

「開のやつはしゃいでたもんな。ひとりだけ眠って、いい気なもんだ」

「なんか、いい夢見てそうね。うふ」

「確かに。まあ、開はまだまだ子供だし、疲れてるなら眠らせてやるか。ぼくの肩でね。はっはっは。いい夢見ろよ」

 そんな会話をしていたことを、夢の中にいる俺は知らなかった。


「……みんないいじゃん、やっぱり俺の選んだ服に間違いない……ZZZ」

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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