ノノちゃんの工作 その1
小学生には夏休みや冬休みだけでなくいつでも工作の宿題がかせられる場合がある。
俺の身近にいる小学生のノノちゃんも例外ではない。
ノノちゃんは現在小学四年生。
夏休みでも冬休みでもないけど、今日は、ノノちゃんに工作の宿題があった。
「なにを作ろうかな」
現在。
探偵事務所にて、ノノちゃんは難しい顔をしてどんな工作にしようか悩んでいた。天真爛漫なノノちゃんには珍しい思案顔である。
俺は和室でノノちゃんの隣の席に座り、ノートパソコンを使って先日来た依頼の資料をまとめていた。
「作るのはなんでもいいの?」
「はい。ねんどで作ればなんでもいいんです」
「なにができるか楽しみね」
応接間で資料の整理をしながらそう言ったのは逸美ちゃんだ。
凪はお茶をすすって、
「で、なに作るんだい?」
と、のんきに聞いた。
「それが、まだ決まらなくて」
浮かない顔のノノちゃんに、凪は言った。
「そうか。悩んで悩んで悩み抜いてこそ、本当の傑作ができるものさ」
なにも考えてない顔してよく言うよ。まあ、これでも凪は美術が得意なんだけどね。
「はい! がんばります!」
ノノちゃんはいい返事をして、眉をキリッとさせる。
他の少年探偵団のメンバーは――鈴ちゃんはイヤホンをして英語の勉強をしているが、ノノちゃんの保護者役でもある作哉くんはというと、今日は仕事があるらしい。
なので、探偵事務所でノノちゃんを預かっているのだ。
「俺も仕事しないと」
パソコンに向き直って作業に取りかかると、キーボードをカタカタやっているところに、凪が横から俺のパソコンの画面をのぞき込む。
「なんだよ?」
「ん?」
と、凪は聞き返してくる。
「鬱陶しいんだけど」
「お構いなく~」
「構いたくないけど気になるんだよ!」
俺が言うと、凪は照れたように頭をかく。
「いや~。気になるだなんて」
「褒めてねーよ」
俺のジト目も気にせず、凪はぼやく。
「開はヒマつぶしするものがあっていいな~」
「いいなってなぁ。俺は仕事なんだよ。まったく、仕事のどこがいいんだ。うるさいから凪は静かにしててくれ!」
「おいおい。そんな言い方ないじゃないか」
「いや、だって……」
「仕事は気持ちよくやらなきゃ」
そっちかよ。こんな感じでうるさいって言われたことにも動じない凪だけど、俺は釘を刺しておく。
「ああそうだな、わかったよ。気持ちよく仕事したいからおまえは静かにしてろ」
「わかったよ。任せてくれ。ぼくも暴れたり大騒ぎしたりして遊びたいところだけど我慢して、みんなのために静かにしてるよ」
暴れる遊びってなんだよ。でもまあ、静かにしてくれるならいいや。トラブルメーカーのこいつが静かなら大抵のことはつつがなく済む。
俺は作業に戻った。
逸美ちゃんが資料の整理をしていると、その近くで凪がそーっと動いている。抜き足差し足忍び足って感じだ。そのまま俺のほうに来て、
「静かに。静かに」
と、小さな声で口にしながら俺の周りをうろちょろする。
ノノちゃんも気になった様子でチラッと凪を見たが、また集中し直してねんどをいじる。
だが俺は、そんな凪が気になって仕方ない。見ないようにしていたが、ついに我慢の限界を迎えた。
「こっち見んなよ! 気が散って集中できないだろ!?」
凪は驚いた顔で動きを止め、俺の顔をまじまじと見てつぶやく。
「静かにしてたのに」
「いくら静かにしてても、人の顔じろじろ見たりしたら気が散るの! 最後、数センチの距離で俺の顔見てたよな!? いい加減にしてくれよ」
「見るなとは言われてないもん。はあ、やれやれ。ああ言えばこう言う」
「それはこっちのセリフだ」
ここで、鈴ちゃんがイヤホンを外して凪に言った。
「先輩、あたしリスニングの勉強をしてるんです。うるさいんで、どこか行っててください。少なくともこの部屋に入るの禁止」
「なに言ってのさ、鈴ちゃん。ぼくは渋い煎茶を飲むなら和室って決めてるんだ。いまさらそんなこと言われても困るよ」
「昨日はそっちのソファーに座って飲んでたでしょ」
「あれはまったりした深煎り緑茶だもん」
「どっちもお茶じゃないですかっ」
「ぼくみたいな茶の湯を極めた人間にはなにを言っても無駄さ。まったく、開ばかりじゃなく鈴ちゃんもああ言えばこう言う」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「というわけだ。おまえはこっちに入って来るな」
俺が凪を和室から追い出し、俺と鈴ちゃんの二人で左右から襖を閉める。
バシン。
凪が入ってこないようにつっかえ棒でもかけようかと思ったけど、逸美ちゃんもただの整理整頓とはいえそっちで作業してるし、やめておいた。
