冬季オリンピック

 帰宅すると、お茶の間でテレビの音がする。

 わーっ!

 と歓声が上がる。

 これはなんだろう。

 でも、すぐにわかった。いまはオリンピックがやっているシーズン。

 冬季オリンピックだ。

 お茶の間で誰かが観ているようだし、俺もちょっと様子を観てみよう。そう思って手洗いうがいを済ませてお茶の間に入ると、そこには、凪とばあちゃんがいた。

 ばあちゃんはクロスワードパズルの雑誌を黙々とやっているので、テレビを観ているのは凪だけ。

 しかし。

 その凪はというと、テレビに向かって大きく拍手していた。

 目を輝かせている。普段テレビに向かってリアクションを取ることなんてない凪がこんな反応を見せるとは、よっぽどいいパフォーマンスだったのだろうか。

 テレビからは、

『日本! 金メダル! 金メダルです!』

 と実況が聞こえてきた。

 俺は興奮気味に凪に聞いた。

「ねえ! 誰か金取ったの!?」

「うん、イナバ……」

「選手じゃなくて競技で教えて!」

 凪がしゃべっている途中だけどそうお願いすると、凪は答えてくれた。

「女子のフィギュアスケートだよ」

「おお! すごい!」

 感嘆の声を上げ、俺はテレビに向き直る。

 あれ? でも、この時間にフィギュアなんてやってたか?

 すると、テレビには、優雅なイナバウアーの映像が流れていた。

 凪はさっき、イナバ選手ではなく、イナバウアーって言おうとしていたのか。

 俺は、チラ、とジト目で凪を見た。

「ていうかこれ、トリノ五輪じゃないか」

 どおりでばあちゃんが無反応だったわけだ。つーか、よくそんな映像うちに残ってたな。録画した覚えないぞ。


 俺はばあちゃんに、「新聞どこにある?」と聞くと、「はいよ」と渡してくれた。

 テレビ欄を確認してみると、オリンピックがちょうどやっている。

「凪、普通にオリンピック見よう。いまやってるみたい」

 これには、凪も素直にうなずいた。

「いいよ」

 ばあちゃんもクロスワードパズルをやめて、三人でテレビを観ていると、お父さんと花音がいっしょに帰ってきた。

 俺は二人を見上げて、

「また二人でゲームセンター行ってたの?」

 最近、お父さんと花音はゲームセンターにハマっているのだ。

「うん、これ取ってきた」

 花音はうれしそうにゲームセンターで取ってきた景品を見せてくる。それは、猫のぬいぐるみだった。

 このあと、お父さんと花音が二人でどんなゲームをやってどんな状況でそれを取ったのか、とくとくと説明してきた。

 二人があんまり一生懸命に話すもんだから、俺も二人の話を真剣に聞いてあげていた。

 すると。

 テレビからまた、歓声が上がった。

「え? まさか!」

「金メダル!?」

 俺と花音が興奮してテレビに顔を向ける。

 お父さんはご機嫌な顔で、

「おっ! やりました! なんの競技だ!?」

 と、わからないながらも拍手して、

「いやぁ、応援した甲斐があったなぁ」

「あたしなんてずっと念じてたもん!」

 と、花音も目をうるませて深くうなずく。

「嘘つけ。競技中ゲーセン行ってただろ」

 調子のいい二人のことはさておき――

 いまやっている競技はスキーのジャンプだったと思ったが、なんかちょっと映像が古い気がする。

「ほうほう。やりますな。いまのほうがキレてるんじゃないか? レジェンド」

 日本選手たちのダイジェストを観ながら凪がつぶやいた。

 お父さんはかくっと首をもたげて、がっかりする。

「なんだい、長野五輪かい」

 呆気に取られて口をぽかんと開けて固まってしまった俺と花音だったが、ここで、俺は凪にぼそりと言った。

「いつの間にまたそんなのかけたんだよ」

 凪は周りの声など耳に入っていない様子でテレビに釘付けになって、真剣な眼差しで拳を握る。

「オリンピックは自分との戦いだからね、ぼくは見届けるよ。その頑張りを」

 なんか良いことを言ってるふうけど、だったらさっきのイナバウアーはなんのために観てたんだろうな。

 俺はもう、呆れて言葉も出なかった。

 でも、これだけは言わせてくれ。


 頑張れ、日本!

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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