オリンピックとメダル その3
帰宅後。
凪のおかげでおつかいはできたので、俺と凪でお母さんに鳥のひき肉を渡した。
「まいっちゃうよ。みんなにはさ」
と、凪が笑いながら、お母さんに今日の話をしている。
「みんなよくあんなずっとゲームをやっていられるもんだよ」
「そうだったの! お母さんもあんまりできないなぁ」
楽しそうにお母さんが話を聞いて、夕飯の準備をする。
「凪なんて、途中からスマホいじってたしね」
俺がそう言うと、お母さんは「あはは、凪ちゃんらしい」と笑った。
家に帰るとすぐにお風呂に入る習性があるお父さんは入浴中なので、俺はお茶の間に入ってオリンピックを観始めた。
「ばあちゃん、昼間誰かメダル取った?」
「ああ、お父さんも花音ちゃんも取ってくるもんね」
「いやいや、あれはメダル違いだよ。そうじゃなくて、オリンピックの話」
「あー。取ってなかったんじゃないかい?」
「そっかー、残念」
こたつで温まっていると、お父さんもお風呂から出てくる。
凪もお母さんへの報告も終わり、こたつに来た。
お父さんはオリンピックを観ながら、焼酎のお湯割りを呑み始め、応援に力を入れている。
「よっ! いいぞー!」
そこへ、花音が帰ってきた。
「ただいまー」
花音がパタパタと走ってお茶の間まで来る。
「おーう」
朗らかに手をあげるお父さん。
たくさん遊んで満喫してきた花音は、お母さんに、友達の家に行って帰りも送ってもらったんだ、と報告していた。
「花音ちゃん、いっぱい遊んできて疲れたろうし、今日は夕飯前にお風呂に入っちゃいな」
「わかった!」
明るい返事をして、花音はお風呂に入った。
花音がお風呂から出て、みんなで夕飯を食べながらオリンピックを観ていた。
食事中。
俺は花音に聞いた。
「ねえ、花音」
「なに? 開ちゃん」
「最近勉強してる?」
「してないよ!」
元気に言い切り、テレビから目を離さない花音。
「最近成績下がってるって聞いたぞ。今日も遊び歩いて、少しは勉強でもしたらどうだ?」
俺は説教くさくならないようにしたつもりだったけど、花音は面倒くさそうにほっぺたを膨らませる。
「開ちゃん、親みたいなこと言わないでよ」
「親が言わないから言ってんだよ」
当の両親は、
「お? なんだって? お父さんに言いたいことでもあるのか?」
逆だ。お父さんに言ってほしいことがあるんだよ。
「お母さんは魔法使いじゃないよ」と母。
いまその話してないし。
「ばあちゃんはそんなに食べられないから」
いや、『親の親』まで出てきちゃったよ。ていうか、食べられないアピールされても困る。
俺はため息をつく。
「まったく、凪からも花音に勉強するように言ってよ。て、おまえも勉強しないから、説得力ないんだよな……」
しかし凪はテレビを指差した。
「花音ちゃん、オリンピックの選手たちは頑張ってるぜ! ここらで、いっしょにいい汗流して頑張ろうって思わないかい?」
そんな簡単な説得に応じるわけないだろ。
「うん! 頑張ってみる!」
即答。
ズコっと俺はこけた。
そうだった。花音はものすごく単純なやつだった。
「よっ、花音ちゃん」
凪にあおられて、花音は立ち上がって腕まくりした。
「よし! あたしも、選手たちに負けないように頑張るよ!」
そして、花音は走って自分の部屋に行った。
とはいえ――花音のやつ、勉強するんだな。頑張れ。
お父さんはお茶の間を飛び出した花音を不思議そうに見て、
「なんだ? どうしたんだ?」
「勉強、頑張るんだよ。きっと」
と、俺は答えた。
フッと、お父さんは微笑んだ。
「そうか。あいつ、遊んでばっかりだからな」
今日ずっと子供みたいに遊んでたお父さんが言うか。
「あれ? 花音ちゃんは?」
一拍遅れてお母さんが尋ねた。
「自分の部屋で勉強するんだって出て行ったよ」
それだけ言うと、お母さんはうれしそうに頬をゆるめた。
「まあ! 花音ちゃんがねぇ。このあと、お夜食でも作ってあげようかな」
凪の説得は単純だったけど、花音をやる気にさせた働きは、金メダル級だったな。オリンピックのときでもないとこんな口上使えないしね。
「オリンピックは力をくれるね。いまこの瞬間も、選手たちは頑張ってるんだもんね」
俺は微笑みを浮かべてテレビに顔を向けるが、ふと、頭に疑問符が浮かんだ。
あれ? いまって、オリンピックの中継なんてあったっけ?
新聞を開いてみると、やはりいまは中継もニュースすらもやっていなかった。
そして、テレビからアナウンサーの声が聞こえてきた。
「やはり、今回のバンクーバーは一味違いますね」
それを聞き、凪がうなずく。
「うむ、この競技はいまと採点方法が違うもんなぁ」
スコーン
と、俺は丸めた新聞紙で凪の頭を叩いた。
いまこの瞬間、オリンピックの選手たちでさえ頑張っていない中、選手に負けじと頑張る花音は偉いな、と思った。
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