オリンピックとメダル その1
連日のオリンピックの盛り上がりは、街中にも広がっていた。
ただ、誰も彼もが浮足立つってわけでもないけど、冬季オリンピックには、寒い冬を熱くしてくれる熱気が確かにあった。
現在。
花音がお父さんに頼んで、四人でお出かけ中だ。
ついでにお母さんにはおつかいを頼まれたけど、車があるから荷物運びも楽だし、俺にとってはヒマ潰しって感じだ。
「ねえ、買い物する前に、ちょっとだけ隣のゲームセンターに寄ってこ?」
と、お父さんの服のすそを引っ張る花音。
お父さんは、いま気づいたみたいに、ゲームセンターを見る。
「おお! ここにあったか」
「知ってて来ただろ」
横からつっこむが、お父さんは白々しい演技で、
「ま、行ってみますか! 行くか、花音」
「うん!」
特別ゲームセンターに行きたかったわけでもない俺と凪は、顔を見合わせ、やれやれと肩をすくめて、付き合ってやることにした。
ゲームセンターに入ると、やっぱり騒がしい。
音の大きさもそうだし、いろんなゲームの音があちこちで鳴っていて、これじゃあついつい感覚がマヒして遊び過ぎても仕方ないんじゃないかなって思える。
まずは、UFOキャッチャーを見て回った。
「あれ可愛い!」
花音が目を輝かせるけど、今日の目的はUFOキャッチャーじゃない。
「さて、メダルゲームでもやるか!」
「うん! やろう!」
お父さんと花音のお目当ては、メダルゲームだ。
二人共、UFOキャッチャーには以前に相当ハマって、いまではお金のあまりかからないメダルゲームにシフトしたわけである。
俺と凪はよくわからず、お父さんと花音について歩いて行くと、1セット分のメダルをもらった。
おそらく、これで千円分。
「こうやってね、メダルを入れるの!」
さっそく座って、花音がやり始める。
「で、メダルを落として、あのボールを落とすとボーナスだから! 開ちゃん、凪ちゃん。あたしのテクニック、ちょっと見る?」
「いや、大丈夫。なんとなくわかったよ」
「ぼくも。要は適当に入れればいいんだね」
それ、わかってないだろ。
しかし花音は笑顔で首肯した。
「うん! 頑張ってね!」
ということで、俺と凪は二人でひとつの席に座った。イスとして、二人で座っても余裕があるくらいだから問題ない。
それに、左右にメダルを入れる投入口があるから、ひとりひとつずつ受け持ちでちょうどいい。
花音はひとりでやり始めていて、お父さんもひとりでやり始めた。
並びとしては、俺の右に凪が座り、俺の左側の席にお父さん、凪の右側に花音、となっている。
「よーし!」
張り切った声を出すお父さんを一瞥すると、お父さんは気合たっぷりに腕まくりを始めた。
メダルをじゃらっと置いて、真剣な顔でゲームスタート。
「うわぁ」
あそこまで本気でやるのか。いや、せっかくゲームセンターまで来たなら、本気でやらないともったいないとは思うけど。
対して、花音も眼差しが本気だ。
俺はふうと小さく息をついて、隣の凪に言う。
「さあ、俺たちもやるか」
「そうだね。ぼくは楽しめたらそれでいいぜ」
そして、俺と凪もゲームスタート!
いざ始めてみると、コインが増えていくのはおもしろかった。
タイミングも難しいもんでもないし、ボーナス次第でメダルだってたくさんもらえたりするし、増えるのって気分がいい。
だが、俺は横が気になる。
バンバンバンバン!
