踏み台
高いところにある物を取るには、ときに踏み台が必要になる。
俺は特別背が高くないけど、背が高い人でも届かない場所に物を収納することってあるよね。
そこで、踏み台が必要だった。しかし現在、踏み台は庭の小屋の中にある。あれを取るために外まで出るのはちょっと面倒だな。
「おーい、凪」
ちょうど俺の部屋前を闊歩している凪を見かけたので声をかける。
「なに?」
「ちょっと取ってきてほしいものがあるんだけど」
「やれやれ。開ってば、また人を使おうとして。困ったやつですな」
手を広げて呆れたとポーズで示す凪に、俺は怒りを抑えて言ってやる。
「あのなー? 俺は、おまえが顕微鏡を使いたいとか言い出したから探してやってるんだよ。わかってんのか?」
凪は苦笑いを浮かべて俺を見る。
「そんなに怒らないでおくれよ、開くん。ぼくも手伝うからさ。それで、ぼくはなにをすればいいんだい?」
「踏み台を持ってきてほしいんだ」
「あいよ~!」
ぴゅ~と凪は俺の部屋を飛び出して走って行った。
あいつ、説明も聞かずに飛び出しけど、踏み台がある場所知ってるのか?
しばらくして。
「あいつ遅いな……」
俺は数分しても凪が帰ってこないから、ベッドに腰を下ろして本を読んでいた。
すると。
バタン、と家のドアが開く音がして、ダダダダっと走ってくる足音がする。
「やっほ~。お待たせ」
飄々とした調子で凪が戻ってきた。
「待たせ過ぎだよ。そんなわかりにくい場所にはなかったと思うけど。て、え? なんで?」
俺は目を丸くした。
なぜなら、凪は踏み台を持ってきていないし、そればかりでなく、凪の後ろにはもうひとりいたからだ。
「はぁ、はぁ。疲れたー。やあ、開くん。ボクに用ってなに?」
すごく苦しそうに呼吸をしながらそう言ったのは、探偵事務所のお向かいに住むいい人な大学生、良人さんだ。
どういうことだ? 俺は呼んでなんかないけど。
頭の上に疑問符を浮かべる俺に、凪は呆れたように手を向けた。
「ちゃんとエリートのキミの踏み台になるよう、なるべく普通の人を連れて来たよ」
まだ状況がわかってない良人さんが、笑顔で俺と凪を交互に見る。
「え? なに?」
凪は良人さんの背中をそっと押した。
「はい、踏み台」
そういう意味の踏み台じゃねーよ。
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