ノノちゃんの工作 その3
凪は手を洗ってきて、凪とノノちゃんの二人でさらに『猫』の完成度を高めていく。こう見えて凪は美術も割と得意で、工作みたいに手先の器用さが求められると俺のほうが得意だけど、案外芸術方面の才能は侮れないのだ。
二人で力を合わせて作って、ようやく完成した。
「どうですか?」
「うまいもんだろ」
ノノちゃんと凪に言われるが、俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんは反応に困る。
なぜなら、さっきとあまり変わってないからだ。
「先輩、いったい先輩はなにをしたんですか?」
「ぼく? 見りゃわかるだろ? 四本の足をリアルに寄せてみたんだ」
言われてみれば、爪なんかも細やかに上手にできている。
「カラカルってこんな感じなんだ。ジャンプ力がすごいからね」
「え? カラカルに変えたの?」
「違いますよ。ノノは猫さんを作ってるんです」
そうかい。なのに凪への「なに作ってるんだ」という注意がないのはなぜだ。
ノノちゃんは『猫』の頭を撫でて、
「この猫さんの顔をシュッとさせたので、さっきより凛としてかっこよくなりました」
なってないなってない。おんなじだ。
まあ、少なくとも凪が『猫』のぐにゃぐにゃした身体を修正したのもあって一応はネコ科の動物に見えなくもないから、まあいいだろ。凪も、もっと別の場所を修正してやればよかったのになー。
あ、足音が聞こえる。
すると。
ガチャと、探偵事務所のドアが開いた。
「おう。来たぜ」
作哉くんが来たのか。保護者が迎えてに来てくれて助かった。でも、いくらいっしょに住んでいる作哉くんでも、小さな巨匠のあの作品が理解できるだろうか。
俺は作哉くんに言った。
「いらっしゃい。作哉くん、お仕事お疲れさま」
「おう、探偵サン」
凪は作哉くんの前まで行って、
「ヤクザくん。お勤めご苦労様です」
と、九十度の礼をする。
「まぎらわしい言い方すんなよ」
言いながら、ははっと笑った俺だったが、作哉くんの後ろ――ドアのほうを見ると、依頼人らしいおばさんが作哉くんを本物のヤクザを見る顔で、
「ここ、探偵事務所じゃないの? いまヤクザって聞こえたけどまさか……」
凪は作哉くんの肩に手をおいて、
「この顔でできることは限られてるので。ホントまいっちゃうよね。で、うちになにか用?」
「あの、お客さん」
俺が呼びかけるが、おばさんはくるっと背を向けて走り出した。
「間違えましたー! すみませーん!」
間違えてねーよ。間違えたのは凪とあなただ。
作哉くんは遅れて振り返り、
「アン? ナンカあったのか?」
「べ、別に……」
俺は苦笑いを浮かべる。
「それよりノノ、オマエちゃんと宿題の工作はやったか?」
「はい! 見てください」
「おっ! どれだ?」
作哉くんがしゃがんで、ノノちゃんと凪の合作『猫』を見る。
しかし、最初の期待した表情からどんどん無表情になる。
俺は小声で作哉くんに耳打ちする。
「とりあえず褒めてあげて。頑張ってたから」
「お、おう」
作哉くんは咳払いをして、ノノちゃんの作品を見直した。
「こりゃスゲーな。ウメーじゃねェか」
「なにに見えますか?」
「え? そ、そうだな――」
チラッと俺のほうを見て、作哉くんは小声で聞いてくる。
「なんだ? これ。なんかのゲームの変なモンスターじゃねーよな?」
「そんなわけないでしょ」
俺がつっこむと、ノノちゃんが身を乗り出してさらに聞いてくる。
「なんだと思いますか?」
自信満々なので間違えにくい。
作哉くんが教えろと目で訴えてくるけど、ノノちゃんも身を乗り出しているし、この距離感じゃ声に出せないな。
なので、俺は声に出さず口の形で『ね・こ』と教えてやる。もう一度『ね・こ』とやると、作哉くんは納得した顔をした。
「カエルか。イイ体したカエルだな。でも尻尾はないんじゃねェか? オタマジャクシじゃないんだしな。ハッハ」
それを聞いたノノちゃんの目に、涙が溜まる。
「ちげーじゃねェか」
と、作哉くんが小声で俺に言ってくる。
「当たり前でしょ。猫だよ、猫」
「ハァ? ゲコゲコ言ってりゃ、カエルだと思うじゃねェか」
「あんなカエルいるわけないじゃん!」
「アンだと!? だったら、こんなネコなんてもっといるわきゃねェじゃ……」
ノノちゃんの泣きそうな顔を見て、作哉くんは口をつぐみ、言い直す。
「いるよな! ネコにしか見えねェし! 誰だッ! ネコには見えねェなんて言ったヤツは!」
「作哉くんが自分で言ってたんじゃない。あはは」
ゴチン、と笑っていた凪が作哉くんに殴られる。
「いててー。こんなのってひどいよー」
「大丈夫ですか? 凪さん」
でっかいたんこぶを頭に作った凪の頭を、ノノちゃんが優しく撫でてあげる。
凪は疲れた声で、
「妹にだけ優しいけど他には横暴なジャイアニズムを生で見た気分だ」
「ナンカ言ったか?」と作哉くん。
「いえ。なんでもないです」
凪が即答。
「ったく、これは傑作じゃねェか」
別の意味で傑作と言われてしまいそうだがな。
作哉くんは俺たちを見回して、
「つーことで、ノノの傑作をバカにしたヤツはオレが許さねェ!」
これには誰も逆らわず、俺たちは粛々とそれを受け入れた。
結局、ノノちゃんは『猫』に鈴のついた首輪をつけてやることで、見事あらゆる困難を乗り越え『猫』を表現したのだった。
後日。
ユーモア賞というものをもらったという報告をノノちゃんが持ってきた。決してうまくはないけど、ユニークな作品に与えられる努力賞のようなものだ。
ノノちゃんはドヤ顔で、
「がんばってよかったです。自分でもうまくできたと思ったんですよ」
作哉くんが真っ先に、
「スゲーぜ! ノノ!」
凪も「よかったね、ぼくも手伝って甲斐があったよ」と拍手して、逸美ちゃんも「すごーい」と喜んだ。
うれしそうに微笑んだノノちゃんが、
「ふふ。ありがとうございます。でも、ユーモア賞ってどういう賞なんですか?」
この質問に、俺たちは誰も答えることができなかった。
0コメント