サボテンを育てる その1
いつも通りの探偵事務所。
依頼人が来ないかと俺と逸美ちゃんが並んでソファーに座って、事務所の番をしていた。
そんなとき、凪と鈴ちゃんの二人が揃ってやってきた。
「やっほー」
「こんにちは」
ドアが開き、二人が挨拶する。
俺もいらっしゃいと迎えて、
「あら、二人共いらっしゃ~い。さあ、上がって」
と、歓迎する逸美ちゃん。
和室に上がる前に、俺は凪が持っている袋に気づいた。白いビニール袋だ。
「凪、その袋なに?」
「お菓子とかかしら? お饅頭かな?」
だが、食べ物かと期待している逸美ちゃんの予想とはまったく違う物だった。
「違うよ。これはほら。サボテンさ」
と、凪は中からサボテンを取り出してテーブルの上に置いた。
「へえ。小さくって丸いね」
「ころころしてて可愛い~」
俺と逸美ちゃんが小さなサボテンに目を奪われている中、鈴ちゃんが説明してくれた。
「これ、先輩がもらってきたらしいんですよ」
「そうなんだ。ぼくホームセンターで買い物をしたら、くじ引きでもらったのだ」
得意そうに胸を張る凪。
「へえ。そんなホームセンターあるんだね」
「全然普通さ」
「え? そうなの?」
いまのホームセンターはそれが普通なのか、と感心していると、凪がジェスチャーで、
「うん。こう四角くくて入り口は一つでさ。花や植物が入り口の前にはあって」
「そういう意味で言ったんじゃねーよ。外観の話じゃなくて、くじ引きでサボテンなんかもらえるんだなーって」
「珍しいよね。そういうの」
「俺はそういう話をしてたんだよ。ほんといつも会話が噛み合わないんだから」
肩を落とす俺に、凪も肩をすくめてみせる。
「ほんと、困っちゃうよね」
困ってんのは俺だよ。
凪はそそくさとサボテンをテーブルの上に置いて、襖を開けて和室に上がった。
「おい、凪。サボテンここに置いたままにするなよ」
「いいんだ。この探偵事務所で育てるから」
「育てる!? ここで?」
驚いて俺が聞くと、凪はこくりとうなずいた。
「うん。そうだけど」
そのとき。
お茶を淹れた逸美ちゃんが戻ってきた。
「はーい。どうぞ」
「ねえ、逸美ちゃん。凪のやつ、ここでサボテンを育てるって言うんだけどいいの?」
「え? サボテンちゃんを飼うの?」
「飼うって、犬や猫じゃないんだから」
と、俺は苦笑する。
「まあ、いいんじゃないかしら。凪くんがちゃんと責任もってお世話するのよ。いい?」
逸美ちゃんってば甘いんだから。そりゃあ、俺もサボテンが探偵事務所内にあるのは和んでいいんだけど、俺育て方わからないし、どうせ凪は育てたりなんかしないもんな。
鈴ちゃんが横から凪を揶揄する。
「先輩、どうせお世話なんてできないから開さんと逸美さんに育ててもらうつもりだっただけでしょ?」
「違うよ。ぼくより育てるのにふさわしい人間がいることは事実だが、責任転嫁なんかするわけないじゃないか。大丈夫、ぼくだって来たときに面倒見るよ」
「本当だろうな?」
ジト目で聞くと、凪はとんと自分の胸を叩いた。
「もちろんさ。ぼくがサボテンをすくすくと大きくするさ」
「その言葉、忘れないからな」
まったく。これからどうなるのやら。
凪が思い出したように言った。
「ねえ。サボテンの名前なににする?」
「名前なんていらないんじゃないか?」
「そうですよ。植物なんですから」
俺と鈴ちゃんの意見も凪には通じない。
「なにを言ってるのさ。犬や猫にも名前は付けるでしょ? 植物も生き物。サボテンに名前を付けてなにが悪いのさ。それに、名前があるとちゃんと育てようって気になるじゃない」
「ま、まあ」
「そういう考えもありますけど」
すると、逸美ちゃんがポンと手を打った。
「じゃあ、サボテンちゃんってどうかしら?」
「そのまんま過ぎない?」
「ちゃん付けだけならわざわざしなくてもいいような……」
そんな俺と鈴ちゃんに、凪がやれやれと手を広げる。
「二人共文句ばっかり言って。でも、ぼくもサボテンちゃんは微妙だと思うな」
「おまえもかよ」
凪は滔々としゃべる。
「ぼくはゲームのモンスターで『ふしぎちゃん』ってニックネームを付けてる子がいるんだけど、その例ではフシギなんとかって元の名前から来てるんだ。元の名前関係なく『メープル』とか『わたあめ』ってつけてる子もいるけどさ、『ふしぎちゃん』みたいにサボテンだから『さぼちゃん』にするといいと思うんだ」
「説明は長かった割に、あんまり変わってないと思うぞ」
俺がつっこんでいるときも逸美ちゃんは悩んでいたが、逸美ちゃんは口を開いた。
「凪くんのも悪くないわね~。開くんと鈴ちゃんはどっちがいい?」
「え? 俺はどっちでもいいよ」
「あたしもです。その呼び方だと、そのときによっても変わりそうですしね」
