作哉くんと野良猫
放課後。
探偵事務所までの道を歩いていると、見慣れた学ランを発見した。
あれは、作哉くんだ。
少年探偵団のメンバーにして交渉人をしている作哉くんだけど、普段は交渉人の仕事のほうが忙しかったり、通っている学校が探偵事務所まで少し遠かったり、こうして行き会うことは珍しい。
声をかけようとして、俺は踏みとどまった。
なぜなら、作哉くんは現在、野良猫とにらめっこをしていたからだ。
「チッチッチ」
と、舌を鳴らして、作哉くんは塀の上にいる猫に手を伸ばす。
ふにゃ~、と猫はあくびをし、作哉くんのことは無視。
野良猫は、真っ黒の毛並みを持つ黒猫で、どこかふてぶてしさがある。首輪もしてないから野良猫で間違いはないと思う。しかもサイズからしてまだ子猫だ。
「オイ、ちっとはこっち見やがれ」
キレたように言う作哉くんをチラと見て、猫はまた目をつむった。
「ちくしょうが。かわいげねェ」
なんだかんだ、作哉くんって子犬とか子猫好きだよな。
以前、作哉くんが捨てられた子犬をなんとかしようと凪と力を合わせて頑張り、飼い主を見つけてやったこともあったくらいだ。
そろそろいいかと思い、俺は歩み寄って作哉くんに声をかけた。
「作哉くんっ、いま帰り?」
「オ? 探偵サンか。おう、これから探偵事務所に行くトコだったんだ」
俺は黒猫を見て、
「この子、懐かないね」
「べっ、別に、懐かれたくなんかねェしよ。オレは」
顔を背けちゃっている。照れ隠しが下手な作哉くんにこれ以上なにか言ったら本気でキレられそうだから、俺はもう歩き出す。
「さ。行こっか」
が。
作哉くんが動かないので、俺は振り返った。
「どうかした?」
「あ……」
見れば、手を伸ばして触ろうとする作哉くんだったけど、黒猫は急に起きて走り出してしまった。
俺は笑った。
「残念」
「笑ってんじゃねェ」
「ふふ。ごめんごめん」
猫がどこへ向かってるのか見てみると、俺たちの数メートル後方で、誰かが猫にエサを与えようとしていた。魚肉ソーセージの皮をむいている。
作哉くんは不機嫌そうに息をついた。
「ああいう、餌づけするヤツがいるからダメなんだ。オレがちっと言ってやるか!」
猫に構ってもらえなかった腹いせか?
様子を観察することにしよう。
猫にエサをやる黒づくめの恰好をした人に話しかける作哉くん。相手がおかしな人じゃないといいな。
「オイ! 猫にエサなんて与えんじゃねェぞ。いろいろ問題になるんだ」
懐かない猫のために知らない人にまで注意するとは、作哉くんは優しい人だな。
すると、黒づくめの人が顔を上げた。
「ん?」
「オ? て、テメー! 情報屋じゃねェか! なにしてやがんだ!」
「やあ、作哉くん。見ての通りさ」
黒づくめの正体は凪だった。しかも、よくよく見てみれば、凪は黒猫にエサを与えていなかった。
猫を可愛がって撫でてはいるが、猫が魚肉ソーセージを食べている様子はない。
「エサなんて与えてないよ。ちょうどお腹が空いていただけさ」
物欲しそうにする猫に、凪は見せつけるようにしてぱくりと食べる。
俺も凪の元へ行って、
「なんだよその恰好は」
「あ、この恰好? これは黒猫をイメージしたんだ」
「なるほどな。また着ぐるみか。それよりおまえ、猫相手に嫌がらせか?」
「ちゃんと可愛がってるじゃないか」
確かに、猫を撫でてはいるけど……。
エサをもらえると思ってしっぽを振ってる猫が可哀想になってくる。
作哉くんは触りたそうにしていたけど、俺の視線に気づくと、恥ずかしそうにくるりと身をひるがえし、
「ったく、まぎらわしいマネすんじゃねェ。行くぞ!」
と、歩き出した。
その背中を見て、凪は俺に言った。
「開はいまヒマ?」
「俺は探偵事務所に行くけど」
「そうか。ヒマか。じゃあこれからこいつをペットショップに連れて行こう」
「ペットショップ?」
