アモーレ・シート
オカルトとか迷信は信じない。
それは、俺たち少年探偵団みんながみんなではない。
信じるとしたら、純粋なノノちゃんか天然な逸美ちゃんくらいのものだろう。
しかし、この日はなぜか、迷信じみた話を聞かされた鈴ちゃんの眼差しが、いつになく真剣だった。
現在、俺たち少年探偵団はとある依頼で、朝日の見える丘公園という公園に来ていた。
動物探しを手伝って、任務が完了し、やっと帰るところだ。
帰り際、依頼人でこの公園の管理をしているというおじさんが、迷信じみた話をした。
「この公園には名所があってね。あのベンチが見えるかい?」
「はい」
と、俺はうなずく。
「あれは、アモーレ・シートっていうんだ。そこにいっしょに座ると、愛情が深まって生涯ずっと仲良く幸せになれるっていう噂があるんだよ。誰が言い出したのかわからないけど、よかったら記念に座って行ってね。写真映えするって評判もあるから、写真を撮るのもいいしね」
そう言って、おじさんは去って行った。
ぽつんと残された、俺たち少年探偵団六人。
正直、俺は迷信なんて信じないからスルーしてもよかったけど、最初に口を開いたのは、鈴ちゃんだった。
「な、なんか嘘っぽい話でしたね。でも、一応、ちょっとだけ見ていきますか? 写真映えするようですし? なんならいっしょに座って写真を撮っていいですけど」
興味なさげな感じを装っているけど、バレバレだ。すごく興味津々なのが伝わってくる。
これには逸美ちゃんが食いついた。
「いいわね~。みんなでいっしょに座りましょうよ~」
「いやいや、みんなじゃ逆に意味ないですよ」
と、つっこむ鈴ちゃん。
そもそも、そんなもんに意味なんてないけどな。迷信もいいところだ。ただ、おじさんも男女二人だけで座る、とは言ってなかったから、人数は関係ないのかもしれない。
はい、とノノちゃんが手をあげる。
「ノノはいいですよ」
「俺もいいよ」
「ったく、しゃあねェ。ノノが行くなら、保護者としてついて行ってやるよ。見るだけだぞ」
凪がぽつりとつぶやく。
「誰もいっしょに座ってくれなんて頼まないよ」
「あン? なんだと!?」
作哉くんにメンチ切られて、凪は胸の前でブンブンと手を振った。
「いえいえ、作哉くんに言ったわけではないよ。やだな~」
絶対作哉くんに言ってたけどな。
みんなの意見が出そろったところで(凪だけ意見自体は言ってないけど)、鈴ちゃんはうれしさを隠すのがヘタクソな顔で、
「そうですか。あたしはどっちでもよかったんですが、みんなもそう言うなら行ってみましょうか」
と言って、足早に歩き出した。
「アイツ、気合入ってんな」
「だな」
作哉くんの言葉に凪がうなずく。
アモーレ・シートとかいうベンチは、丘の上にあった。
なんの変哲もない普通のベンチである。ただ、木製のそのベンチには、どこか温かみがあるように見えた。
ベンチまで行くと、そこには誰もいなかった。
見晴らしのいい景色があるのに、人がいないのはもったいない。
「誰もいないね」
つぶやく俺に、凪はスマホをいじって、教えてくれた。
「迷信は本当みたい。普段はそこそこにぎわっているそうだ。いまはタイミングがよかったんだろうね」
「へ、へぇ~! そ、そうですか、本当ですか。ふぅ~ん」
うれしそうな鈴ちゃん。
わかりやすい子だ。
さっそく、凪が鈴ちゃんに言った。
「鈴ちゃん、座ってごらんよ」
「え!? あっ、あの、しょ、しょうがないですね。座りましょう」
赤面して恥ずかしがったりドヤ顔になったり、忙しい人だ。
緊張したように鈴ちゃんはそっとアモーレ・シートに座った。このベンチ、四人掛けを意識した広さだけど、ちょっとゆとりもあるから五人でも座れるほどだ。
凪は、鈴ちゃんの正面の芝生に、ぽふっと腰を下ろして、スマホを向けた。
「ほうほう。なるほどねぇ。写真映えするな~」
「ちょっとっ! なんで隣に座ってくれないんですかっ!」
思わず声を荒げてつっこむ鈴ちゃん。
「え? 鈴ちゃん、ぼくに隣座ってほしかったの?」
「ちっ、違いますよ! どんなものか試すのかと思っただけですから! 先輩のばかっ」
素直に隣に座ってやればいいものを。
「わたしたちも座ろっか」
ニコッと俺に微笑む逸美ちゃん。
ドキッとして、俺はうなずいた。
「い、いいけど」
まさか逸美ちゃんから誘われてしまうとは。ま、まあ、万が一あの迷信みたいな噂が本当だとしても、俺としては問題ないしな。
俺はちょっとドキドキしながらも、アモーレ・シートに座った。
そして、結局。
なぜだろう、よくはわからないが、凪と逸美ちゃんがみんなを呼んで、少年探偵団みんなでぎゅうぎゅうになってアモーレ・シートに座り、写真を撮った。
「ナンだ? コリャ」
「どうしてこんなことに」
残念ながら俺も、作哉くんと鈴ちゃんの二人と同じ感想を持つばかりである。
ノノちゃんは撮った写真をうれしそうに眺めて、
「いい写真です!」
「だろ? ぼくが撮ったんだ。当然さ」
「凪さん、上手です」
「よし、これをみんなに送ってやろう」
楽しそうにノノちゃんと凪がおしゃべりしている横で、俺は小さく息をついた。凪を囲んで鈴ちゃんが文句を言って、作哉くんもノノちゃんに話しかけていた。
やれやれだな。
そのとき、逸美ちゃんが俺に手を取って、アモーレ・シートに座らせた。逸美ちゃんもちゃんと隣に座る。
「見て、開くん。いま凪くんが送ってくれたの」
俺はちょっとドギマギしながら、
「う、うん。よく撮れてるね」
「ね~! これで、少年探偵団の六人みんな、一生仲良しだね!」
そう言って、逸美ちゃんはうれしそうに微笑んだ。
「うん。きっとね」
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