アイスホッケー

 夜。

 お茶の間でアイスホッケーの試合を観ていると、お父さんが興奮したように声を上げた。

「アイスホッケー頑張ってる! ニッポン!」

 俺はあまりアイスホッケーには詳しくないけど、試合の展開はおもしろい。

「お父さん、アイスホッケーってどこを見ればいいの?」

 この俺の問いかけに、花音も首を突っ込んで、

「そうそう。あたしもアイスホッケーよくわからなくて」

 我が子に聞かれて、お父さんは得意げに語り出す。

「まあ、そんなに難しいもんじゃないんだ。アイスホッケーも、サッカーやバスケといっしょだぞ。チームで協力し、相手のゴールを狙う。そして、守る。パックを持ってる人の動きと、もらうであろう人の動きを見るだけでも、だいぶおもしろい」

 確かに、バスケだってそうだ。

 俺も花音も、得意スポーツはバスケ。

 だから、そんな感覚なんだな、とわかった。

 そのとき、お母さんがお風呂から上がってきた。

 しかし、家族の誰もお母さんのほうは見向きもせず、目は真剣にパックを追っている。いま来たばかりのお母さんも、アイスホッケーについてはよく知らないだろうけど、試合を見始めた。凪だけ明後日の方向を見ているのはいつものこと。

 お父さんはテレビを指差して、

「ほらほら。パックを見ろ! キープうまいだろ」

「動いてないだけじゃん」

 テレビをちゃんと見てない凪が横から口を挟むと、お父さんは反論した。

「違うぞ。あれはいいポジションにあるからだ」

「確かに」

 適当な凪の相槌。

「しっかりルックアップしてるのわかるか?」

「してるねぇ」

 お父さんも、なんでテレビのほうを見てないやつに丁寧に説明してるんだか。いや、試合に夢中で凪の顔など見てないだけなんだけど。

 選手同士がぶつかり合う姿を見て、花音が口を押える。

「うわっ! 痛そう!」

「そりゃあな。氷上の格闘技って言われているからな」

 素早いお父さんの解説。

「なるホロ。表情の格闘技か~」

 凪のやつ、なんの話してるんだ?

 それはともかく、俺はパックがキーパーに直撃したのを見て、花音同様に、

「痛そう!」

 と、声を上げてしまった。

「パックって、固そうだよね」

「ね」

 俺の言葉に花音が同意した。

「ぼくには柔らかそうに見える」

 凪がそんな的外れなことを言うもんだから、お父さんは快活に笑った。

「アッハッハ! 柔らかいもんか! パックにもいろいろ種類があってな、安い物から高い物まで様々なんだ。あれはいいモンだよ」

「自分を高めるために、惜しまないんだねぇ」

「練習中からいいモン使う人もいるだろうな」

「ほほう。いまは練習中だったか」

「明らかに試合中だろ」

 と、俺がつっこむけど、お父さんは俺の声など聞こえてないのか、またパックの説明に戻る。

「まあ、あれはいいモンだから、相当滑るだろうな」

 ここで、凪が立ち上がった。

「どれどれ」

 ん?

 なにをするのかと思えば、凪はお母さんのほっぺたをこすり出した。

「ふむ、滑る滑る。こりゃあいいパックだ」

 お母さんの手には、ついいままで顔に乗せていた美容パックがあった。

 俺はジト目になって凪を見る。

「おまえ、もしかして、ずっとそっちのパック見てたのか?」

「ったくぅ~! もう~! 凪ちゃん!? お母さんをからかって~!」

 ちょっと笑ってしまって怒るに怒り切れないお母さんの、脱力したり怒ろうと力を入れたりしてくるくる変わる表情を、凪はじぃっと見てつぶやく。

「表情の格闘技は、パックが大事ですな」

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