お父さんが、やたら本気でボタンを叩くのだ。
「子供かよ」
画面に出てくるミニゲームみたいものなんだけど、なにもあそこまで本気で叩かなくてもいいのに。
ちょっと恥ずかしくなったが、凪は気にせずお父さんの姿を目に焼き付ける。
「うむ。童心に返って楽しんでるな。いいことだ」
「いや、お父さんはいつも子供みたいなもんだろ」
それから、十五分後。
またさらに俺と凪のメダルが増えてきた頃、探偵事務所のお向かいに住む大学生、良人さんが通りかかった。
こっちに全然気づかない。
「凪、あれ良人さんじゃない?」
「どれ?」
顔を上げて、凪は良人さんを発見した。
「ほんとだ。あの普通の顔は、良人さんだ」
俺たち二人の視線を感じたのか、良人さんはやっとこちらに気づいた。
にこやかな顔で俺たちの元に歩み寄る。
「やあ。みんなで来てたの?」
「はい。お父さんと花音に連れてこられただけなんですけど」
苦笑して答える俺。
みんなが挨拶を交わしたあと、花音が良人さんを誘った。
「ねえ、良人さんもいっしょにやろうよ。あたしの隣座って」
フランクな花音の誘いに、良人さんは素直に応じる。
「いいの? じゃあ、いっちょやってやりますか! ボク、結構得意なんだよね」
かくして、花音と良人さんペアがゲームを再開する。
この二人は、なぜかいっしょにゲームセンターへ遊びに行く友達みたいになっているので、夢中になってやっている。
途中、このゲームセンターをよく知っている花音が、おしぼりを持ってきてくれたり、そのおしぼりを交換しに来てくれた。こういうところは、いくら熱中していても気が利くな。
俺はおしぼりで手を拭くと、黒くなっていた手の汚れが取れる。
「すごい黒いよ、これ」
と、俺は凪におしぼりを見せて笑った。
「メダルだからね~。そりゃあ汚れるさ」
チラ、とお隣のお父さんを見ると、手を真っ黒にしてメダルを投入している。
「全力だな……」
びっくりする俺だったが、凪が前方の画面を指差す。
「開、いいトコ当たりそう」
「え?」
見ていると、ルーレットがスタートして、なにかよさげな場所で止まった。
「おお! これはなかなかいいんじゃない?」
「うん。そうだね。やっぱり凪はなんのゲームやってもうまいな」
「まあね~」
テレビゲームも、俺と凪と花音と良人さんでよくやるのだが、そのときも凪がいつもダントツで1位なのだ。で、よくやるレースゲームだと、良人さんが2位で、俺と花音がそれに続く。妨害できる距離にいない凪には俺も花音も攻撃できないから、俺たちのターゲットはいつも良人さんになる。良人さんがテレビゲームでミラクルを起こしたのに凪に逆転されて負けた話も、あとで機会があれば紹介したいと思う。
さて、メダルゲームも順調に進む中、俺と凪は、最初にもらった分の倍の分量にメダルを増やしていた。
花音が見に来て、
「すごい! なんでこんなにメダルあるの?」
「運よく当たったんだよ」
「へえ。ちょっともらっていい? あたしたちの席、なくなってきちゃって」
「いいよ。好きなだけ持っていって」
「ありがとう!」
それでも、花音はちょこちょこと取って行った。せっかくならドーンと持っていけばいいものを、その瞬間だけ使いたい分持って行くとは、真面目というか愚直なやつだ。
お父さんは調子がいいのか悪いのかわからないけど、いまも全力でボタンを叩いている。
ここで、花音の席でフィーバーが発生した。
なんか知らないおじいちゃんが見に来ている。お父さんと並んで立っているが、あれは誰なんだろう。
そして、花音たちはおしゃべりしている。誰とでも仲良くなれるタチの花音とお父さんは、そこでおじいちゃんとおしゃべりを始めたのだ。だが、それもほんの一瞬で、おじいちゃんは席に戻る。
「ちょっとっ! 開ちゃん凪ちゃん! 見て」
花音に呼ばれて、俺と凪はどんなフィーバーだったのか見に行った。
「おじいちゃんまで見に来るなんて、どんなフィーバーだったの?」
「当たったの! ルーレットのやつが!」
見れば、確かにメダルがたくさん出てきていた。いや、ちょっとやそっとというレベルじゃない。バケツを逆さまにしたようにあふれ出てくる。
「すごいじゃん!」
「でしょう? へへん」
と、凪が胸を張る。
「おまえじゃないだろ」
「そうだよ、ボクたちがすごいんだ」
良人さんがそう言うけど、花音が腰に手を当てて、
「当てたのはあたしだよ!」
「そうでした。花音ちゃんのおかげだね、ははは」
頭に手をやって良人さんは笑った。
俺は花音に言った。
「おじいちゃんとも友達になってるし、よくやるもんだよ」
「なんかね、仲良くなるとメダルもらえたりするんだよ。だからお兄ちゃんも、おじいちゃんとか他のお客さんと仲良くなるといいよ」
ほんと、よくやるな。
メダルのフィーバーも終わって、俺と凪は席に戻った。
「仲良くなるといいこともあるんだね」
「まあ、ぼくたちメダルは別に欲しくはないけどね」
「確かに」
凪の言う通りだ。
むしろ、これを使い切らないと終われないし帰れないもんな……。
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