ツチノコが出た その1

 学校帰り。

 探偵事務所への道を歩いていると、後ろからやかましい声がする。

「ヘンタイだー! おーい、ヘンタイなんだよー」

 大変って言いたいのか? 全然意味が違うぞ。

 声の主はむろん凪である。こちらに走りながら叫んでいるのだ。

 俺はシカトすることにした。

「開ってばヘンタイなんだよ! 開、ヘンタイだ! ヘンタイなんだって! 開ってば!」

 振り返って俺はダッシュし、凪にアイアンクローをした。

「うるせーよ! ヘンタイヘンタイ言い過ぎだ! 俺の名前をいっしょに叫ぶな!」

 なるべく小声で言ったが、凪は俺の手をペシペシ叩いて、

「痛い。痛いから。ギブ」

 俺は凪の顔から手を放す。

「で、なにが大変なんだ?」

「そう。出たんだ!」

「出たって……?」

 なにが? 俺が目を丸くしていると、凪は俺にスマホの画面を見せた。

「これさ」

「ん? 『ツチノコが出た』、だって?」

 どこかの掲示板でそんなことが書かれている。

「そうさ。ついに出たんだ」

 俺が疑わしい目で凪を見るが、そんなのお構いなしに凪がそのスマホにあるページの説明を読み上げる。

「ツチノコが出た。先週の土曜日、ツチノコのツッチーが目撃された。ツッチーを目撃した人によると、ツッチーは動きが機敏で、すぐに草むらに隠れてしまったため、撮影はできなかったとのこと」

「怪しい」

「開、疑ってるのかい?」

「当然だろ。ツチノコなんて存在しないよ」

「キミはつまらない人間だ。いつからこんなになっちゃったんだか。昔は可愛かったのに」

 俺はため息をつく。

「おまえ、俺の小さい頃知らないだろ」

 探偵事務所に行くと、凪もついてきた。

いっしょに逸美ちゃんにお茶を出してもらい、ひと息つく。

「ということで、逸美さん。さっき開にも話したんだけど、ツチノコを探しに行くんだ。いっしょに行こうぜ」

「そうね! じゃあさっそく行きましょう」

 即決!?

「ちょっと待って! 逸美ちゃん、こいつがなに言ってるのかわかってる?」

「もちろんよ~。わかってるわ。ツチノコちゃんを見つけに行くんでしょ」

「そう。そうなんだよ。ツチノコなんていやしないのに、探そうとしてるんだ、こいつは」

 と、ビッと凪を指差す。

 しかし、さっきまでそこにいたはずの凪がいない。

 あれ?

 そのとき、ドアが開いた。

「こんにちは。急いできました」

 元気に挨拶したのは、虫取りあみを片手に持ち虫取りカゴを肩から下げた小学生の少女、ノノちゃんだった。まさかのランニング姿である。

「うん、こんにちは。どうしたの? その恰好。どこか行くのかな?」

「はい! やる気満々です! て、開さんもいっしょに行くんじゃないですか、ツッチーを探しに」

 なんでそんな話になってんだ。

 すると、その後ろからタンクトップ(ノノちゃんと並ぶとおそろいのランニングにしか見えない)に半ズボンで、軍手をお尻のポケットに入れて、これまたやる気満々な作哉くんが入ってきた。

「ったくよ、なんでツチノコなんか探さなきゃなんねーんだ? よお、探偵サン。オレは面倒くさいんだけどよ、ノノが喜んじまってな。まあ、誘ってくれてサンキュー」

 いや、キミも大概にやる気満々に見えるんだけど。

「作哉くんもいらっしゃい。う、うん。そっか」

 凪は満足そうに二人の姿を眺める。

「いや~。そろったそろった。あとは鈴ちゃんだけか~」

「おい凪! おまえが呼んだのか?」

「そうさ。ぼくがちゃんと連絡した。だから安心してくれ。開は待ってればいいよ。鈴ちゃんのやつ、のんきだからちょっと時間かかるかもしれないけどさ。ははっ」

 のんきに笑ってる凪。

「俺が言ってるのはそっちじゃねーよ。鈴ちゃんを呼んだのかじゃなくて、作哉くんとノノちゃんのことだよ」

「そんなのとっくに連絡したさ。だから駆けつけてくれたんだろ? ぼくはそんなにのろまじゃないぜ」

「逸美ちゃんもノリ気だし、あの二人があれだけ気合入れてるとさすがに行くの中止にはできないよな……」

「だ」

 と、凪が胸を張る。

 あのなぁ、とまた凪に抗議しようとしたら、和室の襖が開いた。

「どうかしら~?」

 くるりと回り、スポーツウェアを見せる逸美ちゃん。スカート型のウェアで、上はピタっとしてるから逸美ちゃんの大きな胸が強調されている。正直よく似合ってる。だが、いもしないツチノコなんかのためにそこまでしなくても……。

