ツチノコが出た その2
行く場所はこの探偵事務所の近くの山だ。
そこでツチノコが出たというのである。
こんなご近所で伝説の生き物が見つかったらありがたみもあったもんじゃない気もするけど、そもそもとしてやる気があるわけじゃない俺としては、その辺に転がっていてくれたほうがありがたい。
みんなで固まっても効率が悪いので、俺たちは手分けして探す。
隊長として俺は指示を出した。
「それぞれ、俺と逸美ちゃんがあっち。凪と鈴ちゃんはそっち。作哉くんとノノちゃんが向こうを探そう」
「オーライ。ぼくと開のペアが一番に見つけようぜ」
と、凪が腕まくりした。
俺はうなずく。
「そうだな! 俺と凪で……じゃないだろ! 俺とおまえは別のペアだよ」
「では、ノノと作哉くんはさっそく見つけてきます!」
「じゃあな」
と、作哉くんとノノちゃんのランニング姿ペアは元気に向こうへ駆けて行き、凪も鈴ちゃんに引っ張られる。
「ほら、先輩。あたしたちも行きますよ!」
「え~。ぼく開といっしょがいい~」
「文句言わないでください。べ、別にあたしだって、先輩といっしょがいいわけじゃないんですからね。開さんに言われたから仕方なくです」
ツンツンしてるけど、凪とペアになってちょっと嬉しそうな鈴ちゃんである。口、にやけてるぞ。
さて。
俺はひと息つく。
「逸美ちゃん、ちょっと休憩しようよ」
「え、いきなり?」
首をかしげる逸美ちゃんに言う。
「どうせ見つからないんだし、ゆっくり休み休み山登りを楽しめばいいよ」
「そう? きっといるわよ~」
うーむ。逸美ちゃんも期待しているし、しょうがないからちょっとは歩くか。
「じゃあ見逃さないようにゆっくり行こう」
「うん、そうしよう」
と、逸美ちゃんは朗らかな笑顔で歩き出した。
一時間後。
ちょくちょく休憩を挟みながら歩いたが、見つかる気配はない。
「なんか疲れたな。またちょっと休憩でもしようよ、逸美ちゃん」
「そうね。わたしも疲れてきちゃったかも~」
切り株に二人で腰を下ろす。
休んでいると、向こうから凪と鈴ちゃんが、別の方向からは作哉くんとノノちゃんが歩いてきた。
「偶然だな。みんなそろうなんて」
と、作哉くんが俺たちみんなを見回す。
「ノノたちまだ見つかってないです。みなさんはどうですか?」
「あたしたちも残念ながら」
ノノちゃんに聞かれて鈴ちゃんが答えると、凪が非難するような目で俺に水を向ける。
「で、サボってた開は? 休んでるってことはもう見つけたの?」
「サボってねーよ。ちょっと休憩」
「わたしたちもまだ見つかってないのよ~。どこにいるのかしら」
「ノノ、あきらめきれないです」
と、ノノちゃんが拳を握る。
ノノちゃん、可愛いモンスターとかも好きだし、そういう感覚でツチノコも好きなのだろうか。
「ここでぼさっとしてても仕方ねェ。とりあえず歩こうぜ」
作哉くんが声かけして、俺と逸美ちゃんも立ち上がって歩き出す。
さらに一時間後。
疲れ知らずの作哉くんとノノちゃんがずんずんと歩くのについて行ったが、見つからなかった。
「みんな~。休もうぜ~」
最後尾を歩く凪が疲れ果てた声でそう言うが、作哉くんとノノちゃんがバッと振り返って、
「なに言ってんだ。これからが本番だろ! 言い出しっぺのくせによ!」
「そうです! がんばりましょう」
ノノちゃん、子供なのにすごい体力と気力だ。いや、子供だからこそのバイタリティーか。
「いや。でもさ、凪もこう言ってるし、俺と逸美ちゃんもちょっと疲れてきちゃったかなーって」
俺がやんわり言ったが、これには鈴ちゃんが答える。
「そんなんじゃ、ツチノコ見逃しちゃいますよ。それからっ。凪先輩、今日はツチノコ見つけるまで帰りませんよ」
鈴ちゃん、始めたからには、と意地になっているみたいに見える。
「考え直すんだ。じゃ、じゃあさ、どうしてもっていうなら、キャンプにしよう。それもいいかもしれない」
凪が苦しまぎれに提案したのにも、鈴ちゃんは一瞬考えるだけでうなずく。
「それもいいですね」
え。
いいよ。どうせ見つからないんだし早く帰ろうよ。
「わたしもうダメかも~」
「逸美ちゃん、しっかり」
そうだ。いいこと考えた。
「みんな。俺、逸美ちゃんがつらそうだし、逸美ちゃんを連れて今日は俺たち二人だけ先に帰らせてもらうよ」
「え~」
と、ノノちゃんが残念がるのに続けて、作哉くんが腕を組んで気難しい顔になって言う。
「ワリーが、オレはそんな中途半端なのは認めねェ」
「そうですよ。いまから帰るなんて論外ですね」
と、鈴ちゃん。
二人共、本気だ。
凪が疲れた顔で、
「もう三人だけで泊まってけば?」
「それじゃ意味ないじゃないですかっ!」
