防寒をしよう

 とある冬の日。

 今日も学校が終わると、俺は探偵事務所へ向かう。

「さむっ。これは早く探偵事務所行って暖まらないと」

 この時期、外は本当に寒い。

 特に寒いのが苦手な俺にはつらいくらいだ。

 俺は寒がりなので制服の下には半袖の防寒Tシャツ、さらに防寒のロングTシャツ、その上にワイシャツ、カーディガン、ワイシャツの下にはカイロを貼り、首には忘れずマフラーをして、コートを羽織っている。防寒対策はバッチリ。

 ようやく探偵事務所に辿り着き、ドアを開けた。

「はぁ、やっと着いたー。あー寒い寒い。やっぱりこの時期は暖房がないと……あれ?」

 暖を取ろうと思っていたのに、どうして全然暖かくないんだ。

「あら、開くん」

「逸美ちゃん、なんで寒いの?」

「だって~。エアコンが故障しちゃったんだもん」

 と、逸美ちゃんが困ったように言った。

 故障っていうと、今日は暖房が使えないということか?

「へ?」

 しかも、よく見ると逸美ちゃんの恰好がものすごいことになっている。

 普通の私服の上から色々身にまとっているようなのだ。なんかでっかい腹巻を巻き、探偵事務所に置いてあった俺のロングTシャツをマフラー替わりに首に巻き、スカートを頭からすっぽり被って前掛けみたいになってる。ひざ掛けで下半身はよく見えないが(というか直視したくないのだが)、タイツを何重にも重ねて足が丸太みたいになっている。極めつけはタイツON靴下――なんか変なモコモコした羊の毛のようなものがまとわりついている。ちなみに、頭には赤ずきんちゃんみたいな真っ赤な頭巾をかぶっていた。こんなもんこの探偵事務所にあったんだな。

 俺がなにも言えないでいると、逸美ちゃんが不思議そうに聞いてきた。

「開くん、なにかあった?」

 逸美ちゃんこそなにがあった……。

「い、いや。なにも……」

 目をそらして答える俺である。

 さすがにおかしな恰好だからやめてくれとも言えないし、それとなく教えてやるか。

「あのさ、そういう恰好だと、依頼人さんとか来たらちょっとマズイっていうか、笑われちゃうよ?」

「そうかしら~?」

 うん、と俺は力強くうなずく。

「それなら、今日は探偵事務所はお休みにしちゃおう~」

「いいの!? そんな適当に決めて」

「どうせ来ないわよ~」

 まあ、依頼人なんて来ない日のほうが圧倒的に多いし、今日休みならどうせ明日来るだろうしいいか。

「うん。それじゃあ心置きなく防寒できるね。……て、だったら帰ったほうがよくない?」

「それが帰れないの」

「帰れない?」

「今日は夕方の五時半からエアコンの業者さんも来るの。そういうことだから、それまでの一時間半くらいなんてことないわよ~」

「そうだね。一時間半だけ事務所をお休みにすればいいか」

 俺は逸美ちゃんの隣に腰を下ろす。

 しかし、気になる。

 なんでこんなみょうちきりんな恰好をしているんだ。

「あ、そうだ」

「ん?」

「逸美ちゃん、和室のコタツ使おうよ! エアコンが壊れててもコタツがあるじゃん!」

「あ、そうだったわ~」

 うっかり屋さんめ。

 でも、これで寒い問題は一時解決だ。

 普段は、依頼人が来る可能性があるからソファーに座っておくんだけど、今日は「CLOSED」にしてあるし依頼人も来ない。カンペキだ。

 ずっと和室にいても問題ないな。

 襖を開ける。

「やあ。開」

「こんにちは。お邪魔してます」

「うん、二人共いらっしゃい」

 凪と鈴ちゃんに挨拶を返してやる。

「て、二人共いたのかよ」

 俺がつっこむと、逸美ちゃんが思い出したように頬に手を当てて言った。

「そういえば、二人は先に来てたのよ」

「なんだ。じゃあ四人でコタツで暖まればいいか」

「それなんですけど……」

 ちょっと言い難そうにしている鈴ちゃんに、俺は聞く。

「なに?」

「あの、なんかコタツも故障しているみたいですよ」

 えー!

 それじゃあ暖を取れないよ!

