お母さんの耳は脱腸している
探偵事務所の和室にて。
「ねえ、凪。駅前の雑貨屋とコンビニについて調べられる?」
凪はくるりと俺に顔を向けて、
「ん? 席替えのサッカーコンビついにシベリアから来る? なに言ってんだ、この人」
「ちげーよ、なに言ってんだこの人はおまえだ! 無理やり聞き間違えるな! おまえの耳、脱腸してんじゃないか?」
と、俺がつっこむ。
だが、凪は変なモノでも見るような目で俺を見た。
「開、耳に腸はないよ?」
「ツッコミだよ! 聞き間違いしたんだからつっこんでやったんだ」
「開くんが逆につっこまれてるぅ」
と、逸美ちゃんが眉を下げた。
まったく、凪は本当に話のわからないやつだ。
すると、作哉くんが不思議そうに、
「探偵サン。そもそも、耳が脱腸ってなんだ?」
作哉くんまでそんなことを聞いてくるか。
「ノノも気になります」
え? ノノちゃんまで?
俺は咳払いをして、
「だから、聞き間違いをしたとき、相手の耳がおかしいって意味でのツッコミだよ。みんな知らない?」
凪はメモ帳になにやらスラスラと書いてゆく。
「開はツッコミの勉強のし過ぎでおかしくなってしまった。ぼくは悲しい。これまで通りの冴えないツッコミでもいいから、いつもの開でいてほしい。まる」
「誰が冴えないツッコミだよ!」
俺はこっそり鈴ちゃんに聞いた。
「鈴ちゃん。もしかして、普通は耳が脱腸するって言わないの?」
「え、えーと、はい。そうですね。聞いたことないです」
言いにくそうに鈴ちゃんが教えてくれた。
そんなまさか。
俺は家に帰って真相を確かめることにした。
明智家。
帰宅するや真っ先に台所に向かった。
お母さんが台所でなにか作っている。
「ねえ、お母さん。聞き間違えされたとき、耳が脱腸してるって言うよね?」
「言うけど」
と、当然の顔で母は答えた。
「はあ。よかった。やっぱり俺は間違ってなかったか」
凪がぼそりと、
「聞く相手が間違ってるけどね」
とつぶやいたのを、俺は知らなった。
このあと、俺は花音にも聞いてみた。
「あのさ、花音も耳が脱腸してるって言うよね?」
「あー。お母さんが言ってるやつ?」
花音には通じたみたいだ。
「そう。あれってお母さんが作った造語なのかな?」
「どうなんだろうね。あたしも前に友達に言ったら、なにそれって笑われたから、それ以来言ってないよ」
「そっか。やっぱり友達には伝わらないのか」
うーん、と俺と花音が二人で腕を組んで悩んでいると、凪がお茶の間にやってきた。
「なに悩んでるのさ」
「今日探偵事務所で言ってた、耳が脱腸してるって話」
「ああ、それ。まだ気にしてたのか」
そりゃあ気にもなる。
「実は、ぼくも調べてみたんだ」
「え、そうだったの?」
「それで? 凪ちゃん」
俺と花音が食いつき気味に問うと、凪はもったいぶることもなく説明した。
「東北弁さ。耳だっちょっていってね、聞き間違いの多い人のことを言うんだ。だっちょはろくでなしって意味のようだね。つまり、『耳が脱腸してる』じゃなくて『耳だっちょ』が正しい使い方なのさ」
な、なるほど。
「そういうことだったのか」
「確かにお母さん、実家が那須だから東北にも親戚とか知り合いがいた気がするしね。凪ちゃんすごい!」
感心する俺と花音に、凪はやれやれと呆れたように手を広げてみせた。
「耳だっちょを耳が脱腸してると聞き間違えるなんて、キミたちのお母さんは相当に耳だっちょだね」
そのとき、お母さんが台所から顔を出して言った。
「なに? お母さんの耳が脱腸してるって? してないから。ははは」
どうやら本当に、お母さんの耳は脱腸しているらしい。
0コメント