お父さんとゲーム
うちの父は、熱しやすく冷めにくい。
つまりどういうことかというと、ハマったらそのままドハマりしてしまうということだ。
ある意味恐ろしい。
際限がなくなるのだから、どこまでも突き進んでしまう。
以前、一大ブームメントになった某位置情報ゲームアプリが流行ったとき、うちの家族も当然、みんなで遊んだ。
「ばあちゃんの部屋に出た!」
という花音の言葉から始まり、それから家族で出かけてモンスターを捕まえたものだ。
そのときも、お父さんが一番ハマった。
俺が事件で出かけて家にいないときも、
「旅に行くぞ」
と、花音と二人でよくモンスターを探しに行った。
あんまりしつこく誘うので、花音に怒られたこともあるくらいだ。
ゲームのために歩くことが増えたのはよかったけど、結局、花音に怒られたのが効いて、ブームと共にうちの家族はあんまりやらなくなった。
まあ、それくらいハマりやすい父だ、花音とゲームセンターに一度でも行ってしまえば、簡単にゲームセンターにハマる。
今日もまた、お父さんは花音とゲームセンターに出かけていた。
話を聞いた凪は、ケロッとした顔で言った。
「別にいいじゃないか。開がゲームセンターに連れて行かれるわけでもないし」
「そうじゃないんだよ。俺はいいんだけどさ……」
俺は、ばあちゃんの部屋の隣にある和室を開けた。
「これはちょっとまずいと思うんだよね」
そこには、UFOキャッチャーで取った景品のぬいぐるみやらミニカーやら、おもちゃがひしめき合い、散らかっていた。
「お~! 開」
と、凪が俺を見るので、俺は肩を下げてうなずく。
「そうなんだよ」
「ここでおもちゃ屋でも開くの?」
ズコーっと俺はこけた。
「違うよ! 開くもんか!」
「なんだ、そうなんだよって言うから、しっかりそうなのかと」
「それを言うなら、てっきり、だ」
俺は部屋にあるぬいぐるみを手に取って、
「いろんな物を取れるのはすごいし、本人たちがストレス解消って言って楽しんでるのはいいんだけどさ、あれってお金かかるじゃん?」
「かかるねぇ」
「だから、お父さんにUFOキャッチャー以上に楽しいものを与えれば、お金もかけずに部屋も散らかさずに、楽しめると思うんだ」
凪はミニカーを子供みたいに走らせながら、
「なるほどね。ぼくもさ、開とお揃いのゲーミングキーボードを花音ちゃんにもらっただろう? あれ実はかなりうれしかったし、景品取れるって尊敬するけど、お父さんに関してはハマったら際限ないからね」
「そう。花音はちょこちょこやって、何万も使わない。でも、お父さんは使っちゃいそうだもんね」
この問題は、花音からも相談があったのだ。お父さんが本気過ぎるから、なにかいい方法はないか、と。
だからなんとかしたいのである。
「どうするか~」
俺と凪は、二人で双子みたいに同じポーズで腕組して逡巡し、それから凪がまたミニカーで遊び出し、それは俺が無言で止めて、凪がぬいぐるみをモフモフし始めたときだった。
凪のスマホが鳴った。
電話が来たようだ。
「おお」
「出たら?」
しかし凪は開いて確認したら、そっと置いた。
「なんで出ないの?」
「大事な考え事をしてるからね」
スマホに表示されている名前を見ると、良人さんだった。探偵事務所のお向かいに住む大学生だ。
「出てやれよ」
「え~。どうせまた、どの技忘れさせたらいいかとか、どうやって倒せばいいかとか聞かれるだけだもん」
「技? ああ、ゲームの話か」
確か、良人さんも最近ゲームを始めて、いろいろと凪に攻略法を聞いているのだ。
そのとき、俺と凪は顔を見合わせた。
「これだ!」
そして、声をそろえてそう言った。
数日後。
お父さんが休みの日のこと。
俺と凪は、お父さんをお茶の間に呼んだ。
呼ばずとも大抵はお茶の間にいるんだけど、お父さんが出かけないように、しっかりと時間を指定したのだ。
「なんだ? 開、凪」
お父さんが不思議そうに聞いた。
「ん?」
と、花音はその様子を見て、またテレビに視線を戻す。
ここで、凪が後ろに回していた手を身体の前に持ってきた。
凪の手には、箱がある。
「お父さん、これ俺たちから」
「誕生日でもないけどさ、ちょっとしたプレゼントだよ」
プレゼントを凪から手渡されて、お父さんは嬉々とした表情になる。
「ありがとな! そうかい! わざわざありがとう!」
目を輝かせてプレゼントの箱を開けると、そこには、携帯ゲーム機が入っていた。ゲームのソフトもいっしょにだ。
「ゲームか」
お父さん、これには、若干戸惑った様子も垣間見える。携帯ゲーム機なんて、お父さんはやったことがなかったからだ。スマホゲームはよくハマる人だから、課金要素なしで楽しめる携帯ゲーム機がいいんじゃないかと、俺と凪は思った。
「これいくらしたんだ? 高かったんじゃないか?」
「それなりにね。でも、凪がかなり出してくれて」
俺がチラッと凪を見ると、凪は照れたように頭をかいた。
「普段お世話になってるからね、開が」
「俺じゃなくておまえがだろ?」
「そうそう。ぼくもお世話になってるので、本当の気持ちだよ」
「それ言うなら、ほんの気持ち、だよ」
凪と俺の言い合いを聞いて、お父さんは笑った。
「悪いな。気が向いたらやってみるな」
しゃぎはしなかったけど、子供たちからのプレゼントはありがたく受け取ったお父さんだった。
「おう。やってくれ」
と、凪は腰に手を当てる。
普段は遠慮なく明智家に居座っている凪だけど、こいつにもお世話になっているって気持ちがあったんだな。
「凪ちゃん、さすが」
つぶやく花音。
俺と花音が、ちょっとだけ凪を見直した瞬間だった。
一週間後。
ゲームを始めたお父さんは、すっかりハマっていた。
「凪、これはどの技を忘れさせたらいいんだい?」
「え~? これ? これはね~」
と、凪が教えてやっている。
楽しんでやってくれているのはうれしいし、これのおかげでしばらくはUFOキャッチャーを控えてくれたらいいな。
だが、花音が口をとがらせて言った。
「お父さんっ!? 食事中にまでゲームやらないでよ! 開ちゃんと凪ちゃんが買い与えるからだよ? お父さん、さっきから全然話も聞いてくれないしー」
と、花音は頬を膨らませてむくれる。意外と、ファザコンの鈴ちゃんにも負けないくらいお父さん大好きだからな、花音は。
お母さんは呆れたようにお父さんを見て、俺に言い聞かせる。
「もうお父さんにゲームなんて買い与えなくていいからね。今日庭の木の手入れするって言ってたのにやらないし、なんにもしなくなっちゃうんだから」
いまもお父さんは凪に攻略法を聞いている。
「この技はいらないよな?」
凪はお父さんのゲーム画面を覗き込み、
「うん、いらないね。ふむ。しかしお父さん、すっかりゲームにハマってますな。食事も手につかくなるほど楽しんでくれるなんて、ぼくもいい仕事したなぁ」
そのせいで、家の仕事しなくなったけどな。
花音がお父さんにくっついて、
「お父さん、今度の休みはいっしょにゲームセンター行こうね!」
「おう。わかった!」
軽快に手をあげるお父さん。
て、どっちみちゲームセンターは行くんかい!
結局、お父さんのゲーム好きは悪化した。
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