写真を撮ってと頼まれる人
「昨日、写真を撮ってくれって頼まれたんだ」
凪の言葉に、ノノちゃんが聞いた。
「なんの写真ですか?」
「記念写真だよ」
「それってなんの記念ですか?」
重ねて問うノノちゃんに、凪がさらりと答える。
「あれは公園デビューの記念かな。ぼくが公園にいたとき、一歳くらいの男の子とそのパパとママがいたんだ。家族で公園にきた記念を残したかったんだろうね」
現在、俺は少年探偵団のみんなと探偵事務所でのんびりと過ごしていた。
「それで撮ってあげたんだ?」
俺に聞かれて、凪は得意そうにうなずく。
「まあね」
「先輩、いいところありますね」と鈴ちゃん。
逸美ちゃんはのほほんと言った。
「凪くん、声かけやすいのかしら?」
「ぼく以外にはあんまり人がいなかったし、その中では声をかけやすかったのかもしれない。ほら、ぼくって超絶にイケメンだし優雅な雰囲気が漂ってるから」
これには鈴ちゃんが笑いながら、
「イケメン相手のほうが声はかけにくいと思いますけど」
ノノちゃんは凪を見て、笑顔で言う。
「凪さんはカッコイイです」
「ありがとう。ノノちゃんは正直で優しいね。いまあげられる物がなにもないのが残念だよ」
「なにもいらないです」
ノノちゃんはいい子だな。こんなやつを褒めてあげるなんて、他の誰にもできないことだ。
それにしても、俺はふと思い出した。
「考えたら、俺は写真を撮ってとか頼まれたことほとんどないかも。記憶にないな……」
「開さんは凪先輩と違って、王子様みたいで品格があるから頼みにくいんですよ。さっきも言ったように、二枚目より三枚目のほうが声はかけやすいですし」
と、鈴ちゃんはふふんと凪を見る。
「鈴ちゃん、言ったな~」
口ではそう言っても、凪は怒るでもなくむしろおもしろがっている。
いつも凪に茶化されているお返しのつもりなのだろうが、凪はこういうことでも怒ることはほとんどないつかみきれない飄々としたやつなのだ。
ノノちゃんが鈴ちゃんに質問する。
「なにが三枚だと聞きやすいんですか?」
「顔よ。三枚目っていうのは、カッコよくない顔のこと。逆に、二枚目が美男子なの」
ここで、逸美ちゃんが詳しい解説をしてくれる。
「元々はね、歌舞伎で一枚目が主役の大御所、二枚目が色男、三枚目が道化のお笑い担当って役付けがあったのよ。そこから来てるのね」
「へえ。逸美さん物知りです」
感心するノノちゃん。
鈴ちゃんはふふっと笑って、
「いつもふざけてばかりいる先輩は、やっぱり三枚目の道化役がぴったりですね」
「鈴ちゃんもお笑い担当じゃないか」
やれやれと手を広げる凪。
「違います!」
「うん。正確には、リアクション担当だ」
「それも違いますっ」
みんなであははと笑っていると、作哉くんが探偵事務所にやってきた。
和室に上がって、さっきの話を作哉くんに話した。
「ハーン、んでそんな話になったワケか」
凪は呆れたような顔で、
「まあ、作哉くんは二枚目三枚目以前に顔が怖すぎて誰もしゃべりかけないだろうね」
「しゃべりかけますよ」
ノノちゃんが反論した。あんな怖い顔でも、ぶっきらぼうだが優しいところもあるし、ノノちゃんにはさらに優しいからな。凪には厳しいけど。
「いや~。普通の一般人が作哉くんにしゃべりかけるのは無理なんじゃないかな~」
「ましてや、写真を撮ってくれってお願いするのは難しいかもしれませんね」
凪に続けてそう言う鈴ちゃんに、作哉くんが「アン?」と聞き直す。作哉くんとしては普通に鈴ちゃんを見た程度なのだが、鈴ちゃんには刺激が強かったようで、すぐにこたつに頭をつっこんで、
