ノノちゃんの工作 その2
俺は逸美ちゃんといっしょに整理整頓をするために和室を出る。
「鈴ちゃん」
「はい」
「ちょっと手伝ってもらえる?」
「あ、はい。もちろんです」
「ノノちゃんは作品を作るのに集中しててね」
と、俺はニコニコと微笑んで襖を閉める。
そして、俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんは応接室で三人顔を寄せ合った。
「ていうか、さっきのあれなに?」
「知りませんよ。結局なんだったんです?」
「足が四つあったから、動物だとは思うけど~」
鈴ちゃんが苦い顔して、
「足が四つっていうか、もはやどこが足だかもわからなかったんですけど。前だか後ろにあったぐにゃぐにゃしたモノも尻尾か足か舌かわからなかったんですけど」
「ああ、わかるわかる。まず動物かどうかも怪しいよね」
「そこまで言ったらひどいわ。足が五本だとしたら、昆虫じゃないんじゃないかしら」
「いや、足が五本の生物はいないよ」
「じゃああれはなんなの? 開くん」
「俺に聞かれても……」
パタ。
と、急に襖が開いた。
俺たちは一瞬でバッと散らばって片付けしてるフリをする。
「こんな昔の資料まであって困っちゃう~」
「あ、開さん。ちょっとあたしじゃそこ届かないので、代わりにこれをあそこに入れてもらっていいですか?」
「オッケー。任せてよ」
ノノちゃんがスタスタとトイレに行ったのを確認して、俺たちはまた相談する。
「いずれにせよ、あれのどこにもなんの生物かってヒントがないことが問題なんだ」
「ですね。一周回ってモンスターの可能性もあるけど、動物で攻めるのがいいと思います」
「わたしもそう思う。さっきの鈴ちゃんみたいに、可愛い動物をフィーリングで言うのが傷つけない方法だわ」
「うん。その方向で行こう」
ノノちゃんがトイレから出てきて、俺たちはまたパッと仕事をしているフリに戻る。ノノちゃんが和室に入ったのを確認して、俺たちはアイコンタクトをしてうなずき合う。
さて。
時計を見ると、凪に言った時刻まで迫ってきていた。
数分もしないうちに、和室からノノちゃんの声が漏れ聞こえてきた。
「ふふ」
嬉しそうな声を聴いた限り、今度は満足の出来の物ができたのだろう。
俺はさっきの名誉挽回のため、ノノちゃんのねんどを見に行った。
「ノノちゃん、またできたの?」
「はい。今度は自分でも上手にできました」
自信満々の笑顔。
子供の純真さほど怖いものはない。これは間違えられないぞ。
俺はまじまじとノノちゃんの作品を見る。
お。今度は簡単じゃないか。
「ノノちゃん、これはすっごくよくできてるよ!」
「はい! さっきのをちょっと直したんですが、顔なんか特に可愛くなってくれて。がんばりました!」
「これは、アリクイだよね。難しいのによく作っ……」
あ、どうやら違うらしい。ノノちゃんのテンションが一気に下がる。やっぱり頭に付いてると思ったあのぐにゃぐにゃしたモノは舌じゃなくて尻尾だったか。前後逆かー。お尻がかなり出っ張ってるパターンか。
ヘルプ!
逸美ちゃんを振り返り、次は逸美ちゃんが言ってみる。
「違うじゃない、開くん。こんなに上手なのに~。間違えたら可哀想よ、めっ」
「あはは。俺美術苦手だったからさ」
嘘だ。本当は得意でずっと一番良い評価をもらっていたんだけど、美術が得意な人には逆に理解できなのだ。
「ノノちゃん、これはあれよね? イノシシちゃん。猪突猛進な元気者! いまにも走り出しそ……」
それは違うだろ!
「それじゃさっきのブタと変わらないよ」
と、小声でつっこむ。
そして、次は鈴ちゃんが挑戦する。頼む、正解を出してくれ。
「お二人共、こんなに可愛いのにアリクイやイノシシのわけがないじゃありませんか」
ノノちゃんが期待した瞳で鈴ちゃんを見る。
「これはどう見てもあれですよ。ゾウさん。お鼻が短いから子供かな? 可愛い~」
言い切って見せたが、鈴ちゃんはそのまずさにすぐに気づいたようだ。
ノノちゃんはすっかり肩を落としている。
じゃあなんなんだ。
みんなが腕を組んで考えているとき、探偵事務所のドアが開いた。
「ただいまー」
「あ、凪」
凪はふらふらっとこっちまで来て、ノノちゃんの作品を見て言った。
「なんだ、ノノちゃんはネコにしたのか。ぼくとしてはネコ科ならカラカル辺りに行くのもおもしろいと思ったけど、可愛いじゃん」
「凪さん!」
ノノちゃんが凪の元に駆けて行きバッと腰に抱きつく。
「なんだい? 急に」
「ありがとうございます」
「ん?」
よくわからないという顔をしている凪。
それに対して、俺たち三人は目を細めたりまばたきしたりしながらノノちゃんの作った『猫』を見ていた。
どこをどう見たら猫になるんだ。レベル高過ぎるだろ。巨匠どころの騒ぎじゃないだろ。そして、凪はどうしてわかったんだ。
「あ、ノノちゃん。ちょっとだけ手直ししていいかい?」
「どうぞ。いいですよ。凪さんなら信頼できます」
おーい、こんなやつを信頼しちゃダメだぞー。
凪が手を伸ばした。
が。
俺は凪の腕をつかんで止めた。
「なにするのさ」
「なにするのさじゃないだろ? おまえさっきポテトチップス食べただろ」
凪は驚いた顔して、
「えー? なんでわかったの? 探偵だから? 探偵王子だから?」
「手にカスがついてるからだよ」
「すごい洞察力だ」
「どこもすごくないって。それより、ノノちゃんのねんどに触るならちゃんと手を綺麗にしろよな」
「わかったよ。すぐにやる」
凪はペロッと舐めて、頬をうっすら桃色に染めて、
「うん。まいう~」
スッと手を伸ばす凪の腕を再度取る。
「待て」
「なにか?」
「舐めたら余計汚いじゃないか。洗って拭くんだよ。せめて拭くだけでもするだろ普通」
「ぼくは普通だぞ」
「普通じゃねー」
こいつが普通だったら世の中普通のやつがたった一人しかいない。
逸美ちゃんが横から凪に言う。
「せめて拭くだけはしないとね」
「逸美さんもそう言うならそうするか」
凪は、ポケットからハンカチでも出すかと思いきや、手を口元に近づけて、
「ふー。ふー」
と、息を吹きかけた。
「その吹くじゃなーい!」
「え? 乾かせって話じゃないの?」
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