防犯ブザーを持とう 凪編
凪が防犯ブザーを掲げて俺たちに見せつけた。
「ジャジャーン」
「わぁ! 凪さんも買ったんですね!」
「どう? ぼくの防犯ブザー」
「どうもこうも普通だろ」
「普通ですね」
「フツーだな」
俺、鈴ちゃん、作哉くんにそう言われて、凪はチッチッチと指を振った。
「それが、普通じゃないんだな~」
「使う人が普通じゃなければ、使われる物も普通じゃないってか?」
と、俺が聞くと、鈴ちゃんが笑いながら言った。
「先輩に普通は似合いませんからね。それで、どこがどう普通じゃないんです?」
「ノノも気になります」
目をらんらんとさせて期待をあらわにするノノちゃんに、凪がもったいぶって息を吸って、吐いて、それから説明を始めた。
「実は、音が普通のブザーとはまるで違う優れものなんだ。オリジナリティに溢れる仕様に改造させてもらったんだけど、我ながら満足してる」
逸美ちゃんが心配そうに眉を下げて、
「オリジナリティに溢れる音で、本当に大丈夫なの?」
「心配はご無用。作哉くんは極道」
「なんだと!?」
「まあまあ」
と、ノノちゃんになだめられて作哉くんが座り直しておとなしくなり、その様子を見て凪はまた言葉を続けた。
「特別な音に差し替えたから大丈夫なんだ。どんなに人の少ない路地でも、音を鳴らせばたちまち人が出てくる寄ってくるってわけ」
人が出てくる? 寄ってくる?
俺が怪訝な視線で尋ねる。
「本当にそんな音が存在するのか?」
「試しに、ぼくが外に出て鳴らしてみよう」
凪がぴゅーと外に出て行った。
俺と鈴ちゃんとノノちゃんは窓際に行って、窓から凪が外に出たのを確認した。
バカバカしいと座り込む作哉くんと、おせんべいを食べている逸美ちゃんだけ、凪の姿は見ていないが。
凪は俺が見ていることに気づくと、俺たちのほうを見ながら、自分の防犯ブザーのひもをひっぱって音を鳴らした。
すると。
『いーしや~きいも~ おいも~』
やきいも屋さんの軽トラが流すような歌が聞こえてきた。
「やだ~。来てる~」
逸美ちゃんはハッとして立ち上がり、超特急でお財布を探し握りしめて探偵事務所を飛び出して行った。
「なるほど。これは効き目がありそうだ」
よく見てみれば、逸美ちゃん以外にもお財布を握りしめた近所のおばちゃんたちがぞろぞろと外に出てきていたのだった。
「先輩、よく考えましたね」
「おぉ~! 逸美さんも、おばさんたちも、つられちゃってます」
鈴ちゃんとノノちゃんもすっかり感心していた。
しかしそのあと、凪がブイサインをこちらに向けていたのはいいが、最初に外にいたからおばちゃんたちにやきいも屋さんを見なかったか、どこへ行ったのか、もみくちゃにされて質問攻めに遭っていた。
凪は俺に向かって手を伸ばして叫んだ。
「開~! 助けて~」
やっぱり、防犯ブザーは普通の物がいいらしい。
0コメント