「ひぃ! すみませんすみません!」
と、謝っていた。
「うちのリアクション担当は今日もオーバーだ」
凪がしみじみとつぶやいた。
あっ! と、逸美ちゃんが人差し指を立てた。
「そうだ。今度作哉くんとノノちゃんで公園に行ってきたらどうかしら? 写真を撮ってってお願いされるかもしれないわよ?」
「げっ」
と、作哉くんは鈍い声を漏らした。
作哉くん、ちょっと嫌がっている。どう見ても「ハイ、チーズ」とか言ってにこやかに写真を撮ってあげるのは苦手そうだもんな。
しかし本人の意思とは裏腹に、ノノちゃんは目を輝かせた。
「いいですね! はい! 公園にいってきます」
俺は苦笑いでそっと作哉くんに言う。
「あんまり無理しないでね。しゃべりかけやすいかどうかは人それぞれだから」
「いや、ノノのためだ。やってやるぜ」
作哉くん、気合が入っているのはいいけど、その顔で言うと「やってやるぜ」は「殺ってやるぜ」に聞こえるんだよな……。
まあ、健闘を祈ろう。
後日。
探偵事務所には、俺と凪と逸美ちゃんと鈴ちゃんがいた。
「確か、今日ノノちゃんと作哉くんは公園に行ってるんだよね」
「そうよ。二人共楽しんでるかしら~。そうだ、わたしたちも公園にピクニックに行かない?」
「行かないよ。作哉くんが写真を頼まれたか、待たないといけないんだから」
「言われてみればそうだったわ~。残念」
俺と逸美ちゃんがそんなことを話していると、鈴ちゃんが逸美ちゃんに尋ねた。
「そういえば、逸美さんはどうなんです? 写真、頼まれることあるんですか?」
「わたし? わたしはあるわよ~」
「へえ。美人さんでも、逸美さんはふんわりとして親しみやすい雰囲気だからですかね」
「美人だなんてやめてよ~。うふふ」
バシンと背中を叩かれ、鈴ちゃんはゴホッと咳をする。
凪がこたつで横になりながら聞いた。
「で、鈴ちゃんはどうなのさ?」
「あ、あたしですか? あたしも、頼まれないです……」
と、鈴ちゃんは苦笑いになる。
「鈴ちゃんはお嬢様っぽくて可愛いから、頼みにくいのね。頼む人も恥ずかしいのかもしれないわよ?」
「そ、そうですかね?」
ぐふ、と変なニヤケ面になって喜ぶ鈴ちゃん。
こういうリアクションがわかりやすいところは非常に親しみやすいんだけどな。でも、逸美ちゃんの言う通りだ。
「上品なタイプの美少女には頼みにくいんだよ」
「か、開しゃんまでしょんな」
またニヤケる。褒められてこれだけ緩んだ顔でニヤケられる子だし、仲良くなれば逆に頼みやすいんだろうな。
凪は起き上がって、お茶をすする。
「ぼく、そういえば写真を撮ってくれって言われたことあったよ」
「それはこの前聞いただろう?」
「違うんだ。そっちじゃなくてさ、一緒に写真を撮ってくれって頼まれたんだ。すごくない?」
「凪くん、すご~い」
素直に感心するのは逸美ちゃんだけだ。
俺と鈴ちゃんはジト目で凪を見る。
「おまえ、そのときどんなコスプレしてたんだ?」
「変な恰好でどこほっつき歩いてたんですか」
「二人してひどいなぁ。ぼくは普通のクマの恰好をしてただけだし、ちょっとゲームセンターと大型スーパーに行っただけなのに」
やっぱり変な恰好してたのか。
鈴ちゃんは俺に水を向けた。
「開さんはないんですか? 一緒に撮ってって頼まれたこと。あたしもさすがにないですけど」
「俺は……どうだろう。たぶんないかな」
むしろ、電車に乗ってたら、向かい側に座っていた女子高生二人組が「イケメンじゃない?」とかささやき合って俺のことを無断で写真に撮ってたことがあったな。変なこと思い出してしまった……。あと、逸美ちゃんによく写真に撮られるのはノーカウントだ。
