将棋教室
将棋教室にて、凪は現在、講師をしているプロの先生と指していた。
そのプロはテレビでも時折見かける、まだ三十代のお兄さんだ。
「キミ強いね。なかなかの棋力だ」
善戦する凪を褒めるプロ。
凪は平然と応じる。
「いえ、気力がなくてもこれくらいなら」
「ほう! それはすごい、あっぱれだ」
「まったくです」
凪の言う気力と、プロの言う棋力は違う気がする。棋力とは将棋の力量だからな。
さらに褒めそやすプロに、凪は視線を下に落としている。
ん?
相槌がおかしいのはいつものことだが、凪がなにを見ているのかと上から覗き込むと、凪はスマホで将棋のゲームをやっていた。コンピュータと同じ指し方でプロと戦っていたわけか。
それを知らない鈴ちゃんは、目を輝かせて凪を見た。
「先輩、すごいです!」
「同感だよ」
「自画自賛ですか? ふふ」
もし凪がコンピュータ通りに指してると知ったら、リアクションがいちいち大きい鈴ちゃんはズッコケるんだろうな。
俺が凪、鈴ちゃん、そして逸美ちゃん、その三人と将棋教室にやってきたそもそもの発端は、昨日の話にさかのぼる。
探偵事務所にて。
鈴ちゃんが将棋のニュースを観ながら言った。
「あたし、実は将棋を指したことないんですよね」
「囲碁とかチェスも?」
俺の問いかけに、鈴ちゃんは人差し指を立てて、
「チェスならあります。パパとはいまでもやりますよ」
凪はどっこいしょと立ち上がった。
「最近は将棋界が盛り上がってるのに、将棋を知らない子がいるとはね~」
「そういう先輩は知ってるんですか?」
「もちろんさ。明日ぼく行きつけの将棋教室にでも連れて行ってやろう」
「え? 本当ですか?」
「おう」
凪のやつ、行きつけの将棋教室なんかあったのか。
こんなやつがまともに将棋を指せるとは思えないけど、頭を使うのはいいことだ。
俺は逸美ちゃんに顔を向けて、
「それじゃ、明日は四人でのんびりだね」
「いいわね~」
まあ、作哉くんとノノちゃんが探偵事務所に来るかは不明だけど。
しかし凪はうんとうなずいた。
「だね。ぼくたち四人で、のんびり将棋教室を堪能しようぜ」
「俺も行くのかよ」
「わたし、楽しみ~」
さっきのいいわね~も行くつもりのほうだったのか。逸美ちゃんもウキウキしたような顔をしているし、仕方ない。みんな行くのなら俺もついていってやるか。
――ということで、現在。
俺は将棋教室で凪の対局を見ていた。
将棋のルールは俺自身あんまり詳しいわけじゃない。最低限のルールは知っているという程度だ。
そんな俺でも、凪とプロの対局はおもしろかった。
「将棋って、ちゃんと見てみるとおもしろいですね」
俺のつぶやきに、近くにいたおじさんが腕組をして、
「そうだぞ。将棋は奥が深いしおもしろいんだ」
「わたしには難しいかも~」
逸美ちゃんが顎に人差し指を当てて眉を下げた。
「まあ、これはプロレベルの試合だからな。難しいのも仕方ないさ。あの子、プロになってもやっていけるんじゃないか?」
おじさん、凪は自分で考えて指してないぞ。
なにやら考え込んでいたプロが、ぴしゃりと駒を指す。
「これならどうかな?」
プロも自信満々だ。
「ほい。ならこれで」
あっさりと指す凪に、プロは目を丸くする。
「なんと! 桂けいをそう置くか」
と、プロは顎をさすった。
凪はプロの頭を見て、
「その置き方はちょっと厳しいですね」
と返す。
実は、さっきプロが勢いよく指したせいで、頭の上に乗っていた桂カツラがずれてしまったのだ。
「ワタシもそう思う」
プロは自分のカツラがずれていることには気づいていなかった。
そして、凪は不思議そうに言ったのだった。
「なら直せばいいのに」
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