「いいんじゃない」

 俺が投げやりに言っても、逸美ちゃんは嬉しそうな笑顔になる。

「よかった~。これで決まりね。あ、開くん。これ開くんのお着替え置いておくね」

「いいよ別に」

「そしてこっちが凪くんね」

「おぉ~! 逸美さん準備がいい~」

「それほどでもないわよ~。うふふ」

 楽しそうなところ悪いが、俺は着替えなくてもいいか。そのままソファーに座り直そうとすると、ノノちゃんが俺の席に座り、作哉くんがその隣に腰を下ろした。

「着替えてきちまえよ」

「そ、そうだね」

 仕方なく、俺は凪といっしょに和室に入って着替える。

「お。ぼくのパーカー良い感じ~」

 凪は青いパーカージャージで、俺のは(ノノちゃんが着ているような)子供用のランニングシャツだった。

「こんなの着られるかー!」

 俺は逃げるように和室を飛び出した。

「いやーん、開くん着替えなかったの~? せっかく用意したのに」

 肩を落としてしゅんとして残念そうな逸美ちゃん。和室に上がって俺用のランニングを手に取り、「可愛いのに……」とため息をつく。

 俺は壁から半分だけ顔を出して、

「あんなの恥ずかしくて着られないよ」

「じゃあ別の用意するから」

 と、逸美ちゃんは胸の前で拳を握る。

「だからいいって。俺は着替えなくてもさ」

 どうせ、鈴ちゃんもやる気はないだろうから普段着だよな。

 そう思ったとき、ドアが開いた。

「遅れてすみません! みなさんこんにちは。ちょっと準備に手間取っちゃって」

 ちょうど鈴ちゃんが来た。

「鈴ちゃん、いらっしゃい」

 振り返ると、鈴ちゃんの衣装が目に入った。

 なんだこれ。

 鈴ちゃん、ものすごく気合が入ってるじゃないか。まるで本気でテニスをしようとでもいうかのような恰好だった。サンバイザーまで装着してる。もしかしてこの子、意外とUMAとかそういうの好きなのか? それともみんなでお出かけが楽しみなのか?

 ぴょこっと元気にツインテールを跳ねさせて、鈴ちゃんは不思議そうに俺に見た。

「あれ? 開さん、まだ着替えてないんですか?」

「え。ああ、うん。いまから着替えるよ」

 元々そのつもりはなかったけどな。

 俺だけ着替えないのも浮いちゃうし仕方ない。

 ニコニコ笑顔でメイドよろしく俺の着替えを持ってスタンバっている逸美ちゃんから、あのあと別に用意してくれた赤っぽい着替えを受け取り、和室に入る。

 新しい着替えを確認。

 今度は大丈夫。ランニングじゃない。

 スパッツを下に穿いて、その上に半ズボン。上は赤いポロシャツ。

 うん、これならいいか。

 和室を出ると、逸美ちゃんがほんわかした顔でうんうんとうなずく。

「やっぱり似合うわぁ。最後にお帽子をかぶって、準備オッケーね」

 ぽふっと俺の頭に探検隊みたいな帽子が乗せられる。帽子なんかいらないのに。まあ、逸美ちゃんが満足そうにしてるしいっか、と思ったが、鈴ちゃんがくすっと笑った。

「逸美さんってば、なんでその帽子選んだんですか? 開さん、探検に行くみたいになってますよ」

 テニスしに行くみたいなサンバイザーをかぶった鈴ちゃんにだけは言われたくない。

 逸美ちゃんはうふふと微笑んで、

「鈴ちゃん、これはこれでいいの。今日は開くんが隊長だもん。ね?」

「え?」

 俺、いつのまにか隊長にされちゃったぞ。

「隊長! 掛け声を頼むよ」

「隊長!」

 凪とノノちゃんにけしかけられ、俺は仕方なく、音頭を取ってやることにした。

「よし。じゃあ、ツチノコ捕まえに行くぞー」

「おー!」

 と、みんなが声をそろえて拳を突き上げて、俺たちは探偵事務所を出た。

 たぶんいないと思うけど、見つかるといいな、ツチノコのツッチー……。

AokiFutaba Works 蒼城双葉のアトリエ

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