「開くんはつい被写体にしたくなるわよね。うふふ」
「逸美さん、本当に好きですね」とジト目の鈴ちゃん。
「うふふ~」
逸美ちゃんが楽しそうだし隠し撮りとかもないからいいけどな。
「でも、逸美ちゃんはある? 一緒に写真って」
「わたしもないかも。わたし、撮るほうが好きだから~」
さいで。
そんなこんな話していると、探偵事務所のドアが開いた。
作哉くんとノノちゃんがやってきたのだ。
だが、さらにもう一人、良人さんまでいる。
「良人さん、どうしたんですか?」
「やあ。実は、公園でばったり会ってね」
フン、とご機嫌ナナメなノノちゃん。
なにがあったんだろう。
話を聞いてみると、なるほど、写真を撮ってくれと作哉くんが頼まれると思ったら、ちょうど来た良人さんにその家族が写真を頼んでしまったらしい。
だからノノちゃんは面白くなかったのだ。いまも怒ってほっぺたをふくらませている。
凪はあはははと笑った。
「そりゃそうだよ。作哉くんと良人さんがいたら、百人が百人良人さんに頼むさ」
「ノノは頼まないです!」
むくれるノノちゃんに、良人さんは謝った。
「あはは。いや~、ごめんね。聞いてたら公園に行かなかったよ」
実際、この中でもダントツで良人さんが声をかけやすそうだから作哉くんが負けても仕方ないか。
このあと良人さんは少ししゃべってたらすぐに向かいの自宅へ帰った。
帰り際、みんなで探偵事務所の外に出たとき。
作哉くんとノノちゃんが俺と凪と逸美ちゃんと鈴ちゃんの前を歩き出すと、中学生くらいの男の子がトボトボと歩いていた。
その少年は作哉くんに気づくと、一瞬怖いものを見る顔になったが、すぐに表情が一変した。なんと、少年の顔が憧れの野球選手を見る野球少年みたいに輝いているのだ。
少年は作哉くんの元へと走ってきて、おずおずと聞いた。
「あの、写真を撮ってもらえますか?」
「アン? 写真? いいぜ」
「やっぱり頼まれてます」
ノノちゃんは後ろ手を組み満足そうな笑顔を浮かべた。作哉くんもまんざらでもないようで、怖い顔でニヤリとしている。
作哉くんが手を出して、
「カメラ」
と言うが、少年は首を横に振った。
「撮るんじゃねェのか?」
「一緒に映ってほしいんです」
「ハ?」
「ダメ、ですか……?」
少年に上目に見られて、作哉くんは困ったように答える。
「いや、構わねェけどよ……。オレが映っちまっていいのか?」
「はい! ぜひ」
それから、少年は最初に年の近い鈴ちゃんを見たが、恥ずかしそうに頬を染め、今度は俺を見るが、隣にいる凪を見て顔をそらし、結局逸美ちゃんに写真を撮ってもらった。
深々と頭を下げる少年。
「ありがとうございました!」
「おう。じゃあな」
「はい、失礼します」
少年は意気揚々と走り出す。
ノノちゃんは嬉しそうに作哉くんを見上げて、
「作哉くんは声をかけやすいんです」
「ハハッ。そうかもしれねェな」
しかし、俺はさっきの少年が通り過ぎざまに小声で言った言葉を聞き逃さなかった。
「ボクに乱暴するといとこのお兄さんが黙ってないって言ったら、あいつら驚くぞー」
まあ、本人たちが嬉しそうだし、黙っておくか。
作哉くんは上機嫌に腰に手を当てた。
「しゃあねェ。今度は撮るほうもやってやるか!」
「やりましょう」
ノノちゃんは両手を挙げた。
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