鏡合わせのような彼女 その1

 学校の帰り道のこと。

 俺はちょっと見たい参考書があって、本屋さんに寄ってから探偵事務所に向かうことにした。

 本屋さんではお目当ての参考書がすぐに見つかったけど、中身を見たら思っていたのと違い買うのを断念。

「はあ」

 せっかくだしなにか別の本やマンガでも見てみようかと思ったときだった。

 この本屋の窓の外に、女子高生の制服を着た人を見かけた。

 それも俺のよく知る顔である。

 彼女のほうも俺に気づいて、手を振ってきた。

 本当は知らんぷりしたかったけど、俺は苦笑いで手を振り返した。

 見た目には、美少女と形容できる整った顔立ち。綺麗な黒髪は肩にかかるくらいの長さで、大きく凛とした瞳は俊英な鋭さが宿り、鼻は特別高くはないが主張が強くない分、視線は大きくぱっちりとした瞳か品の良い唇に向く。背は一六五センチほどとやや高め。

 だが、ぱっと見では美少女の彼女と関わりたくない理由は、その容姿に原因がある。

 なぜなら、彼女は――

「やあ、開ちゃん」

 まるで鏡を見るような顔立ちだからだ。どういうわけだか俺そっくりの容姿をしているお姉さんなのである。

 本屋に入ってきた彼女は明るく言った。

 彼女の名前は、綾瀬沙耶(あやせさや)。

 しかしこれは本名ではない。偽名だ。アンダーグラウンドな世界で役者としてその時ごとに役になりきって、ある時は取引、またある時は潜入捜査、またまたある時は名前もないただの通行人、と姿を変えるので本名は名乗れないらしい。

 ということはむろん、彼女は若く見えるけどとっくに二十歳を超えた大人である。なのに仕事だから女子高生の制服を着ている。しかもなんの違和感もなく。

「沙耶さん、そんな恰好でどうしたの?」

 俺は彼女を沙耶さんと呼んでいる。対して沙耶さんは、俺のことはくん付けもちゃん付けもして一定ではない。

「どう? 開ちゃん。似合う?」

「そんなこと俺には聞かないでよ」

 俺の通っている高校とは別の高校の物だ。

「照れなくていいのにー」

 と、沙耶さんは俺のほっぺたをぷにぷにしてくる。自分そっくりの俺を弟みたいに思っているのだ。逸美ちゃんもそうだし、なぜかちょくちょく弟扱いされるんだよな。

「て、正直に似合うって言ったら自分の女装が似合うって言ってるみたいだしね」

 沙耶さんはおかしそうに笑った。

「それで、沙耶さんのほうは仕事?」

「そうだよ。まあ、ちょっとした潜入捜査があってね」

「ふーん」

「だから、開くんに協力してもらいたいと思ってたわけさ」

 いい予感がしないな。

「断るよ。俺はこのあと探偵事務所に行って、来るかもしれない依頼人を待たないといけないんだ」

「大丈夫。逸美ちゃんに許可取ったから」

 と、沙耶さんはピースサインをした。

 くそう。なんて手回しがいいんだ。

 仕方ない、俺は諦めてこのお姉さんに付き合うことにした。

「で? どんな潜入捜査?」

「ここで詳しく説明するのはなんだし、外に出ようか」


 沙耶さんに連れてこられたのは、近くのハンバーガーショップだった。

「ここはお姉ちゃんが奢ってあげよう」

 と、沙耶さんがジュースとポテトだけ買ってきて席についた。

 店内は他の高校生や大学生もいて、賑やかだった。会話も普通にできるけど、注意しなくとも周りに聞かれる心配はない。

 沙耶さんは笑顔で、

「開ちゃん、女装して?」

「やだよっ」

 飲んでいたジュースを吹き出しそうになったけど、これまでも女装させられた経験もあるからそれほど衝撃的ではなかった。けれど嫌なことに変わりない。

「潜入捜査はね、女の子向けのショッピングエリアにあるんだよ。そこでは女子高生の恰好が一番無難なのね。だからお願い。制服は準備してあるから」

「ちょっと待って。俺がその、男友達役としていっしょに行くじゃダメなの?」

 沙耶さんは腕を組んで、

「それがねー。友達同士で、しかも女の子同士でいっしょに来たお客さんに割引きクーポンがもらえるってシステムがあって。だからダメなの」

「じゃあ素直に逸美ちゃんに頼めば?」

「ダメだよ。逸美ちゃん、どんくさいじゃん。こういう潜入捜査に向いてるのは開くんなんだよ。私たちなら息も合うしトラブルにも対応できるし」

「息も合う、ねぇ……」

 実際、息が合うというか、俺と沙耶さんは外見だけでなく、感性的なモノまで性格や中身がそっくりなのだ。考え方も似ている部分があり、そのため沙耶さんとしても他の誰より意思疎通が取りやすいのだろう。