「うん。こいつ、毛並みがいいんだ。まだ子猫だし、売れそうな気配がする。ぼくの知り合いがやってるペットショップで引き取ってくれるさ」
「え、ホント? よかった!」
俺は胸を撫で下ろした。野良でいるよりずっといい。
て、この情報屋はなんでペットショップの知り合いなんかいるんだ。こいつの交友関係は本当に謎だ。
さっそくペットショップに行こうと凪が子猫を抱き上げると、作哉くんがぬっと後ろに立っていた。
「オイ」
「なんだい?」
ケロッとした顔で聞く凪に、作哉くんがにらみを利かせて、
「しゃあねェからオレもついて行ってやる! 元は言えば、オレがその猫に構ったのがいけなかったんだしな」
猫のほうは全然作哉くんに構ってやらなかったけどな。
凪は「やれやれ」とため息をついて、猫を作哉くんの胸に押しやった。
子猫を胸に抱き、ちょっぴりうれしそうな作哉くん。まあ、俺くらいに作哉くんを知ってる人じゃないと、いつもの怖い顔にしか見えないだろうけど。
「その猫は作哉くんが抱いて連れてきておくれ」
「おっ、おう! 任せろ!」
さて、俺の手は必要なさそうだし、ここはお暇させてもらうか。
「ごめん、二人共。やっぱり俺は先に探偵事務所に行ってるよ。探偵事務所で待ってるね」
そして。
俺が逸美ちゃんと鈴ちゃんとノノちゃんといっしょに二人を待っていると、俺に遅れること一時間ほどで、
「おう。遅くなったな」
と、作哉くんと凪が戻ってきた。
「開、あの子猫は無事、ペットショップが引き取ってくれたよ」
「そっか! よかったね!」
「二人共偉いわ~」
逸美ちゃんが感心する横で、ノノちゃんが拍手する。
「ステキですね! さすが作哉くんと凪さんです!」
「先輩、ついでに迷惑とかかけなかったですか?」
こんなときでも揶揄するように凪の奇行の心配をする鈴ちゃんだったが、これには作哉くんが答える。
「このバカが騒ぎはしたが、こいつのおかげでまた助かっちまったぜ。へっ」
「作哉くんっ! ノノ、その子猫見たいです」
「おう。写真撮ったらからよ、ほれ」
と、作哉くんがノノちゃんに写真を見せる。
「わぁ! かわいい!」
うん。これで一件落着だな。
翌日。
探偵事務所で作哉くんを除いた少年探偵団メンバー五人がそろってくつろいでいた。
作哉くんは交渉人の仕事がしょっちゅうあるので、一人だけいないことも珍しくはないのだが、俺はノノちゃんに聞いた。
「作哉くんは今日来ないの?」
確認のつもりだったけど、ノノちゃんは首を振った。
「いいえ。今日も昨日と同じ五時間授業ですし、お仕事もないです」
「え?」
それじゃあ……。
すると、俺の横で、凪に電話がかかってきて、電話に出た。
「もしもし? オレオレ。え? かけられたほうが言ったら意味ない? なんの話? うん、冗談はもう言わないよ。それで? ほうほう。うむ。作哉くんがねぇ」
俺は気になって凪に聞いた。
「作哉くんがなんだって?」
「ペットショップの前から動かないんだって」
くすっと俺は笑った。
なるほど、昨日の子猫が気になって見に行ったはいいけど、子猫が可愛いからずっと見てしまっているのか。
凪は続けてこう言った。
「それより聞いてくれよ。ペットショップのおじさんが困ってるんだ。怖い顔の人がいてお店に入れないって苦情が来てるんだってさ。ペット泥棒かもしれないし、ぼくたちで様子を見に行こうぜ」
俺は凪の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。それは優しい人だから」
ただ、迎えに行く必要はあるみたいだけどな。
このあと、凪とノノちゃんがその人を迎えに行った。
おまけマンガ
日常の一コマ。凪は神出鬼没。
八草作哉と柳屋凪
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