オリンピックとメダル その2
このあと、俺たちはそれぞれ、メダルゲームを頑張った。
一向になくならなかった俺と凪のメダルも、どんどん減っていき、俺はいっそ使い切ろうと躍起になってメダルを投入する。タイミングなど見ずにとにかく入れる。
正直、もう何時間か経ったと思うし、俺も疲れていたのだ。
横に座る凪は、もうとっくに興味もなくしてスマホをいじってるし……。
お父さんはまだまだ現役で、集中を切らさず、タイミングを見てメダルを入れている。良人さんも意外と粘り強く続けていた。
で、花音はというと、同級生らしき友達としゃべっていた。友達も来ていたのか。
そして、花音は俺とお父さんの間に来て、
「あたし、ちょっと友達のうちに行ってくるね! すぐに帰るから」
「おう!」
お父さんはゲームに集中していて、花音の言葉も話半分といった感じ。
代わりに俺が言ってやる。
「もう夕方だぞ。また別の日に遊べばいいじゃん」
「だって、来て欲しいって言われたんだもん。すぐに帰るからさ」
「まったく、わかったよ。早く帰るんだぞ」
「うん! 任せて」
行こ、と友達の手を引く花音。
友達の少女は俺に小さく会釈して、花音といっしょにゲームセンターを出て行った。
やれやれ。遊び歩くのが好きなやつで困る。
まあ、見れば、友達のお母さんらしき人もいっしょにいるし、問題はないと思うけど。
それから、俺はまた頑張ってメダルの消化に取りかかる。
良人さんはマイペースに続けて、お父さんはさっき以上に真剣。
俺は凪を横目に見て、
「凪も手伝ってよ。片付けて早く帰ろうぜ」
「はいはい、わかったよ」
渋々凪も手伝ってくれたおかげで、俺と凪の席からはメダルが綺麗になくなった。
こういうのって、やめようとしたときに限って当たりが出たりメダルがたくさん出てきたり、意外にうまくやめられないもんだよね。
俺はお父さんの席を見て、
「どう? 調子いい?」
「ぼちぼちだな」
「そっか。でもさ、そろそろ帰ろう?」
「ああ。終わったらな」
「いや、それ終わらないやつでしょ」
仕方ない。
俺がおしぼりで手を拭いていると、凪が立ち上がった。
「さて、そろそろ行くか」
「どこへ?」
小首をかしげる俺には答えず、凪は歩き出す。
そのままゲームセンターを出た。
「で、どこへ行くの?」
「ああ、買い物だよ。お母さんに頼まれたじゃん。鳥のひき肉」
「そういえば……」
こんなとき、凪は意外と抜け目がない。
すっかり忘れて熱中してしまっていたお父さんと花音には期待できないし、俺たちで行くしかないか。
買い物を済ませてゲームセンターに戻ると、お父さんの姿がなかった。
まだ続けていた良人さんに聞くと、
「開くんのお父さんなら、たったいま終わったよ」
「あれ使い切ったんだ」
「違うよ。このゲームセンターには、会員だとメダルをキープすることができるシステムがあるのさ」
「なんだ、そうだったんですか」
「メダルを貯めてまたあとで遊ぶこともできるってことだね」
良人さんの説明を聞き、俺は肩を落とした。
なら、さっき俺が使い切る必要なかったじゃん……。
俺は、良人さんじゃないけど「とほほ」と言いたくなった。
「あ、それじゃあ俺たち帰りますね」
「うん、ばいばい」
「元気でね~」
と、凪が手を振って、俺と凪はゲームセンターを出た。
さて、お父さんはどこにいるだろう。
凪は気だるげにつぶやく。
「お父さん、どこかな?」
「まさかおつかいを思い出して買い物に行った?」
この俺の言葉に、俺自身と凪は同時に、
「いや、ないな」
と、声をそろえて言った。
「まずは駐車場を見よう」
来るときに車を停めた場所は覚えているのでいっしょに歩いて行くと、お父さんの車のライトが点灯した。
「あ! 俺たちに気づいたみたい!」
「行こう。お~い」
が。
俺と手を振る凪だったが、お父さんの車は、なぜか発進してしまった。
「あれ?」
「だ、大丈夫さ、開。きっとぐるっと回ってぼくたちを……」
「いや、違うみたいだぞ」
お父さんの車はそのまま駐車場すら出ようとしていた。
「凪、電話!」
「あいよ!」
急いで凪は電話をかけた。
「もしもし、オレオレ。オレだって」
「オレオレ詐欺じゃないんだから」
ぱしり、と軽く凪の胸を叩く。
『なんだ? 凪か』
「ぼくたち駐車場にいるのに、なんで出て行っちゃうのさ」
『え? そうだったの!? いま行くからな』
お父さんの声は大きいから、電話でもよく聞こえる。通話している凪から少し離れた場所にいる俺でも内容がわかった。
凪は俺を見て、
「いま来るって」
「うん。聞こえてた」
「ほんと、まいっちゃうよね」
「ああ、ほんとにな」
これを素でやるからうちの父は困る。お母さんのほうが普段は天然だけど、お父さんもあれで変わったところあるからな。
凪の「まいっちゃうよね」にこれほど心底同意したことはない。
お父さんは俺たちの前で車を停めて、俺と凪は乗り込む。
「ちょっとお父さん! おいていかないでよ」
「そうだよ、ぼくたち野垂れ死にするところだったんだぜ?」
「それは言い過ぎだ」
なんか、凪がそんなこと言うから俺まで軽い調子で言ってみたいになってしまった。
しかしお父さんはいつもの陽気さのまま、
「悪いな! いなくなってたから、もう帰ったのかと思ってな」
「おつかいの買い物してたんだよ。お母さんに頼まれたでしょ?」
「おお、そうだったな。ありがとな」
凪は呆れたように手を広げて、
「やれやれ。ぼくがいなかったらどうなっていたことか」
「凪のおかげだな。ハッハッハ」
「だな。ハッハッハ」
なぜか凪もいっしょになって笑っている。
もう、凪までこれだから、俺はこれ以上怒る気力もなかった。
なんか今日は疲れたな。
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