防犯ブザーを持とう 作哉編
この日、俺と凪と作哉くんの三人で歩いていた。
高校生組の俺たち三人共、今日は学校で試験があり、探偵事務所に向かう時間が珍しく同じになったのだ。
「そういえば、作哉くんも防犯ブザー買ったんだって?」
「ああ、そうだぜ。ノノがオレにも買えってうるさくてな」
「作哉くんじゃ危険な連中相手にも返り討ちにしちゃうから必要ないのにね」
と、凪がのんきに言った。
「まったくだぜ」
本人もそう思っているのはさすがだ。作哉くんの馬鹿力やケンカの腕っぷしの強さは霊長類最強クラスなので、あながち間違いではないのだけど。
三人が横並びになって歩いていた。
だから、正面方向から歩いてくる不良の四人組のうちのひとりと、作哉くんの肩がぶつかっても仕方がなかった。
「ってーな! よそ見してんじゃねーぞ! あーん?」
不良に絡まれてしまった。
「なんか言ったか?」
作哉くんは、普通に不良を見た。
しかし普通にしていても作哉くんの顔が怖すぎるので、不良が作哉くんの顔を見るや縮こまってしまった。
「ひぃ! すみません」
「そうだ。いまだ!」
ちょうど不良が謝ったのに、同じタイミングで凪が作哉くんのカバンに付いている防犯ブザーを鳴らした。
ビィィィィー!!
「お助けを~」
「ごめんなさーい」
「かあちゃ~ん!」
騒がしい音がして、不良たちが逃げてゆく。
「うん。防犯ブザーの効果はすごいな」
「だな。なにもしてねーのにどっか逃げちまいやがった。ハハッ」
胸を張っている凪と愉快そうな作哉くん。
「いや、違うよ? 作哉くんの顔の問題だと思うよ」
つっこんでやるが、防犯ブザーの大音量の中では、俺の声はかすれて二人には聞こえなかった。
俺は凪の手からブザーのひもを取り返し、ブザーに装着して防犯ブザーを止めた。
そのとき、角のお店からノノちゃんが出てきた。作哉くんに気付いて手を振って駆け寄ってくる。
「作哉くーん! 開さん、凪さん」
「やあ。ノノちゃん」
「おう、こんなところでなにしてんだ?」
作哉くんに聞かれて、ノノちゃんは笑顔で答える。
「ノノの学校の友達のおうちがこの近くにあって、その子が今日学校をお休みしたのでプリントを届けに来たんです」
「そっか。ノノちゃん、偉いね」
「えへへ」
「よくやった」
俺と作哉くんに褒められてご満悦のノノちゃん。
作哉くんが優しくノノちゃんの頭をなでると、どこかからやかましい声がする。
「あそこだ! あそこからブザーの音がしたんでい!」
八百屋のおじちゃんが出てきた。
しかも、八百屋のおじちゃんの横にはお巡りさんもいる。
「あいつだな!」
その瞬間、俺は察した。
頭を押さえて、深くため息をついた。
「アン? 騒がしいな」
作哉くんがお巡りさんに気付いたが、もう遅かった。お巡りさんは作哉くんをがっちり取り押さえる。
「オイ、なんだ?」
痛覚がなく、かなりの腕力を持つ作哉くんなので、こういうとき、周りを傷つけないようにむやみに抵抗しない。とにかく冷静に話を聞こうとしていた。
「な、なに~! 恐喝めいた顔をして、本官にたてつくのか」
「ハァ? なに言ってんだ。オレは普通に話をしようとだな……」
「んんー? その子に話しかけようとして、なにをするつもりだったんだ!? その少年二人にも、危害を加えようとしたんじゃないのか?」
「なに言ってやがる! オレはただ――」
「言い訳をするな! ちょっと来てもらおうか。防犯ブザーが鳴ったと通報があったんだ」
「だから、それはオレのブザーで」
「嘘をつくな! こっちに来なさい」
あちゃー。
作哉くん、顔が怖いからなにかあるとすぐにこれだ。
「ヤクザくん! 大丈夫?」
凪が心配そうに作哉くんを見てそう言うが、この期に及んでなにを言うか。
「ヤクザだと! やはり、その凶悪な風貌、怪しいと思っていたんだ」
「テメー! ざけんなよ! オレはヤクザじゃなくて八草だ!」
これ以上騒ぎが大きくならないように、俺は凪の口を押えて、誤解を解くように俺がひとりでお巡りさんに事情を説明してやった。
かくして。
やっと解放されて疲れ切った顔の作哉くんを見たのち、ノノちゃんは俺に向き直って悲しそうな瞳で聞いた。
「作哉くんの防犯ブザー、効果がなかったんですか?」
俺は答えた。
「いや、逆効果だったんだ」
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