と、鈴ちゃんがつっこんだ。
ああ、やっぱり鈴ちゃんは凪と遊びたかっただけか。
つっこんでから、鈴ちゃんは我に返って興味ないふうを取り繕った。
「み、みんなで探すっていうのでなければ意味はないですからねぇ。ま、まあ、ここまで来たんですし、見つけるまで頑張りましょう! 泊まり覚悟でっ」
最後、ちょっと嬉々としたように言った。
「おし! 行くぞ」
「行きましょう!」
作哉くんとノノちゃんが張り切って歩き出したので、仕方ないし、俺は逸美ちゃんを鼓舞しながら歩くことにした。荷物がなかったのがせめてもの救いだ。
そして。
五分と歩かず、民家のようなものが見えた。
「開。あれは、家?」
凪が問うたけど、俺はかぶりを振る。
「違うよ。見て。車も泊まってる。あれは山の中にある、山道の休憩用の小さなお店なんじゃないかな」
「道の駅みたいだわ」
「こんなところにあるんですね」
逸美ちゃんと鈴ちゃんもやっとオアシスを見つけたような顔になった。
山の中の獣道を出て駐車場に行こうすると、こちらに向かって歩いてくる三人のメガネの大学生らしい青年たちと入れ違いになった。
彼らの話し声が聞こえる。
「いやー。ここにいるなんて盲点だよなー」
「なー。こんなところにツッチーなんてな」
彼らもツチノコを探しに来たのか。
大学のUMA(未確認生物)研究会の人たちだろうか。
だが、彼らはスマホの画面を開いたままチラチラと確認しながら歩いている。
凪が言うように、ネットの情報を見て来た人たちなんだろうな。
彼らのうちの一人が言う。
「おっ! 反応あるぞ」
え、レーダー持ち!?
四星球スーシンチュウ探す要領で見つかっちゃうの!?
「こっちだ。ほら、あそこ」
「ホントだ! おれんとこにはもう出たぞ!」
え? おれんとこ!? 一人一匹見つける感じ!?
彼らがしゃべるたび、俺の疑問がどんどん増えていく。
「マジか! おお、マジじゃん。いるいる」
作哉くん、ノノちゃん、鈴ちゃんの耳がピクッと反応して、バッと振り向く。
青年たちの指差している先を見るが、そこにはなにもいない。
くいくいとノノちゃんが作哉くんの服の裾を引っ張る。
「いないですよ?」
「だよな。いねーじゃねーか」
すると、凪が青年たちのスマホを覗いて驚いた顔になる。「なにやってんだよ」ともつっこめず、俺は凪の顔を観察する。
「あれ? 開くんたちこんなとこでなにしてるの?」
「なにって、俺たちツッチーを探しに……」
と答えている途中で、いっしょに来た凪たち五人以外の人に話しかけられたということに気づく。
振り返ると、よく知った顔があった。
綾瀬沙耶。裏の世界で特殊な任務をこなす役者。俺とは瓜二つの顔をした年齢不詳のお姉さん。こんなところで意外な人物に会ったものだ。
「沙耶さん。どうしたの? こんなところで」
「それはこっちのセリフよ。私はただ仕事で通っただけ。それよりツッチーって、みんなしてあんなクソゲーやってんだ」
「はあ? クソゲー?」
「世界的に大ヒットしたモンスター捕獲ゲームアプリの偽物。ようはパチモンのアプリだよ。動作カクカク、フリーズ多発、パクリキャラなのに全二十匹。本家の代わりにやる意味どこにあるのってやつ」
俺の横で、作哉くんとノノちゃんの顔からスーッと血の気が引いていくのが分かる。
「え……。それじゃあツッチーっていうのは……」
その横では、また青年たちが話し始めた。
「よっしゃ。ゲット! ツッチー会いたかったよー。ぶちゅー」
「これでおれたち、『パチモンLET‘S GO』のツッチーの図鑑も埋まって、残すはレジェンドだけだぜ」
「だな! やりー」
「ウェイウェイウェーイ! わっしょい」
なんだあれ。
逸美ちゃんは状況を察し、脱力して俺にもたれかかった。
「もうダメ……」
「逸美ちゃんっ」
なんとか肩を組むようにして、俺は逸美ちゃんを支えた。
沙耶さんは、彼らを見たあと俺たちをジト目で見て、
「あんな偽物のクソゲーやってる人初めて見たわ。しかも九人同時に」
彼らといっしょにしないでくれ。俺たちは違うんだ。
「……」
言葉を失い放心状態となった鈴ちゃん、作哉くん、ノノちゃん。
これで、もう俺と凪以外の少年探偵団メンバー四人がダウンしてしまった。
なので、三人に代わって、俺が凪に問い詰める。
「つまり、おまえはパチモンの情報をまんまと掴まされたわけか」
「パチモンだけにね」
と、凪はため息をついて手を広げた。
「やれやれ。迷惑なことですな」
「おまえのせいだろ!」
俺はダウンした四人の代弁としてつっこんだ。
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