 凪はのんきにコタツで横になっているようだったが、むくむくと這い起きて、

「気にするなよ。ぼくが温めてやるぜ」

「うるさい。鬱陶しいからくっつくな」

「またまた~」

 冗談じゃねーよ。

 しかし、逸美ちゃんも残念そうに眉を下げて、

「わたし、寒いから開くんにくっついてようと思ったのに~」

 と、しゅんとしている。

「いや、別に、その、逸美ちゃんなら……」

「ということで、みんなでおしくらまんじゅうしようー」

 俺がしゃべっている途中なのに、凪がおかしな提案をする。

「やだよ」

「あたしも嫌です」

「楽しそう~」

 俺、鈴ちゃんは反対派。逸美ちゃんは賛成である。

 これを受けて凪は立ち上がって、

「じゃあぼくと逸美さんだけか。盛り上がりには欠けるけど、まあ、あったまれば二人でもいいか」

「よくない!」

 俺と鈴ちゃんが同時につっこみ、その意見は却下された。

 しかし凪のやつ、立ち上がるとわかるがすごい恰好してるな。逸美ちゃんとはベクトルこそ違うけどいい勝負だ。つーか、こいつのほうが変。

 熊の着ぐるみの上に黄色のチェックの半纏。しかし、熊フードからは、なぜかゴキブリの触覚みたいな物まで飛び出している(これは防寒関係なくないか?)。下半身はというと、小学生がプールで使うような腰巻きタオル(柄は四半世紀前に放送していたと思われる戦隊モノ)。チラッと覗かせる足は、ヒョウ柄の靴下を着用。つっこむ気にもならない。やっぱりこいつのセンスはわからない。

 俺はいつもの場所に座る。隣には逸美ちゃんが座り、テレビを観る。

 が、凪がぼやいた。

「テレビを見るだけってのもつまらない」

「今度はなんだ?」

 みんな寒いのを我慢してコタツに入ってるのに、凪のやつ次はなにを言い出すんだか。

 凪はリモコンを操作して、入力を切り替える。

「これでゲームしよう。ゲームをすれば熱くなる。つまり、寒さを忘れる」

「なるほど。まあ、ゲームくらいならしてもいいか」

「わたし楽しみ~」

 俺と逸美ちゃんが同意すると、鈴ちゃんも渋々了解した。

「わかりました。では、やりましょうか」

 こうして、俺たちは四人でゲームを始めた。

 そして。

 ゲームも盛り上がり、寒さも忘れてきた頃、探偵事務所のベルが鳴った。

 お客さんだ。

「今日は依頼人さんは来ないはずだから、エアコンの修理屋さんね」

 逸美ちゃんが予想を立てる。

 ただ、時計を見たけど、まだ五時だ。

「逸美ちゃん、修理屋さんは五時半じゃなかった? まだ五時だけど」

「そう? 早く来たんじゃない?」

「宅配かもですよ」

 と、鈴ちゃんが言う。

「うん。その可能性もあるね」

「そっか。じゃあわたし出てくるわね~」

 だが、俺と鈴ちゃんは逸美ちゃんの恰好を見て苦い顔になる。

 俺は逸美ちゃんに言った。

「その恰好見られたら恥ずかしくない? 腹巻とか謎頭巾とか」

「いいのよ~。知り合いじゃなければ平気」

 そのとき、凪が立ち上がる。

「逸美さんの奇妙な恰好を見たら配達の人もエアコンの修理屋さんもびっくりするだろうさ。だからぼくが出てきてやるよ」

「おまえだけはやめろ」と、俺はつっこむ。

「ん?」

 言われている意味がよくわからないという顔の凪。

 そんなやり取りをしているうちに、逸美ちゃんは「はーい」と和室を飛び出してしまった。

 大丈夫かな?

 一応、俺も和室を出て、凪のほうまで見られてしまわないように襖を閉めておく。

 逸美ちゃんがドアを開けた。

「どうも」

 そこにいたのは、お向かいの良人さんだった。恰好は普段の良人さん同様、普通のジャージ姿だ。

「いや~、お隣のおばさんから作り過ぎたっていう煮物の余りをもらったんだけど、ボクも食べ切れないからさ、これ持って来たんだ」

「良人さん、ありがとうございます」

 俺がお礼を言うけど、逸美ちゃんは固まってしまっている。

 で。

 良人さんはワンテンポ遅れて、逸美ちゃんの恰好をまじまじと見て、「ぷっ」と笑った。

「それにしてもすごい恰好だね。あはは」

 ついに噴き出して良人さんがそう言った。

 さすがの逸美ちゃんも手で顔を隠す。

「やだ~」

 そして、逸美ちゃんはそろそろとソファーに行き体育座りをした。

 あーあ、落ち込んじゃった。知り合いじゃなければ平気って言ってたくらいだ、言い換えれば知り合いには見られたくなかったということである。いくら相手があの良人さんでも恥ずかしかったんだな。一応、変な恰好をしてたという意識があったようで安心した。

 凪は和室の襖を開けて顔だけ覗かせる。

「良人さん、なにしに来たの?」

「あ、凪くんも来てたんだ。ボクは煮物の余りを持ってきたのさ」

 ふーん、と凪は良人さんの話を聞きながら和室から出てきて、逸美ちゃんに視線を向け、飄々と言った。

「おお、逸美さんが落ち込んでる。いくら相手が良人さんなんかでも、知り合いに見られるとさすがに落ち込むか。あんな恰好してんだもんな」

 良人さんは複雑な表情で凪を見て、

「もしもし? キミと大差ないと思うよ」


明智開 イラスト

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

オリジナル作品を掲載中。

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