防犯ブザーを持とう ノノ編
防犯ブザーをもらったのは、俺だけではなかった。
実は、ノノちゃんも作哉くんに防犯ブザーを買ってもらっていたそうなのだ。ちなみに、俺は逸美ちゃんに防犯ブザーをもらった翌日、逸美ちゃんにも買ってあげたので、少年探偵団で防犯ブザーを持ってないのは作哉くんと凪だけになった。
「作哉くん、それでは買い物に行ってきます」
「ノノ、オレも行くか?」
「いえ。ひとりで行きます」
「お、おう」
心配そうな作哉くんだけど、探偵事務所から近くの文房具店に消しゴムを買いに行くだけなので、なんの心配もない。
片道五分と考えて、十五分もすれば帰ってくるだろう。
「ノノ」
「なんですか?」
また引き止められて、ノノちゃんは振り返る。あんまり過保護過ぎても、何度も止められたらさすがに天真爛漫で温厚なノノちゃんにも面倒に思われてしまうぞ。
「防犯ブザーは持ったか?」
「持ってます」
「そうか」
「いってきます」
ノノちゃんが出て行って、作哉くんは心配そうにその小さな背中を見送った。
作哉くんが急いでスマホを取り出したので、俺は聞いてみた。
「なにしてるの?」
「別に、なんでもねェよ」
逸美ちゃんが覗き込むと、ふわりと微笑む。
「うふふ。作哉くんも心配性ね。ノノちゃんを見守ってるのね」
「るせェ。もしものことがありゃ、オレの責任だからよ」
「そこまでしなくても大丈夫なのに。優しいのね」
そう言う逸美ちゃんだけど、やってることはまったく同じなんだけどな。
俺は呆れて勉強に戻ろうとすると、作哉くんが立ち上がった。
「ヤベェ。おかしいんだ」
「逸美ちゃんも作哉くんも、いつもこんなもんだよ」
「ちげーよ! オレはおかしくねェ! ノノが、信号もない場所で止まってやがる! なんかあったのかもしんねェ!」
作哉くんが探偵事務所を飛び出したので、俺も立ち上がった。
「もしものことがあったら大変だ。逸美ちゃん、俺も行ってくるから留守番よろしくね」
「開くんも気をつけてね」
「うん」
このときすでに、逸美ちゃんは俺の様子を見られるように自分のスマホを起動していた。バッグに防犯ブザーを付けてるから、手ぶらのいま確認しても意味がないということは教えず、俺は作哉くんを追った。
ダッシュで走っていくと、すぐに作哉くんの背中が見えた。
「作哉くん!」
「おう」
スマホ画面を見ながら数歩先を走る作哉くんに続いて、俺も走った。
すると、先の方にノノちゃんの姿が見えた。
ちょうど角のところで立ち止まり、角を曲がった場所にいる誰かとしゃべっているようだ。
ノノちゃんの表情はハッキリ見えないが、相手は誰だ!?
俺と作哉くんが走って行くと、ノノちゃんが気付いた。
「あっ」
と、俺と作哉くんに手を振った。
「ん?」
そう言って、角から凪が顔を出した。
ズコー。
俺と作哉くんは思いっきり突っ込むようにズッコケた。
事故や誘拐かと思いきや、凪に絡まれてただけか。ひとまず安心した。
凪はズッコケて倒れている俺と作哉くんをジロジロ見て、
「なんだ? 二人して、こんなところでヘッドスライディングの練習か」
「ちげーよ!」
「テメー、紛らわしいマネすんじゃねェ!」
俺と作哉くんにつっこまれて、凪は小首をかしげた。
しかし、もうひとり小首をかしげて不思議がっている子がいる。ノノちゃんだ。なぜかここにいる俺と作哉くんに、ノノちゃんは聞いた。
「どうして、二人がいるんですか?」
作哉くんが俺にチラっと目配せする。
俺はうなずいた。
「いやー、偶然だね。俺はちょっと身体がなまってるから、作哉くんにかけっこの競争相手になってもらってたんだ」
「お、おう。そうなんだ。こんなところでノノに会うなんて奇遇だぜ」
「そういうことだから、じゃあね」
「じゃあな。気をつけるんだぞ」
ノノちゃんは笑顔で、
「そうだったんですか。はい。気をつけていってきます」
凪はじーっと俺と作哉くんを見ていたが、ノノちゃんがきびすを返すとその横に並んで歩き出した。
「でさ、ノノちゃん。折り紙も見ていこうぜ」
「凪さん、必要ない物は買いませんよ?」
「いいじゃないか。あはは」
「もう。ふふ」
二人が仲良く歩いて行く後ろ姿を見て、作哉くんがイライラした顔でぼやく。
