ばあちゃんのごはん茶碗
うちのばあちゃんは少食だ。
建前上は。
実際、ばあちゃんはよく食べるしそのおかげでいつも元気なので、孫としても、ちゃんとごはんを食べてほしいと思っている。
そんなうちのばあちゃんだけど、ごはん茶碗はちょっと気になるポイントであるらしい。
あるとき、俺とばあちゃんしかいないお昼時に、俺がばあちゃんのごはんをよそってあげた際のことだ。
「あー、そんなに食べられないから。ばあちゃんちょっとでいいから」
と、大げさに食べられないアピールをされた。
乙女心なのかなんなのか、理由は不明だが、とにかく少食に見せたがるのだ。
おやつはしっかり食べるし、みんながおやつを食べないときでも隠れてこっそりいただくほどなのに、食いしん坊に見られるのは避けたいみたいで、今日の晩御飯のときもお母さんは気を遣っていた。
「ごはん運んでー」
と、お母さんに言われて俺がお茶の間から台所に行くと、ばあちゃんのごはん茶碗を手渡された。
「お母さん、ばあちゃんのごはん、今日はいつもよりちょっと少なくない?」
「そんなことないよ。いつもよりちょっと押し詰めただけだから」
「え? いつもよりって……。そんなことしてたの?」
一歩遅れて手伝いにきた花音が笑いながら、
「うん。してるよね」
「さすが。健康を気遣う優しさだね」
俺もつい感心してしまった。
それをそのままばあちゃんに渡すと、ばあちゃんは普通に受け取った。
「開ちゃん、ありがとね」
要は、少なく見えれば食べた分量は関係ないらしい。
別の日。
お母さんがちょっと出かけていて、俺たちは先にごはんを食べることになった。
しかし夕飯はお母さんが作っておいてくれた。
なので、俺と凪と花音はおかずを温めてごはんをよそるだけだ。
まずは俺が自分の分とばあちゃんの分だけよそった。
「凪と花音は、自分のは自分でね」
「はーい」
花音が元気に返事をして、凪は「うい~」とゆるい返事をする。
俺はお茶の間に入って、ばあちゃんにごはん茶碗を渡した。
「はい、ばあちゃん」
「ありゃりゃりゃ。こーんなによそってきたの? 食べられないよ」
そうだった、ばあちゃんが少食を装っているのをすっかり忘れていた。
お母さんのように、ごはん茶碗の底の部分にぎゅっぎゅっとお米を押し込んでおくべきだった。
咄嗟に俺は、
「真ん中に盛ってて寄ってるだけだから」
と言った。
たくさんごはんを食べてほしい優しい孫の嘘である。
「あら、そう」
おお。
案外すんなり納得してくれた。
どことなく真ん中寄りに盛られているからそう言ったけど、今度からはそれでも通用するかもしれないぞ。
さらに別の日。
夕飯の準備中。
「ごはんよそって持っていってー」
お母さんがそう呼びかけて、俺と花音は台所にきた。
「いま手が離せないから」
と、フライパンを煽る母。
凪は手伝いもせずにのんきにゲームをしているから、あいつの分だけは持っていかなくていいか。
そう思って、俺は自分の分だけごはんをよそる。
先に自分とばあちゃんの分のごはんをよそった花音がお茶の間に持って行った。
あとから俺がお茶の間に入ったら、ばあちゃんが驚いた顔で手をブンブンと横に振っていた。
「花音ちゃん、ばあちゃんはこんなに食べられません。ちょっと戻してきれくれる?」
ついうっかり、花音も普通に盛ってきてしまったようだ。
けれど、花音も負けずに真顔で言う。
「いつもとおんなじ量だよ」
「ちょっと多いんじゃない?」
「おんなじだって」
「そうかい?」
うーむ、とばあちゃんは渋々といった様子で受け入れたようだった。
花音の優しい嘘はあんまり信じてないらしい。
凪が「ぼくの分は持って来てくれなかったの~?」と甘えたことを言うので、「ねーよ」とだけ言っておく。
「しょうがない。わがままな開に代わってぼくがよそるか」
「誰がわがままだ。人んちでご馳走になろうとするやつが文句言うな」
かくして、お母さんも残りのおかずを完成させて、いただきますとみんなで夕飯を食べ始める。
すると、ばあちゃんが凪にお茶椀を差し出した。
「まだ手つけてないから。食べな。ばあちゃんこんなに食べられないから」
そもそもこいつのばあちゃんじゃないけどな。
だが凪は、ばあちゃんの申し出に素直に応じる。
「おう」
こいつー。ばあちゃんには栄養をつけていつも健康でいてもらわないと困るのに、余計なことを。いや、余計なことを言い出しているのはばあちゃん本人だけどさ。
こうして、明智家では、ばあちゃんのごはんはお茶椀の底にぎゅっぎゅっと押し詰める方式が一般的な規格となった。
「あー、もうお腹いっぱい」
そう言いつつ、今日もばあちゃんはテレビを観て笑いながらごはんを頬張るのだった。
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