「まあ、あとは私に任せてくれたらいいから。場所も私が案内するし潜入捜査での情報収集も私がする。開ちゃんはいてくれたらいいよ。逸美ちゃんには報酬も先払いしたから」

「はぁ」

 しょうがない。沙耶さんからの依頼には、普通の探偵事務所への依頼と同様に報酬が発生する。つまり普通に依頼が来たことと同義。なら受けないわけにはいかないのだ、我が探偵事務所として。

「わかったよ」

「ありがとうっ! じゃあ、着替えようか」

「どこで?」

「この辺で人が適度にいて紛れられて、監視カメラもない場所っていうと、あそこかな」

 そして、俺は近くのお店の女子トイレに沙耶さんに連れて行かれて、俺が個室で着替えているあいだに沙耶さんは個室の外で見張り、誰もいないのを確認して、女装した姿で外に出る。まったく、こういう着替えは何度やっても嫌なものである。

「女子トイレに入るのってまずくない?」

「開ちゃんってば、出てから言う? でも大丈夫。私の知り合いのお店だから」

 そういう問題じゃないと思うんだけど。

 さて、俺と沙耶さんは店の外に出た。

 立ち止まって、沙耶さんが俺のリボンを直す。

「よし。これでばっちり可愛い」

「そんなこと言われても嬉しくないよ」

 さっきから沙耶さんとそっくりだと言っている俺の顔立ちは、妹の友達がうちに遊びに来た時、廊下を通った俺をチラッと見て「花音ちゃん、いまのってお兄ちゃんの彼女とか?」などと言ってきたこともあるくらいに、どちらかといえば女顔だから、女装も見苦しくはないと思う。外からは沙耶さんと双子の姉妹にしか見えないらしいし。沙耶さん自身も三センチだけ底が高い靴を履いているせいで身長も同じだ。

 あはは、と沙耶さんは笑いながら歩き出す。

「まあ、いくら美少女にしか見えない可愛い開ちゃんでもしゃべればバレちゃうかもだから声は出さなくていいよ」

「当然だよ」

 でもその前に確認。

「ねえ、逸美ちゃんは探偵事務所のほうはなんにもないとか依頼人がきたとか、なにか言ってた?」

「別に。なんにも言ってない。なんにもないだろうね。ただ、開くんを借りるうえで頼まれたことはあるからやっとかないと」

「なにを?」

 と、沙耶さんに顔を向けた瞬間――

 パシャ

 スマホのカメラで写真を撮られた。

「記録を取ってくれってさ」

「記録は撮るもんじゃなく取るものだ」

「だって逸美ちゃんが開ちゃんの女装姿の写真も欲しいっていうから仕方なくね。大丈夫。他の誰かには送らないから」

「逸美ちゃんにも送るな。ハズいだろ」

 そっぽを向きながら言うと、沙耶さんはくすっと笑った。

「もう送っちゃったよ。ふふ」

 まったく、逸美ちゃんにも沙耶さんにも困ったものだ。

 こんな恥ずかしい恰好、凪と花音にだけは絶対見せられないな。クラスメートとかでさえぱっと見は気づかないだろうからいいけど、花音に至っては俺が女装をしたことがあることさえ知らないからな。

「あ、次の右ね」

 沙耶さんの案内で角を曲がり、ショッピングモールのような場所へ連れてこられた。

 ふう。

 小さく息をついて、周りを見る。バレないように、気づかれないように気をつけないと。

「さあ。開ちゃん、行くよ」

「うん」

 俺と沙耶さんは歩を進めようとした。

 が。

 変なモノを見てしまい、俺は固まった。

 大きなペンギンが店先を歩いているのだ。

 いや、その正体はわかっている。

 我が少年探偵団のメンバーでもある凪、ペンギンの着ぐるみを着てふらふらしているだけだ。あいつが変な恰好で変な行動を取ることは通常運転ながら、いまはどうしても出くわしたくない相手だった。

「沙耶さん、別の道から行かない?」

「時間の都合もあるから厳しいかな」

「マジで?」

「マジで」

 ガクッと俺は首をもたげた。

 その瞬間、凪がこちらに顔を向けた。

 俺はササッと一瞬で物陰に隠れ、沙耶さんも後ろを向いて凪にバレないようにした。

 実は沙耶さんも凪の厄介さを知っているので、できるだけ関わりたくないと思っているひとりなのだ。

 チラッと見てみると、凪はどこかのお店に入って行った。

「危な……。なんであいつがいるの」

 と、沙耶さんは肩を落とした。

「ほんと、なんでだろうね。絶対見つからないようにしよう」

「うん」

 かくして、俺と沙耶さんは絶対に凪に見つからず邪魔されずに任務にあたることを決意したのだった。

 まったく、あいつは本当になにをしているのやら。

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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