「なんであのアホがノノと文房具屋に行くんだ? オレには付いてくるなって言ってたのによ」
「まあまあ。探偵事務所を出るときはひとりで行きたかったけど、ちょうど会った凪は別枠なんだよ」
「チッ! 意味わかんねェ」
「それにしても、事故とか事件じゃなくてよかったよ」
「ま、まあ。そりゃあな」
俺が帰ろうとすると、作哉くんが俺の服をつかんだ。
「なに?」
振り返りもせず聞くと、作哉くんが言った。
「ノノを尾行すんぞ」
「凪がいるから大丈夫だよ」
「アイツがいるから心配なんじゃねェか!」
「う……」
それは一理ある。
ということで、尾行することになってしまった。
ただ、凪とノノちゃんはまっすぐ文房具屋さんに向かっているようである。
無事、文房具屋さんに到着すると、凪とノノちゃんは店の中で色々見て、そこで会ったノノちゃんの友達と一緒に買い物を楽しんでいた。買うのは消しゴムだけだけど。
「作哉くん、平気みたいだったね」
「ああ。そうだな」
店の中にも入って距離を取りつつうまく尾行していたが、尾行もここまででいいだろう。
そう思ったとき、凪が外に飛び出した。
ノノちゃんの友達も外に出て、凪がその子と一緒に走り出す。
「不意打ちか! アイツ、今度はどこに!」
作哉くんは凪のあとを追って飛び出した。
「ちょっと待って! いまのは……」
しかしこれの声は作哉くんには聞こえていないようだった。
俺はため息をついた。
「あれはノノちゃんの友達なのに」
すると、ひょこっとノノちゃんが顔を出した。
「開さん?」
「ノノちゃん」
「どうしてここにいるんですか?」
「ああ、えーと、俺もちょっと必要な物があってさ。ところで、凪はどこへ行ったの?」
「凪さんは、ノノの友達のココちゃんと遊びに行きました」
なんで男子高校生が女子小学生といっしょに遊びに行くんだ。どこへ行くんだ。なにして遊ぶんだ。
あの様子だと顔見知りっぽかったし、問題はないか。
「開さん、それで買い物は終わったんですか?」
「あ、えっと、終わったよ」
「じゃあいっしょに帰りましょう」
「うん。帰ろっか」
ノノちゃんは嬉しそうな笑顔で、折り紙で口元を隠した。
「凪さんに、折り紙を買ってもらったんです。帰ったらいっしょに折ってください」
「いいよ。なに折ろうか?」
「クマさんがいいです」
「よーし、器用な俺が上手なクマさん作ってあげるね」
「わーい」
このあと、探偵事務所でノノちゃんと折り紙をしていると、作哉くんが帰ってきた。
「お、おう」
元気のない挨拶。どうしたんだ?
和室から顔を出して俺は作哉くんを見る。なんかものすごくゲッソリしているぞ。
ノノちゃんが不思議そうに作哉くんを見た。
「作哉くん、おかえりなさい。ちょっと疲れてそうですね」
「こ、これくらい、平気だぜ……。疲れてなんかねェよ。へっ」
なんか戦ってきたボロボロの戦士みたいな感じに答えてるけど、どうせたいした理由じゃない。
作哉くんが慣れない気遣いをしたときに見せるゲッソリした顔から察するに、これはもしや、女子小学生たちの遊びに付き合わされでもしたか? 作哉くん、子供には特に優しいからな。帰るに帰れなかったのだろう。
俺は作哉くんに言ってやる。
「凪や小学生に付き合わされるのがオチなんだから、尾行なんてしなきゃよかったのに」
作哉くんはため息交じりに言った。
「ああ、もうこりごりだぜ」
すると、凪も帰ってきた。
「ただいま。開、ぼくの看病をしてくれ」
ギャグマンガかよってくらいに頭から血を流し鼻血まで垂らした凪が帰ってきた。
「凪、どうしたんだよ!?」
「ココちゃんたちと鬼ごっこしてて転んでしまったんだ」
「あー……」
それで思いっきり顔面からダイブしたわけか。
そのとき、和室からノノちゃんが出てきた。
「凪さん、おかえりなさい」
「あ、ノノちゃん。ただいま」
が、凪を見た瞬間、ノノちゃんが涙を浮かべて、
「うわーん、誰がこんなひどいことを!」
「それは鬼ご……」
「鬼!? 外は危険です! これからは凪さんも防犯ブザーを持ってください!」
そう言われて、凪はぼそっとつぶやいた。
「いや、ぼくのはそういうのじゃないんだ」
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