「確かに。俺思ったんだけど、それならそれぞれ『サボテンちゃん』と『さぼちゃん』でそのときに好きな呼び方でいいんじゃない?」
これには、凪も逸美ちゃんも納得したらしかった。
「うん、いいよ。例えば沙耶さんを、そのときによって沙耶ちゃんやさっちゃんと呼ぶようなもんだもんね」
「おまえ、いつ沙耶さんをさっちゃんって呼んだよ」
「そうね~。わたしはサボテンちゃんって呼ぶわ。たまにさっちゃんで」
「それは沙耶さんでしょ」と鈴ちゃん。
いや、沙耶さんもさっちゃんと呼ばれたことはないけどな。
ということで、ようやくサボテンの名前が決まった。曖昧にだけど。ていうか、そのまんまだけど。
それから。
お茶をすすりながらお菓子を食べているとき、凪が言った。
「そういえば、サボテンって人間の言葉がわかるみたいだよ」
「へえ。そうなんですか」
と、鈴ちゃんが食いつく。
「俺もそれ聞いたことある。だから、優しくしないとすねてひねくれちゃうんだってさ」
「シンパシーもあるって言うよね」
「それを言うならテレパシーだろ? なんでサボテンに共感するんだよ」
「触れるモノ皆傷つけるところとか、開とそっくりだ」
「どこがだよ!」
「それは作哉くんか。ははっ」
「いない人をいじるのもやめろ」
と、俺は冷静につっこみを入れる。
すると、タイミングよく、作哉くんがノノちゃんといっしょにやってきた。
「よお」
「こんにちは」
「オレがなんだって?」
ニヤリ、と恐ろしい笑みを浮かべる作哉くん。別にさっきの会話が聞こえたから怒っているわけでもなく、ただおもしろい話題なのかと思っただけだろう。そんな怖い顔の作哉くんに「ひぃ」と恐れる鈴ちゃんはさておき、俺が説明してやった。
「ということなんだ」
「ほう。なるほどな。サボテンがこの探偵事務所にやってきたんだな。緑が増えていいじゃねーか」
「はい。ノノもそう思います」
そうして、凪は仕切り直して言った。
「つまり、サボテンがひねくれたりしないためにも、愛情をもって育てないといけないんだ。ぼくたちの愛情ですぐに大きくなるさ」
「サボテンちゃんがひねくれちゃったらかわいそうだもんね~」
と、逸美ちゃんがほんわかした顔で相槌を打った。
「ふふっ。そうはなりたくないですよね。怖がったり怖がらせたりしちゃサボテンに警戒されてとげが鋭くなったりして。なんて。そんなことないですよね」
鈴ちゃんが冗談交じりに言って、俺が「うん、ないない」とつっこんでいたら、逸美ちゃんが驚いた顔になる。
「わたし、サボテンちゃんが音楽を聴くっていうのは本で読んだことあるけど、とげが鋭くなるなんて……」
「それは冗談ですってば」
あはは、と鈴ちゃんが苦笑いする。
「そうだといいけど~」
逸美ちゃんは不安になっちゃったらしい。普段から色んな本を読んでいて膨大な知識を持っているけど、逸美ちゃんはその吸収力ゆえ逆に変な冗談でもなんでも知識として覚えてしまうのである。困ったものだ。
俺は逸美ちゃんに言ってやる。
「大丈夫だよ。愛情もって育てればいいだけなんだから」
「そ、そうよね」
と、逸美ちゃんもちょっと安心した顔になった。
「そうそう。たとえサボテンを怒らせたって、とげが飛んできたらよければいいんだ」
「よけるの? わたしにできるかしら~。わたしって、敏捷性がたいしたことないから」
「凪、余計なこと言うなよ。逸美ちゃんも凪の冗談なんて間に受けちゃダメだよ」
「なんだ、冗談だったのね。凪くんったら~」
「いや~」
凪が照れたように頭をかく。
「褒めてない」
と、俺と鈴ちゃんがつっこむ。
しかし、逸美ちゃんは不安そうにチラっとサボテンを見た。さらに作哉くんも少し不安そうにチラっとサボテンを見ていた。
まあ、逸美ちゃんも作哉くんも凪と鈴ちゃんの言葉が冗談だとは聞いたし、サボテンにもすぐに慣れるだろう。
とりあえず、サボテンは棚の上に置いておいた。
帰り際、最後まで残っていたのは俺と逸美ちゃんの二人だけだった。
実質この探偵事務所の管理人でもある逸美ちゃんが戸締りをするのを待っていると、窓が閉まっているのを確認して、それからサボテンを見つめる。
そんなに気になっているのか。
俺はふっと笑って言った。
「逸美ちゃん、サボテンにも話しかけてあげたら? また明日って」
「そ、そうね」
逸美ちゃんは胸の前で小さく手を振った。
「ばいばい、サボテンちゃん」
そして、逸美ちゃんはなにを思ったのかダッシュで(そんなに速くないけど)俺の元まで走ってきた。
「どうしたの?」
目を丸くする俺に逸美ちゃんがはぁはぁと息を切らして、
「挨拶できたわ」
と、ドヤ顔の逸美ちゃん。なんでドヤ顔?
俺はただ「よかったね」とだけ言ってあげた。
密逸美 イラスト
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