しかしさっそく、凪が向こうから聞いてくる。
「ねえ、開。あと何秒したら入っていい?」
「何秒じゃ早いっ! そうだな、あと十五分ってところだろうな」
「ほうほう。了解~」
そういえば、凪がよくやる携帯ゲーム機はこっちにあるけど、あいつどうやって時間をつぶす気なんだろう。まあいいか。どうせすることないんだし、外にでも行ってきてくれたらそれが一番だ。
さて。
俺は作業に取りかかる。
鈴ちゃんは落ち着いてリスニングの勉強を始め、ノノちゃんもねんどの工作を頑張っている。
ホント、凪がいないと集中できていいぜ。
しばらくして、俺はやっと調書がまとめ終わった。
「ふう。これで終わり」
鈴ちゃんがイヤホンを片耳だけ外して、
「お疲れさまです。先輩がいないと仕事早いですね」
「ありがとう。あいつがやかましいだけなんだけどね」
と、俺は苦笑する。
また鈴ちゃんはイヤホンをして勉強に戻る。
時間を確認すると、まだ凪に言った予定の時刻まで半分しか経ってない。うん、集中してできたからこそだな。
逸美ちゃんが襖を開けた。
「あら。開くん終わったの?」
「うん。ちょうどね。逸美ちゃんは?」
「わたしも一区切りよ~」
「そっか、お疲れさま。で、凪は?」
逸美ちゃんはにこっと笑って、
「それがね、最初の一分くらいヒマだ~って部屋中歩き回ってたんだけど、ちょっと出かけてくるって出て行ったわ」
「そうか。そいつはよかった」
そのとき、この探偵事務所の外から声が聞こえてきた。
「うわー! なにすんの!? そこにはボクのお宝がー」
この声は、探偵事務所のお向かいさんの良人さんのものだ。
つまり……
「やめてー! 凪くぅーん!」
あいつはあっちに行っていたか。
良人さん、なにをされたか知らないが可哀想に。
自分の仕事を終えた俺は、ノノちゃんの工作に目を移す。
「どう? ノノちゃん、順調?」
ノノちゃんは一生懸命ねんどをこねながら、
「はい!」
と、キリッと答える。
俺はノノちゃんのねんどを見て、その作品の出来を褒めてあげる。
「なに作ったのかな? あ! 牛さんだ。いい顔してる」
「……」
あれ?
しかし、ノノちゃんは喜ばない。むしろ悲しそうに見えるぞ。手の動きも止まっちゃった。
これは、間違えてしまったかもしれない。
そこへ、逸美ちゃんも「なになに?」と和室に入り、ノノちゃんの作品を見る。
「あら~。可愛い」
ノノちゃんが表情を明るくさせてパッと逸美ちゃんを見上げる。
「うふふ。ころころして、可愛いブタさんね。ぶーぶー」
ずーん、と……。さっきより一層沈んでしまったノノちゃん。目には涙まで溜めている。謝るに謝りにくい俺と逸美ちゃんは気まずくなって顔を合わせる。
ブタじゃないのかしら? いい線いってると思ったんだけど。だったらあれはなに? 俺に聞かれても。と、無言の会話をした。
というのも、ノノちゃんの作品は正直ブタなのか牛なのかなんだか、よくわからないのである。かろうじて四本足で立っているのが確認できた。つまりはノノちゃんに美術のセンスは残念ながらなかったのだ。
チラと鈴ちゃんに視線を送ると、鈴ちゃんがうなずく。イヤホンを外して、
「ノノちゃん、それなに作ったの? こっちからじゃ見えにくくて」
おお! うまいぞ、さすが鈴ちゃん。いつもあの面倒くさい凪の相手をしているだけある。
グッと親指を立てる俺と逸美ちゃん。
鈴ちゃんもビッと親指を立てる。
すると、ノノちゃんは口を開かずくるりとねんどの向きを変えた。
「……」
そうきたか。
言葉が出ない鈴ちゃん。
「う、うまくできてるね」
バッと鈴ちゃんの顔を見るノノちゃん。これはなにに見えるか、答えてくれと言っている顔だ。
鈴ちゃんは戸惑いながら、
「ええと、可愛い動物可愛い動物……」
と小声でつぶやき考える。ノノちゃんにじぃっと見られて、焦ったように言葉を継ぐ。
「わ、わかってるよ。でも名前が出なくて。ここまで出かかってるんだけどね。あはは」
自分の喉に手をやって必死に考える鈴ちゃんだったが、やっと決めたようだ。
「そう! ウサギさんよね」
違った?
と、俺と逸美ちゃんをチラ見する鈴ちゃん。そんなにうろたえて不安そうな顔するな。
だが、ノノちゃんは無言でねんどの向きを直し、なにやらいじり始めた。
どうやら違ったらしい。
ノノちゃんの悲しみや怒りが爆発しなかったことに安堵して、俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんはそろってため息をつき、次のノノちゃんの作品に期待することにした。
頑張れ、未来の巨匠。
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